×鰤市

『インコの霊を追っている虚に注意してあげてください。チャドさんを狙っています』
ユニのメールの通り、オレはインコを眺めながら、どうやってチャドの側に張り付こうかと考えを巡らす。
隠れて張り付いてるのも良いが、隣にいた方が早く対応出来ると思うしなぁ。
「しかしインコねぇー。チャド、動物飼ったことあんのか?」
「ム……いや……」
そんな時に、浅野が良い振りをしてくれた。
バカの癖になかなかやるじゃねーか。
チャドはインコの飼い方なんて知らなさそうだが、オレは動物……鳥類の飼い方ならそこそこ知っている。
「なんだぁ、チャド、お前飼い方も知らねぇで鳥飼おうとしてたのかぁ?」
「今から調べる」
「そんならオレが教えてやる」
「え?スクアーロってインコ飼ってたことあるの?」
「インコはないが、鳥を飼ってたことはあるぜぇ」
「鳥?」
「カラス」
「はあ?カラス!?」
まあ、前が4つくらい付くほど前の世界での話、だけど。
でもその後も、動物は好きでよく関わってたし、チャドに比べればだいぶ詳しい。
「良いかぁ?インコってのぁ思いの外デリケートな生き物だからよぉ、カゴとか止まり木とかは、小まめに掃除してやらねぇとならねぇ」
「そうなのか」
「エサも色々と種類があるし、水をあげすぎて体調を崩しちまうこともある。ちょっと構ってやれなかっただけでも、ストレスを感じて病気になっちまうしなぁ。まあ、まずはペットショップで必要なもん揃えた方が良いなぁ」
「ム……なるほど」
「家の近くにペットショップがあったなぁ。チャド、お前が時間あるなら、今日連れていってやるよ」
「良いのか?」
「もちろん」
首を傾げるインコが……というより、この中にいる霊が話を理解しているのかは知らんが、チャドはオレの話に乗ってくれた。
うん、これで自然にチャドに張り付いていられる。
「意外だな。お前動物好きなのか?」
「ん゙、まあ、そこそこなぁ」
黒崎の問いに適当に答える。
動物は好きだ。
だが愛玩目的じゃなくて、仕事に使うことがもっぱらだった。
たぶん、それを言ったらドン引かれると思うから、言わないことにしよう。
「じゃあ、放課後な」
「ム、わかった」
そんな会話をして、放課後、オレ達は揃ってペットショップへと向かったのだった。



 * * *



「……今日は助かった」
「はん、別に大したことじゃあねぇよ」
ペットショップの帰り道、チャドに礼を言われた。
こっちだって目的があってこうしてるんだから、礼を言われる筋合いはない。
「しかし動物と言うのは、金が掛かるもんなんだな」
「生きてるんだから、そりゃあなぁ」
「そうか……そうだな……」
染々とした様子で目を細めたチャドに、カゴの中のインコが話し掛ける。
「オジチャン、アリガトウ!」
「シバタは気にしなくて良い」
「……本当に、達者に喋るな」
そりゃあ、中に人間の魂が入っているのだから、当たり前なのだろうが。
しかし言葉の様子や、行動からして、中の魂はだいぶ幼いようだな。
まだ子供の頃に死んだ魂……。
虚に狙われている魂……。
いったい、どうして……?
そうやって少し考え込んだ、それが悪かったらしい。
「オジチャン!アブナイヨ!!」
インコの声に、ハッと顔を上げる。
嫌な気配がすぐ近くにある。
チャドの巨体に体当たりをして、思いっきり吹っ飛ばす。
その瞬間、直前まで自分達のいた場所にトラックがスピンしながら突っ込んできた。
「なにっ……!?」
「くそっ、ドカスがぁ!!」
「マダクルヨ!ニゲテオジチャン!!」
トラックはあくまではじめの一台。
歩道に向けて何台もの車が突っ込んでくる。
これは普通の事故じゃあねぇな。
まるでオレ達を狙うかのように、次から次へと車が襲ってくる。
もちろん、そこにいたのはオレ達だけではない。
たまたま居合わせてしまっただけの通行人達にも、車の群れは襲い掛かっていく。
「っ……キャァアー!!」
「く、そ……ガキがぁ……!」
「おい!スクアーロ!!」
たまたま側にいた子どもに、車が襲い掛かるのが見えた。
慌てて取って返して、その子どもを抱きかかえる。
車を避ける暇はねぇ……いや、まだ可能性はある。
「伏せろガキ!」
「ひぃ!!」
地面に子どもを伏せさせて、自分はその上に覆い被さるようにして伏せる。
迫っていた車のタイヤは、歩道の段差に引っ掛かって、ほんの僅かに車体が浮き上がる。
オレ達の体は、その下に入った。
タイヤが、車体が、僅かに服や頭を掠っていったが、オーラを身に纏い、硬を行うことでダメージはほぼゼロ。
精々髪が少し切れたくらいだ。
車が通り過ぎたのを見計らって起き上がり、すぐにチャドの姿を探す。
狙われているのは奴が持ってるインコだ。
「ぐあっ!?」
低い呻き声が聞こえて、そちらを向く。
チャドが膝を付くその横に、白い仮面が見えている。
「ゔお゙らぁ!!」
咄嗟に、手近に落ちていた車の破片らしきものを掴んで、その仮面に向けてぶん投げた。
しかし態勢の悪さのせいか、それは仮面の端を削るだけに終わる。
ただ、仮面……いや、虚をビビらせることには成功したらしい。
空間のひび割れの中に消えていったソイツを見送り、チャドに駆け寄った。
「無事かぁ!?」
「大丈夫、だ……」
「……チッ、つまんねー嘘を吐いてんじゃねぇぞぉ」
服の広い範囲に血が滲んでいる。
たぶん、あの虚に何かされた。
立ち上がろうとするバカを座らせて、服を剥いで背中を見る。
皮が捲れている。
火傷のようになっていて、全体から血が吹き出していた。
これじゃあ、ただ歩くことだって難しい。
くそ、オレが目を離さなければ、あんな雑魚虚に遅れを取ることなんてなかったってのに!
「……オジチャン、アリガトウ。デモ、コレイジョウハ、オジチャンガシンジャウヨ……。ボク、ボク……、ワルイヤツニ、ネラワレテルカラ……」
オレがチャドの傷を見ていた時、徐にインコが話始めた。
自分が何者なのか、誰に、どうして襲われているのかを……。



 * * *



「……よぉし、わかった。つまりテメーの母ちゃん殺して悪霊になった殺人犯が、今度はテメーの周りの奴らを狙ってるってことだなぁ?とにもかくにも、そいつをぶちのめせば良いって訳だぁ」
「お前……」
「なんだぁ?」
「……いや」
言いたいことは素直に言え。
そう思ったが、チャドと言い争っている暇はない。
インコの話は、ものの3分で終わったのだが、その間に事故現場には野次馬やら警察やら救急車やら、とにかく大量の人間が溢れ返ってきていたのだ。
こんなところでまた襲われでもしたらたまったもんじゃねぇ……いや、見えてるオレがそばにいる間、あの虚はそう易々と顔を見せはしないだろうから、どちらかと言うと心配なのは周りの奴らだ。
もし警察や救急に捕まって人の多いところに連れていかれたりして、そこで襲われでもしたら……。
多数の巻き添えが出ること間違いなし。
何としてでも避けねばならない。
しかし、チャドの背中の傷は心配だ。
オレ一人で治せることは治せるのだが、……出来るだけ周りの人間、ユニや白蘭以外には、自分の能力は教えたくない。
何に巻き込まれるかわかったもんじゃねぇし、この能力を話せば、過去のことまで話さなければならなくなりそうだしな。
「ダメダヨオニイチャン!アイツハスゴクツヨインダヨ!?」
「オレは平気だぁ。現に今も傷一つない」
「お前……」
「なんだぁ?」
「……いや」
大方、お前はサイボーグか何かか?とか言おうとしたんだろうが、正真正銘、オレは人間である。
「とにかくまずは、チャド、テメーの傷の手当てからだぁ」
「いや、オレは問題ない」
「問題ある。それじゃあまともに動くことも出来ねぇだろう。その殺人犯も、しばらくは襲ってこねぇはずだぁ。さっき一撃かましたしなぁ。それまでに、応急手当だけでもしておく。いいなぁ?」
「……ああ」
先程から、チャドに気付かれないように掌仙術を当ててはいる。
しかしこの広くて深い傷を治すには、時間とチャクラが足りない。
「お前……さっきの奴、見えてたんだな」
「あ゙?まあな。……周りには、内緒にしろよ。悪霊見えるなんて、面倒なだけだぁ」
チャドは、オレの言葉に大人しく頷いてくれた。
虚に襲われた今、その存在を否定することは出来ず、そして虚を見て攻撃したオレの言うことを、否定することもできなかったらしい。
「……確か、近くに小さい病院があったよなぁ?」
「あ……あそこは……」
「行くぞぉ」
「だが……」
「男がうだうだ言ってんじゃねぇ。行、く、ん、だ」
「む……わかった……」
とにかく、今はこいつの手当てが最優先だ。
そう思って病院を目指そうとしたのに、チャドは何故かそれを渋った。
嫌がるチャドの腕を肩に回して、強引に引っ張り、出来るだけゆっくりと移動する。
あそこなら、人も少ないだろうし、この騒ぎでゴタゴタしている内は、オレも対処がしやすい。
しかして、数分後に着いた病院の看板を見てようやく、オレはチャドがごねた理由を知ったのだった。
「黒崎医院……って、ああ、ここそう言えば黒崎の家だったなぁ」
「……一護を、巻き込まないだろうか」
「巻き込んだら、そん時はそん時だろ」
「ゴメンネ、オジチャン……」
「シバタは、悪くない」
「その言い方は、オレは悪いみたいに聞こえるんだが?」
「ム!?ち、ちがう!」
そんなわけで、オレ達は一時的に黒崎医院で世話になることになったのだった。
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