×鰤市

「夏といえば海!海といえば夏!!というワケで、私浅野啓吾は明日より10日間の海への合同合宿を提案するものでありまっす!!」
本日は終業式。
茹だるような暑さの中、公園についてすぐに、どこから取り出したのか、スイカやら浮き輪やらを並べた浅野が叫んだ。
とは言っても、そんな急な提案に乗れる人間は少ない。
案の定全員に断られた上に、小島に至っては恋人+その友達の女性達とプーケットに行くと言う。
「うわああぁんスクアーロー!!」
「あのなぁ、皆夏休みは忙しいんだから、そんな急に言われても困るだろ」
「まさかスクアーロも行けないのか!?」
「まさかって言うか普通にバイト入れてるし。それに夏休み後半はイタリア帰るぞ。後、海に行くのは無理。陽射し的に死ぬ」
「こーの裏切り者ー!」
おい待てここで泣くな。
膝の上でぎゃんぎゃんと吠える野郎を見ていると、流石に哀れに思えてくる。
「バイト先に遊びに来るとかなら良いけど」
「行くー!」
「はあ……元気で結構。お前らも暇なら来いよ」
「へぇ、どこでやってんの?ていうか何やるの?」
「カフェ、兼イタリア料理屋」
有沢の問いに答える。
実は最近、イタリアの知り合いがこちらで店を開いた。
まだ開店したてで人手が足りず、夏休みなら手伝ってくれと泣きつかれたのだが、オレは知っている。
あの男はオレの顔目当てだと。
オレは客寄せパンダか。
「あ、あのお店!一回入ってみたかったの……!」
「おー、じゃあ小川も来いよ。1食くらい奢るぜ、店長が」
「いやお前じゃないんかい」
「オレは金ねぇし」
まあオレを客寄せに使うんだからそれぐらいはしてもらわないとな。
「まあ、暇になったらお前とも遊んでやるよ。はい、今日は解散」
ぱんっと手を打つと、全員が思い思いに解散していく。
浅野は不満そうに口を尖らせているのを無視して、その頭をぐちゃぐちゃに掻き回しながら立ち上がる。
黒崎からは何か言いたげな視線を向けられているが、残念ながらオレから話せることはない。
というか、石田に散々話した後なので話したくない。
ああ、そうなのだ。
昨日……じゃなくて今日の未明か。
石田から酷い質問責めにあった。
折角淹れた紅茶も飲まずに、机に乗り出すようにして石田が詰問してくるので、オレはげんなりしながら朝まで答え続けた訳だ。
「あの男……浦原さんは何者なんだ!?」
「それはオレも知らねぇよ。強そうだけど、自分では戦いたくないみたいだぜ」
「なんで君は彼と知り合ったんだ?しかも……依頼ってどう言うことなんだ?」
「そりゃ、黒崎経由だぁ。色々知ってそうだから、聞いてる内に仕事頼まれたんだよ」
「君は普通の人間だろう?今回は軽傷で済んだが、下手したら死ぬ可能性だってあったんだ。……無理矢理やらされてる訳じゃないんだな?」
そう言えば、自分達の怪我は既に手当てしていたわけだが、石田にしろオレにしろ、軽い傷ばかりで済んだのは本当にラッキーだった。
そればかりは石田の言葉に同意する。
「自分の意思で受けたんだよ。まあ、死ぬようなことはしないって。引き際は心得てるつもりだぜぇ?喧嘩もそこそこ強いしなぁ」
「だからって無茶だ!」
「わかったわかった。次からは気を付けるって」
憤る石田の事を諌める。
こいつ、ツンツンしてるようなふりして結構面倒見が良い。
黒崎相手だとめちゃくちゃ冷たいのはまあ、死神嫌いと自分で言うくらいなのだから仕方なかろう。
座り直した石田が、軽く咳払いして再び問い掛けてくる。
「そう言えば、君は随分と強いんだな。というか、あれは本当にただの鉄パイプだったのか?」
「普通の廃材だぜ?オレが強いのはまあ、喧嘩慣れしてるってだけだろ」
「ふぅん」
ここまで来てようやく、一口紅茶を飲んでくれた。
その後もまあ長かった。
自分でも気が付かない内に、物質を強化する霊能力が生まれたんじゃないか、という仮説が打ち立てられ、その検証のために日が昇るまでアパートの屋上であれこれ付き合わされた結果、オレ達は一睡もすることなく終業式の朝を迎えたのである。
しかしそんな面倒事ももう気にすることはない。
今、オレを包むのは香ばしく漂うのはチーズの焼ける匂い。
ピザに乗ったジューシーなトマトは、客人達の舌の上でその果汁を弾けさせる。
アルデンテに茹でられたパスタは、濃厚なソースと絡んで、吸い込まれるように皿の上から消えていく。
「いらっしゃいませ!イタリアン喫茶"チエーロ"へ!」
そう……オレは今、大忙しのアルバイト真っ最中である。
なぜアルバイトすることになったのか、なぜこの店なのか。
そもそもの発端は夏休み前、6月も終わりの頃。
突然、この世界のイタリアで、幼少時に親しくしていた男から電話を受けた。
いわく、7月から日本で喫茶店を開くから手伝って欲しいとのこと。
この男、見た目は気の良いおっさんであるが、元は裏社会の実力者である。
現役当時から良くしてもらっていたのだ。
オレ自身はあちら側との関わりはもうなかったが、個人的に交友は続いていた。
2年程前に、足を洗ったらしいとは聞いていたが、まさか本当に堅気になって、日本で料理屋始めるとは思っていなかった。
世話になったこともある相手なので、オレは二つ返事で了承し、夏休みに入ってすぐにバイトとして働き始めたのだ。
「エスプレッソ1、ブレンド1頼む」
「おー、スクアーロ。これ4番テーブルな」
「はいよ」
ピザとサラダを受け取ってテーブルへと運ぶ。
ちょうど昼を少し回ったところだが、客足は減っていくどころか全く途切れない。
経営側としては喜ばしい限りだが、ホールスタッフとしてはちょっとしんどい。
オレもそろそろ昼休憩に入りたい。
「店員さ~ん、こっち向いて~!」
「はい、ご注文でしょうか?」
「キャー!カッコいいー!」
「あのあの~、ここのおすすめって何ですか~?」
さっきからこの調子で振り回されているのもあって、心も体もボロボロである。
時給上げてもらえるように、後で交渉しよう。
そう心に誓い、女の子達の声に応える。
ここはホストクラブじゃないんだぞ、という言葉を呑み込み、盛況のホールへと再び踏み出したのだった。



 * * *



「つっかれたぁ~!」
きっちり8時間、バイトを終えて店長に賃上げ交渉を行ったオレは、普段は通らない道を歩く。
バイト終わりの時間にちょうど電話がかかってきて、家に来てくれというお誘いを受けたのである。
女の子からではない、友人である浅野啓吾からである。
一人家でショボくれているあの野郎は、寂しいから遊んでくれとお疲れであるオレに泣き付いてきたわけである。
まあ今日は店でもらったパンのお裾分けだけして帰るが、明日はバイトが休みになるため、一日中奴と一緒にゲームをすることとなった。
既に日が暮れた空を見ながら、まるで本当にただの高校生のようだなぁ、等と思う。
学校行って、バイトして、遊んで、色恋沙汰で翻弄されて。
この生活が続いたら、いつかどこかで、自分がマフィアであったことも、誰かを殺して生きていたことも忘れてしまうのではないかと思い、背筋が冷えた。
「はぁ……焼きが回ったなぁ」
というか、平和ボケしている。
7月が終われば、黒崎達と一緒に尸魂界へと行くというのに、気が抜けきっている。
ペチペチと頬を叩いて気を入れ直す。
既に浅野の家は目の前だ。
聞いていた部屋番と合っているかを確認し、インターホンを鳴らす。
「はいはーい」
「っ!あれ、浅野さんちで合ってますよね」
チェーンも掛けずに無用心にドアを開けた人物を見て、思わず確認する。
女性だ。
あ、でも浅野によく似ている。
「あ、もしかしてケイゴのトモダチ?」
「はい、スクアーロです。あなたは確か……生徒会長さん?」
「そうそう。ケイゴの姉のみづ穂、よろしくね」
そう言えば、アイツ姉貴がいるって言ってたよな。
何回か集会の壇上でも見掛けてたが、直接会って話すのは初めてだ。
「どうもよろしくお願いします。あさ……啓吾は?」
「さっきパシりに出したから10分くらい戻らないと思うわ!ごめんね~、上がって待ってて!」
オレを誘ったは良いものの、姉の命令には逆らえなかったってことか。
完全に尻に敷かれてるな、あいつ。
みづ穂さんの言葉に甘えて、部屋に上がらせてもらう。
土産を渡すと、嬉しそうに目を輝かせてキッチンへと持っていく。
察するに、明日の朝ごはんになるんだろう。
美味しく食べられるんだぞ、手土産たち。
「適当に座ってて~。お茶でいいわよね?」
「ああ、顔見たらすぐ帰るんでお構い無く。すみませんね、お邪魔しちゃって」
「そんな草臥れたリーマンみたいなこと言ってないで、大人しく上級生に従っときなさい!お茶で良いのね!もう淹れちゃうから!」
「え゛、お茶でいいっすけど、そんな言い方してました?」
「してたしてた。あんたケイゴのトモダチの割には随分とジジ臭いわね~」
「じ、じじくさい……」
パワフルな姉ちゃんである。
そんなに爺臭い物言いしてたかオレ。
結構ショック。
いただいたお茶を飲んでソファーに腰掛ける。
ふと床を見ると、先程までプレイしていたのだろうゲーム機器が散らばっている。
テレビ画面はゲームのポーズ画面で止まったまま。
本当についさっき出ていったのかもしれない。
ゲームのパッケージを読むに、どうやらRPG?らしい。
ゲームは詳しくないからよくわからないが、魔王討伐の任を与えられた勇者が主人公の王道もののようだ。
「ただいま~」
玄関から聞き慣れた声がして、はっと振り向く。
「あ、スクアーロ!わりーわりー、買い物行っててさ」
「お前の姉さんに聞いた。土産に持ってきたパンも渡しといたから」
「おお、サンキュー!」
Tシャツにジーンズのラフな格好に身を包んだ浅野が帰ってきていた。
手に持った袋を見るに、どうやら夜食の買い出しに行っていたらしい。
「誰も遊んでくれなかったから淋しかったぜー!!よっしゃ、今日は徹夜でゲームだな……!」
「はーあ?悪いがすぐに帰るぜ?明日も来るから、そんときにまた遊べばいいだろ」
「えーーー!やだぃやだぃ!姉ちゃんもそう言うの気にしないし、今日泊まってけよもう!」
「うわ構ってちゃんかよ面倒くさ」
「ストレートに傷付くこと言われた!?」
別に徹夜ゲームくらい出来なかないが、女の子もいる家に泊まるのはちょっとまずいんじゃないだろうか。
……あれ、いや、逆か。
オレ(女)が浅野の家に泊まる方がダメなのか。
まあ、それについては今さらだが。
「迷惑だろうから遠慮する」
「別に泊まってくくらい良いって!な、姉ちゃん!」
「別に良いけど」
「良いってさ!」
「ええ……」
結局、あまりにも必死に引き留められて、オレは仕方なく泊まっていくことになった。
まったく、ちくしょう。
平和な日常だぜ。
その後、初めてやるテレビゲームで格闘ゲームをやらされ、朝まで一度も勝てずに終わった。
オレってゲーム苦手だったんだ……。
そんな新発見のあった苦い真夏の一夜であった。
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