×鰤市

「どわぁ!?」
凄まじい風圧が体に襲い掛かる。
瀞霊廷、その上空。
オレ達は今まさに、死神達の巣窟に侵入すべく、瀞霊廷を守る結界を突き破ろうとしていた。
……本当ならば、志波家秘伝の打ち上げ式で、砲弾を崩すことなく侵入ができるはずだったのだが、現在オレ達は崩れた砲弾から弾き出され、僅かに残った霊圧に絡め取られて、足場のない高い空の上に浮かんでいた。
それもこれも、黒崎の霊力コントロールが糞だったせいだが、まあアイツにしてはよくやった方だろう。
この際それを責める気はない。
それよりも大事なのは、ここからどうやって着地するか……いや、その前に、他の奴らとバラバラになっちまう可能性が高い。
敵地でバラけるのは、正直避けたいところだ。
飛んできた夜一を片手で掴み、目の前にいた岩鷲の肩に掴まる。
出来ることなら、回復役の井上とは離れたくない。
オレだって多少の医療技術なら身に付けているが、あくまで応急処置の範疇に留まる。
「井上!こっちだぁ!」
「スクアーロ君!」
「井上!掴まれ……!」
「黒崎、くん……!」
向こうは……くそ、チャドがもう落ちていってる!
井上と石田が一緒にいるが、霊圧の勢いが強くなっている。
このままじゃ、間に合わねぇか……!?
「ぐっ……う"ぉあ!?」
岩鷲の肩を掴んでいた手が、霊圧に負けて滑った。
夜一だけは何とか抱え込んだままだったが、あっという間に流されて、黒崎達が見えなくなる。
「……はぐれてしまったか」
「くっそがぁ、結局バラバラかぁ!」
何とか体の向きを変えて、ぐんぐんと迫り来る地面に向き合う。
とにかく着地!
その後で、はぐれた奴らと合流を目指そう。
地面が近くなり、建物や塀、道を走り回る死神の姿を視認できるようになる。
落ちそうな場所には……既に死神が待ち構えている。
ならばと、視線を少し離れた人のいない場所へと移す。
「夜一!この札、咥えて離すなよぉ!」
「むぐっ?」
懐から出した札を、夜一の口に突っ込み、右手に黒い石の付いたリングをはめる。
「飛ぶぞぉ」
一瞬、オレ達は黒い炎に包まれる。
腕の中の小さな塊が、僅かに体を強ばらせたのがわかったが、路地の暗がりに転がり込み、勢いを殺して態勢を立て直した時には、既に落ち着いていた。
「今のは……瞬歩とは違う……。何をした、スクアーロ?」
「ああ"?そりゃああれだぁ、企業秘密だ」
「どこの企業じゃ。まあよい、とにかく我々は無事に着地できたようじゃな」
辺りを見回す。
塀の向こうからは人の気配がするが、こちら側の存在に気付いている様子はない。
「拠点にするつもりだった場所がある。着いてこい」
「ああ」
当然だろうが、夜一は侵入後の拠点を用意していたらしい。
こいつはパッと見ただの猫だし、オレも気配を消す術は心得ている。
オレ達は二人……いや、一人と一匹、揃って拠点を目指すこととなった。



 * * *



「ほおー……これは、驚いたなぁ」
「随分と昔、喜助と共に修行をした場所だ。しばらくの寝床にはちょうど良いだろう」
連れてこられたのは、どでかい矛と、木の台みたいなもんがある崖の中腹で。
ひっそりと隠された入り口から更に隠し扉を通って抜けた先、どこか見覚えのある、大きな空洞がオレ達を待っていた。
天井には青空のペイント。
殺風景な岩肌の目立つ床や壁。
だだっ広いその場所は……そうだ、浦原商店の地下に作られていた、勉強部屋によく似ている。
「……あの男、元隊長、だったんだよなぁ?この崖の上、重要そうな物が置いてあったがよぉ、こんなもん作って良かったのかぁ?」
「喜助はこっそり作ったからな、問題はない!」
「いや問題あんだろぉ!!こっそり作ったってことは、完全に駄目なことわかった上でやってやがんなぁ!?」
あんにゃろう、こういうことしてるから尸魂界追放されたんだろ。
ったく、とんでもねぇ奴だな……。
「まあそれはともかく、ここは拠点に丁度良かろう。我々はここを中心にはぐれた奴らを探す」
「お゛ー」
奴らは、どこに落ちたのだろうか。
心配だが、しかしこちらとしてはむしろ、都合が良いのかもしれない。
彼らを探す途中に、骸の捜索も出来るはずだ。
何より、この流れからすると、オレと夜一は別行動をすることになるだろう。
白蘭達の指示も聞きやすくなる。
「だが、ひとまず暫くは様子見じゃ。ここがバレてはまずいからの。見付からぬよう、慎重に行くぞ」
「りょーかい」
なんとなく、夜一の指示は受け入れやすくて、気分よく頷ける。
その日は、身を隠したまま、その拠点で夜を明かした。



 * * *



……ああ、来てしまったのか。
まだ日も開けきらぬような早朝に、尸魂界に侵入してきた旅禍。
彼らの情報を聞いて、その中の一人に心当たりがあった。
当然だ。
奴とは、もう何十年……いや、百年にも届くのか、長い、永い腐れ縁が続いている。
ずっと、ずっと殺したかったその顔を思い浮かべて、しかし僕は、頭を振ってため息を吐いた。
今は、今僕が殺したいのは、奴ではない。
それよりも優先して、輪廻の果てへと突き落とすべき男がいる。
「クフ、また、厄介なときに来てくれたものだ……」
面倒なタイミングで僕の前に現れることにかけては、奴はきっと天才的だ。
なまじ力がありすぎて、どう転ぶのか予測がしづらい。
あの女、論理的で理知的に動いているように見せかけて、突然感情に任せて動く節がある。
「計画に、狂いが生じないと良いが……」
あの男は、恐らく彼女の心を強く動かす存在だ。
殺意のままに、無計画に飛び出す可能性だって考えられた。
そんなことをされてはたまらない。
止める……には、こちらから接触せねばならないだろう。
「……会いたくない、のですがね」
会えば、僕を連れて現世へと戻ろうとするだろうし。
正直な話、奴と協力して戦うのは……僕が好かない。
前世はイレギュラー的に協力関係ではあったが、それでもお互い好き勝手に動いていた。
今回ばかりはそうもいかない。
常に連携を取り、あの男の目に留まらぬように動かねば……。
「………………仕方ありませんね」
長い沈黙の後で、そう呟いた声は、自分でも呆れるほどに苦々しい色を孕んでいる。
それでも、相手の強大さを考えれば、そうする方が勝率が高いことなど、わかりきっている。
「伝令を。頼みますよ、ムクロウ」
ほう、と一声鳴いた大きな梟が、宵闇に紛れて消えていく。
自分には遠く及ばなかろうと、幻術士が長年使い続けたリングアニマルだ。
幻術を知りもしない死神の目を欺くなど、容易いことだろう。
ムクロウは無事にあの女の元へたどり着いて、言葉を伝える。
この僕の、この、六道骸からの、協力要請を……。
「面倒なことに、なりましたね」
彼女が来た。
あの男も動き始めている。
この組織では、異例の処刑が決まった。
事態が動き始めているのだ。
運命という名の坂道を、僕達は石ころのように、為す術もなく転がっていく。
事態はすぐに加速するだろう。
止めることは、もう誰にも出来ない。
「久し振りに、そのお手並みを拝見させていただきましょう。ガットネロ……いや、ただの高校生の、スペルビ・スクアーロ、ですかね……?クフフ」



 * * *



「骸クンは、自分からスクちゃんに接触してくる。スクちゃんにはあえて話してなかったけどね」
「そう、なのですか……?」
自信たっぷりに頷いた。
ユニちゃんは心配そうな顔をしていたけれど、ボクが頷いたことで、いくらか不安も晴れたらしい。
「貴方がそこまでいうのなら、そうなのでしょう。しかし、骸さんはスクアーロさんのことを……嫌っていたのでは?」
「そりゃそうだけどね。彼の周辺は、そうも言ってられない事態になってるのさ」
自分の持てる一番の武器は、リングでも炎でもなく、戦略であると思っている。
とはいえ、自分は自分のワガママで、ユニから離れないし、ユニもまた、危険な場所へ自分が赴くことが、スクアーロの脚を引っ張ることになると、十分承知している。
結局自分は、背後でうまく駒を操る以外に出来ることはない。
だからこそ、この世界の知識を、かつての世界を掌握した智略を、彼女のために使わねば。
「尸魂界にいるのは、天を撃ち落とすために力を求める男。そして彼は、目的の為には手段を選ばないタイプさ。まさに、かつてのボクのように、ね☆」
「今の貴方は、違います」
「……ふふ。彼は霊体についても研究しているらしい。ボクもまた研究者で創造者だ。何をするかなんて、考えなくてもわかる。ああいう人間は知らないことを嫌う。わからないところは徹底的に調べる。捕らえて探って解いて捌いて……、わかるまでじゃない、納得するまで調べる。そして調べてわかったことを実践する。当然、その過程には被害が出る。本人に自覚がなくても、周りの人が気付いてなくても、被害は出ている。……骸クンは、きっと気が付くよ。だってボクの前にも真っ先に気が付いた彼が現れた。今回だっておんなじようにするはずさ」
「そう……そうなのでしょうね。骸さんが無事だと良いのですが……」
「そればかりは無事だと信じるしかないね。でも、骸クンも勝ち目のない勝負にはでないと思うよ。反撃の隙を窺っているはずだ。そこに、彼の知る限り最強のマフィアが向かった……」
「……なるほど。スクアーロさんは、骸さんにとっては毛嫌いするマフィアですが、誰かを自分の都合で傷付ける人でないことは、彼が一番よくわかっているはずです」
「だからこそ、元マフィアよりも、現ラスボスを優先して倒そうとするし、その為にスクちゃんに協力を仰ぐことだろう」
骸クンは、口ではスクちゃんの事を厭う言葉ばかり並べるし、顔を会わせれば命を狙いに行くような男だけど、スクちゃんの実力は誰よりも認めている。
藍染惣右介は、人体実験も平気でするような男だ。
骸クンは必ず、彼を殺しに行く。
勝率を上げるためならば、スクちゃんに協力を求めるはずだ。
嫌々かもしれないけどね。
「合流は、きっとすぐに出来る。だから問題はその後……」
ここ数時間、スクアーロとの連絡がとれていない。
向こうについてすぐは大丈夫だったようだが、自分の作った通信機でも、時空を隔てた場所との通信は、容易ではなかったらしい。
また少し経てば、きっと通信は回復する……と信じて待つ。
次に繋がるその時までに、ボクはボクの牙を、ゆっくりと研いでいよう。
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