×鰤市

『スクちゃん、さっきのメール見た?』
「見たぞぉ。あれ、どうすんだぁ?」
空飛ぶ高校生だなんて言う、一部の人間が冷や汗を流す写真を送ってきた白蘭から、すぐに電話が掛かってきた。
流石にあんな写真を、メディアに大々的に取り上げられたりしては、オレにも情報操作は難しい。
『ほっといて良いんじゃない?たぶん浦原喜助が何とかするよ』
「浦原……?」
『あー、元死神でね、今は現世で駄菓子屋やってる人。怪しげなグッズを売ってるんだよ』
「……記憶置換とか」
『そうそう、よく知ってるねぇ♪もしかして食らっちゃった?』
「もしかしなくても食らったぞぉ……」
その浦原なんちゃらがオレのこの絶不調の原因か……。
めしりとケータイが軋む音が向こうにも聞こえたのかどうかはわからねぇが、白蘭にしては珍しく、『体調悪いの?無理しないでね』などという労りの言葉を掛けてきた。
『というかもしかしてだけど、今改造魂魄追ってる?』
「改造魂魄って言うのか。黒崎の体乗っ取ってる奴を追い掛けて……待て、今虚の気配が……」
『小学校の方かな。小学生が狙われるかもしれないし、一応見といてね』
「了解」
『改造魂魄は一応戦えるけど、あんまり強くはない。死なないように気を付けてあげて』
「ああ」
『……スクちゃんも、無理しないでね♪』
「ふん」
電話を切って、偽黒崎……改造魂魄とやらを追う。
虚に気付いたらしく、奴は物凄い早さで小学校に戻っていく。
あ"ーくそが、まだ少し頭がぐらぐらしてるってのに。
あっという間に戻ってきた小学校では、さっき見掛けたガキどもが校舎裏でしゃがみこんでいる。
建物の影に飛び込み、目を凝らしていると上空がひび割れ、そこから芋虫みたいな虚が飛び出してきた。
間一髪で飛び込んできた改造魂魄が、彼らを抱えて虚から逃がしてやる。
地面の不自然な凹みや、突然怪我をした男にビビったガキどもが、オレに気付かず走っていったのを見届け、改造魂魄に視線を戻す。
虚の標的となった改造魂魄は、その自慢の脚で校舎の壁を登っていき、屋上まで逃げていた。
おお、スゴい脚力。
しかし屋上じゃあ逃げ場がねぇだろうに。
気配を消して校舎を登り、虚との一騎討ちに挑む改造魂魄を見守る。
今日は、特に出番はないかもしれない。
近い位置に、黒崎と朽木の気配を感じる。
改造魂魄は、傷を負ってはいるがまだギリギリで敵の攻撃を交わし続けている。
あれなら間に合いそうだ。
改造魂魄に虚の足が伸びる。
それが彼に届くかというギリギリのところで、一陣の風と共に斬魄刀が振り下ろされた。
「ギョああああああああ!!!」
汚い悲鳴だ。
虚が倒れたところで、黒崎が勢いよく改造魂魄の胸ぐらを掴んだ。
何か言い争ってるみてぇだが、どっちも同じ顔な辺り、物凄い違和感があるな。
復活しかけた虚もダブル黒崎が斬る&蹴るで倒して……んん?何故か知らないが改造魂魄の方が慌てたように飛び出して、虚を上へと蹴り上げた。
「……あ」
って、『あ』じゃねぇ!
柵のギリギリまで走って飛び上がった改造魂魄は、そのまま地面へと落下していく。
黒崎は間に合いそうにない。
ああ、くそっ!世話の焼ける!
脚にチャクラを溜めて地面を蹴る。
柵に突進するようにして腕を伸ばした。
飛び出すようにして、何とか奴の腕を掴む。
しかし勢いよく飛び出したせいで、オレの体まで落ちそうになった。
「う゛っ、わ……!?」
「スクアーロ!!」
腰の辺りに腕が回された。
そのまま後ろに引っ張られて、掴んでいた改造魂魄ごと、背中からひっくり返った。
地面が何故か柔らかい……って、また黒崎はオレの下敷きになってるのか。
そして上には改造魂魄が倒れこんでいる。
それをごろんと転がして、とっとと起き上がった。
「って……お"い!てめぇオレの服にまで血が付いたぞぉ!誰がこれ洗うと思ってやがる!」
「いやそこじゃねーだろ!!つーかお前バッカじゃねぇのか!?虚は頭割りゃ放っといても消えるんだ!それをわざわざ蹴り上げたりして……、何なんだ?あいつがココに落ちたら困るみてーな……」
オレが転がしたせいで痛みに呻いていた改造魂魄は、黒崎の言葉にそっぽを向いた。
地面には、蟻の行列がある。
……これを、守ろうとしたのか?
黒崎もそう思ったらしく、驚いたような顔で問い掛ける。
「そ……そうだよ!悪ィかよ!オレは……オレは何も殺さねぇんだ!!」
改造魂魄というのは、丸薬のような形をしているらしい。
作られてすぐに、彼は廃棄が決まったそうだ。
幸運にも、他の丸薬に交ざって廃棄を逃れたが、今までずっと廃棄されるのではないかと、戦々恐々としながら過ごしてきた。
「こうして生まれてきたんだよ!自由に生きて自由に死ぬ権利ぐらいあるハズじゃねぇか!虫だろーが人間だろーが、オレたちだって……同じだ。だからオレは殺さねぇ……。何も、殺さねぇんだ……!……ん?」
最後まで喋り終わったと判断し、オレは改造魂魄の肩にぽんと手を置いた。
不思議そうに振り向いた奴に向けて、にっこりと笑ってから叫んだ。
「歯ぁ食い縛れドカス!」
「えっ!?」
頭を引いて、奴の額に向けて振り下ろした。
つまり頭突きをした。
ごいんっと良い音が鳴る。
我ながら綺麗な頭突きが決まったぜ。
頭を押さえて踞る改造魂魄を見下ろし、ふんっと鼻を鳴らした。
「何も殺さねぇ、だぁ?生言ってるとてめぇのドタマカチ割って鳥の餌にするぞぉボケがぁ!」
「いや怒り方恐いわ!!」
「い、痛い……ぐへ!」
ぐしゃっと改造魂魄を踏み潰して、重たくため息を吐く。
「お前なぁ、何も殺さねぇってのに、てめぇの命は簡単に投げ打つのかぁ?」
「……オレが生きようと死のうと、テメーらには関係ねーだろ」
「あるわ!その体オレのだし!!」
「うお"い、黙ってろクソ崎。さっきオレのケツ触ったことクラス中に言いふらすぞぉ」
「いや触ってねぇから!?」
ぎゃんぎゃん吠えるアホをいなして、改造魂魄と視線を合わせた。
「関係はないなぁ。でも、折角生き延びたんだ。もう少し、その命を大事にしようぜ。それによぉ……」
「?」
「人のこと押し倒しといて逃げられると思うな」
「はあ!?うぎゃー!!」
「ぎゃーっ!!テメー何してやがる!?」
ぐりぐりと足で傷口を押した。
二人から悲鳴が上がるのを無視して、スッキリしたオレは足をどけて二人から離れた。
非難の声が飛ぶが、一笑に伏す。
別に死にゃあしねぇんだから、そう騒ぐんじゃねぇ。
「おまっ!本当に何がしてーんだよ!?」
「八つ当たり」
「これ以上なくシンプルな答えだな!じゃねーわ!オレの体なんだぞこれ!?」
「オレの知るところじゃあねぇ」
だがぎゃーぎゃー喚く五月蝿いのが、二人に増えたのは正直煩わしい。
文句を無視してぐっと首を回す。
さっきから辺りに嫌な臭いが漂ってる。
火薬の臭いだ。
近いな。
一体、どこから……。
「おーやおや、やーっと見付けたと思ったら、ボロボロじゃないスか。こりゃ用意した道具、ほとんどムダになっちゃったっスねぇ……」
「あ……」
目の前から声が聞こえた。
気配、しなかったのに。
反射的に声の主に向かって攻撃した。
蹴り出した脚が、そいつに届く前に、何者かに防がれた。
ごっつい体格の眼鏡の男。
こいつら……ただ者じゃねぇ。
脚を引っ込めて、もう一度攻撃を加えようとした、その時、後頭部に冷たいものが当たった。
カチリという硬質な音。
硝煙の香り。
「なに……」
「戦闘体勢を解除してください」
女の子の声だった。
手を上げて力を抜き、首だけで背後を振り返ると、小学生らしき女の子が、マシンガンのような武器をオレに向けている。
……ちょっと状況が理解できない。
後ろにいた男の子も、オレに剣呑な視線を向けている。
こいつら、何者だ?
始めに現れた男が、持っていた杖で改造魂魄の額を突く。
って、頭突き抜けた!?
「さ、任務かーんりょー。帰るよみんな!」
そう言った男に、後ろの男の子からブーイングが起こる。
黒崎の体は倒れて、その横に転がった丸薬を男が手に取る。
あれが改造魂魄?
黒崎が男に突っ掛かるが、奴の正体を聞くより早く、朽木が丸薬を掠め取って『強欲商人だ』と教えてくれた。
いやごめん、全然わからねぇ。
揉める朽木と男を眺めていたら、眼鏡のおっさんが子供達に手を上げていた。
マシンガンが降ろされて、オレはようやく自由になる。
渋々丸薬を朽木に譲り、3人に声を掛けて帰ろうとする男と視線が合った。
「……ではまた」
二度と会いたくねぇ。
肩を触れられそうになり、それを避けて黒崎の方まで後ずさった。
「……大丈夫か?」
「……まあ」
「つーかお前反対側探してたんじゃねーのか?オレ的には助かったけど」
「いや、空飛ぶ高校生を見たって知り合いから電話が来てよぉ」
「げっ」
「どうするかなぁ、これ」
「げー、写真まであんのかよ!?」
改造魂魄は、どうやら彼らが保管、というか仲間に加えるらしい。
まあ、彼の命は救われたということだ。
それは良いとして……。
面倒そうな男に目をつけられたみたいだ。
深く被った帽子の奥の鋭い瞳。
「朽木ぃ、お前さっき、あの男の事何て呼んでたぁ?」
「?浦原、だが」
「……へぇ」
元死神の……それなら納得。
あれは相当強いな。
本当に……
「面倒くせぇなぁ……」
大きくため息を吐いた。
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