×鰤市

オレが剣を構えて飛び出すのと、白哉が斬魄刀を振り上げるのとは同時だった。
だが、オレ達が再び鎬を削る事はなく、目の前に現れたもう一人の白羽織の男に、咄嗟にその場を飛び退いて下がる。
強い、事だけは理解した。
だが敵意は感じない。
オレの後退に、一瞬出来た隙を突かれて、白哉の腕がその男に捕まえられた。
「ふうっ!やれやれ、物騒だな」
白羽織ということは、彼もまた隊長なのか。
朽木が『浮竹隊長』と呼んだことで、男の名前を把握した。
「浮竹……」
「……君が旅禍の内の一人の、銀髪の少年だね。霊圧の感覚からすると、副隊長相応のようだが、朽木隊長とやりあって無傷とは……」
「……」
副隊長相応……ね。
前世の経験と、培ってきた異世界の技があるからこそ対等にやりあえてるのだ。
自覚はあったが、他人から言われると少し苛立ちを感じる。
つまりそれは、この世界の基準ではオレは目の前の相手より弱いのだと言われているに等しいのだから。
隊長格が二人揃ったことに慌てる岩鷲を、手を上げることで制する。
敵意のない相手だ、わざわざ戦闘に持ち込む事はないだろう。
……白哉がどう動くかは分からないが。
「殺気を引っ込めたということは、そちらに敵意はない、ということかな?」
「敵意も何も、朽木白哉が攻撃してきたから反撃したに過ぎねぇ」
「攻撃、だと?こちらは侵入者の排除をしようとしたまで」
浮竹という男も、油断はしていない。
していないが、しかしこちらを無理に攻撃する気もないようだし、いくらかは話が通じそうだ。
「で、だ。こっちは仲間連れてとっとと逃げたいところなんだが、そっちはそうもいかねぇだろぉ」
「おめおめと見逃すわけにはいかないね」
「……だろうなぁ、隊長一人が殺された事件の重要参考人だぁ。オレでも、ここで捕らえたいと思うだろうな」
「!知って……いや、関わっている、ということか!?」
藍染のことをちらつかせると、その顔付きが変わった。
これまでの余裕がなくなり、緊迫した視線が向けられる。
「オレじゃない。旅禍の誰か、でもねぇ。だが、情報はある」
「なんだと!?」
「知っているのならば話は早い。捕らえて吐かせるまで」
「オレが話したところで、どうせ信じやしねぇだろうから、話す気も、捕まる気もねぇよ、バァカ」
「貴様……」
「落ち着け白哉!」
思っていたより、朽木白哉という男は短気らしく、表面上は無感情で冷静なように見えるが、少し煽れば、すぐに刀を構えて半身を乗り出す。
浮竹が止めていなければ、すぐにでも攻撃を始めていただろう。
「オレは捕まるわけにはいかねぇ。ただ、こいつら三人連れて逃げる能力は、ない」
「はあ!?お前助けに来てくれたんじゃねぇのかよ!」
「っせぇドカスがぁ!合流もせずに一番あぶねぇとこ突っ込んだテメーらが100悪いだろうがぁ!死ななかっただけ安いと思え!」
「せせせせ正論で返すんじゃねぇ!反論できねぇだろうが!」
「じゃーあ反論しないで大人しくしてやがれボケがぁ!」
邪魔は入ったが、言いたいのはつまりこう言うことだ。
「朽木白哉ぁ、オレを捕まえられたらしゃべってやってもいいぜぇ。だが、代わりにこの三人の処遇は浮竹、テメーが決めろ」
「……朽木と、その二人の身柄を俺に託すということか?」
「朽木白哉よりは穏便に進められんだろぉ。……人を見る目はあるつもりだぜぇ」
「ちょおーっ!待て待て待て!!オレ達に大人しく捕まれってことか!?」
「そう言ってんだろうがぁ!わかったら大人しくしてやがれ暴れ猿!」
「ウキー!テメーぶん殴……」
「縛道の一、塞!」
「ギャー!」
「が、岩鷲さーん!?」
一瞬止まったゴリラもとい岩鷲の体を縄でぐるんぐるんに縛り上げる。
ふごふごと猿ぐつわ越しに何か叫びたそうにしているが、すべて無視して、少しだけ耳元に口を寄せた。
「その内オレか、それ以外の誰かが助け出してやらぁ。それまでに腕の傷治しとけぇ」
「むぐぉ!?」
「おいチビ、お前は岩鷲と黒崎の人質だろぉ。暴れないで大人しくしてなぁ」
「な、なぜそれを!?というか、僕は……!」
「う"ぉい浮竹ぇ。こいつらは差し出す。そんで、朽木白哉ぁ。……もう少し遊ぼうや……!」
「……その度胸だけは、評価してやろ……、……っ!?」
突然のことだった。
重苦しいほどの、大きな霊圧が迫ってくるのを感じる。
これまで見てきた中でも、同等量の霊圧を持っていたのは一握り。
そう例えば、目の前にいる二人の隊長と、同じくらいの濃い霊圧……。
ばさりと羽ばたくような音がした。
鉄錆びに似た臭いが鼻を掠める。
橋の下から、大きな翼を握った黒崎が、舞い上がってきた。
何処から飛び出してきたんだか知らねぇが、岩鷲とチビに声をかけ、そしてオレの前に立ち一言。
「怪我ねぇk」
「タイミング考えろやぁ!!」
「ふごぁ!!?」
「い、一護ー!!?」
「一護さーん!!」
思い切り頭突きを入れた。
纏まりかけていた話が台無しである。
見ろ、朽木白哉のスンってなっちゃったあの顔!
完全に血が上ってたのに覚めちゃっただろ!
後は上手い具合にあいつ撒いてとんずらすりゃあ良いな~とか思ってたのに、計画台無しかよ!ボケが!
「何でそんなに怒ってんだよ!?」
「てめぇがくそみてぇなタイミングで割り込んでくるからだろぉがぁ!夜一どうしたぁ!合流してただろ!さっきまで一緒にいたことは霊圧で分かってんだぞお"らぁ!!」
「いででででで!!!待ててめっ……ちょっ……髪の毛抜けるっての!!」
禿げろ、いっそ禿げになれ。
ぶんっと黒崎を朽木ルキアの目の前までぶん投げたところで、夜一が現れる。
「スクアーロ、無事じゃったか……!」
「……?……夜一……?」
「む、そう言えば人の姿では初めてか。しかし、あまり説明をしている暇は無さそうじゃな」
「……おお」
随分と綺麗な女の人が、あの口調で現れた。
霊圧が同じだったからわかったけど、ええ……マジか。
ただ、彼女の言う通り、うだうだやっている暇がないのは確からしい。
朽木白哉がこちらに霊圧を向けている。
「一護は儂が連れて帰る。お主は……」
「朽木白哉を引き付ける。三人のことは浮竹に預ける。悪くはされねぇだろぉ」
「そうじゃな。……無理はするなよ」
「任せなぁ」
夜一の合図でオレが前に出た。
黒崎は成長しているのだろうが、それでもまだ、白哉には敵わない。
夜一と二人、何かを話し、そしてすぐに黒崎が倒れた。
「お前はオレとだぜぇ、朽木白哉ぁ」
「……大層な口を、」
じり、と相手の草鞋が音を立てる。
オレは持っていたワイヤーを伸ばした。
「利くな、小僧!」
一瞬、奴の姿が掻き消えた。
いや、大丈夫。
それが瞬歩と呼ばれる歩法であることも、彼の位置も、把握できている。
背後からの一撃を剣で防ぐ。
一瞬驚いた素振りを見せたが、それもすぐに消え、第二撃に移ろうとその脚に力が入る。
オレは瞬時に体勢を低くして、思い切り足払いを掛けた。
「っ!?」
相手が大きく体勢を崩す。
その瞬間に、奴の体に巻き付けたワイヤーを引き、思い切りぶん回した。
「なっ……!兄様っ!?」
「朽木ぃ!また来る!いや、オレでなくても助けは必ず来る!それまで、諦めるんじゃねぇ!」
「っ!スク──」
答えを聞かずに、吹っ飛んだ白哉の後を追い、橋の外へと身を踊らせた。
向こう側の橋との間には、既にワイヤーを張り巡らせてある。
宙を走るようにして、うまく着地をした奴に向かった。
既にワイヤーは千切られている。
さて、うまくこいつを引き付けつつ、しばらく時間を稼がねばならない。
思っていたよりも早い攻撃を、必死で避けながら走る、走る。
そしてルキアのいた牢よりも随分と下った場所……大きな階段の下で、がくっと膝から力が抜けた。
あ、まずい。
そう思った瞬間、背後から地を這うような声が聞こえた。
「散れ──千本桜」
体勢を立て直すより前に、凄まじい質量の刃が襲い掛かる。
頬を切り裂き、肩を抉り、腸までもを齧り取って……。
その体は、ぼふんっと間抜けな音を立てて、僅かな煙と、白い紙の人形だけを残して消えた。
「これは……偽物か……?」
当たり前だろう。
わざわざ本体が相手をしてやる理由はない。
白哉に蹴りを入れる前、橋の下を通ったときに、オレは既に分身体と入れ替わってた。
じゃあ本体はどこに……?
そんなの簡単だろう。
「よぉ、お帰り」
「な……なんでお前オレ達より先に帰ってんだ!!?」
地下の勉強部屋(初代)。
帰ってきた二人を、手当て用の道具一式を持って出迎えていたのであった。
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