×鰤市

どげし、と、痛そうな音が足の先からした。
したと言うよりは、オレがやったんだけど。
「なっ……!なん、だと……!?」
驚いたような、焦ったような、そんな声が聞こえて、オレはその声の主の隣へ降り立ち、そのまま首根っこを掴まえてその場を走り去った。
虚は、追いかけてきてはいない。
「……一先ずの危機は、脱したか」
「ば……馬鹿者!何が危機を脱しただ!下手をしたら貴様死んでおったのだぞ!?」
「あ゛?」
やれやれとばかりに額の汗を拭っていると、折角助けたと言うのに、朽木に文句を言われた。
酷いな、こちらは決死の思いで助けにいってやったと言うのに。
「あれの恐ろしさを知らないのか!?もしも攻撃を避けられていたら貴様は…………待て、貴様虚が見えるのか!?」
「……まあ見えるがぁ、秘密な」
叱ったり驚いたりと、忙しい奴だ。
唇に人差し指を当て、秘密と言えば、朽木はハッとして何か考え込むように口を閉ざした。
さて、そろそろチャドと合流出来るか。
霊圧が近付いてきている気がする。
しかしチャドとの合流より早く、後ろから嫌な霊圧が物凄い早さで近付いてきた。
虚……思っていたより足が速い。
本気出せば逃げられるだろうが、あまり朽木達に目を付けられたくはないんだよなぁ……。
今さら遅いかもしれねぇけど……。
「くっ……虚が近付いてきている!!このままでは貴様も巻き添えだ。私を置いて先に逃げろ!」
「は……はあ!?女1人置いて逃げられるわけねぇだろぉがぁ!むしろてめぇが先に逃げろ!」
「私は良いのだ!戦う力のない貴様ではすぐにやられてしまう!!」
「お前こそ戦いなんて出来そーもねぇだろうが!こんな細い腕オレでも折れるぞ!」
「お前らもうちょっとオレの事を警戒したらどうなんだー?」
「なっ……!」
「チッ!!」
朽木は死神の力を、オレは転生者としての力を隠している身。
お互いに言いたいことが言い切れずにもどかしい気持ちになる水掛論は、虚の襲撃によって幕を閉じた。
背後から聞こえた声に、慌てて首を捻って振り返る朽木と、地面を強く蹴って横にジャンプをしたオレ。
幸いなことに、虚の一撃は狙いを逸れて、朽木の顔の数ミリ横を抜けていった。
「朽木ぃ、そのままじっとしてろよぉ」
「な、何をする気なのだ貴様……まさか……!」
「投げ飛ばす!」
「ひっ!?~~~~~っ!!?」
虚が体勢を建て直す前に、朽木を曲がり角に向けてぶん投げた。
ちゃんと飯食ってんのか?
軽すぎだろぉが。
投げ飛ばされた朽木は、ちょうど曲がり角を飛び出してきたチャドにキャッチされていた。
持つべきものは友と念能力だな。
円のお陰で近くの人間の様子は、かなり事細かに把握することが出来る。
「なんだぁ?お前、自分が犠牲になればあいつらは食われないで済むとか思ってんのか?」
「はあ?」
後ろにピッタリと張り付き、鋭い爪をオレの首に突き付けた虚に問われ、軽く鼻で笑い飛ばした。
こんな雑魚に殺されたら、白蘭の馬鹿に笑われる。
「あいつらが逃げ切って、オレも逃げ切ってハッピーエンドだぁ」
「ああ?この状況でよくそんなことが言えるなー?お前、馬鹿だろ。それとも日本語がわからねーのか?」
「黙れよカス。こう見えても日本語の成績は良いんだ……ぜっ!」
「うごぉ!?」
語尾に合わせて、間近にいる虚の、仮面のど真ん中を肘で打ち抜いた。
怯んだ隙に、虚自身の腕を軸にして飛び上がり、二撃三撃と蹴りを繰り出す。
「ぶ!ぶふっ!!」
蹴った反動で虚の間合いから飛び出し、オレも朽木を投げ飛ばした方へと駆け出した。
そして駆け出すついでに、オレを助けようとでも思ったのか、こちらへと駆け寄ってきているチャドの腕を掴む。
「スクアーロ!怪我はないのか!?」
「1つもねぇよ!さっさと走れ!追ってくる……」
「退け!」
「んなっ!?」
ようやく距離を取れてホッとしたのも束の間、朽木の叫び声に、オレ達は慌てて道の左右に分かれた。
「君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ!真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!!破道の三十三!!蒼火墜!!」
「なっ……」
朽木の掌から、霊力の塊のようなものが放たれた。
死神の術か何かか?
初めて見たが、恐らく本来はそれだけで虚に大ダメージを与えることの出来る術なのだろう。
本来なら……。
朽木の今の霊力では、当たったところでろくに効かないんじゃないのか?
見た目こそそれっぽいが、込められている霊力がすっかすかだ。
案の定、虚は何事もなかったかのように立ち上がり、朽木に向けて噛みつこうとしてきた。
「な……!」
「くそっ……退けぇ!!」
虚の目の前にいた朽木を突き飛ばして、奴の大きな口の前に躍り出る。
このままでは食われる……殺される。
でもオレは、このまま抵抗もせずに殺される気なんてさらさらなかった。
虚に向けて、これ以上ない程の殺気を練る。
このカスときたらまあ、子どもを殺すわその魂をいたぶるわ、挙げ句にはこのオレまでもを殺そうとするわ、つらつらと考えるだけで、殺気は簡単に沸いてきた。
殺す。
殺す。
殺す。
「殺すぞ、ドカス……!」
「ひ……ぃ……!?」
「らぁぁあああ゛あ゛!!!!!」
振りかぶった拳を、野郎の仮面の歯に向けて、打ち込んだ。
がいんっと凄まじい音がする。
目の前の白い仮面に、ヒビが入ったのが見えた瞬間、自分の拳が悲鳴を上げた。
「「い"~~っっっでぇぇえ!!!!」」
虚とオレの悲鳴が被る。
そりゃ、殺気で多少相手が怯んでいたとはいえ、すごいスピードで向かってくる虚に、練もせずに思いっきり加減なしで殴ったのだから、痛いに決まってる。
あー、くそ。
皮膚が裂けて血が出てやがる。
「スクアーロ!」
「わ、私を庇ったのか……!?」
手を押さえて後ずさり、駆け寄ってくる二人を後ろに仁王立ちをした。
「てめぇ、次に舐めた真似したらどうなるかわかってんだろうなぁ……」
「ぅぐぐ……わかんねぇなー。オレの仮面にヒビ入れたくらいで手ぇ潰すクソ人間様の言うことなんてよ」
「てめ……」
「それにその女ぁ……。今の術、知ってるぜ。死神の術だ!そうだろ!?だけど、アンタのは弱いな……。スカスカだ!」
「死神……」
後ろにいる朽木は、少し動揺しているようだった。
「なんだよ白髪の兄ちゃんよ。アンタ何も知らないでそいつ助けてたのか?お前も死神仲間かと思ったんだがなぁ。そのデカイのより、そこの女より、アンタが一番ウマそうな匂いがするし」
「……オレは、まごうことなき人間だぁ。つーか白髪じゃなくて銀髪だぁ」
「そうかよ、オレは美味しく食べれりゃあ、何でもいいがな。にしても、死神か。なつかしいなァ……。俺はな、あのガキを成仏させに来た死神を、二人ほど食ったことがあるんだ……。最高にウマかったなァ……」
「……下衆がぁ」
自慢げに語る虚の話に、吐き気がした。
しかし、死神を食ったことがあるってことは、それなりに強いってことなのだろう。
ただ闇雲に噛みついてくるだけの敵ではないのかもしれない。
「あの餓鬼とは、鸚哥に入っている霊のことか……!!」
「そうだ……」
「貴様はどうやら、その餓鬼をしつこく追い回しているようだな……。なぜだ?」
「さてね、アンタが大人しく、俺に喰われてくれるなら、教えてやるよ」
「貴様……!」
朽木に迫る虚の腕を、オレは横から蹴り飛ばした。
「死神だの、何だのというのは知らん。どうでも良い。だが、女子供に暴力振るうカスは、この手でぶん殴って、ぶっ飛ばして、ボコボコにしてやる」
「……へぇ、良いねぇ。活きが良いのは好きだぜ……。それだけ、潰し甲斐もある」
「潰し甲斐だぁ?潰されんのは、てめぇだろうがぁ!」
1つ叫んで、虚の目に向かって思いっきりの飛び蹴りをかます。
黒崎が来るまでに、果たしてオレの堪忍袋が持つのかどうか。
チャド達を守りきれるかどうかよりも、そちらの方が心配になってきた。
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