×鰤市

久し振りに白蘭とユニの家に行った。
軽い調子で挨拶をしてきた白蘭が異様にムカついて、思わず蹴りで答える。
衝撃を殺しきれずに咳き込みながら、『スクちゃん更年期なの?』などと聞いてきたので今度は拳を落とした。
誰が更年期だ。
「この間は大変だったみたいだねぇ。浦原喜助に会ったんでしょう?」
「……お゛う、変な男だったな」
そう、その浦原喜助という男。
改造魂魄が暴れまわった翌日には、あの男の手によって、クラスメイト達の偽黒崎に関する記憶が消えていた。
オレらが学校をフケたことも、彼らの記憶からは綺麗さっぱり消えている。
黒崎の奴は『誰も覚えてねぇなら良い』なんて暢気に言ってたが、オレは正直ゾッとした。
自分の記憶も改竄されているんじゃないのかと、恐ろしくなったのだ。
「オレ、いつも通りかぁ?」
「大丈夫、いつものDV男装女子だよ♪」
「ザンザス程は暴力的じゃねぇだろぉが」
「まずもって基準おかしいよね?」
まあ、まだ自分は大丈夫なようで、一先ずは安心して胸を撫で下ろす。
「その浦原さんという方、私達も警戒した方が良いのでしょうか」
「さあ、少なくとも、ここに来るまでに尾行されたり、ケータイの盗聴をされたりはしてなさそうだが」
「ボクも確かめたけど、それは平気みたいだよ。でも警戒はするべきだろうね。科学者って奴は、いつだって正体不明な存在に引かれるものなんだから」
科学者であり、医学者であり、技術者であるこいつの言うことだからして、オレ達は揃って首を縦に振る。
「じゃあこの話はこれで終わり♪で、スクちゃんは今日はどうしたの?」
「何か、気になることがあるのでしたっけ?」
「ああ」
ぽんと手を叩いた白蘭が、オレに話を振ってきた。
そう、今日はこいつらに用事があって来たんだった。
「最近、嫌な匂いを感じることが度々あったからなぁ。気を付けろ、と言いに来た」
「それだけ、ではないよね」
「あ゛あ、これを渡しに来た」
「これは……お守り、ですか?」
机の上に、2つのお守りを置く。
取り上げてしげしげと眺める二人に、それの正体を教えた。
「その中には陰陽術を使った結界符が入っている。悪しき気が触れると、その中の符が反応して、持ち主の周りに結界を張ってくれる」
「わあ、便利なお守りですね」
「ありがとね、スクちゃん。……もしかしたら、使わずに終わるかもしれないけど」
「あん?」
「うん、いや、そろそろ、6月も中頃だからねぇ」
「はあ?」
「正確な日付、もう忘れちゃったけど、そろそろ頃合いだからね」
「どういう意味だぁ」
「その内わかるさ♪」
そんな、意味深なことを言われたものだから、少しピリピリとしていた。
その翌日のこと、朝挨拶した黒崎の異変に気が付いたのは、そのお陰だったのかもしれない。
「お゛う、おはよう黒崎」
「……おはよ、スクアーロ!」
「ん?ん゛、おはよう」
やたらと元気が良いなと思った。
だがじっと見ていて気が付いたのは、それが空元気らしいということである。
ふとしたときに、遠くを見て虚ろな目をする。
白蘭のあの言葉とか、嫌な匂いとか、それはもしかしたらこいつが関係しているのだろうか。
「なあ、黒崎」
「あ?どうかしたか?」
「いや、なんか……大したことじゃねぇけどよぉ……」
黒崎の前の机に座って、目を合わせて観察する。
初めの内は見つめ返してきてたのに、そう経たない内にふっと目を逸らされた。
まったく、分かりやすい奴だ。
「話したくないなら良いがぁ、一人で抱え込みすぎんなよ」
「あ?」
「オレが偉そうに言うのも変な話だがなぁ」
かつて一人で抱え込みすぎた挙げ句に、様々な奴らに迷惑かけて、何とか生き返ってきたことがあった。
あんなこと、もう二度と御免だ。
ぺしぺしと黒崎の頭を叩くと、迷惑そうな、怪訝そうな顔で見上げられる。
にたっと笑って、言葉を掛けた。
「にしても、お前バカそうな癖に、一丁前に悩んだりしてんだなぁ」
「どういう意味だそりゃ……ふぎゃ!」
「バカはバカらしく、オレの絶品弁当でも食って、バカ面さらして喜んでろ」
「んぐっ……何様だお前は!つーか普通にうめぇ!」
今日の弁当はお手製のミートボールが入っている。
自信作のそれを、横からねだってきた浅野の口にも放り込んでやり、未だ不満げな顔をする黒崎にからりと笑いかけた。
「ま、そう難しく考えんなよ。大体のことはなるようになるさぁ」
「……おう」
そんなことを言った、翌日。
黒崎は学校を休んだ。
あの嫌な匂いは、ぼんやりと昼過ぎまで感じていたけれど、ふと弱まったあと、遠くへ消えていった。
黒崎につけていた式神から、重傷を負っているものの、命は無事であることが伝えられている。
翌々日、傷だらけの黒崎が登校してきた。
「よぉ、おはよう黒崎」
「おはよ、スクアーロ」
その顔がスッキリしているように見えて、少しだけ安心した。
オレの挨拶に返事をした黒崎は、一瞬悩むそぶりを見せたあと、ポツリポツリと言葉を落とした。
「その……一昨日は有難うな」
「何がぁ?」
「別になんでもねーよ。ただ、お前のお陰で少し楽になった気がするからよ」
「……ふふ、まあ、無事に戻ってこられて何よりだぜ」
視線を合わせずに、ボソボソと言っている黒崎のオレンジ頭を、思いっきり撫でくりまわした。
相も変わらず仏頂面で不機嫌そうだったが、その耳が少し赤らんでるのを見て、オレは満足する。
「次に何かあったときには、手を貸すよ、黒崎」
「……おう」
小さいながらも、確かな返事を聞いて、また笑った。
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