×狩人
「……クフフ。随分と、機嫌が悪いようですねぇ」
「六道……、まあ、そうだな」
ふと、隣に影が立つ。
六道骸……だが突然現れた彼に、誰も気が付かないところを見ると、幻術を使って姿を隠しているらしい。
オレだけに見えるようにしてるのを見るに、向こうは機嫌が良いらしい。
普段のこいつなら、そんな優しいことはしてくれない。
「貴女の思い通りにならないのがとてつもなく愉快です」
言われなくても、そうだろうと思っていたぞカス野郎……。
目の前ではレオリオとポドロの試合が始まろうとしていた。
キルア・ゾルディックはあの試合が終わってから、ぼうっと立ち尽くしたままだ。
彼は兄であるイルミに、自ら負けを認めて勝負を譲った。
それは即ち、ここで自分を倒さなければゴンを殺すと言ったイルミの主張を通すことに繋がる。
彼は友達を見捨てたのだと、自分で自分を責めている。
あの実力差だ。
イルミに楯突くだけ無駄、と考えてしまうのも、十分納得できる。
理性的な判断だったと思うし、下手に抗って殺されるよりは、一度引き下がる方がずっと正しい。
でも、そう簡単に納得なんて出来ないんだろう。
「我々がどうこう出来ることではないではないですか。考えるだけ無駄というものです」
「……そうだな」
「さて、試合が始まりましたよ」
「ああ……。……っ!?」
視界の端に、銀色の影が揺らめいた。
それがどういう事かを認識するよりも早く、オレの体は変化を解き、動き始めていた。
レオリオと対峙するポドロの背後に立つ。
そして彼の背に迫る、超高速の手刀を掴まえた。
「うがっ……!?」
背後から呻き声が聞こえた。
キルアの手と、オレの手には少量だが血が滴っている。
「っとぉ、わりぃな、少し刺さったかぁ?」
「な……えっ……?」
「おまっ……オビト!?」
キルアが、目の前で驚いた顔をしていた。
彼の手はポドロの心臓へ向けて一直線に突き出されていて、鋭い刃物のように尖った爪は、その背中へわずかに沈んでいる。
殺そうとしたのだ。
全くもって困ったガキである。
周囲の受験者どもは、一部を除き何が起こったのかわからず、呆然としているようだ。
大きなため息を吐くと、掴まえたままだったキルアの腕がびくりと震えた。
「な、なんでアンタが……」
「……まあ、仕事でね。お前みたいな馬鹿から、民衆の命を守るのがオレって訳だぁ」
「は……?」
キルアの爪を、ポドロの背中から引き抜き、とんっと肩を突いて遠ざけた。
解放された腕を擦りながら、キルアは殺気を隠そうともせず、こちらを睨んできている。
いや、キルアだけじゃねぇか。
ねっとりとまとわり付くような殺気や、射殺さんばかりの鋭い視線。
ヒソカやイルミの方からも、強いプレッシャーを感じていた。
面倒くせぇな……アイツら何してくるかわかんねぇし。
正体をばらすのは、最後の最後、合格者が決まった後の説明会にしようと思ってたのに、このままだと説明会に入る前に襲われかねん。
こきりと首を捻り、凝り固まった体を解す。
さて、これからどうなるにしろ、まずはこの試合を終わらせるしかないか。
「う"おぉい、ジジイ。最終試験、これで終わりで良いだろぉ?」
「ふむ、キルアには明確な殺意があった。お主が割り込まねばポドロは死んでおったじゃろう。キルアを失格とし、これにて第287期ハンター試験を終了とする!」
ネテロ会長の高らかな宣言。
キルアからはもう、殺気は感じられない。
ただ、何かが抜け落ちてしまったように、空っぽだった。
会場も空虚な雰囲気に包まれている。
だが暫くの沈黙の後に、呆然としていたレオリオがハッと口を開いた。
「……なっ、ちょっと待て!まだ誰も死んじゃいねーのに、殺していた可能性があるってだけでキルアが失格になるってことか!?」
「可能性がある、じゃねぇ、止めなければ間違いなく死んでいた、だぁ。そこのおっさんは偶然な幸運で命拾いしたんだ。何の文句がある?」
「そ、そりゃそうだが……。つーかお前!オビト!!お前四次試験からどこに行ってたんだよ!試験中も見付からねぇし、終わっても出てこねぇしで……」
「なんだ、心配してくれたのかぁ?」
「ちっっっげぇわドアホぅ!!!」
渾身のツッコミを頂きつつ、クツクツと笑った。
いやぁ、元気元気。
しつこくまとわりついてくる殺気に流石のオレも気分が落ち込んでいたが、少し元気が出た。
しかしそれにしても、レオリオとは正反対に、目の前の子どもからは生気が感じられない。
酷く荒んだ目でこちらを見てきたかと思うと、そのまま脱兎のごとく走り出し、扉を蹴破る勢いで外に飛び出していった。
実家に帰るんだろうか。
あの一族には、流石にオレらも関わりづらい。
まあ、後はプライベートな家族の問題だ。
ただの受験生と監督者という立場では、これ以上はどうすることも出来ないか……。
「キルア!」
「あいつ!どこに行くつもりだ!?」
彼を止めようとする二人の声になんて目もくれず、キルアの姿はすぐに見えなくなる。
『友人』であるゴンも気絶している今の状態じゃあ、これ以上はどうしようもないだろう。
気味の悪い殺気を放ちながら、じりじりと近寄ろうとしている自称奇術師に、一睨みを向けて牽制する。
うわ、頬っぺた赤くしてプルプルしながら笑ってる、気持ち悪い。
イルミは弟が帰ったことで、こちらへの興味はなくしたようだった。
「お"う、テメーら全員注目」
動揺を納める意味も込めて、大きな声を上げて手を叩く。
静観を決め込んで愉快そうにこちらを見ているジジイも副官も、まるで信用できない。
アイツら本当、いっぺんくたばれば良いのに……って六道骸は既に三回ほどくたばっていたんだったか。
馬鹿は死んでも治らねぇって本当だったんだな。
とにもかくにも、奴らが変なこと言い始める前にとっとと受験者達を移動させるか。
「ここに残ってる合格者どもには、この後ハンターライセンスを渡し説明会を行う。部屋を移動するぞぉ」
「な、なんでお前が仕切ってんだよ!お前受験生じゃ……しかも四次試験で落ちた奴だろ?何様のつもりだコラァ!!」
「……まあそれも含めて説明してやる。うだうだ言ってねぇでとっとと部屋移るぞ」
「あだっ!?」
「勿体無いなぁ、このままここでちょっと僕とヤってかないかい?」
「気色わりぃ、死ね」
「んんっ!」
絡んできたお喋り忍者をひっぱたいて部屋から追い出し、つきまとってくるキモいピエロ擬きを足蹴にする。
蹴られてなおキモい。
触りたくなかった……。
「お前らも移動しろ!いつまでもトロくさく残ってたらライセンスは渡さねぇぞ!」
苛立ち紛れに怒鳴れば、ようやく残った奴らも動き始める。
その様子に深く溜め息を吐いた。
後ろで愉快犯どもが笑っている気配がする。
アイツらいつか殴る。
六道はわりと日常的に殴っている気もするけど。
心に強く決意して、オレもまた目的の部屋へと歩を進めたのだった。
「六道……、まあ、そうだな」
ふと、隣に影が立つ。
六道骸……だが突然現れた彼に、誰も気が付かないところを見ると、幻術を使って姿を隠しているらしい。
オレだけに見えるようにしてるのを見るに、向こうは機嫌が良いらしい。
普段のこいつなら、そんな優しいことはしてくれない。
「貴女の思い通りにならないのがとてつもなく愉快です」
言われなくても、そうだろうと思っていたぞカス野郎……。
目の前ではレオリオとポドロの試合が始まろうとしていた。
キルア・ゾルディックはあの試合が終わってから、ぼうっと立ち尽くしたままだ。
彼は兄であるイルミに、自ら負けを認めて勝負を譲った。
それは即ち、ここで自分を倒さなければゴンを殺すと言ったイルミの主張を通すことに繋がる。
彼は友達を見捨てたのだと、自分で自分を責めている。
あの実力差だ。
イルミに楯突くだけ無駄、と考えてしまうのも、十分納得できる。
理性的な判断だったと思うし、下手に抗って殺されるよりは、一度引き下がる方がずっと正しい。
でも、そう簡単に納得なんて出来ないんだろう。
「我々がどうこう出来ることではないではないですか。考えるだけ無駄というものです」
「……そうだな」
「さて、試合が始まりましたよ」
「ああ……。……っ!?」
視界の端に、銀色の影が揺らめいた。
それがどういう事かを認識するよりも早く、オレの体は変化を解き、動き始めていた。
レオリオと対峙するポドロの背後に立つ。
そして彼の背に迫る、超高速の手刀を掴まえた。
「うがっ……!?」
背後から呻き声が聞こえた。
キルアの手と、オレの手には少量だが血が滴っている。
「っとぉ、わりぃな、少し刺さったかぁ?」
「な……えっ……?」
「おまっ……オビト!?」
キルアが、目の前で驚いた顔をしていた。
彼の手はポドロの心臓へ向けて一直線に突き出されていて、鋭い刃物のように尖った爪は、その背中へわずかに沈んでいる。
殺そうとしたのだ。
全くもって困ったガキである。
周囲の受験者どもは、一部を除き何が起こったのかわからず、呆然としているようだ。
大きなため息を吐くと、掴まえたままだったキルアの腕がびくりと震えた。
「な、なんでアンタが……」
「……まあ、仕事でね。お前みたいな馬鹿から、民衆の命を守るのがオレって訳だぁ」
「は……?」
キルアの爪を、ポドロの背中から引き抜き、とんっと肩を突いて遠ざけた。
解放された腕を擦りながら、キルアは殺気を隠そうともせず、こちらを睨んできている。
いや、キルアだけじゃねぇか。
ねっとりとまとわり付くような殺気や、射殺さんばかりの鋭い視線。
ヒソカやイルミの方からも、強いプレッシャーを感じていた。
面倒くせぇな……アイツら何してくるかわかんねぇし。
正体をばらすのは、最後の最後、合格者が決まった後の説明会にしようと思ってたのに、このままだと説明会に入る前に襲われかねん。
こきりと首を捻り、凝り固まった体を解す。
さて、これからどうなるにしろ、まずはこの試合を終わらせるしかないか。
「う"おぉい、ジジイ。最終試験、これで終わりで良いだろぉ?」
「ふむ、キルアには明確な殺意があった。お主が割り込まねばポドロは死んでおったじゃろう。キルアを失格とし、これにて第287期ハンター試験を終了とする!」
ネテロ会長の高らかな宣言。
キルアからはもう、殺気は感じられない。
ただ、何かが抜け落ちてしまったように、空っぽだった。
会場も空虚な雰囲気に包まれている。
だが暫くの沈黙の後に、呆然としていたレオリオがハッと口を開いた。
「……なっ、ちょっと待て!まだ誰も死んじゃいねーのに、殺していた可能性があるってだけでキルアが失格になるってことか!?」
「可能性がある、じゃねぇ、止めなければ間違いなく死んでいた、だぁ。そこのおっさんは偶然な幸運で命拾いしたんだ。何の文句がある?」
「そ、そりゃそうだが……。つーかお前!オビト!!お前四次試験からどこに行ってたんだよ!試験中も見付からねぇし、終わっても出てこねぇしで……」
「なんだ、心配してくれたのかぁ?」
「ちっっっげぇわドアホぅ!!!」
渾身のツッコミを頂きつつ、クツクツと笑った。
いやぁ、元気元気。
しつこくまとわりついてくる殺気に流石のオレも気分が落ち込んでいたが、少し元気が出た。
しかしそれにしても、レオリオとは正反対に、目の前の子どもからは生気が感じられない。
酷く荒んだ目でこちらを見てきたかと思うと、そのまま脱兎のごとく走り出し、扉を蹴破る勢いで外に飛び出していった。
実家に帰るんだろうか。
あの一族には、流石にオレらも関わりづらい。
まあ、後はプライベートな家族の問題だ。
ただの受験生と監督者という立場では、これ以上はどうすることも出来ないか……。
「キルア!」
「あいつ!どこに行くつもりだ!?」
彼を止めようとする二人の声になんて目もくれず、キルアの姿はすぐに見えなくなる。
『友人』であるゴンも気絶している今の状態じゃあ、これ以上はどうしようもないだろう。
気味の悪い殺気を放ちながら、じりじりと近寄ろうとしている自称奇術師に、一睨みを向けて牽制する。
うわ、頬っぺた赤くしてプルプルしながら笑ってる、気持ち悪い。
イルミは弟が帰ったことで、こちらへの興味はなくしたようだった。
「お"う、テメーら全員注目」
動揺を納める意味も込めて、大きな声を上げて手を叩く。
静観を決め込んで愉快そうにこちらを見ているジジイも副官も、まるで信用できない。
アイツら本当、いっぺんくたばれば良いのに……って六道骸は既に三回ほどくたばっていたんだったか。
馬鹿は死んでも治らねぇって本当だったんだな。
とにもかくにも、奴らが変なこと言い始める前にとっとと受験者達を移動させるか。
「ここに残ってる合格者どもには、この後ハンターライセンスを渡し説明会を行う。部屋を移動するぞぉ」
「な、なんでお前が仕切ってんだよ!お前受験生じゃ……しかも四次試験で落ちた奴だろ?何様のつもりだコラァ!!」
「……まあそれも含めて説明してやる。うだうだ言ってねぇでとっとと部屋移るぞ」
「あだっ!?」
「勿体無いなぁ、このままここでちょっと僕とヤってかないかい?」
「気色わりぃ、死ね」
「んんっ!」
絡んできたお喋り忍者をひっぱたいて部屋から追い出し、つきまとってくるキモいピエロ擬きを足蹴にする。
蹴られてなおキモい。
触りたくなかった……。
「お前らも移動しろ!いつまでもトロくさく残ってたらライセンスは渡さねぇぞ!」
苛立ち紛れに怒鳴れば、ようやく残った奴らも動き始める。
その様子に深く溜め息を吐いた。
後ろで愉快犯どもが笑っている気配がする。
アイツらいつか殴る。
六道はわりと日常的に殴っている気もするけど。
心に強く決意して、オレもまた目的の部屋へと歩を進めたのだった。