×鰤市

井上の怪我は、幸いにも大したものではないらしい。
しかし、彼女の脚に痛々しく残る痣を見て、オレは思わず唸る。
「すまん……、突き飛ばしたせいで余計に傷が出来ちっまったなぁ」
「そんなことないよ!スクアーロ君が助けてくれなかったら、私気付かなくてもっと大怪我してたかもしれないし……!」
慌てたようにそう言ってくれた井上に、もう一度だけ頭を下げる。
オレとしたことが、女の子に怪我をさせてしまうとは……。
「家まで送っていく」
「い、いいの?」
「……これくらい当たり前だぁ」
彼女の荷物を持って立ち上がり、家まで送る準備をする。
立って歩くのは問題ないらしい。
だが時折動きが鈍る様子からして、たぶん痺れのようなものが残っているのではないだろうか。
医者の話では問題はないようであるが、少し心配だ。
「相手の運転手には、治療費払ってもらうことで話がまとまったから、連絡、ちゃんと取るようになぁ。あとは、何か異常があったらすぐにでも病院に行くか周りの人に言うこと」
「うん」
「他にも、何かあったら、オレでも、誰でもいいからちゃんと話して相談すること」
「?うん」
なんかあったら、っていうのは、その痣から感じた、嫌な気配のことについて。
傷口からわずかに感じられたのは、オレの勘違いでなければ、虚の気配。
もし万が一何かあった時に、オレが傍にいてやれれば、助けられるかもしれないしな。
「なんか、スクアーロ君にはお世話になりっぱなしだね……」
「お世話、なぁ。オレは人の世話焼くの、好きだからよぉ、ついやり過ぎちまったりするんだが、……嫌じゃあなかったかぁ?」
「全然そんなことないよ!私一人だったら、きっとどうすれば良いのか分からなくて、大変なことになってたと思うし!」
「そうかなぁ?」
「そうだよ!」
えへへ、と笑う井上に、また少し癒された。
そうだよなぁ、最近癒しが少ないんだもんな。
ユニには癒されてるけど、ユニと会うときはいつだって、ストレスとマシュマロの塊がついてくるし、学校じゃあ周りはむさい男ばかりだし。
こういう癒し、大事だと思う。
というわけで……。
「そんで昨日は井上と友情を深めて帰ってきた」
『ふーん、織姫ちゃんとねぇ……、そうかそうか♪』
『……なんだよ、意味ありげな言い方しやがって』
翌日、朝、ジョギング途中の人気がないところで、白蘭に報告をしていた。
起こったことできるだけ全部報告してね♪なんて言われたら、報告するよりほかない。
しかも報告する度に、こんな意味深な口調で返されるもんだから、面倒くさくても報告に対して変な使命感を感じてしまうのだ。
……まぁ、半分以上、からかわれているだけ、なのかもしれないけれど。
『ユニちゃんと話したんだけどね』
「は?」
『織姫ちゃんの家に、たぶん今日あたり来ると思うから、三人で一緒に見に行こうって』
「なにがだぁ?」
『んもう、鈍いなぁスクちゃん♪虚が来るから、万が一のことがないように僕達も様子見に行こーってこと!』
「はあ!?」
虚がくるって……、じゃああの痣は虚によるものってことで間違いはなかったってことか……。
いやいや、そうじゃなくて、オレ達は本当に虚に襲われる彼女を見ているだけで良いのか!?
『ユニちゃん曰く、本当なら一護クンが助けに来るはずなんだけど、……ほら、僕達がいるせいでどんな影響が起こるかわからないでしょう?』
「……本来あるはずの道筋に、出来るだけ関わらないようにしながら、ずれてしまった場合にはこっそり戻す……ってことかぁ?」
『そーゆーこと♪』
「そのライン、どうやったらわかんだよ」
『僕は一応話の筋を覚えているし、ユニちゃんなら大事なところは予知でわかるみたいだから、スクちゃんは言われたとおりに動いてくれればいいんだよ♪』
「……チッ、まあ良い、分かった」
つまりはユニが指令台、白蘭が現場指揮、オレが実行役として動けばいいと、そういうことらしい。
何と言うか、こう……、自分の意志で自由に動けないのは、本当に不便だ。
電話を切って、ジョギングの続きに戻る。
その日の日中は、何事もなく過ごし、そして夜、ユニと白蘭の二人と、オレの住むアパートで落ち合った。
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