×狩人

「な、なんだぁ?このトーナメント表はぁ!?」

と、いうのが、会長の出してきやがった紙っぺらを見たオレの第一声である。
そのトーナメント表は、いやそもそも、トーナメント表などと呼んでも良いものなのかも怪しいが、ともかくその表は、一言で表すのならば不公平であった。
各々の対戦回数が恐ろしくバラバラである。
一番多い者は5回、最も少ない者は2回の戦闘となる。

「ふぉっほっほ、まあまずはルールを聞いておくれ」
「ルールも何も、こりゃあ普通に考えたらトーナメント戦の表だろぉ?まさか合格するのは一人だけなんて言わねぇだろぉなぁ?」
「逆じゃ、今回の勝負は、不合格者が一人だけとなる」
「……はあ?」

会長の話をまとめると、この表は各々のハンターとしての資質を鑑みて作られたトーナメント表だそうで、戦闘回数の多いものほど、ハンターとしての資質が大きいと言うことらしい。
勝負のルールは、通常の勝ち上がり形式のトーナメントとは逆、一戦でも勝てばハンターの資格を与えられ、そして負け続けて最後まで残った者、もしくは出場者の命を奪った者が失格となる、そうだ。

「……って、ハンターの資質なんてどうやって見極めんだぁ?」
「それはわしの印象に依るところが大きいのぉ」
「不公平極まりねぇ……。ぜってぇブーイング起こるだろぉ」

顔をひきつらせるオレの肩を、サトツがそっと叩いて言った。

「会長が本気な以上、我々にはどうすることも出来ませんよ」

オレはその言葉にため息を吐き、ただただ流されることしかできなかったのである。


 * * *


「それでは最終試験を開始する‼第1試合、ハンゾー対ゴン!」

カラスに化けたオレは、部屋の隅で羽を休めながら、ようやく始まった試合を眺めていた。
この試験、とんでもなく意地が悪い。
ここまで勝ち上がって来た猛者達が、そう簡単に負けを認めたりなんてするものか。
……特に、ゴンのような向こう見ずで恐れを知らない子供なんて。
試合開始早々、ハンゾーに昏倒させられたゴンは、すぐに叩き起こされると、そのまま一方的に殴られ……いや、殴られるなんて次元じゃあねぇ。
こりゃあ一種の拷問である。
ハンゾーという男は、限りなく軽いダメージで、激しい痛みを与えることのできる攻撃を知っていた。
自称忍というだけはある。
お喋りだし、まだまだ甘いが、その才能は一級品だ。
既に忍のコミュニティーの中に所属しているのだろうが、……うぅん、副業OKなら是非うちにも来てほしいな。
しかし、そんな拷問が、もう三時間程は続いている。
ゴンが生きているのが不思議なくらいだ。
レオリオが割って入ろうとするが、それも止められる。
腕を折ると脅されても、ゴンは退かなかった。

―― ボキッ

綺麗な、と表現できるほどに良い音を立てて、腕の骨が折れた。
ハンゾーは、思ってた以上に経験豊富なようだ。
子供の腕は、例えるなら若木のようなもので、綺麗におろうとしても柔らかくて、中々上手くいくものではない。
あれだけ上手く折れてりゃあ、回復も早いだろう。
何だかんだで良い奴らしい。
やっぱりうちに誘ってみよう。
いや、それより今は試合である。
痛みに声も出ないらしいゴンへ、追い打ちをかけているつもりなのか、ハンゾーは忍という職業についてを語っている。
オレの経験してきた忍よりも、昔からあったイメージの忍像に近いかもしれん。
生まれた時から課される厳しい訓練に、閉ざされた生活。
だがその話の途中に、ゴンは立ち上がり、なんとハンゾーの顔面に爪先をぶちこんだ。
思わず吹き出しそうになったのを必死で堪える。
だがゴンは更にオレに追い打ちをかけてくる。
脚を切り落とすと脅された直後である。

「脚を切られちゃうのはいやだ!でも降参するのもいやだ‼」

いやいやいや、どんなわがままだよ。
つーかどんだけ自分を曲げねぇんだ。
ナルトでもあそこまで言わねぇんじゃねぇのか?
やっぱあいつ頭おかしいぜ。
うん、オレが気に入っちまうくらい、頭がおかしい。
結局、その勝負、負けを認めたのはハンゾーだった。
勝ったにも関わらず、なお駄々をこねるゴンを気絶させて、ハンゾーはフィールドから降りる。
オレは静かに飛び上がり、ネテロのじいさんの肩の上に止まった。

「なあじいさん、もしオレがこの試合の出場者だったら、あんたオレに何回チャンスを与えてた?」
「ん?さあのぅ。わしにもお主の可能性は測れんわい」
「……くそつまんねぇジジイだぜ」

答えは得られないまま、第2回戦が幕を開けたのであった。


 * * *


7回戦目……実質的な6回戦目、雲行きが酷く怪しくなってきた。
4回戦目までは、ヒソカという不安要素があったわりにはかなり順調だった。
というかヒソカは、たぶん最後まで本気は出していなかったと思う。
念を使わなかったとか、そんなレベルの話ではなく、本気の戦いは今まで一度だって見せていない。
不気味な奴だ。
だがともかくも、試験は順調だった。
だが5回戦目、キルアが余裕をこいて戦いを棄権した辺りから、嫌な予感がし始めた。
6回戦目は、レオリオが対戦相手の怪我を理由に延期を申し出た。
そして7回戦目。
キルアの前に立ったのはギタラクルという男。
いや、アイツは……。

「久しぶりだね、キル」

その声に、キルアが目を見開く。
顔中に刺さった針を、一本一本抜いていくギタラクル。
彼の顔が、ビキビキと気味の悪い音を立てて、変貌を遂げていくのを、オレは黙ってみていた。
現れた黒髪の青年、一度だけ仕事先でかち合ったことのある子だ。
彼は、イルミ・ゾルデイック。
彼を兄貴と呼んだキルアの声は、緊張からか微かに震えている。
ポツポツと交わす言葉には、兄弟同士の会話には通常あり得ない冷たい響きがある。

「お前はハンターに向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから」

イルミ・ゾルディックはこんこんと、『キルアの居場所が暗殺という場所にしかない』ということを説き続ける。
……確かに、キルアの才能は素晴らしい。
だが、だからと言って、彼の居場所が実家にしかないなんて話は、あり得ないんだ。
誰かを殺すことを、目の前の人を殺すか殺さないかでしか判断できないことを、キルアは苦しいと思ってしまっている。
そう思ってしまった時点で、その思いを抑えきれないくらい若い彼には、暗殺者など、到底出来ないのだ。
このまま続ければ、いつか必ず、彼は潰れる。

「ゴンと、友達になりたい」

兄への心ばかりの反抗。
キルアが苦しそうに、何とか絞り出した願いは、余りにも切なくて、小さくて、それでいて重たい願い事だ。
彼を見ていると、心が大きく揺さぶられる。
どことなく、過去の自分自身を思い出すからだろうか。
ゴンを殺すと言い出したイルミ。
試験官の一人を攻撃しようとしたところで、ようやくオレは動くことができた。
カラス姿のまま、雨の炎で攻撃を防ぐ。

「……あれ?防がれちゃった」
「おいおい坊主、ルールの殺しちゃいけない相手に試験官が含まれてねぇからって、いきなり殺すことねぇだろぉがぁ」
「坊主?ふぅん、まあ良いけど。ならあんたが教えてくれない?ゴンはどこにいるの」
「ゴン=フリークスは隣の控室だぜ?」
「ちょっ……なに簡単に教えてんだアンタ!」
「黙ってろ。……お前があの子を殺したら、その時点でお前は失格、資格はキルアや、他の受験者達に渡ることになる」
「あ、そうか。まいったなあ。仕事の関係上、オレは資格が必要なんだけどな」
「じゃ、諦めるんだなぁ」

そうは言ったものの、イルミはそう簡単に目的を捨てられるような奴でもなければ、解決策を思い付かないようなボンクラでもない。

「そうだ!まず合格してからゴンを殺そう!」

ああ、ほら、やっぱり。

「それなら仮にここの全員を殺しても、オレの合格が取り消されることはないよね」
「うむ、ルール上は問題ない」
「ルール上は、な」
「うん?なんだか含みのある言い方だな」
「フィアンマでは、仕事は自分で取ってくるようになってるからな。ここで依頼を受けて、全員を護ってやるってのも悪くない」
「どうせ報酬に大金を吹っ掛けて、払えないなら代わりに働いて返せとでも言うつもりなんじゃろ、悪徳企業じゃのう」
「テメー横からいらねぇ口挟んでんじゃねぇぞクソジジイ」

余計な会話もありはしたが、取り敢えずは膠着状態に落ち着く。
ただオレは、試験の終わったゴンを護り、イルミを倒すことは容易い。
でも試験中の、イルミとキルアの邪魔をすることは出来ない。
んん、まずいなぁ。
キルアはイルミの強さをよく知っている。
オレが立ち塞がったところで、キルアの心が折られてしまっていたら、意味はない。
彼に、イルミと戦うことは出来ない。
イルミは、キルアと戦うそぶりを見せている。
ここでイルミと戦い、倒さなければ、ゴンは命を狙われることになる。
彼の頭の中では今、友達の命と、絶対に勝てない相手とが天秤に掛けられている。
結果は、……彼の目を見た瞬間に、オレにはわかってしまった。

「まいった、オレの……負けだよ」

恐怖の中で、強いられた選択は、キルアの心をズタズタに切り裂いたように思えた。
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