×鰤市
『さて、早速ですが、朽木サンの居場所が尸魂界に割れてしまいました!』
「ドンマイ」
突然の電話と突然の報告に、オレはそれだけ言って通話を切った。
ちょうど夕飯のロールキャベツを作っていたところなので、今電話してこられても困る。
だが、電話を切ってすぐに、再び着信が来た。
『ちょっと~!どうして切るんですか!?もしかしてアタシ以外に女が!?』
「オレもうお前とはやっていけないんだ、じゃあな」
『わー!待った待った!なんでそんなノリ良く不機嫌なんスか!?』
昨日の内に、浦原からは採用通知(という名の迷惑メール)を送られてきており、オレ達はひとまず、協力関係ということになっている。
ケータイをスピーカーモードにして、料理の手を止めないまま話を続けた。
「今料理中なんだがぁ?」
『じゃあ片手間で構いませんので聞いてください。たぶん今日の深夜辺り、尸魂界から朽木サンを捕らえに死神が現れます。恐らく、黒崎サンと交戦することになります』
「まあ、妥当な推測だなぁ。朽木を捕らえにくるってことは、死神の力を譲渡した罪でしょっぴかれるってことだろぉ?なら渡された側も処分対象って訳だ。死神は黒崎を倒して力を奪いたいし、黒崎は朽木が捕まるのを黙って見てるタイプじゃない」
『その通りで。ただ、朽木サンが捕縛対象であるのとは違い、黒崎サンは間違いなく、生死問わず死神の能力を奪われることになります』
「死神ってのは随分と乱暴なんだなぁ」
『まあ、一人一人の処分に時間を割いてる余裕もありませんので、そればかりは仕方がないんですよねぇ。と、そこでですね、黒崎サンが死なないように、それとなく手を出していただきたいんですけれど、よろしいですか?』
「……手を出すって、具体的になんだよ?」
『要するに、黒崎サンに死なれると困るので、死なないギリギリまで待っていただいて、それ以上敵が攻撃してくるようなら、止めてあげて欲しいんス』
「構わないけどよぉ、それ、お前がやれば良いんじゃねぇかぁ?」
『いやだなぁ~、アタシはただのセクシーな駄菓子屋店主なんですから、そんな器用なことは出来ませんって~』
「……はあ。まあ、依頼は受ける。今夜は朽木と黒崎に張り付いておく」
『はい、よろしくお願いします♪』
今度こそようやく通話を切る。
浦原はどうも、黒崎をギリギリまで追い詰めたいらしい。
そりゃあ、奴が成長すれば戦力としては申し分ないし、安心して尸魂界に送り出せるだろうけれど、やり方が回りくどいんだよなぁ。
クライエントの話に文句つけるのは良くないが、面倒くさくてイライラする。
出来上がった夕飯を箸でつつきながら、大きなため息を漏らす。
ふと、ケータイにメールが届いていたことに気が付き開く。
『浦原喜助の指示通りに動いてね♪キミの大好きな白蘭より♡』
胡散臭いの二大巨頭に挟まれた。
せっかくのロールキャベツも、何だかさっきより味が薄い気がする。
仮眠の際の夢見は最悪であった。
* * *
もう日付も変わった頃、黒崎家から人影が飛び出してきた。
小柄でワンピースを着た、黒い短髪の女性。
勿論正体は朽木で、あのデカイ虚を倒したことで、尸魂界に居場所がバレたことを察したんだろう。
捕まって、黒崎家に……黒崎一護に危害が及ばないように、一人で逃げようとしているのか。
全身を黒い衣服でコーディネートしたオレは、朽木や、彼女を追う者達に気が付かれないように、姿を隠して尾行している。
黒崎は何も気が付いていないらしく、今は一人で勉強しているらしい。
そっちは式神に見張らせておけば大丈夫だろう。
そう言えば、朽木には逃げ隠れる宛はあるのだろうか。
義骸に入っている以上、飲食も必要だろうし、睡眠だって取らなきゃならない。
ふと上空から影が射す。
朽木はそれに気付かずに走り続けている。
考え事でもしているのか、悠長なことだな。
彼女の背後に陣取った男は一人。
でも近くにもう一人いる。
気配は何となく感じるが、姿は見えない。
こちらはかなりの実力者だろう。
実行役はたぶん、今も姿が見えている赤髪の男だ。
そいつが朽木に斬りかかり、それを朽木が避けたところで、どうしようかと考えた。
黒崎については、生きて保護する依頼を受けている。
朽木については特に何も言われてない。
姿を隠していた黒髪の男もその場に現れ、何事かを話している。
浦原から聞くに、死神達も、恐らくは彼女を生かして捕らえるつもりのようだから、ここで助けに入らずとも死ぬことはないのだろうが、だからって指を咥えて見ているのは性に合わない。
だが死神に顔を覚えられたくもないので、折衷案としてヴァリアーリングに霧の炎を灯す。
すぐに現れた霧烏(コルヴォ・ディ・ネッビア)を朽木の元へと飛ばした。
「は、カラス!?なんだこいつ……ぬぉあ!?」
「な、何故カラスが……?」
まあ黒崎が来るまでなら、アイツがしっかり護ってくれるはずだ。
誤魔化し、惑わし、煙に巻くのは霧の炎の十八番だ。
……と、思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
オレの貧弱な幻術では、奴らには効果が薄かったらしく、斬魄刀の一振りで炎を払われる。
いや、考えてみれば当然なのかもしれない。
死ぬ気の炎とは、即ち生命エネルギー。
魂を斬る斬魄刀であれば、切り払うのは簡単だろう。
慌てて出ていこうとしたところ、道の向こうから横槍が入った。
いや、槍というか、それは弓矢で、要するに現れたのは石田雨竜であった。
石田も弱くはないし、抵抗はするだろうが、何分距離が近すぎる。
相手が強者で、かつ石田が遠距離攻撃しか出来ないとすれば、勝敗は見えたものだ。
しばらくは保つとしても、それまでに黒崎が来るかどうか……。
そんな心配はどうやら当たってしまったらしく、赤髪の一太刀が石田の弓を消し飛ばした。
慌てて距離を取ろうとした石田に向けて、再び刃が襲い掛かる。
予期できていたそれは、難なく防ぐことができた。
近くの工場からパクってきた鉄パイプをオーラで強化し、石田と赤髪の刀の間に捩じ込む。
「よぉ石田ぁ、楽しそうじゃねぇかぁ」
「キミ……スクアーロ!?なんで……!」
「何でか、なぁっ!」
「ぐぉ!?」
力任せに刀を押し返す。
よろめいた赤髪から石田を庇うようにして立つと、物凄い顔で睨まれた。
おお、怖い怖い。
「テメー、そりゃなんだ?何者だ……?」
「あ゛ー、これかぁ?どこにでもあるただの鉄パイプ。んで、オレはこいつらのクラスメイト……で納得してもらえる訳ねぇよなぁ」
「まあ、僕の時も納得してもらえなかったしね」
「じゃあ、通りすがりのイケメンってことで」
「キミの自分の顔に対するポジティブさは何なんだ……」
なに、変えがたい事実だろう。
鉄パイプは先程攻撃を防いだところで、真ん中辺りがひしゃげてしまった。
流石は人外の一撃……。
強化系の念は苦手というわけではないのだが、オーラの量が霊力量に負けてしまっているのかもしれない。
こんな強敵が来るってのなら、初めからそう言っておけっての……!
「次から次にぞろぞろと……。テメーも死にたくねぇなら、とっとと退くことだな」
「まあまあ、そう苛立つなぁ。オレだってお前らに勝てるとは思ってねぇよ。だが、クラスメイトが目の前で拐われたり、斬られたりすんのを見過ごすのは、寝覚めがわりぃだろうがぁ」
「……後悔するぜ」
「そんなことねぇさ。逃げんのは結構得意なんだぜ?」
石田は息を切らしているものの、まだもう少しならば動けそうだ。
しかし朽木と石田の二人を連れて、死神二人から逃げおおせるかというと、ぶっちゃけ無理。
赤髪だけなら、本気出せば行けるかもしれないけど、黒髪は実力が掴めない。
逃げるにしてもせめて、少しで良いから相手の力量を確かめておきたい。
「スクアーロ、ここから逃げ切る算段は付いているのか?」
「付いてると思うのか?」
「……残念だけどそうは思えないな」
小声で訊ねられるが、勿論ポジティブな返答なんてできない。
既に赤髪は臨戦態勢に入っている。
あの刀を受けたら、ばっきり折られてそのまま斬り付けられることになるだろう。
避けるか、受け流すか、何とかしねぇと。
「はっ、それならテメーから片付けてやる!」
「っ!」
じりじりと間合いを詰めてきていた赤髪が、一息に距離を詰める。
速い……が、予想の範囲内。
刀の横っ腹にパイプを添えるようにして、その軌道を強引に変える。
足の数㎜横に落ちた刀が地面を叩き割る。
鉄パイプはベコベコになってしまったものの、運良く折れることは無かった。
落ちた刀の背を踏みつけて押さえ、一瞬動きを止めた男の心臓辺りに膝蹴りを見舞う。
「がっは……!」
「どりゃあ!」
トドメには、山本がバットを振っていたあのフォームを思い出しながらのフルスイング。
流石に堪えたらしく、よろりと後退って胸を押さえる。
その隙を見て石田を振り返った。
「石田ぁ!先に逃げろ!」
「ダメだ!キミや朽木さんを残していくわけには……」
「逃走は許さん」
「っ!」
石田の背後に、黒髪がいた。
いつの間に移動していたのか、赤髪と戦ってたとはいえ、全く気が付かなかった。
奴の手が柄を握る。
咄嗟に、持っていたボロボロの鉄パイプを投擲した。
余裕で避けられたが、その隙に石田が男から離れる。
自分も距離を取らなければと足に力を込めた。
「逃がすかよっ!」
「くっ!」
後ろから襲い掛かってきた赤髪の斬撃を、腰を捻って躱す。
数歩下がって石田と背を合わせ、ようやく立ち止まった。
避けきれなかった斬撃によって、肩の肉が薄く裂けたみたいだ。
痛みよりも先に、ドロリと血が流れるのを感じて眉を寄せた。
「待て待て、お兄さんら。オレぁ戦いに来たなんて言ってねぇんだがぁ?」
「オレ達の邪魔をするってことは、戦いに来たってのと同じだろうが」
「こんの……脳筋がぁ……」
「あぁ!?」
さっきからすぐにキレやがるし、気の短い野郎だぜ。
こちらは既に武器をなくして徒手空拳。
石田は弓矢を使えるが、この場面じゃ難しい。
「どんだけ意気がってもこれで詰みだろ!最期にオレの名前を教えてやるよ。阿散井恋次、お前を殺す男の名だ!」
「……はん、悪いが最期にはならないみてぇだぜ」
風の音が聞こえる。
刀が空を裂く、耳によく馴染む音だ。
目の前の赤髪が振るう刀とは違う。
奴の横から、大刀が振り下ろされた。
「おっせぇぞ黒崎ぃ!」
「急いで来たっての!つーか何でお前までいるんだよ!」
死神姿の黒崎が、粉砕されたアスファルトの上に立っていた。
「ドンマイ」
突然の電話と突然の報告に、オレはそれだけ言って通話を切った。
ちょうど夕飯のロールキャベツを作っていたところなので、今電話してこられても困る。
だが、電話を切ってすぐに、再び着信が来た。
『ちょっと~!どうして切るんですか!?もしかしてアタシ以外に女が!?』
「オレもうお前とはやっていけないんだ、じゃあな」
『わー!待った待った!なんでそんなノリ良く不機嫌なんスか!?』
昨日の内に、浦原からは採用通知(という名の迷惑メール)を送られてきており、オレ達はひとまず、協力関係ということになっている。
ケータイをスピーカーモードにして、料理の手を止めないまま話を続けた。
「今料理中なんだがぁ?」
『じゃあ片手間で構いませんので聞いてください。たぶん今日の深夜辺り、尸魂界から朽木サンを捕らえに死神が現れます。恐らく、黒崎サンと交戦することになります』
「まあ、妥当な推測だなぁ。朽木を捕らえにくるってことは、死神の力を譲渡した罪でしょっぴかれるってことだろぉ?なら渡された側も処分対象って訳だ。死神は黒崎を倒して力を奪いたいし、黒崎は朽木が捕まるのを黙って見てるタイプじゃない」
『その通りで。ただ、朽木サンが捕縛対象であるのとは違い、黒崎サンは間違いなく、生死問わず死神の能力を奪われることになります』
「死神ってのは随分と乱暴なんだなぁ」
『まあ、一人一人の処分に時間を割いてる余裕もありませんので、そればかりは仕方がないんですよねぇ。と、そこでですね、黒崎サンが死なないように、それとなく手を出していただきたいんですけれど、よろしいですか?』
「……手を出すって、具体的になんだよ?」
『要するに、黒崎サンに死なれると困るので、死なないギリギリまで待っていただいて、それ以上敵が攻撃してくるようなら、止めてあげて欲しいんス』
「構わないけどよぉ、それ、お前がやれば良いんじゃねぇかぁ?」
『いやだなぁ~、アタシはただのセクシーな駄菓子屋店主なんですから、そんな器用なことは出来ませんって~』
「……はあ。まあ、依頼は受ける。今夜は朽木と黒崎に張り付いておく」
『はい、よろしくお願いします♪』
今度こそようやく通話を切る。
浦原はどうも、黒崎をギリギリまで追い詰めたいらしい。
そりゃあ、奴が成長すれば戦力としては申し分ないし、安心して尸魂界に送り出せるだろうけれど、やり方が回りくどいんだよなぁ。
クライエントの話に文句つけるのは良くないが、面倒くさくてイライラする。
出来上がった夕飯を箸でつつきながら、大きなため息を漏らす。
ふと、ケータイにメールが届いていたことに気が付き開く。
『浦原喜助の指示通りに動いてね♪キミの大好きな白蘭より♡』
胡散臭いの二大巨頭に挟まれた。
せっかくのロールキャベツも、何だかさっきより味が薄い気がする。
仮眠の際の夢見は最悪であった。
* * *
もう日付も変わった頃、黒崎家から人影が飛び出してきた。
小柄でワンピースを着た、黒い短髪の女性。
勿論正体は朽木で、あのデカイ虚を倒したことで、尸魂界に居場所がバレたことを察したんだろう。
捕まって、黒崎家に……黒崎一護に危害が及ばないように、一人で逃げようとしているのか。
全身を黒い衣服でコーディネートしたオレは、朽木や、彼女を追う者達に気が付かれないように、姿を隠して尾行している。
黒崎は何も気が付いていないらしく、今は一人で勉強しているらしい。
そっちは式神に見張らせておけば大丈夫だろう。
そう言えば、朽木には逃げ隠れる宛はあるのだろうか。
義骸に入っている以上、飲食も必要だろうし、睡眠だって取らなきゃならない。
ふと上空から影が射す。
朽木はそれに気付かずに走り続けている。
考え事でもしているのか、悠長なことだな。
彼女の背後に陣取った男は一人。
でも近くにもう一人いる。
気配は何となく感じるが、姿は見えない。
こちらはかなりの実力者だろう。
実行役はたぶん、今も姿が見えている赤髪の男だ。
そいつが朽木に斬りかかり、それを朽木が避けたところで、どうしようかと考えた。
黒崎については、生きて保護する依頼を受けている。
朽木については特に何も言われてない。
姿を隠していた黒髪の男もその場に現れ、何事かを話している。
浦原から聞くに、死神達も、恐らくは彼女を生かして捕らえるつもりのようだから、ここで助けに入らずとも死ぬことはないのだろうが、だからって指を咥えて見ているのは性に合わない。
だが死神に顔を覚えられたくもないので、折衷案としてヴァリアーリングに霧の炎を灯す。
すぐに現れた霧烏(コルヴォ・ディ・ネッビア)を朽木の元へと飛ばした。
「は、カラス!?なんだこいつ……ぬぉあ!?」
「な、何故カラスが……?」
まあ黒崎が来るまでなら、アイツがしっかり護ってくれるはずだ。
誤魔化し、惑わし、煙に巻くのは霧の炎の十八番だ。
……と、思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
オレの貧弱な幻術では、奴らには効果が薄かったらしく、斬魄刀の一振りで炎を払われる。
いや、考えてみれば当然なのかもしれない。
死ぬ気の炎とは、即ち生命エネルギー。
魂を斬る斬魄刀であれば、切り払うのは簡単だろう。
慌てて出ていこうとしたところ、道の向こうから横槍が入った。
いや、槍というか、それは弓矢で、要するに現れたのは石田雨竜であった。
石田も弱くはないし、抵抗はするだろうが、何分距離が近すぎる。
相手が強者で、かつ石田が遠距離攻撃しか出来ないとすれば、勝敗は見えたものだ。
しばらくは保つとしても、それまでに黒崎が来るかどうか……。
そんな心配はどうやら当たってしまったらしく、赤髪の一太刀が石田の弓を消し飛ばした。
慌てて距離を取ろうとした石田に向けて、再び刃が襲い掛かる。
予期できていたそれは、難なく防ぐことができた。
近くの工場からパクってきた鉄パイプをオーラで強化し、石田と赤髪の刀の間に捩じ込む。
「よぉ石田ぁ、楽しそうじゃねぇかぁ」
「キミ……スクアーロ!?なんで……!」
「何でか、なぁっ!」
「ぐぉ!?」
力任せに刀を押し返す。
よろめいた赤髪から石田を庇うようにして立つと、物凄い顔で睨まれた。
おお、怖い怖い。
「テメー、そりゃなんだ?何者だ……?」
「あ゛ー、これかぁ?どこにでもあるただの鉄パイプ。んで、オレはこいつらのクラスメイト……で納得してもらえる訳ねぇよなぁ」
「まあ、僕の時も納得してもらえなかったしね」
「じゃあ、通りすがりのイケメンってことで」
「キミの自分の顔に対するポジティブさは何なんだ……」
なに、変えがたい事実だろう。
鉄パイプは先程攻撃を防いだところで、真ん中辺りがひしゃげてしまった。
流石は人外の一撃……。
強化系の念は苦手というわけではないのだが、オーラの量が霊力量に負けてしまっているのかもしれない。
こんな強敵が来るってのなら、初めからそう言っておけっての……!
「次から次にぞろぞろと……。テメーも死にたくねぇなら、とっとと退くことだな」
「まあまあ、そう苛立つなぁ。オレだってお前らに勝てるとは思ってねぇよ。だが、クラスメイトが目の前で拐われたり、斬られたりすんのを見過ごすのは、寝覚めがわりぃだろうがぁ」
「……後悔するぜ」
「そんなことねぇさ。逃げんのは結構得意なんだぜ?」
石田は息を切らしているものの、まだもう少しならば動けそうだ。
しかし朽木と石田の二人を連れて、死神二人から逃げおおせるかというと、ぶっちゃけ無理。
赤髪だけなら、本気出せば行けるかもしれないけど、黒髪は実力が掴めない。
逃げるにしてもせめて、少しで良いから相手の力量を確かめておきたい。
「スクアーロ、ここから逃げ切る算段は付いているのか?」
「付いてると思うのか?」
「……残念だけどそうは思えないな」
小声で訊ねられるが、勿論ポジティブな返答なんてできない。
既に赤髪は臨戦態勢に入っている。
あの刀を受けたら、ばっきり折られてそのまま斬り付けられることになるだろう。
避けるか、受け流すか、何とかしねぇと。
「はっ、それならテメーから片付けてやる!」
「っ!」
じりじりと間合いを詰めてきていた赤髪が、一息に距離を詰める。
速い……が、予想の範囲内。
刀の横っ腹にパイプを添えるようにして、その軌道を強引に変える。
足の数㎜横に落ちた刀が地面を叩き割る。
鉄パイプはベコベコになってしまったものの、運良く折れることは無かった。
落ちた刀の背を踏みつけて押さえ、一瞬動きを止めた男の心臓辺りに膝蹴りを見舞う。
「がっは……!」
「どりゃあ!」
トドメには、山本がバットを振っていたあのフォームを思い出しながらのフルスイング。
流石に堪えたらしく、よろりと後退って胸を押さえる。
その隙を見て石田を振り返った。
「石田ぁ!先に逃げろ!」
「ダメだ!キミや朽木さんを残していくわけには……」
「逃走は許さん」
「っ!」
石田の背後に、黒髪がいた。
いつの間に移動していたのか、赤髪と戦ってたとはいえ、全く気が付かなかった。
奴の手が柄を握る。
咄嗟に、持っていたボロボロの鉄パイプを投擲した。
余裕で避けられたが、その隙に石田が男から離れる。
自分も距離を取らなければと足に力を込めた。
「逃がすかよっ!」
「くっ!」
後ろから襲い掛かってきた赤髪の斬撃を、腰を捻って躱す。
数歩下がって石田と背を合わせ、ようやく立ち止まった。
避けきれなかった斬撃によって、肩の肉が薄く裂けたみたいだ。
痛みよりも先に、ドロリと血が流れるのを感じて眉を寄せた。
「待て待て、お兄さんら。オレぁ戦いに来たなんて言ってねぇんだがぁ?」
「オレ達の邪魔をするってことは、戦いに来たってのと同じだろうが」
「こんの……脳筋がぁ……」
「あぁ!?」
さっきからすぐにキレやがるし、気の短い野郎だぜ。
こちらは既に武器をなくして徒手空拳。
石田は弓矢を使えるが、この場面じゃ難しい。
「どんだけ意気がってもこれで詰みだろ!最期にオレの名前を教えてやるよ。阿散井恋次、お前を殺す男の名だ!」
「……はん、悪いが最期にはならないみてぇだぜ」
風の音が聞こえる。
刀が空を裂く、耳によく馴染む音だ。
目の前の赤髪が振るう刀とは違う。
奴の横から、大刀が振り下ろされた。
「おっせぇぞ黒崎ぃ!」
「急いで来たっての!つーか何でお前までいるんだよ!」
死神姿の黒崎が、粉砕されたアスファルトの上に立っていた。