×鰤市

雷撃が宙を走った。
大きな氷の舞台の上に、自分のクラスメイトだったはずの人間が、まるで別人のような顔をして立っている。
その雷は、空から、地面から、藍染に襲い掛かっていく。
息吐く間もない闘いを、自分の知らないスクアーロがしている。
「山じい、あの子……」
「……はて、見たことのない技を使う」
「敵、というわけでは無さそうですが……。西欧の者でしょうか……」
「それはこれから判断することよな。所属も、立場もじゃ」
少し離れたところで交わされる話が、風に乗って自分の耳にも届く。
スクアーロが強いだろうとは、思っていた。
自分達に混じって喧嘩しても引けをとらなかったし、霊圧の操作も器用だった。
尸魂界に来るまでも、不思議な技を使ってたことを知っている。
だが、だけど、こんな顔をして戦うスクアーロは知らない。
口の端を歪めて、歯を食い縛って、見たこともない大きな剣を振り下ろすところも。
視線だけで射殺さんばかりに藍染を睨み付け、炎を吐き、壁に立ち、雷撃を食らわせる、角の生え、尾を振るうその姿も。
知らないスクアーロのその姿が、異様に恐ろしく感じる。
自分達とも違う。
現世の奴らとも、死神とも違う。
その隣に並んでいた六道とかいう男と二人、彼らはこの世界から浮いている。
寒気を感じるのは、恐怖のせいか、それとも自分が死にかけているからだろうか。
「スクアーロ……」
思わず呼んだ名を、風はその人の元までは運んでくれない。
黒崎一護の見守る先で、スクアーロの蹴りが藍染を掠めた。



 * * *



「う"お"ぉい!ちょこまかすんじゃあねぇ!!」
「君は何者だ?なぜ、私を襲う?」
「答える義理はねぇぞぉ、ドカスがぁ!!」
スクアーロと呼ばれていたか、いや、ガットネロとも呼ばれていた、謎の男。
その手に持った拳銃の引き金を引けば、その銃口に炎が点り、周囲を塵芥へと変えながらこちらに迫り来る。
不思議と、あの氷の壁は炎が効かないらしく、炎は壁に当たってドーム状の舞台の中を一瞬広がる。
あの炎が一番厄介だった。
範囲が広く、その癖貫通力が高い。
しかもこの男、妙に戦い慣れている。
死神達のほとんど……隠密機動を除くほとんどの者が、虚との戦闘には慣れていても、対人戦闘には慣れていない。
しかし彼は、人との戦いに慣れている。
旅禍だったはずだ。
まだ年若い人間だったはずだ。
それがなぜ、こんなにも……!
「っ……!」
距離を詰めてきた男を切ろうと刀を振るった。
しかしその腹の中で刃が止まる。
また身代わりか……!
反射的に後ろを振り向こうとした。
しかし足が動かない。
地面を見れば、細い氷が自分の足を拘束していることがわかる。
足を止めるべきではなかったか……!
後ろには誰もいない。
奴はどこにいる?
その疑問はすぐに解けた。
身代わりの腹に囚われた刀が強く引かれる。
水に溶けて形を失う身代わりの背後に、奴がいた。
「カッ消えろぉ!」
刀は水に囚われている。
足は動かない。
眼前に迫った拳を、避けることは出来なかった。



 * * *



スクアーロが、藍染を殴ると言った。
僕は何となく、それに効果音をつけるなら、バキッとか、ゴンッとか、ドカッという音だろうと思っていた。
しかし現実に聞こえてきた音は、僕の貧弱な想像力を上回ってきた。
「カッ消えろぉ!」
一段と気合いの入った掛け声の後、ボギュッと、明らかに体内のどこかが損傷したような音が聞こえてきた。
「がはっ!」
「休むなぁ!」
続けて、ゴギャッという骨がイカれたらしい音。
更に吹っ飛んだ藍染の体が氷の壁に叩きつけられ、ドゴォッと舞台全体が揺れる。
「……一発だけかと思ってました」
「オレの分と、お前の分だぁ」
「はぁ、なるほど」
どうやら彼女はそれで満足したらしく、頂点からゆっくりと、氷の舞台が融解していく。
白氷に塞き止められていた反膜が、ようやく中へと届く。
再び、反膜に包まれた藍染達の姿はボロボロだった。
腹と胸の服がボロボロになり、口から血を吐いているのが藍染。
対して僕が相手をしていた二人は、幻術に脳内を汚染されたために頭を押さえてえずいている。
白蘭から渡されたという有幻覚の補助装置を使っての拘束もあり、彼らの脚はかくかくと笑って止まない。
「無様だなぁドカス」
「ぐ……貴様……」
鼻を鳴らして藍染を見上げるスクアーロは、いつもよりも随分と不遜な態度である。
この技、他人の能力のコピーだけでなく、性格も寄ってしまうのだろうか。
別になんとも思いはしないけれど、コピーしたハンターが、ヒソカではなくキルアだったことには、少しだけ安心してしまう。
「……素晴らしい能力と、戦闘技術だ」
「はっ、誉めてどうする。頭でも打ったかぁ?」
「っ……、その力、私に寄越してもらおうか……!」
「来ます!」
「わかってる」
氷の舞台は、既に土台を残すのみとなっている。
その頭上から、こちらに向けて二筋の光が降ってくる。
反膜で僕達を捕らえようというのか。
しかし既にスクアーロは予測していたらしく、それを氷で防ぐ。
その口から、浅く息が吐き出されるのを聞き、そろそろ限界が近いことを知る。
ああ、忌々しい。
結局殴って追い返すのが精一杯だったのか。
悔しげに顔を歪めた藍染に、スクアーロが愉快そうに笑い声をかける。
……この技を発動しているスクアーロは、いつもよりも意地が悪くなるらしい。
「そこの副隊長殿なら喜んで差し出そう。ほら、要らないのかぁ?」
「あ……!」
舞台が消えたということは、安全圏に置いていた雛森副隊長の姿も晒されているということだ。
彼女を顎で指しながら、スクアーロは答えをわかっていてそう聞く。
「──不要だから殺そうとしたのに、今さら連れていくと思うのかな?」
「はっ、ひでぇ言い方。お前モテねぇだろぉ」
「そうでもない」
「わがまま通して人間使い捨てて、そんでてめぇは天に立つ、だっけ?ふん、随分とまあ、人間臭い、浅ましい夢だなぁ」
「……なに?」
藍染の表情が固まったのが見てとれた。
スクアーロの一言が、思いの外クリーンヒットしたらしい。
「だせぇって言ってんだぁ、ドカス。自分が頂点などと傲ってんのも、理解されたがってるような振る舞いもよぉ!」
「私の、どこが、理解されたがっている、と」
「『憧れは理解とは最も遠い感情だ』っけかぁ?あのチビの隊長にそう言っていたんだろう?それこそまさに、憧れではなく、理解をしてほしかったって事だろうがぁ。ぶはーっ!だっせぇ!くそだせぇぞ!」
「クフフ、そう笑ってやるものではありません、ガットネロ。誰しも理解されたいという望みを持ちうるものですから……。しかし、クフ、天を掴み取ろうなどと宣う男が、理解を求めるとは……クフフフ、些か滑稽に映りますねぇ」
「……」
「お前も笑ってんじゃねぇかぁ。ははっ」
その時の藍染惣右介の顔ったら。
凄まじい形相で僕達を睨み付け、今にも襲い掛かりたそうに刀を握り締め、しかし自分の命じた反膜の為に出ることも出来ずにいる。
「エキシビションマッチはこれにて終了だぁ!久々に思いきり戦わせてもらったぜぇゴミカス野郎。もう二度と会いたくねぇなぁ」
「僕も会いたくありませんねぇ。人体実験を繰り返す腐れ外道。貴方、最後まで僕が怒っていた理由に思い当たらなかったんでしょう。クフフ、愉快ですねぇ。足元を見ない人間が、雑魚と切り捨てた存在に足元を掬われるその様は……!」
憎々しげに睨む瞳を、六道の眼が捕らえる。
「貴方にはもう、arrivederciとは言いません。Addio、藍染惣右介。二度と、僕達の前にその姿を現すな」
「……いいや、私達はきっとまた出会うだろう。さようなら、六道骸。そして銀髪の異能力者」
「……気色わりぃ。とっとと消えろ」
「あっ、ちょっと」
スクアーロが銃を構えた。
反対側の手に填めた黒曜のリングが光るのと、その苛立たしげな表情に、僕の脳内で警鐘が鳴り響く。
憤怒の炎は反膜は突き破れない。
白氷はその壊せない特性と封印の能力をうまく応用して反膜を防いだが、死ぬ気の炎にそれはできない。
しかし、夜の炎なら話は別だ。
藍染の目の前と、スクアーロの少し先に黒い炎で窓が作られる。
藍染が反応するよりも早く、銃口から迸った炎が窓を通じて奴に襲いかかった。
炎が反膜の柱を満たす。
そのまま彼らは空の向こうに消えていき、安否はわからなかったが……。
「どうせ無事だぁ。こっちももう、エネルギー切れで、ろくな攻撃力がなかったから、なぁ」
スクアーロの体がふらつく。
足元の氷が割れた。
雛森副隊長は……自分で何とかしてもらおう。
既にスクアーロは限界を迎えていたか。
その額に一気に汗が滲み出すのを見ながら、彼女を支えて地面に足を着く。
あっという間に周囲を囲まれたが、術士たる僕にそのようなものは効かない。
幻術で作った蔦で武器を抑え込む。
「その子なら、彼らの事を倒せたんじゃないかい?」
茶化すように聞いてきた京楽隊長殿に、肩をすくめて答える。
諸隊長ならともかく、目の前に立った総隊長、京楽隊長、浮竹隊長、ここにはいないが、卯ノ花隊長は別格だ。
まだ、気は抜けない。
「……まさか。二発殴っただけでグロッキーになってるんですよ。そう上手くいくわけがないでしょう」
「……その子は、生きているのか?」
「もちろん。死ぬ気で殴れとは依頼しましたが、死ねとは依頼してませんから。……殺してやりたいくらい、嫌いな人種ではありますがね」
全快すれば当然息の根は止めさせてもらう。
この女は僕の宿敵であるからして。
「お主達が何者か、ハッキリとするまでは、命の保証はないと思えよ、六道九席」
「おやおや……。僕達は副隊長一人の命を助け、裏切り者を追い返した功労者だというのに」
からかうように笑えば、じとりとした視線が集まってくる。
とん、と腕を叩かれたのはその時だった。
支えていたスクアーロが、僕の腕を軽く叩く。
「骸……」
「……どうしました?」
「術が、解ける。つか、吐く……う"ぅ……!」
「はあ!?ちょ、ここで吐くな!」
ぶわりとオーラが剥がれていく。
スクアーロに取り憑いていた狐は、とっとと自身の要石へと引っ込んでいく。
ずるっと滑り落ちたスクアーロは、そのまま地面に手をついてかがみ込む。
既に髪色も、異様な容貌も元に戻っている。
咳き込みながら吐き出した吐瀉物には、血の色がかなり多く混ざっている。
「っ!まずは四番隊に見てもらおう。ああ、ちょうど卯ノ花隊長がいらしたようだね」
浮竹隊長の言葉に、ちらりと上空を見る。
彼女の斬魄刀である肉雫唼が、ゆっくりと降下してくるところだった。
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