×狩人

オレが目を覚ましたのは、三次試験終了から四日後の昼間のことだった。

「ん"……」

体が怠い。
流石に兵糧丸を食べ過ぎたか。
これじゃあ暫くはまともに戦えそうもない。
近くにあったペットボトルを開けて水を飲み、ほっと一息ついた。
あれ、服、誰かが替えてくれたのか。

「クフフ、おはようございます、ガットネロ」
「……骸、おはよう」
「名前で呼ぶなと何度言えばわかるのですか」
「どっちだって良いじゃねぇかぁ」

不満げに口を尖らせるオレを無視して、骸は優雅にベッドの端に腰掛ける。

「言っておきますけれど、その服はちゃんと女性の団員に着替えさせましたからね」
「お前が替えてくれた訳じゃなくて安心したぁ」
「僕はそんな気色の悪いことはしません」
「む」

気色悪いとは心外な。

「四次試験は既に折り返し地点です。問題なく進んでいますよ」
「それを聞いて安心したぜぇ」
「安らかな気持ちになったところで、とりあえず死んでおきますか?」
「勘弁してくれ、今お前と戦ったら流石に負ける」
「クフ、僕とて、不完全な貴女を倒しても満足いきません」

骸がパチン、と指を鳴らす。
オレの目の前に、受験生達の顔写真と、様々なマークが浮かび上がる。
失格者、条件達成者、条件不達成者を分かりやすく図解した表だった。

「多いなぁ……」
「本当に、多いですね。特にルーキーが。クフフ、今年は豊作だと言うのは確かのようです」
「ああ、ふふ……。これだけ居れば、何人かはうちにも来てくれるだろう。また人が増えるぜ」
「ええ、楽しみです」

楽しみだ、という言葉に嘘はないのだろう。
口元を緩めた骸を見て、オレも少し破顔する。
そう言えば、ファウストはどうしているだろう。
オビトの姿に化けてもらって、四次試験に入ってもらっていたはずだけど。

「ファウストなら、とっくの昔に変装を解いて、今はポンズの監視をしていますよ」
「バレなかったんだな」
「ヒソカやイルミ……もとい、ギタラクル、それからキルアは不審に思っていたようですが、突っ込んで聞いてきたものは居ませんでしたね」
「ふぅん」

やはり、戦い慣れしていてかつ、観察力のある三人には不審がられていたようだ。
しかしファウストも、上手くやりきったらしい。
仲間の成長を喜ぶのと同時に、今度こそ、安心しきったのか、強い眠気に瞼が重たくなってくる。

「試験終了まではまだ3日あります。それまでに、あなたは出来る限り力を回復させてください」
「わかった……。それまでは頼むぜぇ」
「クフフ、僕を誰だと思っている。頼まれずとも、問題ありませんよ」
「ふっ、頼もしいなぁ」

ツンツンと跳ねた髪をぐしゃっと掻き回すように撫でて、ベッドに倒れ込む。
間もなく、オレは意識を手放した。


 * * *


「お"う、お前ら、お疲れ様」
「だ、団長!」

四次試験終了の日、団員の詰所に顔を出した。
オレに気付いた途端に、ぱっと顔を輝かせる野郎共に、思わず苦笑いを浮かべた。
良い歳した奴らが、何をだらしねぇ顔してんだか。

「団長、もうお体は宜しいのですか?」
「ん"、八割方回復したぜぇ。さて、試験はどうなったぁ?」
「は、はい!先ほど四次試験終了の放送が流されて、今は受験生が港に戻ってくるのを待っているところです」
「猶予時間か。残ったのは?」
「九人が六点分のプレートを集め終わっています。恐らく皆、問題なく港までは戻ってこられるかと」
「……ほぉ、九人中六人がルーキーじゃねぇかぁ。今年は異常だなぁ」

合格者の一覧を見て、流石のオレも驚いた。
そもそも三次試験まででルーキーが一人しか落ちなかったのも異常だったが、四次試験終了時点で六人も残るだなんて。

「念を覚えさせたら、お前らよりも優秀だったりして……」
「そ、そんなわけないじゃないですか!あのゾルディックの兄弟はともかく、他の奴らには負けませんよ!!」
「ふはっ、冗談冗談」
「洒落になりませんよ!」
「まあまあ」

怒る部下達を宥めつつ、船にカラスを数匹飛ばす。
そのカメラから送られてくる映像と音声を確認した。
……どうやら、ゴン達はオビトの安否を心配してくれているらしい。
無事っちゃ無事なんだが、オビトはここで試験に落ちるという筋書きにしていた。
だから受験生としてのオビトに、彼らが会うことは、もうない。
少し悪いことをしたかな。

「……この試験では何人死んだ?」
「……一人です。ヒソカに殺られました。申し訳ありません、止められませんでした」
「いや、アイツは強いよ。仕方ない。それより、お前らは怪我はねぇんだろうなぁ?」
「我々は皆無事です!」
「……ふん、そぉか、無事なら良いさ」

まあ、たぶん怪我はしたんだろう。
だがオレが心配するほどの怪我をした人間はいないらしい。
それならば、執拗に問い詰めることもない。
近くにいた団員の頭を小突いて、画面を見るために屈めてた体を起こした。

「最後の試合はオレが監督する。てめぇらはゆっくり休んでろぉ」
「えっ!?いや、しかし団長は病み上がりで……」
「残りの9人くらいオレ一人いりゃあ十分だっつってんだぁ。良い肩慣らしになる」
「でも……」
「っせぇ、黙って引っ込んでろカスどもぉ!」
「は、はい!」

団員達を部屋から追い出し、モニターの電源も落とした。
さて、次が最後の試験だと聞いている。
飛行船で移動するそうだったな。
船内の一室に、予めマーキングはしてある。
夜の炎でそこに移動した。
その瞬間。

「きゃああ!?」
「ん"ん?ああ、メンチか。わりぃなぁ、うっかり頭上に出ちまった」

部屋の一角にマーキングをしておいたのだが、ちょうどそこにメンチがいたらしい。
ギリギリで避けて近くの棚の上に着地したは良いが、危うく踏まれそうになったメンチが物凄い顔で睨んできている。

「あああああんた何考えてんのよ!?」
「いや、そろそろ戦線復帰しねぇとなぁって……」
「だからってどこから出てきてんのよ!」
「いや、この部屋に飛べるように印つけといたんだよ」
「飛ぶ前にちゃんと確認しなさいよ!っていうか飛ぶってなんなのよ!?」
「まあまあ、少し落ち着かんかメンチ」
「か、会長……」

詰め寄ってくるメンチは、何て答えても怒りを納める様子はない。
いや、まあそれはそうだろうけど、周りの視線が少し痛い。
会長に止められて、ようやくメンチは怒りを納めてくれた。

「よく帰ってきたのう、スクアーロ。あれだけ無理をしたらもう戻ってこられんかと思っとったが」
「はっ!確かに滅茶苦茶無理したぜぇ?一週間寝込んでたしなぁ」
「この後の試験も見ていくじゃろう?」
「見ていく、だぁ?オレは最後までバカが出ねぇように監督するだけだぁ。ボケたんじゃあねぇのかぁ、化け物シジイ」
「ほっほっほ、そうじゃの。お主は真面目じゃからな」
「ふん」

まったく、コイツらがもっと安全に気を使った試験にしてりゃあ、貴重な才能を潰すこともねぇのによぉ。
ごぅん、とエンジン音が響く。
飛行船が動き始めたらしい。

「でぇ?最後の試験はどこでやるんだぁ?」
「ちょうど今、それについて話していたところなんです。会長はこれから一人一人と面接を行うと……」
「面接?」

今さらになって、各々のハンターとしての適性テストでもする気なのか?
訝しげな目で睨むオレに、ジジイは軽やかに笑うだけだ。
まったく呑気な。
とにもかくにも、こうして最終試験に向けての準備が進み始めたのである。
飛行船が向かうのはハンター協会本部。
後に明かされた最終試験の課題は、一対一のトーナメント戦であった。
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