×鰤市

突然だが、オレの家にテレビはない。
だからその日、少し遅めに登校したオレを出迎えた、ほとんど全員が嬉々とした顔で変なポーズを取り、変な笑い声を上げるという、クラスの狂乱の様相に、思わず思考をシャットダウンすることになった。
「すいません、間違えました」
そう言って取り敢えずそっと引き戸を閉める。
入口のすぐ上にある表示を確認すると、そこには間違いなく1-3という数字がある。
おかしい、普段と同じように登校しただけなのに、教室のドアが異次元に繋がっているなんて。
まさか敵(六道骸)の攻撃か?
「いや異次元じゃないから!つーかお前ぶら霊知らないのかよ!?」
「うわっ、変な奴が来た」
「真顔で言うのやめてくれませんかね!?テレビ見てねーの!?」
「テレビない」
割りと本気で反応に困っていたため、突然ツッコミを入れてきた浅野には少しだけだが感謝する。
というか、ぶら霊?
オレにはさっぱりわからないが、どうやら最近流行りの心霊番組らしい。
心霊番組が流行るってどう言うことなんだ。
あのポーズと笑い声との共通点もさっぱりわからない。
「お前だけは信じてたぜスクアーロ……」
目頭を抑える黒崎にそう言われたが、そもそもこいつらが何をしているのかもわかっていないので、黒崎の行動にもオレはドン引きする。
何なんだこれは。
「このポーズはだな、ドン観音寺の決めポーズでだな」
「ほうほう」
「このポーズを決めて『ボハハハハー!』と笑うのが観音寺流なんだよ!」
「へぇ~」
「んで心霊スポットを訪れては悪霊を退治するっていうのがぶらり霊場、突撃の旅っつー番組で……」
「ふぅ~ん」
「お前聞いてないだろ!」
「聞いてる聞いてる」
昼休み、浅野に説明をしてもらいながらケータイをいじる。
いわばあのポーズはヒーローポーズなのだ。
ダサいけど。
そしてその説明を聞いていて思い出したが、その観音寺なんとかの話は事前に聞いていた。
今朝、いつも通りジョギングをしていたらユニから電話が掛かってきたのだ。
白蘭からでないことに疑問を感じたのだが、その時は特に何も考えずに電話に出た。
そして後悔した。
ユニはどこか箱入り娘然としていて、そう言ったミーハーなことに興味があるとは思わなかったのだが、予想外に彼女はその番組にハマっていたらしい。
何とか観音寺が来る、という興奮しきった声から始まり、カリスマだとか超人気芸能人だとか病院がどうだとかサインがほしいだとか、とにかくマシンガンのように話しまくった後、ユニは『収録絶対に見に行きましょうね!』と言って電話を切った。
勢いに圧されたオレではあったが、最後の言葉は聞き捨てならない。
収録ってテレビ局か?
だとしたら、下手に出ていってもし目立ったりして、もしもスカウトとかされたらどうするのだ。
これでも人並み以上の美形であることは自覚している。
無駄な騒動を起こしたくなくて電話を掛けたところ、何故か電話に出たのは白蘭だった。
こちらが抗議をするよりも早く、『世界的にも重要人物が来るから絶対来てね♪』との言葉を投げつけられる。
呆然として通話の切られたケータイを見詰める。
そんなこんなで登校時間が遅れたという次第だった。
一緒に行こうと誘ってくれた浅野には悪いが断りを入れ、オレはその収録とやらに、ユニ達と共に向かったのだった。



 * * *



「来てるじゃん!」
「だから別の奴と約束があるって言っただろぉ」
ビシィッとばかりにオレに人差し指をむけて言った浅野に、溜め息を吐く。
ぶら霊、野外収録当日、オレはユニ達との約束の時間よりも早く会場に着いていた。
帽子を目深にかぶっていたし、眼鏡で雰囲気も変えていたから、会ったとしても気付かれないかと思っていたが、案外わかってしまうものなのか、偶然目の前を通りかかった1-3仲良しグループ御一行に見付かったのだった。
メンバーはいつも屋上で飯を共にしている野郎共と、有沢、井上、朽木、そして何故か黒崎の家族がいる。
夏梨を見付けて軽く手を振ると、控え目な挨拶が返ってきた。
シャイな年頃なのだろう。
可愛い奴だ。
「別の?スクアーロ君のお友達?」
「イタリアのな。まあオレはただの付き添いだがぁ」
そろそろあいつらも来る時間帯だ。
先を越されてた、と拗ねる浅野を笑いつつ、また後で会えたらと約束を交わす。
『また』、ね。
自分が本当にごく普通の学生のように、そんな約束をしていることが、ふとおかしく感じた。
「どうしたの、一人でニヤニヤしちゃって?」
「あ゛?」
とん、と肩に手を置かれる。
オレとしたことが鈍ったのか、背後に危険人物が近づいてきたことに気がつけなかった。
振り返って見えた白蘭のにやけた顔に、思わず顔をしかめる。
「ちょっと考え事してただけだぁ。ユニは?」
「スクアーロさん!お待たせしました!もう、歩くのが早いですよ白蘭!」
「ありゃりゃ、置いてっちゃってたみたい」
「ちゃんと見てろ、馬鹿兄貴が。そんなに急がなくても良かったんだぜユニ、何か飲むかぁ?」
「あ、ありがとうございます。走ったので喉が乾いてしまって……」
買ってまだ開けていなかった水のペットボトルを渡す。
ちなみにここまでの会話は全部イタリア語だ。
何故か、は、たぶん白蘭の奴がオレとあいつらとの会話を聞いていたからだろう。
イタリアの友人だと言ったのも聞こえていたらしい。
白蘭なりの気遣いなのか、あまり意味はない気がするが。
「さて、それじゃあとっとと観覧席に行っちゃおうよ♪早く行かないと前が見えなくなっちゃうよ」
「大丈夫です!いざとなったらスクアーロさんに肩車をしてもらいます!!」
「ユニ……図々しくなって……」
目頭を押さえて溜め息を吐いた。
今まで彼女はこんな感じだっただろうか。
いや、思い立ったら一直線なところはあったかもしれない。
肩車は何としてでも回避だ。
そんなもの悪目立ちするに決まってる。
何とか前の方まで割り込んで、ユニが見えやすい位置を確保しなければ。
「ふふ、それならボクが肩車するのに。それと、スクちゃんは今日はお仕事だよ」
「え?」
「は?聞いてねぇぞぉ」
本気で残念そうな顔をするユニに内心更に大きな溜め息を吐き出しながら、白蘭の唐突な言葉に目を眇めた。
「言ったでしょう、重要人物が来るんだよ。しかも一人や二人じゃない。取り敢えずスクちゃんは今から言う人達が余計なことしないように見てて」
白蘭から説明を受けたのは二人と一グループ。
一人はドン観音寺という例のタレント霊媒師。
こいつは意外にもかなり優秀な能力持ちらしく、今後もなんだかんだ役立つので死なせるな、とのこと。
そして二人目は石田雨竜。
ご存知オレのクラスメイトのお節介焼きだ。
最近も煮物をお裾分けし合ったりしていたのだが、どうやらあいつもこの会場に来ているらしい。
これから虚が出るらしいのだが、それと黒崎との戦いに手を出させないでほしい、とのこと。
虚来るのか?つーか戦うのか?ここで?
そんな疑問を持ちながら聞いた残りの一グループは、浦原喜助という男の一行。
あのコンとか名乗っていた人造魂魄を朽木に売り付けたり、またその他死神としての仕事に必要な物を売っていたりするのだとか。
あの偽黒崎騒動の発端ということか。
ならばあれを一発殴ればいいのか、と問えば、それも良いと言われた。
意外な返答に、こちらが驚かされて口ごもる。
「スクちゃんのそういう顔って珍しいよね~♪」
「からかうな」
「ごめんごめん。でもそうだな、殴るんじゃなくて、彼らとコンタクトを取ってほしいんだ」
「はあ?」
ますます訳がわからない。
つまり何がしたいのだ。
「尸魂界の技術を手に入れたい。それが無理なら、せめて情報くらいはほしいね」
「!あいつらが、六道のことを知っているかもってのか?」
「それもあるけど、今後の戦いに備えたい。もし向こうに行くことがあれば、そちらでも通用する武器を作りたいし、通信機器も取り揃えたいな」
「……珍しく、積極的だなぁ」
「そうかい?まあ、今回は少し厄介な場所……世界だからね。念には念を入れたい。それに……」
ふと、白蘭の顔からふざけた笑みが消えた。
彼の目は真っ直ぐにユニに向けられている。
ユニはこちらの話など聞きもしないで、少しでも良い席を取らんと群衆に割って入ろうとしていた。
だが小さい子には前を譲ってあげている辺り、例え何度生まれ変わろうと彼女は彼女なのだと実感させられる。
「ボクらの可愛い姫巫女様の笑顔は、どんな手を使ったって守らなくちゃね」
そう言った顔に邪気はなくて、こちらまで暖かくなるような慈愛があるだけだった。
オレはその真っ白な髪に手を置いて、乱暴に掻き回す。
「わたっ!え?な、なに?どうかしたの?」
「安心しろ、適当に丸め込んで取引出来るような関係を作ってきてやる」
「……ふふ、頼もしいなぁ」
「当たり前だろぉがぁ、こちとらヴァリアーの元作戦隊長だぞぉ」
「うん、そうだね。じゃあ、ボクからあげられるカードは全部君に渡すよ。だから、宜しくね」
白蘭の言葉にしっかりと首を縦に振る。
この馬鹿が、馬鹿なりに大事なものを守ろうとしているのだ。
それならば、協力してやるのもやぶさかではない。
何より、こいつの守りたいもんはオレにとってもそうなのだ。
久々の駆け引きではあるが、なに、何とかしてやるさ。
オレは白蘭から手渡される情報を頭に叩き込んでいった。
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