×鰤市

「おーかえりィー!!!いーちぐぉおおあ!!?」
「おう、久しぶりだなケイゴ」
顔を見るや否や、黒崎に飛び掛かって行ったケイゴの後を着いて、オレも公園に入って行く。
八月一日、夏休みも中盤。
オレ達は久々に集まり、花火大会を見に行くことになっていた。
黒崎に足蹴にされたケイゴが、挫けて泣きついてきたのを慰めながら、久々に会う(と言うことになっている)黒崎に挨拶をする。
実際には一方的に、こいつの修行を覗き見たりもしてたんだけどな。
「よぉ、久々だなぁ」
「スクアーロ、相変わらず白いな」
「うっせぇ。日差しが痛いから外に出ないんだよ」
焼きたくないからと、肌を隠すために長袖を着ているのだが、ぶっちゃけ暑さで汗の量がヤバイ。
「つーかお前ら一緒に来たのか」
「さっきまで24時間耐久格ゲー対戦してたからな!!」
「目がショボショボする……」
「徹夜明けかよ!?」
ねだられにねだられた結果、昨日の昼間、バイト終わりからつい先程まで、ケイゴの家でゲームに付き合っていた訳である。
普通に書類仕事して徹夜ならともかく、画面をずっと見続けていたら流石に目が疲れた。
しかもあまりにケイゴの家に通いすぎて、みづ穂さんからは『もういっそ住めば?』とまで言われた。
流石にそれは困る。
「ただいまー!僕も帰ってきたよー!」
そろそろ集合時間だ。
ヤシの実を持ってこんがり焼けた小島が現れる。
随分とプーケットを楽しんできたらしい。
何度か仕事で訪れたことはあったが、観光する暇はなかったから、随分と暑くて陽気な場所だなぁ、という感想しか覚えてない。
すぐあとに集まってきた有沢、井上、チャドを加えて、オレ達はのんびりと歩き出した。



 * * *



「さて、門に使う札ってのはこんなもんかぁ?」
「ええ、はい。そこら辺に置いておいてくださいな」
「ほいよ」
浦原に指示され、札の入った箱を地面に置く。
黒崎が修行を終え、短い夏休みを満喫している間に、浦原商店では門の製作が進んでいた。
「スクアーロサンは、黒崎サン達と遊びに行かなくて宜しいんですか?」
「行ってるぜぇ?」
「え?」
「今ここに居るオレは分身体だからなぁ。ま、こき使ってくれや」
「分身っスか……。随分と便利な術をお持ちで……」
「そうでもねぇよ。実はけっこうエネルギー使う」
「そこまでして手伝っていただかなくても構わないスけど……」
一度言ったからには手伝うとも。
ただオレとしても、友人との約束を反故にする訳には行かないから、影分身での対応という結果となったのである。
「ほんと、スクアーロサンって何者なんスか?黒崎サンの霊圧を落ち着かせた術もそうですし、死神の方達の攻撃を防いだ、異様に強い鉄パイプもそうですし」
「んー、秘密」
「おやおや、秘密の多いお嬢さんですねぇ」
「……女は秘密が多い方が魅力的だろぉ?」
「それには同意いたします♪」
最近はこういうやり取りが通例になっている。
お互いの腹の探り合い。
まあ、無闇に他人に情報喋るような奴相手なら、こんなに悠長に話していない。
下手にしゃべられる前に黙らせるし、そもそも情報取られないようにもっと警戒する。
何だかんだで、こういうやり取りが楽しいのだ。
昔を思い出す……のもあるし、バチバチの殴り合いと同じくらい、こういう情報戦も好きなんだろう。
それにしても、学校に忍び込んだのか何なのか、何時の間にやらこちらの隠し事を調べられていたらしい。
油断も隙もねぇ野郎だぜ。
「……そういやぁ、最近オレのバイト先に黒崎の家族が来てくれるようになったんだよなぁ」
「ほう、確かバイト先というと」
「イタリア料理屋。テイクアウトのジェラートも売ってんだよ。この間親父さんと話してさぁ。あの人、普段の振る舞いはダメオヤジって感じだけど、随分と強そうなんだよなぁ。……剣術、やってたのかな。あんた、なんか知ってる?」
まあ、主に来ているのは、妹の遊子ちゃんなんだが、一度だけ例の親父さんが来たことがあった。
たいしたやり取りはしてなかったが、試しにこちらが向けた殺気に敏感に反応した。
その時の脚捌きが、剣を扱うものの動きだったのだが、それが黒崎の死神の力に繋がっていると考えるのは、自然なことだろう。
ただ、黒崎の親父さんは普通にいい人だったから、素直に謝っておいたけれど。
「さあ?残念ながら面識がございませんねぇ」
浦原は当然とぼける。
まあ、あの人とこいつとの繋がりはオレにも見えてないから当然だろうけれど。
しかし、二人には繋がりがある。
ただの勘だが、こいつはたぶん、そういう繋がりは多めに用意しておくタイプだろう。
「ふぅん?向こうはあんたの名前、知ってたみたいだけどなぁ」
嘘である。
「……それはそれは、この店も売れてきたってことっスかねぇ」
浦原も浦原で、曖昧に惚けてはぐらかす。
言わないだろうとは思ってたが、もう少し突っ込んでみるか?
「ははっ、ここはアングラな商品も扱ってんだから、客としても重宝するよなぁ!」
「あはははは、うちは駄菓子以外も充実してますからねぇ♪」
「こういうの、どっから仕入れてんだぁ?」
「それは秘密です♪男もまた、秘密が多い方が魅力的でしょう?」
二人揃ってわははと笑い合った。
空々しいのは百も承知である。
だがまあ、こいつはきっと、父親のことがあって黒崎に目をつけてた。
朽木のことはまだわからないことが多いが、彼女に崩玉とかいうものを隠したのは、何か理由があったのか、それともただの偶然か。
オレが白蘭から聞かされているのは、朽木が拐われた理由や、敵の正体と目的、そして黒崎達がどう動くのかという予測まで。
浦原や、黒崎の親父さんの事とかは聞いてないし、あまり詳しく知って、ユニの予知から外れてしまうような事態になることは避けたい。
だから推測するしかないのだ。
ちょっとしたゲームみたいなものだから、別に外れても構わない。
実際に戦うときは、ユニや白蘭の指示を聞いて動くことになるわけだし。
「おぬしら、性格が悪いのぅ」
「はっはっはー!このイケメンのどこが悪いってぇ?」
「やだなぁ夜一さんったらぁ♪こう見えて良心的なエロ店主で売ってるんスよ?」
「楽しそうじゃの……」
否定はしないとも。
結局これはオレとこいつのちょっとしたお遊びなのだ。
お互いきっと最後まで、一番大事な腹は明かさないだろう。
この距離は詰めないし離れない。
そういえば本体の奴は、珍しく仲良くしている友人達と、今頃どうしているだろう。



 * * *



「あー!アイス屋さんのおにーさんだ!」
「おー、遊子ちゃん。一応ジェラートなんだけどなぁ。3日ぶりか?」
「そういや確かに、あの店のバイト君じゃないか~!どうだい!君も特等席に来るだろう?」
「んじゃあ遠慮なく」
「「やったー!」」
最近たまに店に来てジェラートを買ってくれる、黒崎の妹の遊子ちゃんと、夏梨ちゃん。
それから一回だけ話したことのある親父さん。
いつの間に!?と黒崎につっこまれるが、お前がひぃこらお勉強をしている間にである。
花火なんていつぶりだろう。
喜び勇んで駆けていく野郎共&妹ちゃん達をのんびり追い掛けながら、黒崎と並んで歩いた。
自然と前の連中とは距離が空いて、声が届かなくなる。
「……お前は、聞いてこないんだな、ルキアのこと」
「向こうに連れ帰られたの、見てたしなぁ。あの時の怪我、治ったんだな」
「おうよ、全快だ」
ぶんぶんと腕を振り回して、元気一杯のアピールをしてくれるところは、年相応の少年らしい。
「オレ、助けに行くぜ。準備が整い次第、すぐに」
「……勝てるのかぁ?あの赤毛達に」
「勝つ。勝つために、修行もした。それに、ルキアはオレ達家族を護るために、オレに死神の力をくれたんだ。そのせいで殺されそうになってるんだから、オレが助けに行く。ぜってー、助ける」
「……そうかぁ」
愚直とまで言えるくらい、素直だと思う。
普通、それで命なんて懸けない。
朽木はきっとそんな風に思ってないし、何より死神という大きな組織相手に抗おうなんて、無謀も良いことだ。
「無理だって思わねぇのか?」
「あ?」
「朽木を捕まえに来たのがあの連中だ。あのレベルの連中が、他にもたくさん居るってのは、十分考えられんだろぉ?」
「それは……そうだけどさ」
「そいつらが集団で襲いかかってくるかもしれない。下手したらあいつらよりももっと強い連中がたくさん居るかもしれない。死ぬかもしれない。そこまでして、どうして朽木の事を助けたいって思うんだ?」
素直な疑問だった。
ずっと思っていた疑問だ。
沢田にしろ、他の奴にしろ、今の黒崎みたいに考えなしに、正義感なんていうメッキで無謀を塗りたくって、一歩踏み外せば死ぬような道をぐんぐんと進んでいく。
「……オレの世界を変えてくれた。今までずっと、ただ見ていることしかできなかった世界を変えたのが、ルキアなんだ。そんで、オレのせいであいつの人生を変えちまった。ルキアからもらった力で、家族やダチを守ったみたいに、今度は、あいつの事を護りにいきたい。命懸けになっても、今助けに行かないと、オレは絶対に後悔するだろうしな」
今やらなくちゃ後悔する。
その言葉は、記憶の中に居る幾人もの眩しい連中の声で再生された。
ディーノも、きっと同じように言うことだろう。
わかる、わかるよ、お前ら皆、優しすぎるくらい優しいんだから、納得行かない処刑なんて、命懸けで止めようとするよな。
「そうか。じゃあ、頑張れよなぁ」
「おう!」
「死ぬなよ」
「当たりめーだ!」
まあ、お前らのことはオレが死なせないさ。
オレも、気が付けば随分とお人好しになった。
お人好しになったついでに、らしくもなく無謀に付き合ってやるのも良いだろう。
「おにーちゃん!早く~!」
「一護ー!スクアーロー!遅いぞー!!」
前から呼ばれて、オレ達は顔を見合わせて苦笑する。
花火の上がり始めた川辺の道を走りながら、皆の呼び掛けを追いかけた。
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