×鰤市

夏休み、学生にとってのオアシスであり、夢、冒険、ロマン、幸福な日々を連想させる素敵なワードである。
オレとしても、既に理解している内容の授業を延々と受け続ける地獄から解放され、ゆっくりと羽を伸ばせる寛ぎの日々である。
とは言うものの、実態はそうもいかなかった。
昼間のバイトや寂しがり屋な友人のお守り……もとい、高校生らしい友人付き合い、そして……。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ、焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ。破道の三十一、赤火砲!」
体内で練り上げた霊力を掌に集中させ、真っ赤な火球へと変える。
それを目の前の岩に向けて放つと、岩は粉々に砕け散り、その威力を如実に物語る。
「!どうだぁ!?」
「おお、詠唱、霊力集中ともに問題なし!威力も十分のようですし、合格ですね」
「おっ……しゃあぁ!!」
深夜、浦原商店地下にて、オレは鬼道というものの練習に明け暮れていた。
鬼道、とは。
本来、死神のみが使うことが出来る高尚呪術。
ただ、死神のみが、というのはそいつら以外に扱う人がいないってだけの話だ。
浦原商店店長補佐・握菱テッサイ曰く、霊力が高く、コントロールにも長けているオレであれば、もしかしたら扱えるかもしれないとのことであった。
結果、練習3日目にして、オレは幾つかの鬼道の発動に成功している。
「やはり天才」
「それ、ご自分でおっしゃるんですか?」
「誰も誉めてくれないから自分で誉めんだよ。別にいいだろぉ」
チャチャを入れてくる浦原をかわして、鬼道の詠唱を復習する。
破道も面白いが、得意なのはやっぱり縛道だ。
道具もなく敵を拘束できるのは嬉しい。
雨の炎でも出来なかないが、炎への耐性があるマフィアとかには効かないし、たぬき寝入りされてもわからない。
反面、縛道は成功したかどうかが目で見てはっきりわかるし、例え後から破られるとしても、一度成功すれば幾分か足止めにはなる。
三十番の嘴突三閃とかめちゃくちゃ良いだろ。
相手が強かったとしても、一瞬でも拘束できるわけだし。
四十番台の鬼道はまだ不発も多いが、詠唱さえしっかり覚えれば、後は練習次第でどうとでもなるはずだ。
「天才かどうかはさておき、確かに覚えの良い優秀な生徒ですから、こちらとしても助かります」
「いきなり誉めてどうしたぁ?今度は何の企み事だ」
「いつも何かしら企んでる訳じゃないんスけどねぇ。尸魂界に入るに当たって、鬼道が使えると使えないじゃ大違いなんスよ。相手が正体不明の鬼道ばかり使ってきたら困るでしょう?」
「ふむ、確かに」
「夜一サンがいますから、大丈夫だとは思いますが、基礎だけでも分かっている方がいれば、夜一サンの負担も減るでしょうからね」
「……夜一さんね」
現在、オレ以外に修行をしているものが四人いる。
黒崎は、この浦原商店地下で死神の力を取り戻す修行を。
石田は、山中で己の能力を高める修行を。
チャド、井上は、夜一と一緒に、自分の能力をコントロールする修行を。
その夜一という人、かつては尸魂界で隠密鬼道……忍みたいな仕事の総元締めだったと聞いていたのだが、初めて会った時は驚いた。
彼(もしくは彼女)は黒猫の姿をしていて、その癖とても流暢に喋るものだから、オレは思わず『よ、妖怪か!?』と叫んでしまったのだ。
紫紺という前例がいたためであり、悪気はなかったのだが、その言葉に腹を立てた夜一から、強烈な猫パンチを食らったことは記憶に新しい。
今回の尸魂界行きには、夜一が着いてきてくれるらしく、どうやら浦原から彼へ、オレの見張りを頼まれている……ようである。
「あんたさ、自分で尸魂界に行けねぇのはあれだろ?追放?されてるからなんだろ?」
「ええ、まあ」
「それって入ってきたら斬るってことなのか?それとも、入ろうと考えた時点で、体に異常が出るとか?」
「尸魂界へ続く道を通ろうとすると、アタシやテッサイの霊体は弾かれてしまうんです。物理的に無理なんスよ」
「夜一は?あの人……人?もあんたの仲間なんだろ?あの人は平気なのか?」
「まああの人は特殊なので」
「はあ?」
浦原自身は、特定の霊圧を遮断するとかそう言った技術で入れないってことらしい。
夜一がそれを通過できるということは、あの人はその技術を抜ける何らかの手段を持ってるっていうことだろうか。
何かの実験で霊力が変化したとか?
まあ、推測どころか想像することしか出来ないようなレベルの話である。
今のところ知っておくべきは、いざというときも、浦原や握菱は助けにはこられない、という事だ。
「まあ、夜一とも仲良くやるよ。それより、他の奴らの修行は大丈夫なのかぁ?」
「石田サン、井上サン、茶渡サンは大丈夫でしょう。黒崎サンは……賭けですねぇ。力を取り戻せるかどうかは、彼次第です」
死神の力を取り戻す為に、今黒崎は、命を懸けた特訓を行っている。
ただ、それもオレにはわからないことが多い。
黒崎はあの日、確かに死神の力を失った。
『鎖結』とか『魄睡』とか、そんなものを壊されて、みるみる内に力が消えていくのがオレにもわかった。
朽木から譲り受けた力を奪われたのだから、例え再び霊力が上がったところで、アイツに死神の能力なんて、また誰かからもらわない限り戻るはずもないのに、一体どういった理屈で、再び手に入れることが出来るのだろう。
「……スクアーロサンの疑問はわかります。ただ、もう少しの間、何も聞かずにお付き合いください」
「……ま、必要以上に深入りするつもりはねぇさ」
知っておくべきことならば、白蘭もユニもちゃんと伝えてくれる。
だからこれは、今のオレは知らなくて良いことだ。
……友人として付き合う上でも、特別必要な情報じゃないしな。
「黒崎の今の修行が終わるのは……明日の夕方頃かぁ?」
「その予定ですね」
「じゃあ、オレの鬼道の修行は自主練にする。あいつらと顔合わせるのはギリギリで良いし」
「そうっスか?まあそれについてこちらからアレコレ言うつもりはありませんが、なぜそこまで執拗に隠すんですか?」
浦原からしてみれば、不自然なほどに力を隠しているように見えるんだろう。
力を明かして、デメリットがある訳じゃない……が、その力の正体や、どこで身に付けたものかなんて聞かれたりしたら、前世のことまで話さなければならなくなる。
オレだけがアレコレ尋問されるのならば、まだやりようはあるけれど、オレからユニや白蘭にまで被害が及んだりしたらやりきれない。
骸?アイツは自分で何とかするだろ。
「まあ、秘密は多い方がミステリアスでカッコいいだろぉ?」
「それには同意します♪」
お互い秘密の多い者同士、にまりと口を吊り上げて笑った。
ジン太とウルルからは何故か生暖かい視線を向けられている。
「何かあればすぐに呼べよ。ああ、それと、門を作るのも手伝いがいるだろぉ。呼べ」
「おや、そうですか?でしたらまたお呼びします」
尸魂界への……骸へと続く道が、少しずつ見えてきている。
オレが探していることは、朽木白哉から既に伝わっているかもしれない。
当然アイツは見付けられないように逃げつつ、オレの命を狙ってくることだろう。
装備は出来る限り万全にしていかなければ。
浦原商店を出て、手持ちの武器を思い出す。
前世から持ちっぱなしの武器はあるが、もう残り少なく、心許ない。
相手が骸だから、殴り合いの喧嘩にはならないだろうが、武器があって損はない。
リングは既に手元にある。
斬鬼の術で使う異空間に入れた物は、転生しても使えるものがほとんどなので、リングも入れておいたのだ。
いざとなれば、忍術も使えるし、何とかなる……かな。
そういえば、白蘭に頼まれたことがある。
それについては、骸を捕まえた後の話になるから、今は良いか。
今の自分が用意できるもので、骸に対抗できるような武器は、他にあるだろうか。
使えるとすると、白蘭とユニの情報か。
あとは式神術とか……そんくらいか?
せめて鬼道は人並みに出来るように練習しておかないと。
さっさと帰って自主練だ。
家へと向かう足を早めた。
36/58ページ
スキ