×鰤市

「くっそ……殴ることないだろ」
頭のてっぺんを擦りながら、口を尖らせる黒崎に、ため息をはいてじとりとした視線を向ける。
「本来の目的を忘れて下らねぇ小競合いしてるお前が悪いんだろうがぁ。あ゛あ?」
「ぐっ……」
翌朝、岩鷲との決着をつけるまで動かない、等と抜かす黒崎をぶん殴り、オレ達は例の『志波空鶴』なる人物を訪ねて、村の外れまで来ていた。
黒崎のバカはむくれているが、朽木の救出、その一番大事な目的を放棄しかねないこの馬鹿を、年上らしく少し叱ってただけの話。
流石に反省したらしく、少し拗ねた様子で歩く黒崎が、地図を持つ石田にまだ着かないのかと訪ねている。
昨日は結局、騒動のせいもあって詳しい侵入方法は聞けなかった。
長老に教えてもらえたのも、志波空鶴の居場所だけ。
事前に浦原からも話はなかったし、この後の行動は完全に夜一頼みになる。
もう町からは随分と歩いてきた。
周りには家もなくなり、枯れ草の目立つ野原が広がっている。
そんな場所をとことこ歩き、そうしてたどり着いた志波邸……いや、その奇抜な建物ときたら、一言では言い表せない異様さである。
「う、腕が立ってる……」
「すごぉい……!」
井上は目をキラキラさせてるものの、他の連中は全員引いていた。
大きな家の両端に、大きな腕のオブジェが立っており、そしてその腕が『志波空鶴』と書かれたドでかい旗を掲げている。
何かこう、近所迷惑な自称芸術家みたいな……関わり合いになりたくない空気をビンビン感じる家だ。
そしてこちらの来訪に気が付いたのか、家から瓜二つの顔をした二人の大男が現れた。
双子だろうか。
良い筋肉の付き方をしている。
夜一に気が付き、すぐにこちらの入場を許可した彼らに連れられて、オレ達は家の中へ入った。
玄関を開けるとすぐに地下に続く階段って……。
本当に独特な家である。
階段を下りきると直ぐに、障子の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。
「……珍しい奴がいるなァ!開けろ、モタモタすんな!」
金彦というらしい門番の男が、恭しく傅き障子を開けた。
まず香ったのは、紫煙の匂い。
直前まで煙草でも吸っていたのか。
現世でよく嗅ぐ市販のそれとは少し違う感じだ。
そして部屋の眩しさに一瞬目を細め、そしてその向こうに志波空鶴の姿があった。
「よう、久しぶりじゃアねぇか、夜一」
敷布とクッションに囲まれ、脇息というのだったか、肘置きにもたれ掛かり、随分と着物を着崩した女……。
彼女こそが志波空鶴だということ、らしい。
オレ達の存在に、不審そうに目を眇めたが、前に出た夜一の『たのみがある』という言葉に、彼女はにっと口を歪めて笑う。
「いいぜ、話せよ。面倒事は大好きだぜ」
その言葉に……、からりと空気を焼く炎のごとき清々しさに、なんだか好感を抱く。
こういう人間は信頼できる。
彼女はどうも情に厚い人のようで、夜一……そして浦原の関わる今回の依頼に、一も二もなく頷いてくれる。
しかし、当然だがオレ達は彼女とは初対面。
すぐに信用してもらえるなんて、都合の良い話はない。
「見張りの意味も込めて、おれの手下を一人つけさせてもらう。異存はねぇな?」
もちろん、こちらは頷くより他にない。
手下というのは彼女の弟だそうで、すぐ隣の部屋にいるらしい。
バタバタと慌ただしい音がして、男の声が聞こえてくる。
ガラッと襖が開かれ、その向こうからにこやかな男が顔を出した。
「は、初めまして!志波岩鷲と申します!以後お見知りおきを!」
……初めましてと言うか。
つい昨日、あの流魂街で見た男の顔によく似てると言うか、名前が同じと言うか、いや、あの時の野郎じゃねぇか!?
「「あああ~っ!!!!」」
隣からは随分と大袈裟な反応が上がっている。
運命的な巡り合わせと言うか……いや、待てよ、ということはあの時の牡丹肉もここにいるということか?
「ふむ……蒸し焼き……いや、やはり鍋か」
「まだ諦めてなかったのか君……」
なんだよ、そう呆れるな。
猪肉は案外美味いんだぜ。



 * * *



さて、一悶着はあったものの、無事に顔合わせを済ませたオレ達は、空鶴の後に着いて屋敷の奥まで来ていた。
岩鷲が重たそうな鉄扉を開ける。
その向こうに見えたのは、随分とでかい鋼鉄の柱……いや、筒らしきもの。
「こいつでテメーらを瀞霊廷ん中にブチ込むのさ!空から!」
「空ァ!!?」
「おれの名前は志波空鶴……。流魂街一の花火師だぜ!」
花火師、なるほど、道理で粋な女だと頷いた。



 * * *



さて、所変わって志波邸道場。
オレ達一行は霊力集中の訓練を行っている。
砲弾のように打ち上げてもらい、空から瀞霊廷に侵入するという方法を取るためには、空鶴の作った霊珠核という珠を使い、自分達の周りを霊力の壁で覆わなければならないそうだ。
方法そのものは簡単。
その珠に自分の霊力を籠めるだけ。
オレは鬼道の練習をしてたこともあり、一発で成功。
他の奴らも次々と成功させていく中、一人だけできない男がいる。
「おうおう、そんなんで出来てるつもりか黒崎ぃ」
「全くなってませんなぁ!」
「これは酷い!目も当てられませんなぁ」
「でぇえい!うるせぇぞテメーら!」
ぶんっと投げられた珠を受け止める。
たった今、金彦、銀彦と共にバカにしていた通りなのだが、黒崎は霊力の集中が全くできない。
不器用にも程があらぁ。
あまりの出来なさに、流石のオレも黙って見ていられずに、口を出す。
「黒崎お前よぉ、漠然と霊力を強くすりゃあ良いってもんじゃねぇんだぜ」
「そんなこと言ったって、霊力の集中だか何だかって言われてもわかんねぇよ!」
「ん゛ん……お前まずよぉ、自分の体に巡る霊力を意識するところから始めてみた方がいいんじゃねぇかぁ?」
「霊力を意識ぃ?」
なんだその胡散臭そうな目は。
仕方なく、懐からメモ帳を取り出して説明をする。
「いいか?霊力ってやつは血液と同じように、常にお前の体を循環している。ここまではわかるか?」
「……なんとなく」
「その流れをコントロールし、一ヶ所に集めたり、全体的に出力を上げたりする、これが霊力操作ってやつだぁ」
「それって要するに血流操作して一ヶ所に集めるってことだろ?普通出来なくねぇか?」
「馬鹿野郎、血液と霊圧は全く別もんだぁ。今のは例えだよ例え!」
えー、と文句を垂れる馬鹿を軽く殴り、説明の続きに戻った。
「霊力集中の基本は自分の体に在る霊力を意識するところから始まる。まずそれが出来てようやく、手に集め、外に放つイメージを固めることができる」
メモ帳の上には、人の体を書いた図形と、その中をぐるぐると渦巻く霊力の流れが書かれている。
さらにその隣に、同じように人の体を書き、その手の上に霊力の流れが集中していく様子を書いた。
「理屈はわかるな?」
「わかる」
「お前が苦労してるのは、単純にこの霊力の量が多すぎて、その中から必要な分だけを必要な場所に持ってくることが難しいからだ。そもそもの話、お前にはこう言った細かい作業が向いてないんだろう」
「そ、そうだったのか!」
「それを差し引いてもクソ不器用なことに変わりはねぇがな」
「うぐっ!」
たぶん、霊力多くてもコントロールできる人はちゃんといる。
「珠を持って、目を閉じて、深く呼吸をしてみろ」
「……こうか?」
「力が入りすぎてる。力は抜け。気張りすぎんなぁ。普通に立てば良いんだよ」
「……」
黒崎の肩から力が抜けたのを確認して、自分もまた珠に手を置く。
「お前の体には霊力の川が流れてる。腹から湧き出て、心臓を巡り、頭を通って、腕の先、足の先まで満ちている。……その流れの中で腕の先だけを意識する。手のひらから霊力の流れが漏れ出していく。お前の手の先にある珠に、霊力を注いでいくんだ。少しずつで良い。ゆっくり、ゆっくりと……」
このコントロール法は、霊圧に限らず、オーラも、チャクラも、炎も、すべての生命エネルギーに通ずるもので、オレはいつも言った通りのイメージで力を操作していた。
凝を行えば、黒崎の手から少しずつ霊圧が出ているのが見える。
「霊圧が流れてるのは意識できるかぁ?」
「う……あんまりわからねぇ」
「……ふむ、逆流させる」
「は?」
珠に触れていた手から、霊力をありったけ注ぎ込んだ。
もちろん容量オーバーになって、溢れた霊力が黒崎の手に逆流していく。
「うおわっ!?」
驚いて珠を手放して、黒崎が飛び退さる。
落ちそうになった珠を受け止めて、にっと笑いかけた。
「な、なんだ今の!?手のひらが……ビリビリと……」
「ほら、どんな風に霊力が流れてんのか、わかっただろぉ?」
不満はあったようだけれど、その後、無事に黒崎も霊力集中の訓練を完了したのであった。
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