×鰤市
「つまり、尸魂界へ行って、そこで探したい人がいると」
「そう。だから行き方を教えてもらうか、尸魂界へ行くサポートをしてもらいたい。その代わりに……」
「アタシの『依頼』を受ける、ですか」
「Si、その通り!」
浦原と取引するに当たって、こちらが提示できるカードは、実はオレの能力を貸す、くらいしかなかったりする。
情報を渡すことは出来ない。
武器の斡旋等は、現世で役立つ武器ならともかく、あの世で使える武器など検討もつかない。
浦原が目論む、『崩玉(もしくはその宿主である朽木ルキア)』の隠匿については、彼女にそれを伝えるつもりがない以上、今回テレビに映っちまったように、存在を隠しきることは不可能。
彼女の護衛をしろと言うのなら構わないが、浦原の最も望むところは、『崩玉』の保護よりも、それを狙うものを暴き出すこと、なのかもしれない。
情報源を教えるよう、遠回しに訊かれたけれど、白蘭はともかく、ユニの存在を明かすのはリスクが高すぎる。
むしろ明かさず、敵か味方かあやふやな存在であることを印象づけた方が、こちらとしては好都合だ。
相手としても、目を離したくなくなるだろうし、興味を持ってもらうにもちょうど良い。
「あんたが望むなら、『オレの』能力については可能な限り明かすぜぇ。こっちからはそれだけ。後はあんたがどうするか、だ」
じっと彼を見詰める。
浦原は何事かを考えているようだ。
襖の向こうでは、大男と子ども達が聞き耳をたてているらしく、時折物音が聞こえてくる。
「一つお尋ねしたいのですが」
「何なりと」
「あなた方が探されているというのは、死者ですか?」
『あなた方』ね。
まあ向こうも、こちらが複数で動いているくらいは知ってるってことか。
「……んー、たぶん、向こうで生まれた奴、だと思う。こっちで死んだ奴じゃない」
「たぶん、というのは?」
「詳しい素性は知らねぇが、『六道骸』が死人じゃないのは間違いねぇよ」
名前を出した瞬間、浦原の表情が動いたことを感じとる。
「六道……?あなた、六道の家の方と面識が?」
「……六道ってのは、有名な家柄なのかぁ。まあ、あると言えばある。あいつはオレの事を嫌ってるがなぁ」
「はい?」
「嫌われてる」
「なのに探しているんですか?」
「探さないと寂しがるだろ」
「嫌っているのに?」
「あいつオレの事好きなんだよ」
「えぇ……結局どっちなんスか……」
要するに嫌いだからこそ執着しているわけで、六道骸の考えはオレにも理解しきれないが、たぶんオレやユニ、白蘭が探していると知れば、逃げながら嫌がらせしてくる。
オレ達の転生という現象については、あいつも含めて情報共有をしておく必要がある。
日本に来る前に、夢であいつと逢って以降、誰の元にもあいつは現れていない。
ならば、こちらから探してやるしかない。
「ふむ……そうですねぇ、ではまずは暫く様子を見させていただきましょう!あなたの実力がわからない以上、簡単に『はい』なんて言えませんしねぇ」
「……了解した。戦うか?」
「いえいえ、アタシはしがない駄菓子屋のハンサム店主ですから~。そうですねぇ、今度機会があったときにお呼びしますので、その時に実力をお見せくださいな♪」
「……しがない店主ね。まあ良いけどよぉ。オレの連絡先は置いていくから、適当に呼んでくれや」
「はい、しがないハンサム店主ですから。じゃあまた今度よろしくお願いします~」
胡散臭い男というのは聞いていたが、これはまた白蘭以上に胡散臭い奴である。
だがまあ、約束は取り付けた。
後は実際に力を見てもらうしかない。
メモを置いて店を出る。
呼び出しがいつ来るかわからねぇが、あの野郎、オレの仲間の事を気にしてた風だし、暫くは二人との連絡は控えるか。
「ま、のんびり待つしかねぇかぁ」
『それしかないなぁ』
「それまでは普通の高校生活だなぁ」
『そうだなぁ』
そんな気の抜けるような会話をした数日後。
帰ろうと廊下を歩いてる最中にケータイが鳴る。
見ると、番号は非通知だ。
思い当たる相手は、胡散臭い格好の駄菓子屋店主位である。
「もしもし」
『ど~も~!お久し振りです、スクアーロサン』
「……用件は?」
『おやぁ?なんだか素っ気ない態度っスね……傷付いちゃいますよ~?クスン』
「あのなぁ、悪戯電話ならこのまま切るぞぉ」
『すみませんすみませ~ん!そんじゃ早速用件をお伝えしましょうか。空座町に大量の虚が出現してるみたいっス。アタシらも準備はしてるんですが、何分数が多いもんで……』
「んだよ、それならもう動き出してるぜぇ。そっちの注文は今回の事態の収束でいいのかぁ?」
『はい♪あ、でも井上織姫さんと茶渡泰虎さんには手を貸さないようにお願いします』
「……はぁ?」
『ではまた、こちらから連絡しますので♪』
「お前っ……切られた」
井上とチャドに手を出すなって、どういう意味だよ。
あいつらは確かに、最近少し霊圧が上がってきてるみてぇだが、虚から逃げられるかってなると話は別だろう。
むしろ狙われやすくなる分、他の奴らより余計に気にかけてやるべきなのに……。
「スクアーロ~、電話大丈夫だったか?」
廊下の隅で首を傾げていると、待っていてくれた浅野と小島が顔を出す。
一緒にいるわけにもいかないから、出来るだけ申し訳なさそうな顔をして返事をした。
「ちょっと用事出来たから、わりぃけど先に帰っててくれ」
「えー!まさかお前……彼女か!?」
「ぶっははは!バーカ、んなわけねぇだろぉが」
「スクアーロはあれだもんね、特定の恋人は作らないタイプだもんね」
「おい待てぇ、それだとオレがめちゃくちゃ遊びまくってるみてぇじゃねぇかぁ」
「お前がそんな奴だとは思わなかったぞー!バッキャローーー!!」
「じゃあまた明日ね、スクアーロ」
叫びながら走っていく浅野と小島を見送る。
特に何も聞かれなかったのはあいつらなりの気遣いなんだろう。
心の中で感謝をしながら、学校を後にした。
既に、自分の分身が数体の虚を倒している。
一体なんで突然、大量の虚が現れたのだろう。
たぶん、浦原喜助や、白蘭辺りは知っているのだろうが、何も言ってこないってことは、出てくるやつらをぶっ倒し続けてれば、いずれ収まるってことだろう。
学校から、一先ずは町の中心部に向かう。
広げた円の中だけでも、かなりの数の虚が確認できる。
悪態を吐きたくなるのを我慢して、近くにいた虚を殺す。
本当に、とんでもない数だ……が、面倒なのは数の多さで、強さは大したことはない。
見つけた虚を片っ端から倒していく。
虚達は、どうやら町中央へと向かっているようだった。
* * *
再びの非通知着信が来たのは、虚の3分の2程を倒した辺りでのことだった。
『いやぁ~、さすがっスねぇ!お陰で大分仕事が楽になりました♪』
「残った虚はどうする」
『それについてはアタシ達の方で何とかします。それより、上空に大きな空紋が見えますね?』
「空紋……ああ、見えるぞぉ」
空を見上げれば、空間に入ったひび割れのような物が、少し先の方に見えている。
自分が使う『斬鬼』の忍術にも似ているが、自分の持つ異空間に繋ぐ『斬鬼』と、異世界とも言える虚圏と現世を繋ぐこの紋とは、また少しモノが違うようだ。
『そちらに向かってきてください。面白いものが見れますよん♪』
「面白いもんって……だぁ!また切りやがった!」
正直、野郎の言う通りに動くのは気にくわないが、あの空紋の下で今回の顛末が見れるのだろうことは、自分でもわかっていた。
重たい足取りで走りだし、ものの五分で到着する。
近付くに連れて大きく見えてくる『それ』の全景を見れるところまで来て、オレは本日最大のため息を吐いた。
「なっ……んだよ、あのデカブツはぁ!」
ちょっとしたビル程もある大きな虚。
黒い布で頭から足先まで覆って、顔の部分に仮面を着けたようなフォルムのそれに、流石に頭痛がしてきた。
あんなもんまで出てくるとか、聞いてねぇぞ……。
「戦ってんのは、黒崎と石田かぁ?」
よく見ればデカブツの足元には、何やらおかしな格好で言い争う二人がいる。
石田が黒崎の刀を頭にくくりつけて……バカか?
いや、何か考えあっての行動なんだが、結論が馬鹿らしすぎるだろ……。
タイミングよく電話が掛かってきて、あまりのタイミングの良さに、何か発信器でもつけられてないかと探しながら電話をとる。
つけられてない……霊圧も消してるつもりなんだが……。
『もっしも~し、浦原ですが~』
「んだよ、あのデカブツ。黒崎達に倒せるのかぁ?」
『大丈夫大丈夫ですって~。それより、お聞きしますが、あなた、他人の霊圧を抑え込むとか、奪い取って散逸させるとかって出来ますか?』
「……は?」
そう言うのは、骸の管轄なんだが。
『この後、恐らくですが黒崎さんの霊力が暴走します』
「それを抑え込めってぇ?」
『あなたの能力が、どれ程応用の利くものかと思いまして♪』
「……出来ねぇことはないなぁ」
暴走するってんなら、鎮めれば良い。
雨の炎ならば、可能だろう。
『ではお願いします。それから、回復とかも出来ちゃったり?』
「それこそ専門外だぁ。多少の外傷なら可能だが、大きな傷や魂レベルの話になったらお手上げだぁ」
『なるほど♪では今回は暴走を収めることに徹していただきましょうか』
「了解した」
『姿は見せますか?』
「見せなくとも可能だぁ」
『あなたの能力は、彼らには隠し続けるおつもりで?』
「まあ、まだ暫くはなぁ」
オレに戦闘能力があることを、学友達に明かすつもりはまだ、ない。
白蘭いわく、今後あいつらが尸魂界に行くことになるらしいから、その時には一部話さなきゃならなくなるだろうが、それまではまだ隠しておきたい。
だって、困るのだ。
頼られても、その時オレが手を出して良いかわからない。
手を出すことで、世界にどんな影響が起こるのかわからない。
だから、出来るだけ身を潜めていたい。
気付かれないように、あと、もう少しだけは。
虚の霊圧が急上昇する。
口許には光の塊のようなものが現れていて、次の瞬間には、眼下でチョロつく人間……黒崎に向かってビームを放っていた。
黒崎も黒崎で、そのビームを刀身で受け止めたかと思うと、そのまま打ち返すようにして刀を振るう。
少し離れたオレの視界にも、虚の体に大きな傷が入ったのが見てとれた。
「怪獣大戦かよ……!」
虚の大きな体が、空の中に隠れるようにして消える。
随分とあっさり、奴は帰っていった。
回りの雑魚達も、浦原の言葉通り、綺麗に片付けられているようだ。
暫く呆けていた黒崎が、何事かを叫んだ後、へたりと倒れ込み、ようやく暴走と言う奴が始まる。
なるほど、黒崎の奴はでかすぎる自分の霊力をコントロール出来てなくて、それを強引に全開にしたせいで、収まらなくなっちまってる……。
なんで虚の攻撃に呼応するようにしてそれが全開になったのかはわからないが、このままほっとけば、制御できない霊力によって、黒崎自身が何らかのデメリットを負うことだけはよくわかった。
思考を集中させて、黒崎につけていた式神に力をリンクさせる。
式神術その物は自己流陰陽術の代物だが、自己流な分、死ぬ気の炎との相性は抜群だ。
式神から噴出し始めた青い炎が、黒崎の体全体を覆っていく。
「な……その炎はなんだ黒崎!?」
「わかんねぇよ!けど、ちょっとずつ、楽になってきた……気がする?」
そんな会話が聞こえてきて、胸を撫で下ろす。
はじめての試みであるから、失敗する可能性もあったが。
無事成功したようで何よりだ。
数分もそれを続ければ、黒崎の霊圧も安定したようで、だるそうに起き上がったあいつの様子を見ながら炎を収める。
随分と眠そうに目を擦っているが、まあ鎮静の能力だししょうがない。
「めちゃくちゃだりぃ……」
……たぶん霊圧押さえるのと同時に、身体機能も低下させてしまっているが、しょうがないったらしょうがない。
「もう、大丈夫みたいっスね」
「あー、すげぇ体が重いけど何とか大丈夫そうだぜ」
浦原の言葉を受けて、黒崎がくるくると肩を回している。
だがたぶん、その言葉はオレに向けて言っているのだろう。
と言うわけで、オレは気付かれない内にその場を抜け出す。
少し離れた道の途中に、慣れた霊圧を感じてその後を追った。
「よっ、浅野」
「うおっ、スクアーロ!あれ?用事は?」
「終わった」
「はやっ!あ、そんじゃさ、帰りにコンビニ寄ってこーぜ!」
「おー、良いぜ。お前のおごりな」
「ぜってーヤだけど!?ってかさ、さっきそこの空き地に石田と変なおっさんいなかった?」
「ああ?……さて、見掛けなかったなぁ」
「ふぅん、そっか」
今のオレは、ただの高校生で大した能力もない一般人が良い。
頼られては困るってのもある。
でもそれ以上に、もう少しだけ、普通の高校生活を満喫していたいという思いもあったり。
「オレ、アイスなぁ、バニラの」
「だからおごらねーって!」
とぼけたオレに気付かずにいてくれる級友に、心の中でこっそりと感謝した。
「そう。だから行き方を教えてもらうか、尸魂界へ行くサポートをしてもらいたい。その代わりに……」
「アタシの『依頼』を受ける、ですか」
「Si、その通り!」
浦原と取引するに当たって、こちらが提示できるカードは、実はオレの能力を貸す、くらいしかなかったりする。
情報を渡すことは出来ない。
武器の斡旋等は、現世で役立つ武器ならともかく、あの世で使える武器など検討もつかない。
浦原が目論む、『崩玉(もしくはその宿主である朽木ルキア)』の隠匿については、彼女にそれを伝えるつもりがない以上、今回テレビに映っちまったように、存在を隠しきることは不可能。
彼女の護衛をしろと言うのなら構わないが、浦原の最も望むところは、『崩玉』の保護よりも、それを狙うものを暴き出すこと、なのかもしれない。
情報源を教えるよう、遠回しに訊かれたけれど、白蘭はともかく、ユニの存在を明かすのはリスクが高すぎる。
むしろ明かさず、敵か味方かあやふやな存在であることを印象づけた方が、こちらとしては好都合だ。
相手としても、目を離したくなくなるだろうし、興味を持ってもらうにもちょうど良い。
「あんたが望むなら、『オレの』能力については可能な限り明かすぜぇ。こっちからはそれだけ。後はあんたがどうするか、だ」
じっと彼を見詰める。
浦原は何事かを考えているようだ。
襖の向こうでは、大男と子ども達が聞き耳をたてているらしく、時折物音が聞こえてくる。
「一つお尋ねしたいのですが」
「何なりと」
「あなた方が探されているというのは、死者ですか?」
『あなた方』ね。
まあ向こうも、こちらが複数で動いているくらいは知ってるってことか。
「……んー、たぶん、向こうで生まれた奴、だと思う。こっちで死んだ奴じゃない」
「たぶん、というのは?」
「詳しい素性は知らねぇが、『六道骸』が死人じゃないのは間違いねぇよ」
名前を出した瞬間、浦原の表情が動いたことを感じとる。
「六道……?あなた、六道の家の方と面識が?」
「……六道ってのは、有名な家柄なのかぁ。まあ、あると言えばある。あいつはオレの事を嫌ってるがなぁ」
「はい?」
「嫌われてる」
「なのに探しているんですか?」
「探さないと寂しがるだろ」
「嫌っているのに?」
「あいつオレの事好きなんだよ」
「えぇ……結局どっちなんスか……」
要するに嫌いだからこそ執着しているわけで、六道骸の考えはオレにも理解しきれないが、たぶんオレやユニ、白蘭が探していると知れば、逃げながら嫌がらせしてくる。
オレ達の転生という現象については、あいつも含めて情報共有をしておく必要がある。
日本に来る前に、夢であいつと逢って以降、誰の元にもあいつは現れていない。
ならば、こちらから探してやるしかない。
「ふむ……そうですねぇ、ではまずは暫く様子を見させていただきましょう!あなたの実力がわからない以上、簡単に『はい』なんて言えませんしねぇ」
「……了解した。戦うか?」
「いえいえ、アタシはしがない駄菓子屋のハンサム店主ですから~。そうですねぇ、今度機会があったときにお呼びしますので、その時に実力をお見せくださいな♪」
「……しがない店主ね。まあ良いけどよぉ。オレの連絡先は置いていくから、適当に呼んでくれや」
「はい、しがないハンサム店主ですから。じゃあまた今度よろしくお願いします~」
胡散臭い男というのは聞いていたが、これはまた白蘭以上に胡散臭い奴である。
だがまあ、約束は取り付けた。
後は実際に力を見てもらうしかない。
メモを置いて店を出る。
呼び出しがいつ来るかわからねぇが、あの野郎、オレの仲間の事を気にしてた風だし、暫くは二人との連絡は控えるか。
「ま、のんびり待つしかねぇかぁ」
『それしかないなぁ』
「それまでは普通の高校生活だなぁ」
『そうだなぁ』
そんな気の抜けるような会話をした数日後。
帰ろうと廊下を歩いてる最中にケータイが鳴る。
見ると、番号は非通知だ。
思い当たる相手は、胡散臭い格好の駄菓子屋店主位である。
「もしもし」
『ど~も~!お久し振りです、スクアーロサン』
「……用件は?」
『おやぁ?なんだか素っ気ない態度っスね……傷付いちゃいますよ~?クスン』
「あのなぁ、悪戯電話ならこのまま切るぞぉ」
『すみませんすみませ~ん!そんじゃ早速用件をお伝えしましょうか。空座町に大量の虚が出現してるみたいっス。アタシらも準備はしてるんですが、何分数が多いもんで……』
「んだよ、それならもう動き出してるぜぇ。そっちの注文は今回の事態の収束でいいのかぁ?」
『はい♪あ、でも井上織姫さんと茶渡泰虎さんには手を貸さないようにお願いします』
「……はぁ?」
『ではまた、こちらから連絡しますので♪』
「お前っ……切られた」
井上とチャドに手を出すなって、どういう意味だよ。
あいつらは確かに、最近少し霊圧が上がってきてるみてぇだが、虚から逃げられるかってなると話は別だろう。
むしろ狙われやすくなる分、他の奴らより余計に気にかけてやるべきなのに……。
「スクアーロ~、電話大丈夫だったか?」
廊下の隅で首を傾げていると、待っていてくれた浅野と小島が顔を出す。
一緒にいるわけにもいかないから、出来るだけ申し訳なさそうな顔をして返事をした。
「ちょっと用事出来たから、わりぃけど先に帰っててくれ」
「えー!まさかお前……彼女か!?」
「ぶっははは!バーカ、んなわけねぇだろぉが」
「スクアーロはあれだもんね、特定の恋人は作らないタイプだもんね」
「おい待てぇ、それだとオレがめちゃくちゃ遊びまくってるみてぇじゃねぇかぁ」
「お前がそんな奴だとは思わなかったぞー!バッキャローーー!!」
「じゃあまた明日ね、スクアーロ」
叫びながら走っていく浅野と小島を見送る。
特に何も聞かれなかったのはあいつらなりの気遣いなんだろう。
心の中で感謝をしながら、学校を後にした。
既に、自分の分身が数体の虚を倒している。
一体なんで突然、大量の虚が現れたのだろう。
たぶん、浦原喜助や、白蘭辺りは知っているのだろうが、何も言ってこないってことは、出てくるやつらをぶっ倒し続けてれば、いずれ収まるってことだろう。
学校から、一先ずは町の中心部に向かう。
広げた円の中だけでも、かなりの数の虚が確認できる。
悪態を吐きたくなるのを我慢して、近くにいた虚を殺す。
本当に、とんでもない数だ……が、面倒なのは数の多さで、強さは大したことはない。
見つけた虚を片っ端から倒していく。
虚達は、どうやら町中央へと向かっているようだった。
* * *
再びの非通知着信が来たのは、虚の3分の2程を倒した辺りでのことだった。
『いやぁ~、さすがっスねぇ!お陰で大分仕事が楽になりました♪』
「残った虚はどうする」
『それについてはアタシ達の方で何とかします。それより、上空に大きな空紋が見えますね?』
「空紋……ああ、見えるぞぉ」
空を見上げれば、空間に入ったひび割れのような物が、少し先の方に見えている。
自分が使う『斬鬼』の忍術にも似ているが、自分の持つ異空間に繋ぐ『斬鬼』と、異世界とも言える虚圏と現世を繋ぐこの紋とは、また少しモノが違うようだ。
『そちらに向かってきてください。面白いものが見れますよん♪』
「面白いもんって……だぁ!また切りやがった!」
正直、野郎の言う通りに動くのは気にくわないが、あの空紋の下で今回の顛末が見れるのだろうことは、自分でもわかっていた。
重たい足取りで走りだし、ものの五分で到着する。
近付くに連れて大きく見えてくる『それ』の全景を見れるところまで来て、オレは本日最大のため息を吐いた。
「なっ……んだよ、あのデカブツはぁ!」
ちょっとしたビル程もある大きな虚。
黒い布で頭から足先まで覆って、顔の部分に仮面を着けたようなフォルムのそれに、流石に頭痛がしてきた。
あんなもんまで出てくるとか、聞いてねぇぞ……。
「戦ってんのは、黒崎と石田かぁ?」
よく見ればデカブツの足元には、何やらおかしな格好で言い争う二人がいる。
石田が黒崎の刀を頭にくくりつけて……バカか?
いや、何か考えあっての行動なんだが、結論が馬鹿らしすぎるだろ……。
タイミングよく電話が掛かってきて、あまりのタイミングの良さに、何か発信器でもつけられてないかと探しながら電話をとる。
つけられてない……霊圧も消してるつもりなんだが……。
『もっしも~し、浦原ですが~』
「んだよ、あのデカブツ。黒崎達に倒せるのかぁ?」
『大丈夫大丈夫ですって~。それより、お聞きしますが、あなた、他人の霊圧を抑え込むとか、奪い取って散逸させるとかって出来ますか?』
「……は?」
そう言うのは、骸の管轄なんだが。
『この後、恐らくですが黒崎さんの霊力が暴走します』
「それを抑え込めってぇ?」
『あなたの能力が、どれ程応用の利くものかと思いまして♪』
「……出来ねぇことはないなぁ」
暴走するってんなら、鎮めれば良い。
雨の炎ならば、可能だろう。
『ではお願いします。それから、回復とかも出来ちゃったり?』
「それこそ専門外だぁ。多少の外傷なら可能だが、大きな傷や魂レベルの話になったらお手上げだぁ」
『なるほど♪では今回は暴走を収めることに徹していただきましょうか』
「了解した」
『姿は見せますか?』
「見せなくとも可能だぁ」
『あなたの能力は、彼らには隠し続けるおつもりで?』
「まあ、まだ暫くはなぁ」
オレに戦闘能力があることを、学友達に明かすつもりはまだ、ない。
白蘭いわく、今後あいつらが尸魂界に行くことになるらしいから、その時には一部話さなきゃならなくなるだろうが、それまではまだ隠しておきたい。
だって、困るのだ。
頼られても、その時オレが手を出して良いかわからない。
手を出すことで、世界にどんな影響が起こるのかわからない。
だから、出来るだけ身を潜めていたい。
気付かれないように、あと、もう少しだけは。
虚の霊圧が急上昇する。
口許には光の塊のようなものが現れていて、次の瞬間には、眼下でチョロつく人間……黒崎に向かってビームを放っていた。
黒崎も黒崎で、そのビームを刀身で受け止めたかと思うと、そのまま打ち返すようにして刀を振るう。
少し離れたオレの視界にも、虚の体に大きな傷が入ったのが見てとれた。
「怪獣大戦かよ……!」
虚の大きな体が、空の中に隠れるようにして消える。
随分とあっさり、奴は帰っていった。
回りの雑魚達も、浦原の言葉通り、綺麗に片付けられているようだ。
暫く呆けていた黒崎が、何事かを叫んだ後、へたりと倒れ込み、ようやく暴走と言う奴が始まる。
なるほど、黒崎の奴はでかすぎる自分の霊力をコントロール出来てなくて、それを強引に全開にしたせいで、収まらなくなっちまってる……。
なんで虚の攻撃に呼応するようにしてそれが全開になったのかはわからないが、このままほっとけば、制御できない霊力によって、黒崎自身が何らかのデメリットを負うことだけはよくわかった。
思考を集中させて、黒崎につけていた式神に力をリンクさせる。
式神術その物は自己流陰陽術の代物だが、自己流な分、死ぬ気の炎との相性は抜群だ。
式神から噴出し始めた青い炎が、黒崎の体全体を覆っていく。
「な……その炎はなんだ黒崎!?」
「わかんねぇよ!けど、ちょっとずつ、楽になってきた……気がする?」
そんな会話が聞こえてきて、胸を撫で下ろす。
はじめての試みであるから、失敗する可能性もあったが。
無事成功したようで何よりだ。
数分もそれを続ければ、黒崎の霊圧も安定したようで、だるそうに起き上がったあいつの様子を見ながら炎を収める。
随分と眠そうに目を擦っているが、まあ鎮静の能力だししょうがない。
「めちゃくちゃだりぃ……」
……たぶん霊圧押さえるのと同時に、身体機能も低下させてしまっているが、しょうがないったらしょうがない。
「もう、大丈夫みたいっスね」
「あー、すげぇ体が重いけど何とか大丈夫そうだぜ」
浦原の言葉を受けて、黒崎がくるくると肩を回している。
だがたぶん、その言葉はオレに向けて言っているのだろう。
と言うわけで、オレは気付かれない内にその場を抜け出す。
少し離れた道の途中に、慣れた霊圧を感じてその後を追った。
「よっ、浅野」
「うおっ、スクアーロ!あれ?用事は?」
「終わった」
「はやっ!あ、そんじゃさ、帰りにコンビニ寄ってこーぜ!」
「おー、良いぜ。お前のおごりな」
「ぜってーヤだけど!?ってかさ、さっきそこの空き地に石田と変なおっさんいなかった?」
「ああ?……さて、見掛けなかったなぁ」
「ふぅん、そっか」
今のオレは、ただの高校生で大した能力もない一般人が良い。
頼られては困るってのもある。
でもそれ以上に、もう少しだけ、普通の高校生活を満喫していたいという思いもあったり。
「オレ、アイスなぁ、バニラの」
「だからおごらねーって!」
とぼけたオレに気付かずにいてくれる級友に、心の中でこっそりと感謝した。