×鰤市

黒崎と赤髪……阿散井恋次が戦っているのを尻目に、オレは黒髪の男と向かい合っていた。
ちなみに両手は上げている。
戦う意思がないことを信じてくれたのか、相手の男も既に殺気を収めていた。
「あんたの名前は教えてくれねぇのかぁ?」
「兄に名乗る名など無い」
「あ゛あ?じゃあ適当に呼ぶから良いや。オシャレヘアーさんはさ」
「朽木白哉だ」
「白哉さんは、朽木……ルキアの兄貴なんだろぉ?なんで身内なのに、自分で妹の事捕まえに来たんだぁ?」
「……朽木家の者だからだ。一族に罪人が出た。当主である私が始末せずに、他の者に任せる訳にはいかぬ」
「なっ!兄妹なんだろ!?始末だなんてそんな……」
「ああ、まあそういうことなら、わかるぜぇ。そうか、あんた良いとこの出か」
「スクアーロ!?キミまで何を言ってるんだ!」
普通ならこういった仕事は、近親者には任せないようにする。
逃がす可能性があるし、いざというときに躊躇ってしまうから。
なのに任されたのは、こいつが相当上からの信頼が厚い男で、かつ権力のある家柄だからか。
「お家事情ってやつ?オレも知らなくはねぇし?だからといってまあ、友人としては簡単に許せるもんじゃねぇけどなぁ」
「家の……。でも、そうだ。僕だって、こんな理不尽は見過ごせない」
「ならば、どうする。我らを倒して、ルキアを奪還するか?」
「この状況でそんな世迷い言は吐かねぇさ。……オレらはなぁ」
ふと、今もなお激しく戦い続けている二人へと視線を移す。
黒崎の肩を、変形した斬魄刀が切り裂くのが見えた。
「黒崎!」
「下がってろ石田。今お前が出ても、邪魔にしかならないだろぉが」
「っ!……だが、あの阿散井という奴の意識を散らして助けるくらいは!」
「大丈夫だから、落ち着けっての」
再び斬りかかろうとした阿散井の腕に、朽木が飛び掛かって抑え込む。
「逃がそうとしても無駄だ」
妹の奮闘に、白哉は眉一つ動かさなかった。
ただ、一言冷たく言い放たれた言葉に、少し笑って言い返してみる。
「逃げないと思うぜ、あいつ」
「なに?」
「あいつバカだから、たぶんあんたらにボコボコにされても、また朽木ルキアを助けに追っ掛けてくる。面白いだろぉ?」
「……何が言いたい」
黒崎が立ち上がるのが見えた。
重たく感じるぐらいの、大きな霊圧がここまで届く。
「あ、あいつ何て霊圧してるんだ……!」
石田が呟く。
阿散井の刀を砕きそうな勢いで、大刀がぶん回される。
「面白いことになりそうだし、今回は見逃してくれよ。ダメ?」
「私が許すと思うのか?」
「朽木ルキアを連れ戻す邪魔はしないから、黒崎のことは見逃してやれない?」
「……」
答えないまま、朽木白哉の姿が消えた。
直後、黒崎の方に異変が起こる。
あの特徴的な大刀が短くなっている。
いや違う、折られたのだ。
刀の半身は、黒崎の背後に立つ朽木白哉が持っていた。
刀身を手放すと同時に、抜刀する。
その後の動きは素早すぎて、黒崎は何もできないまま、突然体から血を拭き出して倒れる。
二撃食らった黒崎の体の下に、赤い水溜まりが広がっていく。
「これが答えだ、小僧。邪魔をするというのならば、見逃しはしない」
「小僧ってな……。オレにもスクアーロって名前があるんだよ」
石田の後に続いて、黒崎の元に駆け寄る。
出血が酷い。
雨の炎を薄く広げて、止血だけでも試みる。
「一護!」
駆け寄ろうとした朽木を、阿散井が抑える。
死んだ者に駆け寄るだけで、罪が増えるとは。
シビアだな、死神界。
「そこの男は死んだ。兄の言う面白いものも、これで終わった」
「死んだ?終わった?阿呆を言うなぁ。こいつはまだ生きてるぜぇ。そんで、オレは黒崎と、石田の事は必ず生きて連れ帰る」
ここからが、浦原からの依頼なのだ。
黒崎は瀕死。
ここでトドメなんて刺されたら困る。
依頼を受けた者としても……友人としても。
歩み寄って、オレの目と鼻の先で立ち止まった白哉を見上げる。
「その為に、私と戦い、死ぬことになろうとも、か?」
「さあね?オレは結構自分が大事って性格だぜ?」
「……兄のような人間を知っている。底を読ませず、のらりくらりと掴めないような男だ」
「それは……」
どうにも、聞き覚えのある特徴だ。
オレのこのしゃべり方は作った性格だ。
似せた訳じゃあないが、そう言われやすい性格の男を、オレは知っている。
「六道、骸……?」
「なに……?何故その名を……」
白哉の目が見開かれる。
やっぱり、あの野郎死神になってやがった。
何を企んでるかは知らないが、ここで何か聞き出せるかもしれない。
だが、白哉の言葉を遮るように、朽木ルキアが飛び込んできた。
一護が辛うじて息をしているのを見て、その顔を苦しげに歪める。
それを見た白哉が眉をひそめたことで、骸の話はもう聞けないだろう事を察する。
たぶん状況的にも、相手の心情的にも、それどころじゃない。
白哉いわく、黒崎は誰かに似ているらしい。
それが誰かも、どういう人かもわからないが、たぶん、朽木にとって大きな人なのだろう。
不意に、衣擦れの音がした。
下を見ると、瀕死の黒崎が白哉の裾を掴んでいる。
「……放せ小僧」
「聞こえねーよ……こっち向いて喋れ」
あっ、ヤバい。
朽木白哉から殺気が迸ったのを感じ取る。
「そうか、余程その腕、いらぬと見える」
咄嗟に、柄を握った腕を抑えた。
同時に朽木ルキアが、黒崎の手を思い切り蹴っ飛ばした。
白哉の視線は、チラリと一度こちらを見て、すぐにルキアの方へと戻る。
オレもまさか、そんな事をするとは思っていなくて、彼女を凝視した。
「人間の分際で、兄様の裾を掴むとは何事か!身の程を知れ!小僧!」
ああ、なるほど。
そう言うことにするわけだ。
朽木ルキアが、黒崎一護に執着する限り、追っ手であり当主である白哉は剣を引かないだろう。
『慎んで罪を償う』事で、せめてこの場は見逃してもらえるかもしれない。
「私を、追ってなど来てみろ……。私は貴様を、絶対に許さぬ……!」
目に涙を湛えて言ったその言葉が、彼女にとって言える限界の言葉。
生きてほしいと言う願い。
死神など忘れて、自分の事など忘れて、ただの人として生きてほしいと言う望み。
巻き込んでしまった罪を償うための優しさ。
「どっちにしろ、これ以上の手出しはさせねぇ」
「……」
流石に、戦闘能力隠しておきたいなんて悠長な事は言ってられないから、自分の持てる全力で、朽木白哉の腕を押さえ込む。
「……よかろう。その者には止めは刺すまい。先程の二撃で、魂魄の急所、"鎖結"と"魄睡"を完全に砕いた。その者は半刻もせぬ内に死ぬだろう。仮に生き永らえたとしても、力の全ては失われる。死神の力はおろか、霊力の欠片さえ残るまい」
「……ありがとよ」
腕を離すと、こちらを警戒していた阿散井に声をかけ、門を開けるように指示を出す。
たぶん、尸魂界に繋がる門だ。
現れた障子戸のようなものを見て、思わず拳に力が入る。
あれを通っていけたなら、すぐに骸を探せるのに……。
たぶんそんなことすれば、良くてこの肉体の死。
悪ければ、このままオレだけ別の世界に転生だ。
門が閉まる。
頭を振って、さっさと気持ちを切り替えた。
いつの間にか、辺りには土砂降りの雨が降っている。
「スクアーロっ!黒崎の血が……!」
「ああ、すぐに止血する。……浦原!いるんだろぉ!」
「お呼びしました?」
「うわぁ!?」
闇の中から溶け出るように、傘を差した浦原が現れる。
こいつ……、ちゃっかり自分だけ傘持ってきてやがる。
黒崎の体に傘を差し出してやりながら、浦原がすっとその長い指で石田を指差した。
「石田サン、あなたは怪我はありませんか?」
「え?あ、ああ……、僕は切り傷くらいで特には……」
「では特に手当ても必要ありませんね。スクアーロサンは、依頼の遂行、ありがとうございました」
「……黒崎が殺されないように足止めってのは、あんなので良かったわけ?」
「はい~♪十分なお仕事でしたよ」
石田から信じられないような物を見る目を向けられている。
いやまあ、こんな胡散臭いのと繋がってる時点で、めちゃめちゃ怪しいもんな。
わかる、わかるけどそんな目で見ないでほしい。
「黒崎サンはこちらで預かります」
「了解。石田ぁ、お前の切り傷見てやるよ。家に寄ってけ」
「……助かるよ。色々と、聞きたいこともあるしね」
こうなるのが嫌で能力バレとかしたくなかったんだけどな!
あの野郎、絶対わかってて依頼の話しただろ……!
恨みがましく睨んでみても、下駄帽子の男はどこ吹く風である。
これまた突然現れた、駄菓子屋の従業員だという眼鏡の筋肉達磨に黒崎が担がれ、そのまま闇夜に消えていくのを見送った。
石田と浦原がいくつか言葉を躱すのを待ち、ようやく家への帰路に着く。
散々な目に遭った……とはいえ、骸が向こうに間違いなく存在している事がわかったのは嬉しい。
「これから詰問が待っているって言うのに、随分と機嫌良さげじゃないか」
石田とのお話し合いがなければ、もっと素直に喜べたんだがな!
ため息を吐いて足を早める。
ああ、早く家に帰ってのんびりしたい!
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