×ぬら孫
武道、陰陽術、勉学と、多忙ながら充実した日々を送っていたオレ。
でもその中でもちょくちょく時間を見付けて、乙女と話したりしていた。
「乙女!プレゼント買ったんだぁ!」
「きゃあ!」
「突然どうしたのじゃ鮫弥?」
ある日、乙女の部屋に飛び込み、思わず大声で言ったオレに、女の子の悲鳴と、悠然とした様子で返す乙女の声が届く。
どうやらお茶を飲んでいたらしくて、女の子の方は突然の事に驚いたのか、カップを取り零してしまっていた。
カチャンという音とともに、テーブルの上に琥珀色の紅茶が広がった。
「ゔおっと……わりぃ、邪魔しちまったよな……?掃除手伝う」
「全くじゃ、いつものお前らしくないぞ」
「ああー!着物にも付いちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」
「……ごめん」
女の子に凄く怒られてしまった。
急いでティッシュや布巾で、テーブルと彼女の着物を拭う。
女の子は波打つ長い黒髪と、桃色の可愛らしい、活発そうな着物を着ていて、猫目と八重歯がとてもチャーミングである。
……ただ、彼女がその小さな手に骸骨と蛇を抱えていなければ、チャーミングな女の子で受け入れることが出来ただろう。
この子、もしかして、と言うかもしかしなくても、妖怪、なのか?
「乙女、この子……」
「こやつは狂骨……、妾の可愛い手下じゃ。狂骨、こやつが妾の今生の兄、鮫弥。お互い仲良くするのじゃぞ」
「狂骨……」
狂骨という妖怪は、江戸時代の文献『今昔百鬼拾遺』に記されている。
激しい怨みを持って井戸から現れる、白骨姿の妖怪、なのだが、目の前にいるのはどう見ても可憐な少女。
まあ、骸骨と仲良くするより、女の子と仲良くする方が断然楽しい。
オレは取り合えず、その子……狂骨に手を差し出してみる。
「あー……よろしくな、狂骨」
「……よろしく」
キッと睨み付けられてしまった。
握手を求めた手も無視されて、そのまま降ろすはめに……。
乙女に言われたから仲良くしてやるのよ、って雰囲気がしっかりと伝わってくる。
何か悔しい……!
……なんて言っても、結局人間と妖怪、相容れる事はないのかもしれない。
いやでも、諦めるのは良くないよな!
ディーノや山本なら、きっとそう言うはずだ。
「狂骨は何歳なんだ?オレは11歳になったんだけどな、あ、乙女は今9歳で……」
「お姉さまは乙女なんて名前じゃないわ!羽衣狐様と呼びなさい人間!後、私はあんたより年上なんだから!軽々しく話し掛けないでよ!」
「え……わりぃ……」
あ、あれ、全然取り付く島がない……。
これは、落ち込む……。
あんまりしつこくしても駄目だと思うし、仕方なく、当初の目的であるプレゼントを乙女に渡した。
「これ、プレゼントなんだよ……。乙女にも見せたいと思って……」
「鮫弥お主、落ち込みすぎじゃぞ。……して、なんじゃこれは?」
「絵本、しかも飛び出すやつ。凄く綺麗だったから、乙女も喜ぶかなって……、要らないなら別に、良いんだけどな?折角見付けたから、プレゼントしたかったんだぁ」
「……おお、本当に飛び出すのじゃな」
「あ、それとお前の好きなケーキも買ったんだった。色々種類があって迷っちまってな」
プレゼントは飛び出す絵本。
乙女は子供っぽくないし、普段読む本は文字ばかりのモノが多いし、昔生きてたのが江戸よりも前なのなら、こんなに色鮮やかな本って、見たことなかったんだろうなぁ、と思ったのだ。
それに本に出てくる蝶がとても色鮮やかで美しい。
結構高かったんだが、小遣い叩いて買ってしまった。
それとケーキは、前に祖父が買ってきた店と同じ所のケーキだった。
迷ったから、6つくらい買ってきてしまった……が、狂骨がいるなら丁度良いかな。
「ほら、これ」
「なっ!けぇきがあるなら早くそう言わんか!」
「お姉様、けぇきって何ですか?」
「うむ、蕩けるように甘く、見た目も可愛らしい甘味のことじゃ」
「狂骨も食べるか?」
「に、人間に食べ物を恵んでもらったりなんてしない!」
「そ、そうか……」
ああ、本格的に嫌われてしまったのかな。
凹むぜ……。
取り合えず乙女にケーキを渡して、プレゼントは横のベッドの上に置いた。
渡した箱の中に色とりどりのケーキが並んでいるのを見て、乙女は目を輝かせる。
その隣で覗き込んでいた狂骨も、顔を輝かせていた。
「綺麗……!」
「……食べるか?」
「いっ!要らないわよ!」
「でも二人じゃこんなにたくさん食べられねぇし……」
「妾は3つ4つくらい容易いぞ!」
「オレは1個だけで十分だからなぁ。1個ぐらい食べてくれねぇか?」
「そ、そんなに、言うなら……食べてあげても構わないわ!」
涎でも垂らしそうな顔で言う狂骨。
うぅん、素直に食べたいって言えば良いのになあ。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「……いただきます」
「いただきます?」
持ってきていたお皿に取り分けて、3人で手を合わせる。
狂骨の言葉にだけ疑問符がついていたけれど、オレ達は揃ってケーキを口に入れた。
オレのはフルーツタルト。
乙女のはショートケーキで、狂骨のはチョコレートケーキだった。
「お、美味しいー!」
「ふっ、そうじゃろう?このしょおとけぇきも、まこと、美味じゃのう」
「何でお前が偉そうなんだよ」
嬉しそうにケーキを食べる狂骨。
やっぱり妖怪でも女の子なんだな。
甘いものと可愛いものが好きなんだ。
「それにしても鮫弥、なぜ突然贈り物を?今日は何か特別な日じゃったかのう?」
「……ああ、今日は……、オレとお前が初めて会った日だったから、な。お前の誕生日わかんねぇし、だから代わりに、今日お祝いしようかと思ってな」
「ああ、もうそんなに時が経っておったのか……。早いのう……」
乙女がきゅうっと目を細める。
今から1年前、オレは乙女と出会った。
つまりオレが妖怪の世界に踏み入れたのも、今から1年前の事。
妹が出来たのも、1年前の事。
1年前に一気に世界が変わったのだ。
「オレの妹になってくれてありがとなぁ」
「……奇特な人間じゃ、鮫弥。妖怪の妹ができて、恐怖はされど、喜ばれるとは思いもしなかった……」
「妖怪でも、可愛い妹なんだ。嬉しいに決まってんだろぉ」
妖怪である分、人より苦労は多いだろうけれど、苦労した分だけ、仲良くなれると嬉しいし、何より、愛おしい。
「狂骨みたいな可愛い子とも、仲良くなれて、兄妹になれたら嬉しいのにな?」
「なっ!ふ、ふざけないで!私が人間と馴れ合うわけないでしょ!?」
狂骨にはそう言われてしまったが、別にふざけている訳ではない。
妖怪と人間が相容れる事はないかもしれないけれど、少しでも長い間、彼女達と触れあえるのなら、オレもこの世界を生きる価値がある。
ぷりぷりと怒る狂骨に、思わず笑いを溢しながら謝ったのだった。
でもその中でもちょくちょく時間を見付けて、乙女と話したりしていた。
「乙女!プレゼント買ったんだぁ!」
「きゃあ!」
「突然どうしたのじゃ鮫弥?」
ある日、乙女の部屋に飛び込み、思わず大声で言ったオレに、女の子の悲鳴と、悠然とした様子で返す乙女の声が届く。
どうやらお茶を飲んでいたらしくて、女の子の方は突然の事に驚いたのか、カップを取り零してしまっていた。
カチャンという音とともに、テーブルの上に琥珀色の紅茶が広がった。
「ゔおっと……わりぃ、邪魔しちまったよな……?掃除手伝う」
「全くじゃ、いつものお前らしくないぞ」
「ああー!着物にも付いちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」
「……ごめん」
女の子に凄く怒られてしまった。
急いでティッシュや布巾で、テーブルと彼女の着物を拭う。
女の子は波打つ長い黒髪と、桃色の可愛らしい、活発そうな着物を着ていて、猫目と八重歯がとてもチャーミングである。
……ただ、彼女がその小さな手に骸骨と蛇を抱えていなければ、チャーミングな女の子で受け入れることが出来ただろう。
この子、もしかして、と言うかもしかしなくても、妖怪、なのか?
「乙女、この子……」
「こやつは狂骨……、妾の可愛い手下じゃ。狂骨、こやつが妾の今生の兄、鮫弥。お互い仲良くするのじゃぞ」
「狂骨……」
狂骨という妖怪は、江戸時代の文献『今昔百鬼拾遺』に記されている。
激しい怨みを持って井戸から現れる、白骨姿の妖怪、なのだが、目の前にいるのはどう見ても可憐な少女。
まあ、骸骨と仲良くするより、女の子と仲良くする方が断然楽しい。
オレは取り合えず、その子……狂骨に手を差し出してみる。
「あー……よろしくな、狂骨」
「……よろしく」
キッと睨み付けられてしまった。
握手を求めた手も無視されて、そのまま降ろすはめに……。
乙女に言われたから仲良くしてやるのよ、って雰囲気がしっかりと伝わってくる。
何か悔しい……!
……なんて言っても、結局人間と妖怪、相容れる事はないのかもしれない。
いやでも、諦めるのは良くないよな!
ディーノや山本なら、きっとそう言うはずだ。
「狂骨は何歳なんだ?オレは11歳になったんだけどな、あ、乙女は今9歳で……」
「お姉さまは乙女なんて名前じゃないわ!羽衣狐様と呼びなさい人間!後、私はあんたより年上なんだから!軽々しく話し掛けないでよ!」
「え……わりぃ……」
あ、あれ、全然取り付く島がない……。
これは、落ち込む……。
あんまりしつこくしても駄目だと思うし、仕方なく、当初の目的であるプレゼントを乙女に渡した。
「これ、プレゼントなんだよ……。乙女にも見せたいと思って……」
「鮫弥お主、落ち込みすぎじゃぞ。……して、なんじゃこれは?」
「絵本、しかも飛び出すやつ。凄く綺麗だったから、乙女も喜ぶかなって……、要らないなら別に、良いんだけどな?折角見付けたから、プレゼントしたかったんだぁ」
「……おお、本当に飛び出すのじゃな」
「あ、それとお前の好きなケーキも買ったんだった。色々種類があって迷っちまってな」
プレゼントは飛び出す絵本。
乙女は子供っぽくないし、普段読む本は文字ばかりのモノが多いし、昔生きてたのが江戸よりも前なのなら、こんなに色鮮やかな本って、見たことなかったんだろうなぁ、と思ったのだ。
それに本に出てくる蝶がとても色鮮やかで美しい。
結構高かったんだが、小遣い叩いて買ってしまった。
それとケーキは、前に祖父が買ってきた店と同じ所のケーキだった。
迷ったから、6つくらい買ってきてしまった……が、狂骨がいるなら丁度良いかな。
「ほら、これ」
「なっ!けぇきがあるなら早くそう言わんか!」
「お姉様、けぇきって何ですか?」
「うむ、蕩けるように甘く、見た目も可愛らしい甘味のことじゃ」
「狂骨も食べるか?」
「に、人間に食べ物を恵んでもらったりなんてしない!」
「そ、そうか……」
ああ、本格的に嫌われてしまったのかな。
凹むぜ……。
取り合えず乙女にケーキを渡して、プレゼントは横のベッドの上に置いた。
渡した箱の中に色とりどりのケーキが並んでいるのを見て、乙女は目を輝かせる。
その隣で覗き込んでいた狂骨も、顔を輝かせていた。
「綺麗……!」
「……食べるか?」
「いっ!要らないわよ!」
「でも二人じゃこんなにたくさん食べられねぇし……」
「妾は3つ4つくらい容易いぞ!」
「オレは1個だけで十分だからなぁ。1個ぐらい食べてくれねぇか?」
「そ、そんなに、言うなら……食べてあげても構わないわ!」
涎でも垂らしそうな顔で言う狂骨。
うぅん、素直に食べたいって言えば良いのになあ。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「……いただきます」
「いただきます?」
持ってきていたお皿に取り分けて、3人で手を合わせる。
狂骨の言葉にだけ疑問符がついていたけれど、オレ達は揃ってケーキを口に入れた。
オレのはフルーツタルト。
乙女のはショートケーキで、狂骨のはチョコレートケーキだった。
「お、美味しいー!」
「ふっ、そうじゃろう?このしょおとけぇきも、まこと、美味じゃのう」
「何でお前が偉そうなんだよ」
嬉しそうにケーキを食べる狂骨。
やっぱり妖怪でも女の子なんだな。
甘いものと可愛いものが好きなんだ。
「それにしても鮫弥、なぜ突然贈り物を?今日は何か特別な日じゃったかのう?」
「……ああ、今日は……、オレとお前が初めて会った日だったから、な。お前の誕生日わかんねぇし、だから代わりに、今日お祝いしようかと思ってな」
「ああ、もうそんなに時が経っておったのか……。早いのう……」
乙女がきゅうっと目を細める。
今から1年前、オレは乙女と出会った。
つまりオレが妖怪の世界に踏み入れたのも、今から1年前の事。
妹が出来たのも、1年前の事。
1年前に一気に世界が変わったのだ。
「オレの妹になってくれてありがとなぁ」
「……奇特な人間じゃ、鮫弥。妖怪の妹ができて、恐怖はされど、喜ばれるとは思いもしなかった……」
「妖怪でも、可愛い妹なんだ。嬉しいに決まってんだろぉ」
妖怪である分、人より苦労は多いだろうけれど、苦労した分だけ、仲良くなれると嬉しいし、何より、愛おしい。
「狂骨みたいな可愛い子とも、仲良くなれて、兄妹になれたら嬉しいのにな?」
「なっ!ふ、ふざけないで!私が人間と馴れ合うわけないでしょ!?」
狂骨にはそう言われてしまったが、別にふざけている訳ではない。
妖怪と人間が相容れる事はないかもしれないけれど、少しでも長い間、彼女達と触れあえるのなら、オレもこの世界を生きる価値がある。
ぷりぷりと怒る狂骨に、思わず笑いを溢しながら謝ったのだった。