×鰤市

夜、オレはパーカーのフードを目深に被り、黒崎医院に来ていた。
チャドの病室の窓に近付き、軽くガラスを拳で叩く。
「……スクアーロ?」
「お゙う」
「どうしてここに……」
「お前が夜中の内に、病院を抜け出すだろうと思ってなぁ」
「ム……」
図星だったのだろう。
既に支度を整え、いつでも外に出られる状態だったチャドは、窓を開けてそろそろと外に出てくる。
まだ傷が痛むのだろう。
時折ぎこちない動きをしている。
「……お前は帰った方がいい」
「あ゙あ?」
「お前まで、危ない目にあう必要はない」
徐に口を開いたチャドは、オレに対してそう言った。
大きくため息を吐く。
「今さらだなぁ」
「だが……」
「オレも狙われてる。今逃げたところで意味ねぇよ。最後まで付き合うさ」
「……ありがとう」
「礼を言われることじゃねぇだろぉ」
鼻で軽く笑い飛ばして、チャドの肩を押す。
モタモタしていれば、すぐにまたアイツがくる。
「行くぞ、チャド」
「っ……ああ!」
暗闇に沈む空座町を、オレ達は走り出した。



 * * *



「チャド、背中の調子はどうだぁ?」
「ム……だいぶ痛みはなくなってきた」
「そうかぁ」
夜中、虚は病院を抜け出してすぐに、オレ達を襲い始めた。
気紛れに攻撃をしてきたり、姿を隠して焦らしたり。
間違いなく、この追いかけっこを楽しんでいやがる。
もしも、許されるのだったら、オレはすぐにでも奴を捕らえて殺していただろう。
「ゴメン……ゴメンネ……。ボクガ、オカアサンヲイキカエラセタイナンテ、オモッタカラ……」
「シバタは悪くない。お前の母さん、きっと蘇らせよう」
「……」
インコに憑いているシバタ少年は、昨日の説明を聞く限り、母親を蘇らせてやると言う虚の甘言に乗せられ、インコに入れられたままずっと逃げ続けているようだった。
死んだ人間は蘇らない。
例え虚といえども、蘇らせることなど、できるはずもない。
何より、そんなことは、してはならない。
「どうかしたか?スクアーロ」
「オレは、別にそいつの母親を蘇らせるために動いてるんじゃねぇ」
「ソ……ソウダヨネ……。オニイチャンハ、モウニゲテモ……」
「オレはなぁ、チャドとお前のために走ってんだぁ」
「え?」
驚いたようにこちらを見る二人に、オレはびっと指を突き付けて言う。
「良いかぁ、人は蘇らない。蘇らせちゃいけねぇんだよ。死んで、ゆっくり休んでんだから、そっとしといてやらなくちゃならない。生きてるオレ達が出来ることは、今ここにいる奴らを助けてやることだけだぁ」
「……イマ、ココニ……?」
「オレは、もういない人間を助ける気はねぇし、助けることも出来ねぇ」
「スクアーロ、そんなこと……」
「事実だろうがぁ。何より、あの悪霊が本当に人間を蘇らせられるとは思えねぇしなぁ」
「……」
二人は黙り込む。
このタイミングで言えば、落ち込むだろうことは察していた。
でも、今でなければいけない。
きっとシバタは、今日にでも黒崎に成仏させられるんだろう。
「お前の母さんはもう、現世にはいないだろう、シバタ。だから、あの悪霊から逃げきれたときには、きちんと成仏して、それからお前の母さんに会いに行ってやれよ」
「ボクノ、オカアサンニ……?」
「そうだ。だから、ここであの悪霊にやられたりすんじゃねぇぞ」
「……ウン!」
元気よく頷いたシバタを、人差し指で軽く擽ってやる。
ああは言ったが、しかし、チャドとシバタをやられることなく生き延びるには、結構課題が多い。
まずは力を使わずに、あの虚から朝まで逃げ切る。
朝になれば、病室にチャドがいないことに黒崎と朽木が気付くはずだ。
気付いたのならば、きっとあいつらは探しに来る。
探し始めたアイツらを感知することが出来、さらに上手くチャドを誘導できれば、あとはアイツらに任せれば何とかなんだろう。
そこまで、上手く事を運ぶことが出来るだろうか……。
まあ、やるしかないんだが。
「スクアーロ、お前は、優しいな」
「……ああ゛?」
「……いや、何でもない。場所を変えよう。またアイツが来るかもしれない」
「……ん゛、そうだなぁ」
潜んでいたビルの裏から抜けて、街灯の下を走っていく。
近くで、建物の軋む音が聞こえて飛び退く。
「走るぞ!」
「ああ!」
走って走って、たまに食事をとったり、ささやかな休息を挟みながら、ギリギリの逃亡を続けた。
そして翌朝、オレのケータイに、1つの着信が飛び込んできたのだった。



 * * *



「チャドは来てるか!?」
教室に飛び込み、開口一番そう言った一護に、水色と啓吾は驚きながらもチャドの席を見て、そして首を傾げた。
「いや……見、見てないけど……」
「そういやまだ来てねぇみたいだな。めずらしいな。あいついつも、始業10分前には席についてんのに……。つーか、スクアーロのやつもいねーじゃん。どうしたんだ?二人とも」
茶渡泰虎、スペルビ・スクアーロ。
昨日、一護の前に現れたあの二人が来ていない。
空席を見てすぐに、一護は走り出していた。
二人とも、昨日チャドを襲ったあの虚に襲われている。
そんな予想が、簡単についた。
学校を出た一護は、宛もないまま、二人を探し始めたのだった。
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