×鰤市

スクアーロという男の来歴は、よくわからない。
浦原から紹介された時、わしの姿と声を聞いて、第一声が『妖怪』であったため、正直な話第一印象はよくない。
伊太利亜の出身だと言っていたが、随分と日本文化に慣れているようだった。
箸も器用に扱うし、浦原の溢した下らない冗談にも反応して、寒いだの親父臭いだのと評価を下す。
そして恐らく頭が良い。
本人はそんなことはないと否定するだろうが、今回のルキア救出でも、スクアーロだけはどんな場面にも落ち着いて対応していたし、こちらの言わんとするところを察して、一番始めに行動をする。
もちろん、石田や井上、チャドも頭は良いし、一護と違い落ち着いて行動ができる。
だがこいつが彼らと違うのは、その一歩先を行こうとするところだった。
そも、戦いの場が初めてだろうただの高校生にも関わらず、到着後すぐに手持ちの荷物をチェックし、落ち着いたと思えばすぐに食糧の確保に向かう奴がどこにいるか。
頭が良い以上に、こいつは旅慣れている……いや、戦い慣れている。
それも、短期決戦の試合等ではなく、長期に渡る対集団を想定した戦闘行為に、だ。
こいつを紹介してきた浦原も、その慣れの理由はわからないらしく、可能であれば探ってほしいとまで言われた。
空鶴の屋敷に訪れた夜、一護の訓練を手伝う姿を見て考える。
目下の者への教え方もまた上手いようだった。
自分達が知っているのは、彼が天涯孤独であり、日本人の老夫婦の養子として育てられたということくらいで、その経歴は波瀾万丈ではあれど、決して血生臭いものは見当たらない。
ただの高校生のはずだった。
それが何故、このような戦い慣れした姿になるのか、その経緯がすっぽりと抜けている。
「こ、こうか!?」
一護の声にふと顔を上げた。
奴の持つ霊珠核には、確かに霊圧が満ち、その周りには丸く壁のようなものが発生している。
しかしあれでは霊力を込めすぎだ。
暴走しかけている。
大きくなりすぎた霊力が、ミシミシと部屋を揺らす。
慌てて止めようとした。
しかしそんなときも、スクアーロは動じていなかった。
「黒崎、霊力を込めすぎだぁ!もう少し抑えろぉ。しかもてめぇ、そんなふわふわした状態じゃバリアの意味がねぇだろうがぁ!壁を自分の周りに寄せて圧縮しろ!」
「くっ!」
一護から注がれる霊力の量が減る。
部屋の振動が僅かに落ち着き、その後すぐに、正しく霊珠核が起動した。
一護の周りには、分厚く固い透明な壁が出来ている。
「で、出来た……!」
「う"ぉい!気を抜くなぁ!集中緩めんじゃねぇ!」
「は、はい!」
霊力の収束が緩まり、崩れそうになった壁が、スクアーロの一喝に再び持ち直す。
「そのまま感覚忘れないように、一時間くらいそのままでいろ」
「は……、なんだと!?」
「その鳥頭じゃすぐに忘れんだろぉ。体で覚えんだよ。感覚忘れねぇように、何度も繰り返せ」
「だぁー!くそ!やってやらぁ!!」
だらだらと汗を流している一護は、しかし言われた通りに霊力を注ぎ続けている。
スクアーロはスクアーロで、自分の仕事は終わったとばかりに、その場を立ち去ろうとしていた。
部屋に残っていた他の連中達も連れ出して、どうやら夕食を食べに行くようだった。
岩鷲の子分の男と親しげに会話を交わしている。
この社交性も見上げたもので、流魂街でも住民達と親しげに話し、情報を集めていた。
こちらから説明するより早く、流魂街の住民のほとんどが、食を必要としないことを知った。
自分が現役の時に、このような男と知り合っていたならば、きっと喜び勇んで懐に率いれていたことだろう。
部屋に、一護と岩鷲だけを残して、自分もまた立ち去る。
スクアーロがどんな奴なのかは、やはり掴みきれない。
だが、奴にもまた目的があり、そしてこういう男は、一度受けた依頼は必ずこなす。
今だけは、恐らく信用に値するだろう。



 * * *



自分のバックパックの中へ、干物やら何やらと長持ちするものを詰めながらしめしめと笑う。
夜、志波邸。
オレは食事の支度を手伝う際に、岩鷲の子分にお手軽レシピを教え、代わりに幾つかの食料を手に入れることが出来た。
長期戦になるだろう今回の旅は、念の為の用意はいくらしておいても損はないだろう。
荷物が多くなり過ぎるのは問題だが、まあ多少の備えは必要だ。
準備を終えたところで、夜一に呼ばれる。
明日の予定について、ということだった。
日が昇ると同時に打ち上げを行うらしい。
各自、今晩はしっかりと英気を養うようにというお達しを受け、既に半分以上寝ている黒崎を引きずって布団に向かった。
全員布団に入ったのを確認して、オレだけトイレだと断って部屋を抜け出す。
向かった先は勿論便所……ではなくて、志波空鶴の元、だった。
「よぉ、月見酒かぁ?」
「あん?」
見付けた相手は、月を肴に、お猪口を傾けていた。
酒が苦手な自分には、きっと一生わからないだろうが、これが風流で、格別の美味なのだろう。
「話しても良いかぁ」
「構わねぇぜ。お前も飲むかい?」
「……未成年だからなぁ、遠慮しとく」
成人してたとしても、断ってただろうが。
「岩鷲の奴、死神が嫌いだと言ってたな」
「ああ、アイツはそうだな」
「何かあったのかぁ」
「……そりゃあな、色々とさ」
まあ、濁すだろうとは思ってた。
じっと見詰めると、見ても楽しかないだろうと顔をぐいっと背けさせられた。
「美人見ても酔えるだろぉ」
「はっ!大人をからかうんじゃねぇよバァカ」
「……あんたらと死神の間に、何か深刻なことがあったんだろうってのは、察してる」
「……」
返事はなかった。
変に回りくどく聞くよりも、ストレートに聞いた方が反応が分かりやすい。
素直な人だと思う。
「オレ達は、死神の女を助けに来てる。そいつはあんたの友人でもない他人で、助ける義理なんてない」
「何が言いたい?」
「……オレ達に手を貸すのは、何故だ?浦原や夜一に恩があるからか?嫌々ではないのか?」
岩鷲があそこまで死神を嫌うのには、理由があるのだろう。
その理由は決して軽いものではないだろうし、ふとした瞬間に見せる空鶴の表情もまた、どこか複雑な感情を宿していた。
「そりゃあ、死神とは色々あったさ。だが、浦原と夜一との間に貸し借りなんざねぇ。ダチだ。これ以上に、理由は必要ねぇ」
「助けるのが、憎い連中の一人だとしても?」
「だとしても、ダチの頼みを断る理由にはならねぇ。心配は無用だ」
「……そう」
やっぱり、どこかに憎しみがあるのかもしれない。
それでも、そう言った彼女の顔は頼もしく、言葉通り、オレの心配は無用だったのだろう。
ふっと視線を下げた隙に、くしゃりと髪を撫でられた。
「得体の知れない奴だと思っていたが、なんだ、心配性なガキだなぁ?」
「う、っせぇな。少し気になっただけだっての」
唇を尖らせたけれど、頭を撫でる手は不思議と不快には思えず、そのまま大人しく撫でられていた。
根っからの姉貴肌なのだろう。
弟の岩鷲にもこうしていたのかもしれない。
しばらく頭を撫でられて、『明日早いんだから、とっとと寝ろよ』と言われて、すごすごと布団に戻る。
そして、翌未明。
オレ達は再び、大砲の前へと集まった。
夜明けと共に、尸魂界に向けて飛び出す。
準備は万端。
覚悟は出来てる。
大砲の中に入り、霊珠核に霊力を注いだ。
夜明けと共に、空鶴の声が朗々と響き渡る。
大きな音が聞こえたと思うと同時に、ぐんと砲弾が弾き出された。
眼下に見える志波邸が、流魂街が、ぐんぐんと遠ざかっていく。
一瞬だけ、こちらを見上げる空鶴の姿が見えたような気がした。
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