×ぬら孫

あの日から、少しずつ狂骨と話せるようになってきた。
狂骨は自分の事を、オレよりも年上だと言っていたけれど、どう見ても年下にしか見えない。
感情的で、溌剌とした少女。
彼女はオレが一人でいる時に限って現れる。
今日も、剣道の練習をしているオレの前に、ふらりと現れた。

「よお、狂骨」
「……また鍛練してるの?」
「またってなぁ……、鍛練ってのは続けてこそ意味があるんだぞ?」
「知らないわ、そんなの」
「そう言うお前は何やってんだぁ?暇なのかぁ?」
「……そうよ。今は昼だから、私はやることないの。お姉様もお勤めで忙しいし」
「お勤めって……ただの勉強だろ?」

大袈裟だな……。
でも、暇だと言うのは本当みたいで、道場の隅に座り込むと、ぽけーっとオレの鍛練を眺め出した。
何か緊張するな……。
それでもまあ、気にしないようにしながら鍛練を続けた。
この後は家庭教師が来る予定になっているから、長引かせるわけにはいかないしな。

「ねえ、あんたさ」
「ん゙、なんだぁ?」

本当に暇で仕方ないんだろう。
珍しくオレに言葉を投げ掛けてきた狂骨に、竹刀を振るいながら答える。

「何で、そんなに必死に強くなろうとしてるの?剣だけじゃないんでしょ?お姉様が他にも色々してるって言ってた。別にあんたは、私達みたいにどうしても叶えたい宿願がある訳じゃないでしょ?」
「……オレにだって宿願くらいあるぜ?」
「え?」

ふっと息を吐き出して竹刀を振り下ろした後、手を止めて狂骨を振り返る。
狂骨はオレの顔を見上げて、不思議そうに首を傾げていた。

「オレだって、叶えたい願いがあるんだ」
「どんな願いなの?」
「……大した事じゃねぇよ。ただ、目の前で、大切な人が傷付くのが嫌なんだ。乙女とか、祖父とか、柏木とか、松原とか、狂骨とか……まあ、親父もさ……、傷付いたり苦しんだり、悲しんだりしているのを見るのは、嫌なんだぁ。ついでに、妖怪と対等でありたい、何て思ったりもしてるけどなぁ」
「あんた……本当に人間?」
「あ゙あ?」
「普通の人間の子供が、そんなこと考えたりはしない。まさか……あんたも妖?」
「いや、オレは人間だけどな。まあ、普通、ではねぇな。残念ながら」

そう、残念ながら。
死ぬ気の炎を扱い、一生分の人生を終えて、そしてもう一度始めてしまった、人間。
死んだ理由が特殊だから、だからこんなことになってしまったのかもしれない。
詳しいことはわからない。
でも、こうなってしまったことは仕方のないことだから、だからオレはここで生きていこうと思ったんだ。
大切な人を守って、何でもない平凡な日々を送っていきたい。
……妖が妹って時点で難しいことだと思うけどな。
妖の妹と、家族として生きるには、力つけて、対等な存在としてあらねばならないと、オレは考える。
対等でありたい。
まずはそう思った。
そしていつか兄として、家族として、あの子を守れるようになりたいと思った。
そしてオレを、オレなんかを大切にしてくれる優しい祖父を、使用人達を、守っていきたいと思った。

「オレなんかに出来ることは少ないかもしんねぇけどよ、ちょっとでも力つけて、自分のやりたいように出来れば良いな、なんて、思うわけだぁ」
「……変なの」
「おい、聞いといてそれは酷くねぇかぁ?」

狂骨は1つ鼻を鳴らすと、道場の出口にタタッと駆けていく。
そんなにオレのこと嫌いなのだろうか。
でも、道場から出る前、1度だけ立ち止まった彼女は、クルリと振り向いて言った。

「ねぇ、鮫弥」
「うん?」
「……また、ケーキ食べたい、3人で」

恥ずかしそうに言う彼女。
一瞬驚いたけど、嬉しくなって、笑いながら言葉を返した。

「ああ、また一緒に食べよう。飛びっきり美味しいものを買ってくる」
「……待っててやる」

狂骨はそう言っていなくなった。
少しは、距離が縮まった、だろうか?
額に浮いた汗を拭って、オレは袴から着替え始める。
さて、次はどんなスイーツを買ってこようかな。
いや、いっそ作るのも言いかもしれねぇ。
スイーツはそこまで得意じゃないんだけど、彼女達の為ならば、スイーツだって作れるようになってみせるさ。
頭の中に色んなスイーツを思い浮かべながら、既に家庭教師が待機しているであろう自室へと走っていった。
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