×鰤市

門番……兕丹坊からの攻撃を避けて、後方に下がる。
図体はでかいが、まあ、大丈夫だろう。
力量は黒崎のが上だ。
それより、二人の戦いに巻き込まれないように距離をとった方がいい。
駆け付けてきた三人を押さえて、さらに後退した。
「手伝う必要ないよなぁ、黒崎」
「おう、待っててくれ」
兕丹坊の攻撃は全て大振りで、その分隙も大きい。
避けるのも容易いし、攻撃の強度もそこまでではないから、普通に防御態勢とれば傷の一つも受けないだろう。
さて、とりあえず仲間達は見守ることに決めたようだし、オレもやることやらなきゃな。
夜一は、警戒しつつも、場の全体を観察しているようだった。
ここでオレがこそこそしてると、怪しまれそうな気がするなぁ。
とりあえず通信の電源はオンにする。
しばらくの間、ラジオのチャンネルを合わせるようなノイズが聞こえたが、少し待っている内に収まり、すぐに人の声が聞こえてきた。
『──ヤッホー♪通信リ☆ボーン!元気か~いスクちゃん?』
「……はあ」
『え、ため息~?酷いなぁスクちゃんは!』
コツコツとピアスを叩けば、こちらがあまり話をできない事を察したらしく、一人で好き勝手に話始めた。
『とりあえず、空間移動に耐えきれたみたいで良かったよ~。──ザッ、ザザッ……きい音が聞こえるし、戦闘中かな?こっち──ザーッ……に話すね~。こちらは特に異──ザッ……し。その通信機には、霧の炎を探知──ザーッザザッ……ームを鳴らす機能も着けてるんだけど、流石に骸君クラスだと反応する──ザッザー、ザザッ……かな~。とりあえず、中に入ったら上手く撒いて単独行動で宜しく!』
「……はあ」
こいつのふわふわした口調もまあ腹が立つが、通信機のノイズが酷い。
鼓膜が痺れるような気がして、少し気持ち悪かった。
『ちょっとぉ、な──ザザッザッザー……さそうなため息?ボクだってこれから君の補助をし──ガッ、ピーッザザッ……よ?疲れるのはこっちも同じさ!もー、今日の通信ここまで!明日の朝はボ──ガガッ、ザーーー……キュートなモーニングコールしてあげる♪以上、プリティーキュートな白蘭でした~』
遂には頭が痛くなってきた。
ノイズのせいか奴の緊張感の無さにかはわからないが、酷く疲れた気がする。
額を手で覆うオレを、黒崎の無茶苦茶で疲れてるんだと勘違いしたのか、夜一の肉球がぷにっと脚を押して励ましてくれる。
そっちも大変だろうにすまねぇな……。
さて、そうこうしている間に、黒崎は無事、兕丹坊に勝利をあげた。
どうやら、兕丹坊の奴は門を開けてくれるらしい。
良いのか門番……。
そこは死んでも守り抜くって言うとこなんじゃないだろうか。
しかし開けてくれるって言うなら話は早いと、既に黒崎達は入る気満々である。
正面から正々堂々と入るのは、ちょっとお勧めできねぇんだけどなぁ。
向こう側に何が待ってるかわかんねぇし、警戒しとかないと危険だろう。
兕丹坊が凄まじい腕力で門を持ち上げる。
オレもたぶん、念を使ってもきついと思う。
無理、ってことはない、はず。
最悪影分身でも使えばいけるいける。
そして持ち上げられた門の先、そこに人影が見えて、ああやっぱりと思うと同時に、黒崎の前に出た。
門の前に男がいる。
あの男はちょっとまずい……。
たぶんこの瀞霊廷ってとこの中でも、かなり強い部類に入るだろう。
兕丹坊はその人物の事を知っているらしく、一瞬にして顔色を変え、その額からは冷や汗がにじみ出す。
まずいな、ここで武器出して応戦しても良いが、出来ればここは逃げて、態勢を建て直したい。
だがこちらが動き出すよりも早く、その男……三番隊隊長市丸ギンは、『何か』を一瞬の内に飛ばして、兕丹坊へと攻撃した。
鮮やかな切り口で、肩から先が吹っ飛ばされる。
それが流魂街の家々まで飛ばないように、何とかオーラを伸ばして、切られた腕を何もない地面に落とした。
ヒソカの猿真似にすぎないが、やっぱり便利な能力だ。
兕丹坊の腕にも、オーラを貼り付けて簡易的な血止めをする。
かなり筋肉に力を込めてたから、普通よりは出血も押さえられてたかもしれないが、それでもひどい怪我だ。
かつて左手を失ったことのある者としては、同情を禁じ得ない。
「あかんなぁ。門番は門開けるためにいてんとちゃうやろ」
全くもってその通りだろう。
自分がこの組織の指示系統に関わっていたのならば、当然怒っていたはずだ。
まあそもそもオレが人事を任されてたなら、このお人好しの男に門番は任せない。
もっと別の適役がある。
「っ!門を下ろせ!殺されるぞぉ!」
今の一撃でハッキリした。
あの男とここで戦うのはまずい。
レンジが長い上に、攻撃が早すぎて、俺でもろくに視認することが出来なかった。
刀のようなものが見えたが、どういう仕掛けかは見当がつかない。
激痛に苦悶の声を上げる兕丹坊に、門を下ろすように言うが、奴は下りてきた門を肩で支え、荒く息を吐いている。
まずいな、声が届いていないのか。
腕を切られるなんて激痛を受けては、耳も遠くなるものだと、経験者である俺にもまあわかるわけで。
ならば強引にでも手放させねばならないと言うのに、ふと横を向くと、飛び出していこうとする黒崎が見えた。
「ちょっ!待て黒崎!」
こっちはこっちで頭に血が昇ってるのか、こちらの制止の声なんて軽く無視して駆けていく。
だぁくそ!あの馬鹿野郎めが!
兕丹坊に斬りかかろうとした市丸某に、黒崎が刀を振り下ろす。
当然、彼はその斬撃を片手で止めてくる訳だが、その姿形にか、攻撃の重さにか、随分と驚いたような顔をする。
「何てことしやがんだこの野郎!!!」
「そりゃあこっちの台詞だぁくそカスがぁ!」
「あでっ!?」
市丸に切っ先を向ける馬鹿を殴り飛ばし、その前に立ち塞がる。
マジでまずいだろこれ。
だってまだ黒崎は、こんなレベルと戦えるような練度じゃない。
初めのダンジョンをクリアした勇者(初心者)が調子にのって上級者向けダンジョンに挑むようなもんだ。
すぐにでも離脱させないとならない。
「おまっ、邪魔するなよスクアーロ!」
「うるせぇ黙れくたばれっつーかお前マジででしゃばんなドアホがぁ」
「は!?」
「そ、そうじゃ!もう止せ一護!!ここは一先ず退くのじゃ!!」
「ああ!?」
この馬鹿と来たら、相手との力量差なんて気にせず突っ掛かっていきやがる。
市丸という男は、何やら黒崎の名前に聞き覚えがあるらしく、何か得心したような顔でくるりと踵を返した。
随分と遠くまで下がる。
こちらからの攻撃は届かないくらいまで。
奴が持っているのは、脇差くらいの短い刀であったが、それからは黒崎の斬魄刀と同じ、いや、それよりももっと強い霊力を感じる。
「何する気だよ、そんな離れて?その脇差でも投げるのか?」
「脇差やない。これがボクの、斬魄刀や。──射殺せ、『神槍』」
袖に隠れた切っ先が、一瞬にして目前へと迫る。
構えろと叫ぶ間もなく、その切っ先はオレ達の元に届く。
オレが手にオーラを纏わせるのと、その切っ先が到達するのはほぼ同時だった。
届いた切っ先をオーラを固めた手で掴み、止める。
だがその速さは、勢いは、そう簡単に殺せるものではない。
足にオーラなりチャクラなりを纏って堪えるのも良かったが、恐らくこのまま後ろに吹っ飛ぶのがベスト。
「ぐぅっ!!」
後ろにいた黒崎を巻き込みつつ、刀の勢いに任せて門へと飛んだ。
片手で刀を握り、片手で黒崎の着物を握る。
すぐに、門を支えていた兕丹坊に当たって、三人揃って瀞霊廷から弾き出された。
「しまった!!門が下りる……っ!!!」
最後、オレの手を離れていった刀の根本で、にたりと笑みを浮かべて手を振る市丸の顔が見えたが、非常に殴りたくなる笑顔に内心で毒づく。
野郎、白蘭と同じタイプの人間だ。
絶対に間違いない。
「黒崎くん!スクアーロくん!!大丈夫!?」
「……問題ない。ちょっと指が切れただけだ」
「き、君は鉄か何かで出来てるのか!?」
失礼な、オレは純正の人間だ。
後ろで黒崎も起き上がっている。
特に怪我もないようだし、問題はなさそうだ。
オレ達の背後にあったあばら家の群れ……流魂街からは、様子を窺っていたらしき住民達がぞろぞろと現れている。
そちらは仲間達に任せて、オレは兕丹坊へと近付いた。
どうやら最後の吹っ飛びで意識が刈り取られているらしく、ピクリともしない。
しかし呼吸も脈もしっかりある。
普通の人間が腕を切られれば、ショック死したっておかしかないが、見た目通り随分と頑丈なようだ。
「お、おじちゃん!お兄ちゃん!!ひさしぶり!ぼくだよ!インコのシバタだよっ!!」
ふと、町の方からそんな声が聞こえた。
インコのシバタ……といえば、おかめインコにとり憑いていた子供の名前じゃ……?
はっとして声の元へと視線を向けると、そこにはいつか見た少年の姿があった。
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