×鰤市

オレの感知に、その巨大な霊圧が飛び込んできたのは、探索に出てすぐのことだった。
隠すつもりもない、殺気と闘気。
仲間のものではないようだし、この量と質を鑑みるに、恐らくは隊長格のものだろう。
しかし、相手の霊圧を探ると、こちらもまた隊長格らしい。
事態の異様さに、一瞬脚を止める。
『──……ロ、ガットネロ!聞こえますね?』
「っ!聞こえるぜぇ。あの霊圧……隊長格同士のいざこざかぁ?」
『いざこざなんてレベルではありませんが……。様子を見てきてください』
「ふん、了解した」
骸からの通信を受けて、霊圧の発生源へと脚を向ける。
やはりあれだけの霊圧、瀞霊廷中に響いているらしい。
駆けつけた先に、氷を見た。
辺り一帯を凍らせんとする凄まじい冷気、霊圧。
これは……うん、近付きすぎるのは危険だな。
被害の無さそうなギリギリのところまで近付いて、様子を窺う。
戦っているのは二人、どちらもオレと似た銀髪か、白髪。
一人は子供のように見えるが、もう一人は背が高くガタイもいい。
背の高い方の腕を、子供の方が鎖で縛って捕らえようとしているらしい。
彼らよりもずっと手前には、女の子が一人倒れていた。
その近くには、たった今駆けつけたらしき髪の長い女性。
ああ、気配を殺しているらしいが、もう一人、氷に飲まれかけている男がいるか。
こちらは……既に瀕死に近いようだ。
この氷のせいだろう。
突然、背の高い男から、粘つくような殺気を感じた。
次の瞬間、そいつから刃が伸びてくる。
ふと思い出す。
この男は確か、瀞霊門の前で兕丹坊の腕を切り落とした奴……!
背の低い方が辛うじて攻撃を避けるが、その刃は彼の背後にいた少女を目掛けて進むのを止めない。
慌てて駆け付けた女性が、刃を自身の刀で防ぎ、一応は事なきを得た。
するりと、気配を消して少女の方へ近付く。
「……ちょう、藍染、隊長……あたし、あた……ごめんなさ……」
うわ言のように呟く声が聞こえていた。
藍染隊長。
彼女は、奴の本性など知らないでいたのだろう。
慕っていたのだろうか、今、彼女はあの藍染の為に涙を流している。
そっとその涙をぬぐう。
「っ……!てめぇ!何をしている!」
「!?いつの間に……!」
あの伸びる刀の男は消えている。
残った二人が、ようやくこちらに気が付いた。
二人の声を無視して、少女のうわ言に耳を貸す。
「あたしが……気付いてたら……ごめ……なさ……」
「ああそうか」
裏切られたんだな、この子は。
今まで、藍染と言う男に深く思うところはなかった。
酷いことをしているとは聞いていたけれど、直接それを目にしたわけではなかったからだ。
だが、今ここに、確かな裏切りの証を見た。
悪夢に苦しむ少女の意識を、雨の炎で深くまで落とす。
「てめぇ!」
背の低い隊長の刀を避けて、その場から離れる。
近付けば更に、彼の幼い容貌がわかり、眉間のシワが深くなる。
「雛森に何した!」
「……深く眠らせただけだ。すぐに目を覚ます」
大切な人なのだろう。
殺気だって吠える様子が、警戒して唸る野良猫のように見えた。
「そうか、こうして裏切っていくのか。あいつは……ああ、確かに、あいつが許すのならば殺してやりてぇなぁ」
骸の殺意に、オレはここに来て初めて共感できた。
あの少女は、藍染の部下か、そうでなくとも親しい仲だったのだろう。
でもそれは少女にとっての関係でしかなく。
藍染にとっては、いつでも彼女を切り捨てられたし、難なら彼女は、都合よく使える駒でしかなかったのかもしれない。
慕っていたのに。
尽くしていたのに……。
「何の話を……お前、旅禍か?」
「……その子のこと、ちゃんと守ってやれよ」
「は……?あ、おい!」
夜の炎でその場から脱する。
骸の部屋に転移し、そのままの勢いで床を叩いた。
「うわっ!ちょ、なんですいきなり」
「藍染、殺す」
「ひぇこわ、なんですその突然の殺意。というか殺しちゃダメって言われてるでしょうが」
「……む、ぅ……」
「まったく、何があったか知りませんけど、まずは報告を」
「……わかった」
自分は、とても恵まれていたのだと思う。
XANXUSは、そりゃもう自分勝手で我が儘放題だったが、それでも向けられた忠義には誠実な男だったと思う。
家族の愛情を知らずに育った奴だったから、愛だ何だと言うものは信じちゃいなかったが、その分、強さに裏打ちされた主従関係は信じていた。
オレだって同じ……。
あの強さに憧れた。
あの苛烈さに心を奪われた。
あの男の怒りを信じて着いてきたから、オレは生きてこられた。
「……なるほど。それは確かに、貴女の地雷を踏んだようなものですね」
「殺せねぇのはわかってる。でもよぉ、あいつは……」
「ボコボコにしますよ。当然でしょう?そのためにわざわざ、僕は貴女と組んだのですから」
「っ……!ああ!」
骸とは軽く情報交換をして、すぐに部屋から出た。
あまり長居しても、骸の立場を危険にさらすだけだろう。
ただ、収穫は大きかった。
チャド、石田、岩鷲は四番隊の牢に入れられてるらしい。
少なくとも、処刑が終わるまでは、どうこうされることもないそうだ。
井上は行方不明。
ただ、最後に目撃されたときには、十一番隊の人間といたらしいが、帰り際に寄った十一番隊舎からは、戦いの気配等はなく、ちらりと感知できた井上の霊圧も安定しており、恐らくは十一番隊に匿われている、というところなのだろう。
式神からも異変の報告はされていない。
そちらはひとまず気にしなくても良いか。
問題は、やはり黒崎の修行の行方だ。
勉強部屋に戻り、部屋の隅を覗く。
黒崎が一人で熟睡している。
夜一はいない。
外に出たのか、気配も希薄だ。
なら、風呂でも入ってしまうか。
さっさと服を脱いで、雑に髪を結って風呂……温泉?に浸かる。
大きい風呂にはあまり入ったことがない。
こういう経験は貴重だ。
「ふっ……ぅ~ん、極楽だぁ……」
じんわりと温もりが肌に沁みる。
怪我を治す湯、とのことだが、体力回復効果もあるのか、感じていた疲労が僅かばかり取れた気がする。
便利なものだ。
こういうのが昔にもあったら、仕事も少しは楽できたのかな。
ただひとつ、こう開放的なのはあまり気分が良くないけれど。
「……覗きは感心しねぇな」
「なんじゃ、気付いておったのか」
温泉の後ろにそびえる岩の陰に、ひっそりと夜一が立っていた。
いつの間に戻ってきたのか。
いや、戻ってきたのはいつでも良いが、人の風呂を覗くんじゃねぇっての。
「薄々気付いてはおったが、やはりお主、女か」
「……そうだな。だから、どうしたぁ?」
言葉が刺々しくなってしまうのは、仕方ないだろう。
こっちだって事情があるんだ。
そう探られるのは好かない。
……でも、少し意外だったのは、浦原が彼女にオレの事を話していなかったことだ。
それくらいの情報共有はしてそうだと思ってたけど、言わないでいてくれたのか。
「いや、わかったからと言って特に何もないが……。一護は知っておったのだろう?」
「……まあ、成り行きでな」
一護は知ってて自分は知らないのは不服、という文句が、その端正な顔にでかでかと書いてある。
言葉遣いも合間って、どこか……そう、義妹であった彼女の事を思い出す。
「……チッ。そろそろ出る。あんたも少し休んでおけ」
「わかっておるわ。にしてもお主、痣がひどいのう」
「……るせぇ」
痣、というのは、この全身を覆う昔の傷のことだろう。
かつて負った傷の跡は、生まれ変わった今もなお、この体に残っている。
それが、嬉しいと思えてしまう自分は、きっと少しおかしいのだろう。
体を拭いて服を着る。
そう汚れることもしていないが、流石にそろそろ替えの服が欲しい。
変装するときにパクってきた死覇装でも良いが……、着物はどうにも落ち着かない。
服については保留にするしかないだろう。
一護達から少し離れた場所に座り、仮眠を取る。
明日も、奴らは朝から修行だ。
手伝えることは少ないが、サポートは必要だろう。
処刑日まではあと10日。
そろそろ、時間もない。
黒崎の修行はどうなるのだろう。
うまく行く可能性は、恐らく低い。
それでも、あいつはやり遂げるような気がしていた。
「気合い入れろよ、黒崎」
まだ寝ている黒崎に向けて、そう呟いた。
明日の修行も、厳しくなりそうだ。
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