×鰤市

護廷隊に入った当初から、いや、ここに入る前からずっと、憎んでいた男が二人いる。
一人は藍染惣右介。
もう一人は、涅マユリ。


 * * *


「……クフ、困りました。旅禍を手助けするつもりではなかったのですが……」
「また君かネ……」
「クフフ、そのような顔をなさらないでください、『隊長』。彼らもまた、貴重な人材なのです。死なせては勿体無い。腕がもげていても、脚が潰れていても、治せば使えますからね。死ななければ、まだ、まだ使えるのですから」
周りは、重傷を負った隊士達の苦悶の声に溢れていた。
目の前には涅マユリ。
背後には旅禍が二人。
この旅禍を捕らえるために、涅マユリは隊士達を人間爆弾として送り込んだ。
と言っても、爆発は極小に留まり、全員重傷ながらも生きている。
僕が、そのように操ったからであるが。
「私の邪魔はそんなに楽しいかネ?……六道骸第九席?」
「まさか!僕が貴方を止めるのは一重に、貴方の率いるこの隊が、長く平穏に続くことを願ってのものですよ、涅隊長!これ以上殉職者が相継ぐようであれば、監査対象になると言われておりましたでしょう?」
「……チッ、ならさっさとそこの隊士どもを片付けて下がりたまえ。今度こそは邪魔でしかないヨ」
「勿論ですとも、隊長の御意のままに」
部下を呼んで隊士達を回収させる。
こんなに潜ませてたのかとばかりに顔をしかめられるが、知ったことじゃあない。
人を人とも思わぬ振る舞い。
平気で他の死神を使い潰す悪魔のごとき所業。
憎むべく男の、その部下として、僕は働いている。
立ち去るときに、眼鏡の少年に探るような視線を向けられた。
敵対の意思はないのだと、肩をすくめてみる。
どうやら彼に伝わったらしく、そのまま僕達は見逃された。
僕は、涅マユリを、死ぬほど憎んでいる。
だが彼がどれ程に残酷な研究をしていようと、それを殺せずにいる。
彼の欲求は人道などを無視した残虐無道な物だったが、その全ての根本には、『尸魂界の為』という大義があった。
何より、こんな外道だろうと、手を借りなければ藍染惣右介に敵わない。
恥を忍んで、激情に耐えて、あの男の下で、その悪逆をコントロールしてきた。
「……はあ」
少しばかり、疲れた。
目の前で奴の糞のような実験を見守るのも、気付かれぬように、しかし警戒されることで矛先を逸らすように立ち回るのも、自分らしくない、……まるであいつのような、面倒極まりない立ち居振る舞いだった。
もう少し、後少し、藍染を殺すまでは、言いなりになる事を我慢しよう。
そうして耐えてきたのに、虹の姫巫女からは『殺すな』という指令が出ている。
……そもそも、自分達では、殺すのも相当難易度が高いことではあるのだが。
「……」
あの女は、自分を上手く使えと宣った。
上手く使えだと?
僕は、僕は仲間を率いて戦ったこともあるけれど、そもそもが人を使う立場の人間ではない。
どうしろと言うんだ、どいつもこいつも、勝手ばかりを言って。
「……もう、嫌になる……!」
ぎりぎりと歯が軋む。
次にあったら、あいつを殺してやる。
ガットネロ、不幸の象徴、血に塗れたマフィアのシンボルめ。
どうせ殺しても死なないんだ。
せいぜい憂さ晴らしに殺させろ。
「はあ……」
ああ、今日も、憂鬱だ。


 * * *


「ぶっくしゅ!」
「風邪か?」
「いや……寒気が……」
背筋がゾワゾワとして、思わずくしゃみが出た。
地下、勉強部屋。
目の前には、自分の斬魄刀と闘う黒崎の姿がある。
刀と闘う……等と、妄想じみた発言に思えるのだろうが、事実、オレの目の前にはサングラスを着けた大柄な男が立っている。
「刀を屈服させる、ね……」
今日から三日の間に、黒崎はこの斬魄刀を屈服させ、卍解という力を手に入れなければならない、らしい。
死神って奴も謎が多いが、この斬魄刀ってのも謎だ。
ただの刀が変形する……まではまあわからなくもない。
そういうものは、少ないとはいえ、有る。
しかしそれが独立した意思を持ち、しかし本質は持ち主の魂と深く繋がっているって言うのは……。
妖刀とも違う。
妖そのものとも違う。
ただ変形ギミックを着けただけの刀は意思など持たない。
そもそも刀を屈服させれば更なる力を解放できるってのも不思議。
見る限り、斬魄刀って奴は死神の持つ霊力を外界に向けて、攻撃の意思をもって発するための道具であるように考えられる。
元から卍解というギミックが備え付けられてるならば、純粋に霊力を上げていけば、どこかしらでロックが外れて解放されるんじゃねぇのか。
それが妖刀の様なものであるならば、力を注げば注ぐほど強くなるものだが、斬魄刀は違う。
「変な刀だなぁ」
「そうかのう?」
まあ、しかし、『そういうもの』なのだろう。
これがこの世界の理で、これがこの世界の常識なのだ。
「それより、何か用か?」
「……あ"あ、飯出来たぜぇ。今日は一度中断して、体を休めたらどうだぁ?」
「ふむ……確かにそろそろ丁度いい時間じゃな」
一護を呼びに行った夜一に背を向けて、志波邸でもらった干物や、掻っ払ってきた米で作った簡素な夕飯を用意する。
夜一も随分と疲労しているようだ。
あの卍解修行用の道具、かなり霊力を喰うらしい。
「おお……ちゃんとした夕飯……」
「鍛えるには動くだけじゃなくて、ちゃんと食うもの食わねぇとなぁ。つっても、簡単なもんしか出来ねぇが」
「十分じゃろ。一護、奥の岩場に風呂がある。先に汗を流してこい」
「うーす」
何となく、運動部の監督と部員っぽい、気がする。
部活入ってないからわかんねぇけど。
しかしあれだな、朽木の死刑が迫る中で、こんなゆったりとした時間を過ごしているのは、なんだか落ち着かないというか、不思議な感覚だ。
ヴァリアーに居た頃から、任務中に体を鍛えるなんて中途半端なことはしていなかった。
あまりにも急を要する事態だから仕方ないとはいえ、今回の救出作戦は、あまりにも黒崎の成長力に懸けすぎてる気がする。
確信がある故の決行だったのだろうが、自分としては不安がつきない。
何せ相手は……全ての死神を欺く男、藍染惣右介。
彼らはその黒幕の存在を知らないようだが、この調子では、朽木白哉に迫ることはできても、藍染までは牙が届かない。
「御馳走様」
「お"ー」
案外綺麗な箸使いで夕飯を食べ終わった夜一が、器をそのままに風呂がある方へと歩いていく。
良いとこのお嬢って感じだなぁ。
器やなんかは、いつもは誰かが片してくれてたってところか?
自分の分と合わせてさっさと洗い、何故だか騒がしい風呂の方へと脚を向けてみた。
「随分騒がしいがぁ……大丈夫かぁ?」
「ぶふぁっ!スクアーロ!?」
「お、結構でけぇな。風呂っつーか温泉……?」
「む、お主も入るか?」
黒崎は何故か顔を真っ赤にしているし、夜一は何故か猫の姿に戻っている。
状況に戸惑いつつも、彼女の問い掛けには首を横に振った。
「いや、少し出てくる。他の奴らがどうしてるか、集められるだけ情報集めてくるよ」
「それは助かる」
「……頼むな、スクアーロ」
「お"う。お前は明日の修行始めるまで、ゆっくり休んでおけよぉ」
骸と話し合う必要も、今は特にないものだから、正直な話、自分がすべきこととなると、あまりないのだ。
白蘭からもらった予備の通信機を渡してあるから、骸とはすぐに連絡がとれるし(応じるかはわからねぇが)、白蘭達とは逆に通信が不安定すぎるものだから、頼りにも出来ないし、こっちからじゃあどうすることも出来ん。
そして気掛かりなのは一緒に瀞霊廷にまで来た仲間達だ。
岩鷲達は恐らく無事だろうが、他の奴らは全く情報がない。
霊圧は確認できてるし、生きてはいるのだが、場所がどうにも探りづらい。
円で探れば分かりそうなものだが、大分距離があるようで、オレの感知できるところには引っ掛からなかった。
勉強部屋を出て、辺りに人の気配がないかを注意深く窺う。
誰もいないことを確認してから、岩場を蹴って飛び出した。
円に掛からないのなら、脚で探すより他ない。
恐らくは一時的に人を閉じ込める牢屋か、傷病者を入れる病棟のような建物にいるだろう。
検討はつくが、まだこの場所の地理も把握できていない。
こういうこちらの事情には、骸は手を貸してくれないだろう。
ため息を吐いて、廷内を走り回るべく、脚に力を込めたのだった。
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