×鰤市

「なんと……いうことだ……!あやつ、虚を吹っ飛ばしおった……!!」
後頭部を殴り飛ばされて、つんのめるように転がっていった虚。
チャドを振り切り戻ってきた朽木ルキアは、大きな目を溢れんばかりに見開いていた。
だが、スクアーロが出来るのはあくまで、虚を吹っ飛ばす程度のこと。
斬って、その罪を清めるまでには至らない。
「おい小僧!!敵が倒れている内にさっさと逃げろ!!」
「朽木……あぶねぇ!」
「なっ……!?」
言われて初めて、自分の背後に小さな虚が迫ってきていることに気が付く。
額が割れて、中から蛭の塊が飛び出す。
ハッとして避けた瞬間、ルキアの死角から、すなわち彼女の上空から、大量の蛭が落ちてきた。
虚が上空を飛んで、蛭の雨を降らせているのだ。
逃げ場を探す暇もない。
痛みを覚悟して、頭を腕で覆う。
しかし、爆発の直前、ザクザクという音に、パッと目を見開いた。
何匹かの蛭が、鉄パイプによって切り刻まれ、弾き飛ばされる。
遠くにいたはずのスクアーロが、いつの間にかすぐ側にまで近付いてきており、ルキアに落ちようとしていた蛭を弾いていた。
だが、どれだけ速かろうと、大量に落ちる蛭すべてを払い除けるのは、流石に無理だったらしい。
「く、そっ……!」
スクアーロの肩に、背に……そして彼らの近くに、数匹の爆弾蛭が落ちた。
「屈め朽木ぃ!!!」
「なっ……ぅわっ!?」
スクアーロに頭を強く押されて、抱え込まれる形で地面に蹲る。
ルキアの耳には、けたたましい爆発音とスクアーロの呻き声が。
そして彼女の顔に、生暖かい血が降りかかったのだった。



 * * *



黒崎一護が駆け付けた時、その場には三人の人間と無数の小さな虚、そして空を飛ぶ大きな虚の姿が見えた。
人影の一人は、血塗れで塀に寄り掛かっており、一人は元電柱とおぼしき丸太を抱えており、そして最後の一人は、ボロボロの鉄パイプを片手に持って上空の虚を睨み上げていた。
それぞれ、スクアーロとチャド、そしてルキアである。
虚を睨んでいたルキアだが、一護の霊圧に気が付いたのだろう。
構えていた腕を脱力して、武器を下ろす。
「……あン?何だ?諦めたのかァ?つまんねェな。死神追っかけ回す機会なんて、滅多にねェのによ」
「諦めたのではない。逃げる必要がなくなったのだ」
「あァ?何言ってやがる。どういうイミ"ッ!?」
虚の言葉の途中で、何かがその側頭部へ投げ付けられる。
よく見ればそれはルキアの持つ鉄パイプの片割れで、そしてそれを投げつけた人物へ、ルキアは視線を向け、言葉を投げ掛けた。
「なあ、一護……!!」
「なーーにが『なあ、一護……!!』だ!そんな状況でカッコつけてんじゃねー!!俺に心配されるようなヘマはしねェんじゃなかったのかよ!?」
幾つか言葉を交わし、そして一護はルキアの手によって死神となる。
虚への、反撃の狼煙が上がった。



 * * *



虚が爆弾蛭をぶちまけようが、空を飛ぼうが、黒崎は追い掛けてその斬魄刀で斬る。
こいつが戦う姿を間近で見たのは初めてだが、才能はあるも思う。
まだまだ、粗削りだし、まるで形がなっちゃいねぇけど。
「……ん"、倒した、か……」
一刀両断された虚の背後に、大きな扉が開く。
白蘭から、話だけは聞いていた。
あれが、地獄へと繋がる門……。
番人らしき人物(?)が、虚に刀を突き刺して引きずり込む。
現世へと帰ってくることは、もうないのかもしれない。
だがまあ、それくらいの罪を犯したと言うことなのだろう。
……もしかすると、オレもいつか、あんな風に地獄へと堕ちていくのかもしれない。
一体、何人殺したことか。
あの虚は、自分は名の知れた連続殺人犯だったと喚いていた。
あくまで予想でしかないけれど、オレはそれを優に上回る数の人間を殺している。
……あの扉の向こうは、どうなっているのだろう。
果てしない苦しみが続いているのだろうか。
永久に続く痛みが待っているのだろうか。
行きたくないな、と、漠然と思う。
「……大丈夫か、スクアーロ」
「あ"?……まあ、大したことねぇよ」
「爆発してたように見えたが……」
「あんなもん何ともねぇよ」
「そうか……」
シバタを抱えて、チャドは遠くの朽木を見やる。
彼女の視線の先には黒崎がいるが、チャドにその姿は見えていない。
「一護は、勝ったんだな」
「そのようだなぁ」
「……見えない自分が、少し歯痒い」
「見えなくてもわかってんなら良いのさ。出来ないことを悔やむ暇があるなら、出来ることを精一杯やれよ」
「……その通りだな」
朽木と黒崎が歩み寄ってくる。
シバタをあの世……尸魂界に送るつもりなんだろう。
ボソボソと風にのって、話し声が微かに聞こえる。
「あいつ、大丈夫なのか?」
「心配をするな。見た目は酷いが、本人はケロっとしてる」
「……確かに余裕こいた顔はしてるみてぇだけど」
全部聞こえてるぞこの野郎ども。
まあ、雨の炎で血はほぼ止まってるし、オーラを操作して絶を部分的に行うことで回復も早いから、あいつらに心配されるようなことはない。
ない……が、ちょっとその言い方はイラッと来る。
誰が余裕こいた顔だ、誰が。
「……取り合えず、その鸚哥に憑いている子どもの様子を見させろ」
「……ああ」
目の前まで来た朽木が、チャドにそう言う。
チャドにはきっと、朽木がずっと一人で話しているように見えていたのだろう。
戸惑った表情で彼女を見ながら、一度だけオレに視線を向ける。
肩をすくめたオレを見て、渋々といった様子でシバタを渡した。
「……どうだ……?」
「……残念だが……、因果の鎖はすでに断ち切れて、跡形もない……。時間が立ちすぎたのだ。もう体に戻ることは不可能だ」
「……ウン、ギンパツノオニイチャンニモ、モドレナイダロウッテ、言ワレタ……」
シバタはだいぶ長い間、インコに閉じ込められていたらしい。
予想していた通り、もう肉体は死んでいるということか。
予め言ってたとはいえ、シバタも落ち込んでいるようだ。
言葉の感じ、本人の話を聞く限り、どうやらまだ小学校入りたてくらいの子どものようだったし。
受け止めきれなくて、当然だ。
「あ……案ずるな!ソウル・ソサエティは何も怖いところではないぞ!というか、腹はへらぬし体は軽いし、十中八九現世よりも良い処だ!」
「ほー、言うじゃねえか」
朽木なりに、励まそうとしたのだろう。
それでも、シバタは浮かない顔のままだ。
重たい体を起こして、ゆっくりとシバタの前に座る。
カゴの中のシバタの鼻の頭の辺りを指先で撫でた。
「ソウル・ソサエティってのがどんなところか、オレにもお前にもわかんねぇ。不安だろうな、シバタ」
「オニイチャン……」
「だが生きてりゃいつかはみんなそこに行くんだろう。悪いことしてなけりゃなぁ。怖くても、不安でも、逝かなきゃならない」
「……ウン、ワカッテルヨ……。……デモ……」
「逝きたくねぇか。……そうだよなぁ。やり残したことがたくさんあるんだろう。知らない場所は怖いだろう。……そして、一人ぼっちで逝くのは、とても、寂しい」
もう、オレは四度の死を経験してきた。
死ぬってのは大体、痛いし、苦しいし、何より、一人で死ぬときの寂しさは恐ろしい。
誰かを遺していくなんてなったら、余計に。
「……オニイチャン?」
「シバタ、お前はあの化け物に追われながら、母さんの為にずっと頑張ってきた。お前は強い、凄い奴だ。オレはお前を尊敬するよ」
「ホント?」
「本当。だから、きっとあの世に逝っても、大丈夫だ。それでも寂しくて、苦しくて堪らなくなったら、今日のことを思い出してみろ。オレ達はきっと、お前のことを忘れないから」
「ズット、オボエテテクレルノ?」
「ずっと、覚えておく。例え地獄に堕ちたとしても……。だから、勇気を持って逝ってこい。覚えてりゃあ、また会えるだろぉ」
約束、と小指をたてる。
シバタは嬉しそうに身震いして、その小指の先を甘噛みした。
「……シバタ、だっけ。そいつの言う通り、恐いかもしんねぇけど、ルキアは嘘吐く奴じゃねぇ。だから安心しろよ。それに、むこうに行けばママに会えるぜ」
「!」
「ママをこっちへ生き返らせることはできねーけど、オマエがむこうへ行くとしたら……今度こそ本当に、ママがオマエを待ってんだ!」
「……!!」
シバタの目が光を取り戻す。
やっぱ、母親ってのは強いんだな……。
「さてと、そいじゃ魂葬といきますか」
「ウ……ウン!」
黒崎の言葉にシバタが頷く。
最後、シバタはチャドに向き直り、少し寂しそうな顔で礼を言った。
「……オジチャン、いろいろ、ありがとう……!」
「ム……なんともない……!」
「おじちゃんがボクのことをかかえて走り回ってくれたから、ボクはケガもしなかったんだよ」
「ム……なんともない……!」
「……お兄ちゃんも、ありがとう。忘れないの、約束だよ」
「当たり前だぁ」
「……それじゃボク、もう行くね。ほんとに、ありがとう……」
「……ユウイチ、俺が死んでそっちにいったら、もう一度……おまえを抱えて走り回ってもいいか?」
「……うん!!」
黒崎が、刀の柄の底をシバタの額に押し当てる。
消えた小さな男の子の姿と、空へと昇っていった一匹の黒揚羽を、オレ達は黙って見送った。
22/58ページ
スキ