×鰤市

「う"ぉおい!行くぞぉ、せーのぉ!」
「よいしょおー!」
「うおっ!?兄ちゃん力持ちだなぁ!?」
「ふはははっ!任せろぉ!」
掛け声と共に、兕丹坊のばかでかい腕を肩に向けて押し動かす。
しっかりと押し付けてから、井上が能力を使って回復をし始めた。
さて、とりあえずこの男の傷については、これで何とかなるだろう。
「ありがとなぁ伊達男!さっきそこんちのガキんちょに呼ばれてただろ?いってきてやんなよ」
「おう、そうする」
シバタは、どうやらこの町で擬似的な家族を作り、無事に暮らしているらしい。
この流魂街はいくつかのコミュニティーに別れていて、それぞれのコミュニティー同士のやり取りはほぼない、との話だった。
つまり、シバタはまだ家族には会えていない。
「探していれば、いつか会える」
「うん、ありがとう、おじちゃん……!」
駆け寄るとそんな声が聞こえてきた。
「おう、それじゃシバタは母ちゃん探して旅でもするのか」
「あ、お兄ちゃん!」
「久しぶりだなぁ、元気にしてたみてぇで、安心した」
チャドの肩から降りてきたシバタを抱き止め、癖っ毛の頭をグリグリと撫で回す。
くすぐったそうに笑う様子を見て、少しだけ安心した。
思ったよりも、このガキんちょは逞しく生きている。
「たびかぁ、いいなぁ。ぼく、まだまだこどもだけど、いつかたびをして、ママにもあえるかなぁ」
「旅は良いぜぇ。色んな人に会える。母ちゃんはもちろん、可愛い女の子にも、素敵な友にだってだ。色んな景色を見て、色んなトラブルを乗り越えて、たくさんの冒険を、母ちゃんにも話してやると良い」
「わ~!すごいなぁ、お兄ちゃんはたびをしたことがあるの?」
「……ずっと昔にな。まあ、旅なんて大層なもんじゃないが、知らない場所を歩くのは楽しいものだよ」
小さな体を持ち上げて、くるくると回る。
きゃらきゃらと笑う楽しそうな声に満足する。
旅なんて大層なものではない。
武者修行とでも言おうか、強者を求めて行く宛もなくさ迷っていただけだった。
最後に大きくくるりと回して、彼を地面に降ろしてやる。
「旅には慣れてる。そこらに生えてる野草が食べられるかどうかだって知ってるぜ」
「すごい!ね、ぼくにもおしえて!」
「よっし、任せろぉ」
シバタとチャドを伴って、町の近くの森へと赴く。
事前に、ここにはろくな食料がないと聞いていた。
流魂街の住人達は、どうやら霊力の関係か、食事を摂らずとも生きていけるということだった。
まずは山菜でも採ろう。
もしも近くに鶏でもいれば捕まえて食っちまっても良いんだが、そう都合よくは行かないか。
オレ達は山菜を手にいっぱい持って、この町の長老というじい様の家へと戻ったのだった。
オレ達に遅れて、井上と黒崎が入ってくる。
シバタは、大人達に呼ばれて部屋の奥へと入っていった。
夜一が話を切り出す。
もちろん、内容は瀞霊廷への侵入方法で、元々夜一が予定していたという方法について、とある人物の名が上がった。
志波空鶴。
どういった人物かは不明だが、その名を聞いた長老の顔色が変わる。
だがその詳細を聞く前に、突然家に人間が飛び込んできた。
それと一緒に何故か猪まで入ってくる。
……いや待て、この猪、丸々と太って随分と美味しそうではないか。
「食料……猪……ぼたん鍋……」
「っ!?」
隣でチャドがぎょっとしているが、こういう時にしっかり食糧は確保しておかねぇと、後々後悔するぞ。
飛び込んできた男──岩鷲が黒崎に絡んでいるのを横に、じわりじわりと猪に迫る。
猪の奴も気が付いたらしい。
こちらの殺気に気圧されたか、びたりと固まっている。
「よぉし……大人しくしてろよcinghiale……美味しい薔薇色の肉にして食ってやるからなぁ……」
「こんな時に何してるんだスクアーロ!?」
「黙ってろ石……あ゛あ!?逃げんな肉!!」
石田の声に正気を取り戻したか、猪がばっと背を見せて逃げていく。
せっかくの肉である。
貴重なたんぱく質である。
逃してなるものかと、オレもそれを追い掛けた。
外では黒崎と岩鷲が争っているが、オレの知ったことではない。
小競り合いの喧嘩を止めることは任務外だ。
向かい合ったオレとたんぱく質。
逃げられないと悟ったか、前肢で地面を掻き、こちらを睨み付けてくる猪の前に立ち、オレもまた構えた。
良い度胸持ってるじゃねぇの。
正々堂々迎え撃ってぶっ倒して、今日の夕飯に美味しくいただいてやるぜ。
だがこちらの勝敗が決する前に、横槍が入った。
ベルのような音が鳴り響く。
「大変だアニキ!!9時だー!!!」
「何ィ!?9時!?まずい!カモォン、ボニーちゃん!!」
岩鷲が口笛を吹く。
目の前の猪がその口笛を聞くや否や、そちらへ向かって走り出した。
「あ、ああー!!肉!夕食!ぼたん鍋~!!!」
「は、腹が減ってるのか君は……」
そうして、オレ達の夕飯は残念ながら逃げ去っていった。
しかしオレ達は、翌日再びに運命の出会いを果たすのであった……。
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