×鰤市

骸と待つことしばらく、部屋には二人の影が見える。
それと同時に、部屋の一つにうっすらと気配が感じられた。
骸が指で合図を送ってくる。
来たのだ、藍染惣右介が。
姿を見せた二人は、確か三番隊の隊長と、五番隊の副隊長だ。
三番のはともかく、五番の女の子も噛んでいたのか……?
しかし、五番の……雛森の様子がおかしい。
ここには初めて来たようなリアクション。
そして、自分を招き入れた市丸への不信感。
この子は白……か。
やはり何も知らず、ここで……きっと処分されるのだ。
……残念ながら、藍染という男のような外道は、吐いて捨てるほど見覚えがある。
そう言う奴らは、そうする。
招き入れられた一室で、二人が何かを話し、雛森が振り向く。
その先に奴がいた。
別の部屋から出て、彼らの部屋の入り口に姿を見せたのは。
「……あ……藍染……隊……長……」
ああ、確かに。
聞いていた通りの、優しそうな顔立ちの男だった。
まさか彼に限って悪事を為すなど考えられない、そう思わせるような風貌。
なるほどこれは……質が悪い。


 * * *


それが現れたのは、突然であった。
殺すつもりで連れてこさせた雛森君に、私は当然刃を突き立てた。
予想していた通りの、鋼が肉体を貫く感触があり、熱い血潮が床を濡らす。
「ああ、惨いことをなされる」
「え……?……え?」
若い男の声と、雛森君の困惑したような声。
はっと振り返れば、入り口には三つの影。
ひとつの影は見覚えがある。
十二番隊の席官だったはずだ。
真ん中の一人は、先程まで間違いなくこの手の中に死体でいたはずの、雛森桃。
一人だけは知らない人物だった。
白銀の長い髪を背に流し、鋭い目でこちらを睨め付けている青年。
年の頃は二十代初めといったところか。
いや……大人びて見えるが背格好からして報告にあった旅禍だ。
もしかするともう少し若いのかもしれない。
「なんで……あたし、今刺されて……?」
「ええ、そうですとも。雛森副隊長、貴女は敬愛する藍染隊長に……ああ、なんと悲しいことか、裏切られ、そして殺されるところだったのです」
「臭い泣き真似だなぁ六道」
「おや、そうでしたか?クフフ、では嘘偽りのない僕の言葉で伝えましょう。愚かな副隊長、貴女は大罪人藍染惣右介に利用されていた。挙げ句用済みになり殺されかけた。なんと……なんとまぁ、愚かで可哀想で……滑稽な人だろう」
「そ、そんな……あたしは……でも、でもこんなの、何かの間違いよ!」
「間違いだったら良かったなぁ。だが、見ろ」
白い男の指が、ひたりとこちらを定める。
突き刺したままだった刀を鞘に納め、口の端を持ち上げた。
ああそうとも、部下を殺すことも、殺し損ねることも、尸魂界を裏切ることも、私の前では全てが些事にすぎない。
「藍染惣右介は、貴女の存在など、歯牙にもかけていないようですねぇ……」
「驚いたな。六道……骸君と言ったかな?君がここまで嗅ぎ付けているとは」
「クフ、そう難しいことではありませんでした。僕もまた、貴方と似ていましたからね」
「う"お"ぉい、御託は良い。確認はできたぁ。次の仕事に取り掛かるぞぉ」
「命令しないでください、この腐れマフィアが。……刃を合わせずに引くのですか?」
「十分だぁ」
六道と言う男にバレていたことも意外だったが、彼が旅禍と協力をしていたこともまた予想外だ。
そしてそれ以上に、彼らが引こうとしていることがまた理解出来ない。
こうして姿を見せた以上、自分はこれ以上隠れているつもりはなく、また尸魂界への裏切りを知られることも、大きな障害にはなり得ない。
誰かに知らせるために引く訳ではない。
ならば、何のために姿を見せ、何のために引くのか?
そして、次の仕事とは……?
「逃がすと思うのかな?」
「クフ、クフフ。逃げますよ、僕達は。そして貴方はそれを止めることなど出来ない」
「さて、どうかな」
「ガットネロ」
「ああ」
ギンが斬魄刀を伸ばす。
その鋒が白い男の喉を貫いた……はずだった。
貫かれたその喉から、彼らの姿がドロリと溶けるように消え落ちる。
はっと視線を横にずらせば、そこでは白い男が空間を引き裂くように腕を振るっていた。
その軌跡に、黒が残る。
あれは……いや、そんなまさか……!
「arrivederci、藍染惣右介」
「黒腔(ガルガンダ)か……!」
「いいえ。貴方の見たこれを、この世界の基準で図るべきではない。これはどこにも繋がってはいない袋小路。しかしそれ故に、どこにでも繋がる魔法の空間」
黒い孔に飛び込み、姿を消したはずの六道の声が響く。
何かしらの鬼道を使って……いや、周囲の霊圧に乱れはない。
ならば、ならばこれは……なんだ?
既に彼らの気配はない。
雛森君もまた、彼らにつれられて姿を消した。
「すんまへん、逃がしましたわ」
「いや、こればかりは仕方がない。私も予想できなかったイレギュラー……。あの言い様ならば、恐らくはまた姿を現すだろう」
まずは、崩玉の奪取が先だ。
部屋を出ようと脚を向ける。
その音がどこか重たい。
ふと、近付いてくる気配に気が付く。
日番谷君か。
足音荒く現れた彼は、まず私の顔に驚愕を浮かべる。
彼らを敵として扱う私の話に、再び驚きを露にし、そして彼は訪ねる。
「雛森はどこだ……」
「さあ、私も知らないな」
こればかりは、本当の話。
連れ去られてしまった以上、わざわざ出向いて殺してやる義理はないだろう。
しかし、彼ははっとした様子で、私達の間を駆け抜け、部屋の中に踏み込む。
「──ひ……雛、森……」
「……何?」
そこには、雛森君がいた。
いや、居たと言うより、合ったと言う方が適切か。
雛森君の死体が、部屋の真ん中に転がっている。
胸から血を流し、光の灯らぬ目を見開き、うつ伏せに倒れ込んでいる。
すぐに、それが彼の仕業だと察した。
「……やってくれるな、六道骸」
無いものをあるとし、あるものを無いとする。
なるほど確かに、その力は私の力と、よく似ている。
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