×鰤市
「あの男は、……ダメだ」
藍染の元から逃げて、スクアーロの第一声がそれだった。
正直、我が耳を疑った。
ダメ……?
『強い』でもなく、『苦手』でも、『難しい』でもなく、『ダメ』ときた。
「……マフィアにすら恐れられた掃除屋の言葉とは思えませんね?」
「うるせぇ。とにかくあいつは、ヤバい。手を出しちゃまずいタイプの奴だぁ」
僕はこいつが嫌いだし、何なら今すぐに殺したいとすら思うほどではあるが、その実力だけならば信頼していた。
それが、ここまでハッキリと言うのを、自分は知らない。
「まともに当たって勝てる相手じゃあねぇ。オレとお前が協力してもだぁ」
「……」
ならば、諦めろとでも言うのか。
責めるような視線を向けてしまったのは、当然の事だろう。
ガットネロはふいっと手を振った。
僕の視線を振り払うような仕草に、疲れたような言葉が着いてくる。
「勝てない、が、まあ追い払うくらいは何とかなるだろぉ。……つーか、一発拳入れるくらいはしてやらぁ。オレだってムカついてんだよ」
チラリと視線を向けた先には、雛森副隊長がいた。
彼女の小脇に抱えられて、意識を失ったままぐったりとしている。
彼女を助けるつもりはなかった。
身の程も知らず、相手の素性を知ろうともせず、一番近くに居たのに何も気付かなかった愚か者。
それを助けたのはガットネロの独断だ。
主従という関係。
盲信とも呼べる信頼。
どこかで目にしたような繋がりと、それを覆す裏切りが、彼女の琴線に触れたらしい。
「……どちらにしろ、オレ達が手を出せる瞬間は決まってる。すべての戦いに決着がつき、藍染惣右介が虚圏に逃げ込むその瞬間だ」
「そこまでは手を出してはならない。……白蘭の言葉がどこまで宛になるんだか」
「ユニのお墨付きだぁ。今回は信頼するしかないだろぉ」
わざとらしくからっと笑って言い放ったこいつこそが、白蘭に最もぼこぼこにされた張本人ではなかっただろうか。
いや、まあ突撃するタイミングはこの際どうでも良い。
問題は、僕達の戦略、連携。
「どのように突入するつもりなんです。当初の計画通り、藍染のみを隔離して、僕達で連携して叩く、で構いませんか?」
「ふむ……」
少し考えた後、おもむろに話始めた作戦に聞き入る。
「……構いませんが、貴女の負担が大きいように思います」
「心配してくれるのかぁ?」
「そうではなく、依頼側の僕としては、負担は平等であるべきだと言っているのです」
「……まあ、一人でやる方が楽でなぁ。その代わり、腰巾着どもと、終わった後の処理はお前に任せる」
「……はあ。わかりました。そうしましょう」
「あと、有幻覚でもう少し武器増やしてくれぇ。ここで会ったとき渡したろぉ、白蘭の作った装置」
確かに受け取っていた、かつてヴェルデ博士が作った装置と同じもの。
これがあるだけで、だいぶ戦いの勝手が変わる。
「はいはい、わかりましたよ」
装置をつけた腕を軽く振る。
奇しくも、先程の彼女の振る舞いに似てしまう。
まあいい、ここまで来たら、後はあの男が無様に殴られる姿を悠々と眺めてやるさ。
双極の丘は近い。
そこには既に戦いの気配がある。
大きな霊圧が広がり、散っていく。
その凄まじさに目を細めた。
* * *
「……こりゃひでぇ」
双極の丘は血の匂いに満ちていた。
黒崎一護、阿散井恋次、そして朽木白夜。
彼らが、朽木ルキアを守るように、血濡れになって倒れている。
我々よりも先に、鬼道を使って転移してきていたらしい藍染惣右介が、更に彼らを追い詰めようとする。
それを急襲した、狛村左陣すらも難なくねじ伏せられている。
ここまで見てからようやく、『ダメ』と言われた意味を実感する。
格が違う……いや、次元が違う。
スペルビ・スクアーロならばと思っていたが、あまりにも負け戦が過ぎる。
素手ごろの……霊圧の絡まぬ戦いならばいざ知らず、霊圧の量こそがものを言うこの世界で、この差はあまりにも絶望的すぎる。
「死神が集まってきたなぁ」
『────や、圧巻だねー!そろそろ決着かなって思って通信を繋げたんだけど、ジャストタイミングだったみたいだ♪』
「……白蘭」
つくづく、恐ろしく感じる。
敵の強さをわかっていてなお、この女を送り出すこの男も。
それをわかっていてなお、まだ藍染を殴り飛ばす気でいるこの女も。
「さて、じゃあそろそろオレ達も行くぞぉ」
「……クフ、ええ、いきましょう。輪廻の果てより、死を連れて、あのすかした表情を歪めるためだけに……」
バカらしい。
バカらしい。
バカらしい。
しかし何故だか、このバカらしいほど採算の釣り合わない戦いが、いとおしく、面白い。
「僕も大概、恐がられる側の、狂った人間ということか」
既に走り出しているガットネロの後を追い、僕もまた戦場へと踏み出した。
さあ、尸魂界史上最大の喜劇が幕を開ける。
主役は僕達……?
いいや、あくまで僕達は異界の漂流者。
主役に値するのははせいぜい、あの大空の色を髪に戴く少年くらいだろう。
ただ、この場だけは、僕達のステージ。
この喜劇を更に掻き回す道化のショー。
さあ楽しめ、藍染惣右介。
そしてこの名を脳裡に刻み付けるが良い。
六道を廻った目を持つ男、六道骸の名を。
藍染の元から逃げて、スクアーロの第一声がそれだった。
正直、我が耳を疑った。
ダメ……?
『強い』でもなく、『苦手』でも、『難しい』でもなく、『ダメ』ときた。
「……マフィアにすら恐れられた掃除屋の言葉とは思えませんね?」
「うるせぇ。とにかくあいつは、ヤバい。手を出しちゃまずいタイプの奴だぁ」
僕はこいつが嫌いだし、何なら今すぐに殺したいとすら思うほどではあるが、その実力だけならば信頼していた。
それが、ここまでハッキリと言うのを、自分は知らない。
「まともに当たって勝てる相手じゃあねぇ。オレとお前が協力してもだぁ」
「……」
ならば、諦めろとでも言うのか。
責めるような視線を向けてしまったのは、当然の事だろう。
ガットネロはふいっと手を振った。
僕の視線を振り払うような仕草に、疲れたような言葉が着いてくる。
「勝てない、が、まあ追い払うくらいは何とかなるだろぉ。……つーか、一発拳入れるくらいはしてやらぁ。オレだってムカついてんだよ」
チラリと視線を向けた先には、雛森副隊長がいた。
彼女の小脇に抱えられて、意識を失ったままぐったりとしている。
彼女を助けるつもりはなかった。
身の程も知らず、相手の素性を知ろうともせず、一番近くに居たのに何も気付かなかった愚か者。
それを助けたのはガットネロの独断だ。
主従という関係。
盲信とも呼べる信頼。
どこかで目にしたような繋がりと、それを覆す裏切りが、彼女の琴線に触れたらしい。
「……どちらにしろ、オレ達が手を出せる瞬間は決まってる。すべての戦いに決着がつき、藍染惣右介が虚圏に逃げ込むその瞬間だ」
「そこまでは手を出してはならない。……白蘭の言葉がどこまで宛になるんだか」
「ユニのお墨付きだぁ。今回は信頼するしかないだろぉ」
わざとらしくからっと笑って言い放ったこいつこそが、白蘭に最もぼこぼこにされた張本人ではなかっただろうか。
いや、まあ突撃するタイミングはこの際どうでも良い。
問題は、僕達の戦略、連携。
「どのように突入するつもりなんです。当初の計画通り、藍染のみを隔離して、僕達で連携して叩く、で構いませんか?」
「ふむ……」
少し考えた後、おもむろに話始めた作戦に聞き入る。
「……構いませんが、貴女の負担が大きいように思います」
「心配してくれるのかぁ?」
「そうではなく、依頼側の僕としては、負担は平等であるべきだと言っているのです」
「……まあ、一人でやる方が楽でなぁ。その代わり、腰巾着どもと、終わった後の処理はお前に任せる」
「……はあ。わかりました。そうしましょう」
「あと、有幻覚でもう少し武器増やしてくれぇ。ここで会ったとき渡したろぉ、白蘭の作った装置」
確かに受け取っていた、かつてヴェルデ博士が作った装置と同じもの。
これがあるだけで、だいぶ戦いの勝手が変わる。
「はいはい、わかりましたよ」
装置をつけた腕を軽く振る。
奇しくも、先程の彼女の振る舞いに似てしまう。
まあいい、ここまで来たら、後はあの男が無様に殴られる姿を悠々と眺めてやるさ。
双極の丘は近い。
そこには既に戦いの気配がある。
大きな霊圧が広がり、散っていく。
その凄まじさに目を細めた。
* * *
「……こりゃひでぇ」
双極の丘は血の匂いに満ちていた。
黒崎一護、阿散井恋次、そして朽木白夜。
彼らが、朽木ルキアを守るように、血濡れになって倒れている。
我々よりも先に、鬼道を使って転移してきていたらしい藍染惣右介が、更に彼らを追い詰めようとする。
それを急襲した、狛村左陣すらも難なくねじ伏せられている。
ここまで見てからようやく、『ダメ』と言われた意味を実感する。
格が違う……いや、次元が違う。
スペルビ・スクアーロならばと思っていたが、あまりにも負け戦が過ぎる。
素手ごろの……霊圧の絡まぬ戦いならばいざ知らず、霊圧の量こそがものを言うこの世界で、この差はあまりにも絶望的すぎる。
「死神が集まってきたなぁ」
『────や、圧巻だねー!そろそろ決着かなって思って通信を繋げたんだけど、ジャストタイミングだったみたいだ♪』
「……白蘭」
つくづく、恐ろしく感じる。
敵の強さをわかっていてなお、この女を送り出すこの男も。
それをわかっていてなお、まだ藍染を殴り飛ばす気でいるこの女も。
「さて、じゃあそろそろオレ達も行くぞぉ」
「……クフ、ええ、いきましょう。輪廻の果てより、死を連れて、あのすかした表情を歪めるためだけに……」
バカらしい。
バカらしい。
バカらしい。
しかし何故だか、このバカらしいほど採算の釣り合わない戦いが、いとおしく、面白い。
「僕も大概、恐がられる側の、狂った人間ということか」
既に走り出しているガットネロの後を追い、僕もまた戦場へと踏み出した。
さあ、尸魂界史上最大の喜劇が幕を開ける。
主役は僕達……?
いいや、あくまで僕達は異界の漂流者。
主役に値するのははせいぜい、あの大空の色を髪に戴く少年くらいだろう。
ただ、この場だけは、僕達のステージ。
この喜劇を更に掻き回す道化のショー。
さあ楽しめ、藍染惣右介。
そしてこの名を脳裡に刻み付けるが良い。
六道を廻った目を持つ男、六道骸の名を。