×鰤市
翌朝、というよりは、日も明けきらぬような時間から、オレは瀞霊廷、死神達の住居区画に赴いていた。
「おはようございまーす」
「ん?おお……おはよう」
掃除道具を抱えて忙しそうに走っていく地味な黒髪がオレで、走るようにしながら挨拶をして通りすぎれば、すれ違う連中は皆、オレの正体など気にする素振りもなく挨拶を返し、通りすぎていく。
夜一の事は、置手紙だけ書いて拠点に置いてきた。
寝ているようではあったが、オレの気配で起きていたかもしれない。
ただ止められなかったことを考えると、オレがある程度勝手をすることには、目を瞑ってくれるみたいだ。
「──おい、聞いたか?また十一番隊の連中が、やられたって」
「阿散井副隊長もやられたって話だ。副隊長までやられたら、オレ達なんて……」
「くそっ!何がしてーんだよ旅禍のやつらは……!」
「でもさ……その旅禍の奴らを倒せば、オレらだって……」
「馬鹿なこと考えてんじゃねぇよ。オレ達にできることなんてたかが──」
……ふむ、黒崎達は順調に敵を倒してると言った様子か。
隊士の会話を盗み聞きながら、しかし立ち止まることはせず、素早く通り過ぎる。
目的は、この先の一室だ。
周囲に人の視線がないことを確認し、するりと障子を開けて滑り込む。
途端、右耳を掠めるように突き出された特徴的な槍を見て、怒るよりも先に思わず苦笑がこぼれた。
「よお"、相変わらずだなぁ、六道骸」
「チッ、余裕をかましてくれる。お久し振りですね、ガットネロ?その忌々しい変装はとっとと解いて、まずはお互いの情報交換をしましょう」
目の前には、懐かしい顔が立っていた。
ジャポーネじゃあ烏の濡れ羽色と言うらしい、どこか青みがかった黒髪と、頭頂部でツンツン跳ねる特徴的な髪型。
日本人離れした顔立ちに白い肌が目立つが、何よりも目を引くのはそのオッドアイ。
真っ赤な光彩と、そこに刻まれた『六』の文字に、懐かしさや、安堵を感じる。
再会の感動もなく、情報交換を始めようとする辺り、こいつらしい。
「……あ"あ、まずはオレからだなぁ」
淡々と説明をして、時折質問に答えて、骸もまた同じようにする。
骸は今、護廷十三隊の一員として働いているらしい。
中流貴族の嫡男として産まれたが、家族は既にいないらしい。
「……いないってのは」
「僕が掃除しました」
要するにそういうことらしい。
思わず探るような視線を向けてしまったらしく、骸から苛立ったような舌打ちを送られた。
「糞尿を煮詰めて固めたような外道の集まりでしたからね。良い仕事をしました」
「……せっかく生まれ変わったのによぉ、またそんな奴らに捕まったのか」
「……同情してるつもりなら止めてください。気分が悪い」
「あ、いや……同情っつーよりかは……」
オレにしろ、骸にしろ、どうにも昔から家族というものに恵まれない。
血の繋がらない誰かとは、時には家族のように繋がり合うことも出来るのに。
「そういう星の元に生まれてきたのでしょう」
骸はそうとだけ言って鼻で笑う。
まあ、同情がなかったわけでもないから、強気な姿を見れて少しは安心した。
「それよりも問題は……」
「藍染、とかいう奴だなぁ」
骸は今、藍染惣右介という男を追っている。
奇しくもそれは、白蘭からもしつこいくらいに忠告された男である。
藍染惣右介は、大空を狙う者だと。
「なるほど、大空……霊王をですか。この尸魂界より遥か天上に戴かれた存在を指す名詞としては、皮肉ですが、納得ですね」
「皮肉?」
「いえ、まあ霊王も、名だけのところがありますから」
その霊王がどういう者かは、白蘭も骸も、詳しく語る気はないらしく、オレにはいまいち、彼らが何を思って大空と口にしたのかはわからない。
「霊王を狙うことも十分に問題ですが、それ以上に問題なのは、あの男が目的の為に何をしでかすかわからないという点です」
「既に色々とやってやがるとは聞いてるが……」
「ええ。誰も、気が付いちゃいませんがね」
嘲笑するように口角を上げて言う骸の様子が、自身の事すらもその嘲りの対象に含んでるように見えた。
「……何があったか、オレが聞いてもろくに話しゃしねぇだろうからよぉ、一々聞かねぇが」
「は?」
「今回はお前が依頼主で、オレがお前の手足になんだぁ。上手く使え。そんで、遠慮したりとか、すんじゃねぇぞぉ」
「……クフ、今さら何を。死なれれば面倒ですけど、死ぬ直前くらいまで使い潰して差し上げますから、安心してください」
「う"ぉい、何一つ安心できる要素がねぇぞぉ」
オレがため息を吐けば、骸はクフクフと笑いを漏らす。
昨晩、ムクロウを見たときから、かなりこいつの事を気にしていたのだ。
それも、持ってきた手紙の内容が暗殺の依頼。
普段なら、オレの事を頼ろうなんて考えもしないような奴なのだからして、それがオレの存在を察知して姿をくらますどころか、自分から接触を図ってきたのだから驚くし、何があったのかと……当然心配をする。
夜一にさえ口に出して指摘されたのだ。
そんだけ衝撃を受けたってことだろう。
「情報も粗方共有できたなぁ?なら次は……」
次は藍染について、どう対処するか話し合おう、そう言おうとした。
だが、オレの言葉を遮る形で、女の悲鳴が響く。
「っ!何事だぁ!?」
「今のは……確か雛森副隊長の声、か?行きましょう。貴女の姿は、僕の幻術で隠します。離れずに着いてきなさい」
「あ"あ」
部屋の外も、随分と騒がしくなっている。
揃って部屋から飛び出し、声の元へと駆け出した。
場所は、骸の部屋からそう離れていない、大きな壁のある外廊下。
「っ!そ、んな……!どう言うことだ!?」
「……!?」
壁には、男の死体が縫い止められていた。
黒装束の、一般的な死神の服装で、壁一面に血をぶちまけて、驚愕に目を見開いて死んでいる。
傷は胸だけか。
一撃で、急所を突かれて死んだと見える。
骸も、周りの死神達も、動揺し、目を見開き、血の気のひいた顔でその死体を見上げている。
なんの変哲もない男と、恐らくはその男本人の、特に目立った特徴のない刀。
いや、斬魄刀ではあるのだろうが、あの刀からは何も感じない。
男が死んでいる以上、その刀の力も死んでいるのだろう。
「そんな……何故……」
「……骸?」
瀞霊廷で死神の男が死んでいる。
恐らくは暗殺である。
十分に死神達を震撼させる異常な事態ではある。
でも、おかしくないか?
骸までもが、ここまで動揺するのは、いったい何故だ?
「っ!藍染、隊長が殺される、なんて……!」
「……は?」
もう一度男を見る。
隊長は白い羽織を着ているんじゃ……いや、それは脱がされたと考えれば良いのか。
いやしかし、あれが?
聞いていた人相は確か、茶髪、榛色の瞳、柔和な顔立ち、メガネ、割りと大柄で……あと何か韓国俳優がどうこう言ってた気がする。
知らねぇっての。
「……オレが聞いていた人相とは、少し違う気がするが」
「……?……っ!?……!!バカな……!」
骸の表情がコロコロ変わる。
こういうのは珍しい。
骸に限らず、術士というのはあまり感情を表に出さない。
常に心を一定に保つのも、術士としての必須事項であるというのは、マーモンからの教えだったか。
「っ……、僕が、一杯食わされるとは……いや、知らない内に何かの条件を満たされていたか……。やはりあの時……?だが何故、」
「……骸、一度部屋に戻れ。動揺しすぎだぁ。周りの奴らに気取られるぞぉ」
「くっ……!わかっています。しかしっ、忌々しい!」
骸がここまで動揺してキレていると言うことは、もしかして彼らには、あのどこにでもいそうな黒髪の死神が、藍染という男に見えているということなのだろう。
つまりは幻術、及びそれに類するものだ。
まさか骸まで引っ掛かるとは思わなかったが、オレが幻術(仮)に掛からなかったのを見るに、何らかの条件を満たすことで発動される技なのだろう。
厄介だな。
条件を設けるタイプの術は、面倒な分強力であることが多い。
現に、幻術士として世界屈指の実力を持つ骸が騙された。
「こりゃあ……油断できねぇなぁ……」
目の前の少し開けたところでは、副隊長と思しき男女が揉めている。
女の方は藍染の部下か。
随分と慕っていたようで、我を失くして攻撃を始めた辺り、ショックの大きさがよく窺い知れる。
「……自分を信ずる部下まで騙して、なにするつもりだよ、藍染って奴ぁ……」
モヤモヤとしたものが、胸の奥に広がった。
「おはようございまーす」
「ん?おお……おはよう」
掃除道具を抱えて忙しそうに走っていく地味な黒髪がオレで、走るようにしながら挨拶をして通りすぎれば、すれ違う連中は皆、オレの正体など気にする素振りもなく挨拶を返し、通りすぎていく。
夜一の事は、置手紙だけ書いて拠点に置いてきた。
寝ているようではあったが、オレの気配で起きていたかもしれない。
ただ止められなかったことを考えると、オレがある程度勝手をすることには、目を瞑ってくれるみたいだ。
「──おい、聞いたか?また十一番隊の連中が、やられたって」
「阿散井副隊長もやられたって話だ。副隊長までやられたら、オレ達なんて……」
「くそっ!何がしてーんだよ旅禍のやつらは……!」
「でもさ……その旅禍の奴らを倒せば、オレらだって……」
「馬鹿なこと考えてんじゃねぇよ。オレ達にできることなんてたかが──」
……ふむ、黒崎達は順調に敵を倒してると言った様子か。
隊士の会話を盗み聞きながら、しかし立ち止まることはせず、素早く通り過ぎる。
目的は、この先の一室だ。
周囲に人の視線がないことを確認し、するりと障子を開けて滑り込む。
途端、右耳を掠めるように突き出された特徴的な槍を見て、怒るよりも先に思わず苦笑がこぼれた。
「よお"、相変わらずだなぁ、六道骸」
「チッ、余裕をかましてくれる。お久し振りですね、ガットネロ?その忌々しい変装はとっとと解いて、まずはお互いの情報交換をしましょう」
目の前には、懐かしい顔が立っていた。
ジャポーネじゃあ烏の濡れ羽色と言うらしい、どこか青みがかった黒髪と、頭頂部でツンツン跳ねる特徴的な髪型。
日本人離れした顔立ちに白い肌が目立つが、何よりも目を引くのはそのオッドアイ。
真っ赤な光彩と、そこに刻まれた『六』の文字に、懐かしさや、安堵を感じる。
再会の感動もなく、情報交換を始めようとする辺り、こいつらしい。
「……あ"あ、まずはオレからだなぁ」
淡々と説明をして、時折質問に答えて、骸もまた同じようにする。
骸は今、護廷十三隊の一員として働いているらしい。
中流貴族の嫡男として産まれたが、家族は既にいないらしい。
「……いないってのは」
「僕が掃除しました」
要するにそういうことらしい。
思わず探るような視線を向けてしまったらしく、骸から苛立ったような舌打ちを送られた。
「糞尿を煮詰めて固めたような外道の集まりでしたからね。良い仕事をしました」
「……せっかく生まれ変わったのによぉ、またそんな奴らに捕まったのか」
「……同情してるつもりなら止めてください。気分が悪い」
「あ、いや……同情っつーよりかは……」
オレにしろ、骸にしろ、どうにも昔から家族というものに恵まれない。
血の繋がらない誰かとは、時には家族のように繋がり合うことも出来るのに。
「そういう星の元に生まれてきたのでしょう」
骸はそうとだけ言って鼻で笑う。
まあ、同情がなかったわけでもないから、強気な姿を見れて少しは安心した。
「それよりも問題は……」
「藍染、とかいう奴だなぁ」
骸は今、藍染惣右介という男を追っている。
奇しくもそれは、白蘭からもしつこいくらいに忠告された男である。
藍染惣右介は、大空を狙う者だと。
「なるほど、大空……霊王をですか。この尸魂界より遥か天上に戴かれた存在を指す名詞としては、皮肉ですが、納得ですね」
「皮肉?」
「いえ、まあ霊王も、名だけのところがありますから」
その霊王がどういう者かは、白蘭も骸も、詳しく語る気はないらしく、オレにはいまいち、彼らが何を思って大空と口にしたのかはわからない。
「霊王を狙うことも十分に問題ですが、それ以上に問題なのは、あの男が目的の為に何をしでかすかわからないという点です」
「既に色々とやってやがるとは聞いてるが……」
「ええ。誰も、気が付いちゃいませんがね」
嘲笑するように口角を上げて言う骸の様子が、自身の事すらもその嘲りの対象に含んでるように見えた。
「……何があったか、オレが聞いてもろくに話しゃしねぇだろうからよぉ、一々聞かねぇが」
「は?」
「今回はお前が依頼主で、オレがお前の手足になんだぁ。上手く使え。そんで、遠慮したりとか、すんじゃねぇぞぉ」
「……クフ、今さら何を。死なれれば面倒ですけど、死ぬ直前くらいまで使い潰して差し上げますから、安心してください」
「う"ぉい、何一つ安心できる要素がねぇぞぉ」
オレがため息を吐けば、骸はクフクフと笑いを漏らす。
昨晩、ムクロウを見たときから、かなりこいつの事を気にしていたのだ。
それも、持ってきた手紙の内容が暗殺の依頼。
普段なら、オレの事を頼ろうなんて考えもしないような奴なのだからして、それがオレの存在を察知して姿をくらますどころか、自分から接触を図ってきたのだから驚くし、何があったのかと……当然心配をする。
夜一にさえ口に出して指摘されたのだ。
そんだけ衝撃を受けたってことだろう。
「情報も粗方共有できたなぁ?なら次は……」
次は藍染について、どう対処するか話し合おう、そう言おうとした。
だが、オレの言葉を遮る形で、女の悲鳴が響く。
「っ!何事だぁ!?」
「今のは……確か雛森副隊長の声、か?行きましょう。貴女の姿は、僕の幻術で隠します。離れずに着いてきなさい」
「あ"あ」
部屋の外も、随分と騒がしくなっている。
揃って部屋から飛び出し、声の元へと駆け出した。
場所は、骸の部屋からそう離れていない、大きな壁のある外廊下。
「っ!そ、んな……!どう言うことだ!?」
「……!?」
壁には、男の死体が縫い止められていた。
黒装束の、一般的な死神の服装で、壁一面に血をぶちまけて、驚愕に目を見開いて死んでいる。
傷は胸だけか。
一撃で、急所を突かれて死んだと見える。
骸も、周りの死神達も、動揺し、目を見開き、血の気のひいた顔でその死体を見上げている。
なんの変哲もない男と、恐らくはその男本人の、特に目立った特徴のない刀。
いや、斬魄刀ではあるのだろうが、あの刀からは何も感じない。
男が死んでいる以上、その刀の力も死んでいるのだろう。
「そんな……何故……」
「……骸?」
瀞霊廷で死神の男が死んでいる。
恐らくは暗殺である。
十分に死神達を震撼させる異常な事態ではある。
でも、おかしくないか?
骸までもが、ここまで動揺するのは、いったい何故だ?
「っ!藍染、隊長が殺される、なんて……!」
「……は?」
もう一度男を見る。
隊長は白い羽織を着ているんじゃ……いや、それは脱がされたと考えれば良いのか。
いやしかし、あれが?
聞いていた人相は確か、茶髪、榛色の瞳、柔和な顔立ち、メガネ、割りと大柄で……あと何か韓国俳優がどうこう言ってた気がする。
知らねぇっての。
「……オレが聞いていた人相とは、少し違う気がするが」
「……?……っ!?……!!バカな……!」
骸の表情がコロコロ変わる。
こういうのは珍しい。
骸に限らず、術士というのはあまり感情を表に出さない。
常に心を一定に保つのも、術士としての必須事項であるというのは、マーモンからの教えだったか。
「っ……、僕が、一杯食わされるとは……いや、知らない内に何かの条件を満たされていたか……。やはりあの時……?だが何故、」
「……骸、一度部屋に戻れ。動揺しすぎだぁ。周りの奴らに気取られるぞぉ」
「くっ……!わかっています。しかしっ、忌々しい!」
骸がここまで動揺してキレていると言うことは、もしかして彼らには、あのどこにでもいそうな黒髪の死神が、藍染という男に見えているということなのだろう。
つまりは幻術、及びそれに類するものだ。
まさか骸まで引っ掛かるとは思わなかったが、オレが幻術(仮)に掛からなかったのを見るに、何らかの条件を満たすことで発動される技なのだろう。
厄介だな。
条件を設けるタイプの術は、面倒な分強力であることが多い。
現に、幻術士として世界屈指の実力を持つ骸が騙された。
「こりゃあ……油断できねぇなぁ……」
目の前の少し開けたところでは、副隊長と思しき男女が揉めている。
女の方は藍染の部下か。
随分と慕っていたようで、我を失くして攻撃を始めた辺り、ショックの大きさがよく窺い知れる。
「……自分を信ずる部下まで騙して、なにするつもりだよ、藍染って奴ぁ……」
モヤモヤとしたものが、胸の奥に広がった。