×鰤市

スペルビ・スクアーロとは何者なのだろうか。
現世の夜道で朽木さんを助けようと共闘したとき、尸魂界に行くために走ったとき、志波邸での訓練のとき、瀞霊廷への侵入のとき。
彼はどんなときも、必要なことだけを淡々とこなしていた。
ただ者ではないとは思ってた。
なにか隠していることもわかっていた。
それを問いたださなかったのは、彼が自分達の味方だと信じていたからで、……そして何より、例えなにかがあったとして、自分達ならば彼に負けることはないだろうと思っていたからだ。
双極の丘の下から、あの氷上の戦いを見た。
人間のそれとは思えない激しい戦いに、背筋に冷たいものが走る。
彼が、とてつもなく強いことを、そこではじめて知った。
自分達が敵うなどと、思い上がりも甚だしい。
丘の上へとたどり着き、黒崎の元へと駆け寄る途中、地に倒れ伏した彼と、その隣に寄り添う知らない男を見た。
僕達を一瞥した男は、つまらなさそうに何かを口にする。
聞き覚えのないイントネーション。
外国語のようだった。
なんと言ったのかはわからない。
ただ、こちらにむけられた冷たい視線に、どうしてか僕は、彼の元に近付くことが出来なかった。



 * * *



名前を呼ばれる夢を見た。
優しい声が何度も何度もオレを呼ぶ。
そちらに行きたいのに、目は開かない、足は動かない。
いや、目をこじ開けようと力を入れるほどに、優しい声は遠ざかっていくのだ。
起きたくない、声が聞こえなくなるのは嫌だ。
しかし何とかして声の主を確かめたかった。
くっついたようなまぶたを必死でこじ開ける。

「っ……っ……!」
一面、視界がまばゆい光に包まれる。
久々に目にする照明に、目が眩んだらしい。
「……ああ、起きましたか」
「……!っ……!」
「クフフ、声が出ないのでしょう?そのように誓約を設けていたと記憶していますよ」
「……!」
いくら喉を震わせても音にならない。
目の前のよく見知ったナッポー頭……六道骸へ色々と尋ねたかったことがあったのに、何も伝えることもできずに口を閉じる。
自分の体の下には、柔らかなベッドがある。
周囲は白を中心とした落ち着いた色調の部屋で、僅かに消毒液臭さが鼻につく。
病室、だろうか?
意識を失う前は確か……、ああそうだ、藍染と戦い、力を使い果たして倒れた、のだったか。
藍染と戦うのに使ったあの能力は、かつて出会った強者達の力を借りる代わりに、使用後は暫くの間、自身のあらゆる能力を失う。
戦闘能力、発話能力、念能力、忍術、陰陽術、そして死ぬ気の炎。
ということは、しばらくはほぼ寝たきりみたいになるわけだ。
「僕が憑依して強引に操れば、動けないことはないですが」
御免被る。
こいつの憑依は肉体の負担を無視して動かす術だから、下手に預けりゃ筋肉はズタズタになるし、気が付いたら死んでる可能性だってある。
「クフフ、安心してください。僕の依頼の代償としてこうなっているわけですからね。動けるようになるまでは、ボディーガードくらい務めますよ」
「……」
「……何ですか、その胡散臭そうな目は。僕としてはそこらで勝手にのたれ死んでもらっても構わないんですけど」
こう言ってはいるが、一先ずはオレのサポートに入ってくれるらしい。
腕を動かそうにも重いし、脚も思い通りに動かない。
声も出せない以上、味方のいない土地で一人きりにはなりたくない。
紫紺はいるけど、アイツも今はろくに動けないはずだ。
「護廷隊からは、我々の立場、能力、目的について問い質されるでしょう。……というか、既に僕の方へはその尋問がなされています。逃げてきましたが」
いやいや、逃げるのはどうなんだよ。
「貴女が喋れるようになったら、その時纏めて話すと伝えてあります。その方が楽そうですし」
つまりこちらに丸投げするつもりと言うことだろう。
説明せずに逃げてもいいが、そうすると黒崎達を置いていくことになるわけか。
……説明、どうするか考えておくか。
「……あ、の?」
「おや、同室が起きてきましたね」
「……?」
同室なんているのか?
首をかしげつつ、音のした方を見る。
向かい側にカーテンがかかっている。
その端を捲って、女の子が一人顔を出していた。
「雛森副隊長、お邪魔しております。ご安心ください、すぐに出ていきますよ」
「あ、それは、えと、大丈夫なんだけど……」
「同室者が気になりますか?まあ、しゃべれもしない木偶の坊です。害はありませんよ」
その言い方はどうなんだ。
しかしオレと雛森という副隊長が同室……。
今回の失態の代償として、同じ部屋でオレを見張らせている、というところだろうか。
まあ……他にも気配を消してはいるようだが、ここを見張る連中がいるし、あくまで目に見える牽制として、というところだろうか。
「他のオトモダチも来たようですねぇ……。コミュニケーション手段として書くものを置いておきますから、あとのことはご自分で何とかしてください。では、僕はここで」
「!?」
脚の上にスケッチブックとペンが落ちる。
奴の作った有幻覚だろう。
そういえば、白蘭から頼まれて術士用の有幻覚補助デバイスを渡していたっけか。
スケッチブックが落ちると同時に、骸の姿は霧に包まれて消えていた。
本気で立ち去るつもりらしい。
オトモダチ……等と呼ばれる人間なんて、アイツらしか思い当たらない。
あの戦いの後で会うの、かなり気まずいんだが……。
「……スクアーロ、いるかい?」
「!」
入り口から少年が顔を出す。
細身のメガネをかけた顔は、石田雨竜のそれだ。
声が出せないために、軽く手を上げるだけで応える。
同室がいるなら別の場所に移動した方がいいだろう。
動きづらい脚を持ち上げて、ベッドから下ろす。
「あ、危ない!」
力が入らず、がくんと視界が下がる。
確かに運動機能は落ちちゃいるはずだが……ここまで使えなくなるとは。
誰かがオレの腕を掴んで支えてくれている。
「大丈夫……?」
「……!」
オレを支えてくれたのは、雛森と呼ばれていた少女で、その問いかけにこくりと頷いた。
54/58ページ
スキ