×鰤市

『銀髪の兄ちゃん、今どこにいる?』
朝、もう小学校では、授業が始まっている時間だろうか。
そんな時間に、オレのケータイに掛かってきた電話は、黒崎の妹からのものだった。
「今は訳あって、悪霊との追いかけっこ中だが」
『何それ?アメリカンジョークか何か?』
「オレはイタリア人だ。で、どうしたぁ?」
『……ちょっと、話、出来ないかなって。無理なら良い、けど』
彼女にはジョークと言われたが、今はまさに逃走中で、後ろで瓦礫を破壊する虚の攻撃を避けながら、チャドと一緒に走っている最中だった。
だがしかし、オレはいたいけな少女のお願いを、にべもなく断るような人間ではない。
「電話じゃダメなんだな?」
『その……うん』
「なら、無理してでも行ってやるよ。どこにいんだぁ?」
『え、と……空座南小学校の近くの、コンビニ』
「待ってろぉ、すぐに行く」
電話を切って、チラリと隣のチャドを見上げる。
「……走りながら、息も切らさず電話に出るとは流石だな」
「ん、まぁなぁ。それより、緊急の呼び出しがあった」
「行くのか」
「ただじゃ行かねぇさ。それに、すぐに帰ってくる」
時間が掛かりそうなら、最悪こっちには式神分身を飛ばせば何とかなる。
昨日の様子じゃ、あの子はだいぶ参っているだろうし、放ってはおけなかった。
チャドは無言で頷く。
さて、チャドの許可も下りた。
そして、ただじゃ行かない、と言ったのだから、それなりに足掻いてから行かなけりゃなぁ。
「そこの廃工場、入るぞ!」
「ああ!」
飛び込んだ廃工場で、適当な布とインコのカゴと同じくらいの廃材を見付ける。
チャドに布を渡して、カゴに被せるように言った。
「あの悪霊を一瞬でも迷わせられる。お前がインコを持って走れ。オレは偽物を持って走る」
「もしお前を追っていったらどうする?」
「そしたら、上手く撒いてやるさ」
軽くウィンクを飛ばしてやる。
そしてもう一つ、チャドに小さな布の袋を渡した。
簡易的なお守りだ。
だが効果は強力。
何かあれば、きっと彼を護ってくれる。
その御守りを押し付け、渋ってはいたがやはり無言で頷いたチャドと、それぞれ逆の方向に走り出した。
虚はオレ達を見比べて、どちらを追うか考え込んでいるようだった。
奴の視線がチャドに向いた瞬間、奴に向けて廃工場から鉄材が飛ぶ。
ワイヤーに幾つか引っ掛けて、虚に向けて飛ばしたのだ。
ダメージは大してないだろうが、それでも時間稼ぎにはなっただろう。
奴が追ったのは、オレではなく、チャドの方だったが、まあ、少しは動きを止められたようだから、良しとするか。



 * * *



「あ……兄ちゃん……」
「!お゙い、大丈夫かぁ!?」
待ち合わせの場所には、数分で着いた。
着いたは良いが、黒崎の妹はオレに気付くと同時に、ふらりと倒れ込んでしまった。
相当ショックが強かったらしい。
子どもには、酷な記憶だっただろう。
むしろこれまで、よく耐えたもんだと言いたいくらいだ。
「あの子……あの子まだ、こっちにいるの?まだ、成仏してないの?」
「……まだしてない。大丈夫だ、すぐに、成仏できるようになるから」
「でも……」
「今はとにかく、自分の心配をしろ。吐き気はあるかぁ?頭、痛くないか?」
「……吐きそう」
「ならここで吐いとけ。終わったら、家に帰るぞ」
「うん……」
近くの公園に寄って、水道の辺りで屈ませて吐かせる。
背中を撫でてやりながら、オレは神経を研ぎ澄ませて、黒崎やチャドの霊圧を探った。
念を使うよりも広い範囲を探せる分、正確さには少し欠けるが、それでも大体の位置は把握できる。
二人とも、こっちの方に向かってきているようだ。
ここから黒崎の家の方に戻れば、ちょうどその途中で、二人と出会うことになるだろう。
「げほっ、こほっ……!」
「吐ききったかぁ?」
「……うん」
「これで口拭け。持ち上げるぞ」
ハンカチを渡してやり、まだ小さい体を持ち上げて抱える。
ゆっくりと走り出したオレが、黒崎達と出会ったのは、そこから3分も経たない内だった。



 * * *



「一兄……」
「黒崎!」
「夏梨……スクアーロも!?」
数分走ったその先で、予想通り、黒崎、朽木と鉢合わせた。
腕を軽く叩かれて、ゆっくりと地面に下ろしてやる。
黒崎の妹の名前、ここで初めて知った。
夏梨と言うのか、覚えておこう。
地面に立った夏梨は、足に力が入らなかったらしく、ふらりと倒れそうになる。
それを支えてやり、慌てて駆け寄ってきた黒崎を見上げた。
「ちょうど良かった。こいつ、倒れそうだったからここまで担いできたんだが……」
「あ、ありがとう……。それより、どうしたんだよ夏梨!?なんでそんなにフラフラに……」
夏梨を黒崎に預けて、入れ換わりにオレは立ち上がる。
「じゃあ、オレはそろそろ行く」
「行くってどこに……?」
「追いかけっこ」
「はあ!?」
「……もう行くの?」
「……あ゙あ」
半分くらい、オレの体は反対方向に向きかけてたけれど、夏梨の声にもう一度体勢を戻して少し屈む。
手の中に取り出した水晶のブレスレットを、夏梨の手のひらの上に置いた。
「お守り、これやるから、安心して家帰って寝てろよ」
「……ありがと」
「じゃ、あとは頼んだぞ黒崎」
「あ、ああ……って!お前はどこに行くんだよ!?」
「ん゙、あっち」
チャドの霊圧を感じる方へ指を伸ばす。
その時、タイミングよく、指を差した先の曲がり角からチャドが飛び出してきた。
「スクアーロ……一護……!」
「行くぞチャドぉ!」
驚いた顔をしたチャドの横にならんで、黒崎達から逃げるように走る。
あのままあそこにいたら、夏梨も巻き込む。
黒崎がアイツを連れて帰って、その後再びこちらへ戻ってくるまでは、逃げ続けなければならない。
「本当にすぐに戻ってきたな……」
「逃げ出すとでも思ったかぁ?」
「……」
「オレは仲間置いてカッコ悪く逃げる気はねぇんだよ、カス。わかったら前見て走るんだなぁ」
「……ああ」
チャドを走ることに集中させて、オレはチラリと後ろを見る。
朽木が追ってきている。
そして、その後ろには虚の影が……。
気付いていない、のだろう。
走って追いかけるのに必死で、自分の背後には意識を向けられていない。
「……チャド、お前はシバタ抱えて走り続けろぉ」
「なに……?」
チャドの肩を軽く押して、オレは振り返り、朽木の背後の虚に、思いっきり飛び蹴りを食らわせたのだった。
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