×鰤市

藍染惣右介が死んだとの報は、あっという間に尸魂界中を駆け巡った。
電話機がありゃあ、もっと早くに伝令は終わっていたのだろうが、ここは科学技術等はあまり発展していないらしい。
死んだ。
藍染惣右介が。
「そんなわけない!初めからわかっていたはずなのに!」
「落ち着け、六道」
骸がここまで荒れるのは珍しい。
余程、自分が幻術に欺かれた事が腹立たしかったらしい。
「ク、フフ。貴女がまるで意にも介していない所を見るに、あれは条件発動タイプの術なのでしょうね」
少しずつ、いつもの人を食ったような笑みが戻ってくる。
あえてそうして笑って、いつもの自分を取り戻そうとしてるのかもしれないが。
「つまり、お前らはその条件を満たしている」
「恐らく条件は、斬魄刀の解放か……その能力の一部を目にすることだと思われます。あの男は確か、学院の講師として斬魄刀を披露したり、入隊後の隊員向けの勉強会でも、能力を使っていたはずですから」
「なるほど」
それなら、相手に疑問や警戒を抱かせる事なく、術にはめられるって訳だ。
「術士である僕や、耐性のある貴女ならばどうにかなるかもしれません。しかし他の死神達は……」
「自力で解くことはほぼ不可能だろうなぁ」
そういう術があると知っていて、対処法を持っているオレ達と違い、彼らは騙され続ける以外に出来ることはないはず。
「少なくとも、君の仲間である旅禍の連中が術中に嵌まらないよう、十分注意すべきでしょう」
幻術が解けない以上は、術にかかった連中じゃ戦力にならない。
これ以上戦力が減ることだけは避けねばならないだろう。
「全く、やはり藍染を殺すには、貴方の力を借りなければいけないようですね……」
「……あー、それ、なんだがなぁ」
「?」
浦原の店に出る直前、白蘭とユニから言われていたことがあった。
「『殺すな』ってよ」
「……は?」
「殺したら、今後どんな影響が出るかわかんねぇから、殺すなって」
「はあああ!!?」
『そーだよー!殺しは今回禁止♪』
「うわぁ!?」
今日の骸は随分と忙しい。
着けていたピアスから、小さな白蘭の姿が投影され、あの軽薄な声と共に小躍りし始めたのを見て、思わず息を吐き出す。
「よーやく通信が繋がったかぁ」
『何とかね~♪でもやっぱりちょっと不安定かなぁ。改良しなくちゃね』
その言葉通り、奴の映像や音声には、時折ザザッとノイズが入っている。
『ひとまず、言っとくことは言っとくよ!藍染は後々の戦力になり得るから殺すのはバッテン!でも最後の最後で思いっきり殴るのは構わないよ!どうせ、一発くらい食らわせなくちゃ、こっちに来る気にはならないんでしょう?ならいっそ思う存分やっちゃって♪僕からは以上。ユニちゃんからは怪我はしないようにって!』
「了解」
「っ!ユニの、予知ですか」
『ザッ──あと一つ!奴には絶対に捕まらないで!』
「了解」
「ちょっと答えを……捕まえに来るんですか!?」
『──ザザ─ザッ─ごめんそろそろ無理みたい♪また通信するね!じゃ!』
「ちょっとぉ!」
納得のいっていない骸が、ブスッとした顔で映像のあった場所をべしっと叩く。
「そんなわけで、殺しはNG」
「わかりましたよもう!代わりに地獄を見せてやる!」
「うわぁ……」
逆に何かエンジンがかかってしまったらしい。
まあ、やる気があるのは良いことだろう。
さて、その後大まかな流れを話し合い、オレは骸と離れ、朽木が居るという懺罪宮へと向かった。


 * * *


懺罪宮、とは随分とまた仰々しい名前だ。
オレから見れば、何の飾り気もない寒々しいただの牢屋にしか見えないけれど。
そんな牢の中に、朽木ルキアがいた。
死人のように青白い顔で、真っ白な装束を着込んで、窓から小さな空を見上げている。
「こんなところにいたら、頭がおかしくなっちまいそうだなぁ」
「……?今、誰かの声が……」
窓の外で呟いたはずなのに、中まで響いてしまったか。
姿を見せるべきかは、迷っていた。
今姿を見せたところで、助けられるわけではない。
骸との話し合いの結果、藍染が動き出すまでは目立たないようにと、かなり厳しく言い付けられたものだから。
ここに来たのは純粋に、牢の辺りなら死んだふりして身を隠すにも、人の目が少なくて便利だろうと踏んだこと、そして今回の鍵でもある朽木の様子を藍染が窺いに来ている可能性が、低くともあったからだ。
接触があるとは思えないが、何か変化があればと来てみた。
……何も、無さそうではあるけれど。
骸は、別の場所に寄るのだと言っていた。
藍染を追う心当たりでもあったのだろうか。
つっても、一人で特攻キメるような考えなしじゃあねぇ。
通信機は渡してある。
本人が満足すれば、オレの事も呼んで上手く使うことだろう。
「……黒崎の霊圧が、弱まったな」
先程からずっと、少し離れたところで大きな霊圧のぶつかり合いが続いていた。
相手は間違いなく隊長格だろう。
黒崎は死んではいない。
死にかけだが、頑丈なあいつならここでくたばりはしない。
相手の霊圧も弱まっていて、誰かがそいつを連れていなくなったのがわかった。
このまま戻りがてら、回収してってやるか……とも思ったが、どうやら遅かったらしい。
弱々しくなった黒崎の霊圧が急速に移動し始める。
本人が動いているというよりかは、誰かに運ばれてるみたいだ。
霊圧を消してる辺り、夜一だろうか。
ならわざわざ動くこともないか。
さて、どうしよう。
塒に戻るか。
それともしばらく付近を探ってみるか。
結局、土地勘のないオレがどれ程動いたところで、藍染が見付かるとも思えねぇし、骸と合流してから揃って探索に出た方が良いようにも思う。
牢の中でうつ向く朽木を眺めて、ぼんやりと思考を巡らせる。
目立つ行動が出来ない以上は、隠れて情報収集でもするしかない。
だが、それはオレよりも、土地勘もあって、霧の術士である骸のが適任だ。
オレがすべき事は……。
「……あ?」
少し離れたところから、人の呻き声が聞こえてきた。
じっと様子をうかがっていると、懺罪宮に進むための橋に、二つの影が見える。
その内の一人には見覚えがある。
「岩鷲!そうか、黒崎があいつだけ先に行かせてたのかぁ」
戦いの霊圧に紛れて、ここまで近付いていることに気が付かなかった。
だが、隣にいるのは誰だろう。
並んで歩いている辺り、恐らくは味方なのだろうが、武器もなく、霊圧も大して強くはなさそうだ。
二人が、牢の前にたどり着く。
どうするつもりだろうかと観察してみれば、あまりにもあっさりと牢の戸を開錠して中に入っていった。
あの小柄な死神、見た目と違って手癖が悪いのだろうか。
しかし、彼らはこのまま逃げ出すつもりか。
得策、とは思えん。
現に、今この場に近付いてきている影がある。
何事か中で揉めていたようだが、彼らもその存在に気が付いたらしい。
ゆっくりと、しかし確かな足取りで近付いてくる人。
黒い長髪に、特徴的な白い髪飾りをつけている。
冷たい瞳、はためく白い羽織。
「朽木、白哉……」
現世で会敵した時には、オレの方に戦う気がなかったために、中途半端な結果で終わったが、今回はそういう制限はない。
目立つなってのは言われたが、……うん、まあ、その、なんだ、上手くやるさ。
一人で立ち向かおうとした小柄な死神を押し退けて、岩鷲がずんずんと進んでいく。
なぜ戦う前から額に怪我をしてるのか。
というかさっきの轟音、お前の頭突きの音か。
隊長格へと果敢に挑むも、呆気なく一撃を食らわせられる。
放っておけばこのままあいつは死んでしまう……しょうがねぇ。
腕を浅く裂かれた岩鷲の前に飛び降り、白哉と向かい合った。
「よお、現世で会って以来だなぁ、朽木白哉ぁ」
「貴様は確か、すくあーろ、と言ったか」
「覚えててくれたのかぁ?はっ!光栄だなぁ」
「お、お前、どっから来た!?」
「うっせ。お前も、そこのチビも、朽木……ルキアの方も、下がってろぉ。怪我すんぞぉ」
「お、おう」
「スクアーロ!何をする気だ!?」
「あ"あん?ちょっと挨拶するだけだぁ。心配すんな」
まあ、挨拶=肉体言語みたいな感じだけどなぁ?
今のオレは、直前に取り出した仕込み剣以外には、何も持っていない。
今から大量に出すこともできるけど、しない。
霊圧探知でも、円でも、周りに自分等以外の人がいないことは分かっているが、念のために、自分のカードは伏せておきたかった。
使うのは、一つだけ。
「……洋刀か」
「お"う。日本刀も、嫌いじゃあねぇがなぁ」
手に馴染むのは、やはりこいつだ。
奴の刃はこれで防ぐ。
それ以外の攻撃は、死ぬ気の炎か、念か、忍術で防ぐしかねぇかな。
「あんたの事だぁ。こいつら見逃してくれなんて言っても、聞いてはくれねぇだろぉ?」
「当然」
「ならば、やるこたぁ一つ……」
「……来い」
オレが剣を構える。
白哉が口を開く。
「だ、だめだ……!逃げろ、スクアーロ!」
「誰が退くかぁ!」
「散れ──千本桜」
白哉の持つ刀から、刀身が消える。
これが、話に聞く『始解』という奴なのか。
さらさらとさざめくような音が頭上からしたことに気がつく。
脚をオーラで強化し、思い切り地面を蹴りつけた。
白哉に肉薄すると同時に、頭上からの謎の攻撃を避ける。
ギャリンと、金属同士が舐め合う耳障りな音が響く。
目の前には、チラチラと光を跳ね返す、細く無数に別れた刀身。
オレの斬撃を防いだ白哉が、不愉快そうに目を眇めた。
「貴様、やはり只者ではないな」
「はっ!オレはただ、戦い慣れてるだけだぁ」
千本桜に弾かれて、距離を取らされる。
再び、雪崩のような斬撃に襲われ、欄干の上を走って逃げる。
斬魄刀との戦いは、面白い。
しかし現状、ただ戦ってるだけではどうしようもない。
上手く奴を撒いて、岩鷲達を連れて離脱しなければ。
襲い掛かる攻撃を避けつつ、仕方なく懐の物を取り出す。
こういうギミックは、こんなところでは見せたくなかったが……。
欄干まで上って、逃げ場のなくなったオレに、更に追撃が与えられる。
オレは、橋の下へと身を踊らせた。
「んなー!スクアーロぉ!?」
「お、落ちた……!」
「誰が落ちるかぁ!」
「っ!?」
橋の柵にくくりつけたワイヤーで、中空を滑っていく。
そのまま、反対側から飛び出し、白哉の澄まし顔に向けて蹴りを放った。
腕で防がれたものの、攻撃は止む。
驚いたように目が見開かれ、岩鷲達の前まで下がったオレは、にいっと口許を吊り上げて笑う。
「わりぃが、そう簡単に仲間を傷付けさせるわけにゃいかねぇからなぁ。……今度は本気でやらせてもらうぜぇ」
奴の目の奥に、火が燻ったのが見えた気がした。
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