×狩人

「お疲れ様です団長!」
「あ"あ、お疲れさん。骸とは連絡取れてんなぁ?」
「はい。向こうの準備は既に整っております」
「わかった。すぐにオレも準備を整える」

トリックタワーの横に作られた、急拵えの小屋。
その中の一部屋に腰を下ろし、煩わしい装備を幾つか外す。
胡座をかき、ゆっくりと息を吐き出した。

「合図を出せぇ。後は頼むぞぉ」
「はい、くれぐれもお気を付けて。オレ達も、傍にいるんですからね」
「お"う、頼りにしてんぜぇ」

部下の言葉に、ちらりと笑顔を見せた直後、オレは電源が落ちるように意識を失った。


 * * *


「さあ、始めましょうか……。『戦場の支配者(ゲームマスター)』、発動」

六道骸は、誰もいない個室の真ん中で座禅を組み、静かに目を閉じた。
これから、スクアーロの分身体であるカラス達を操らねばならない。
今までは、機械にプログラミングするよう、『死にそうな人間を救え』と命令すればそれで良かった。
それでも足りない部分については、スクアーロ自身が補うことが出来た。
だが、このトリックタワーは違う。
道にもよるが、ほとんどの受験者はたった一人で、遥か下にある1階を目指さなければならない。
つまり、ここからはスクアーロの監視の目が届かなくなる。
故に、骸とスクアーロが協力し、それぞれカラスを精密にコントロールする必要があるのだ。
何せ、トリックタワーの中では、人が死ぬのだから。


 * * *


「え?どういうこと?」

怪訝そうに首を傾げたゴンに、カラスは呆れたように首を振り、説明を繰り返した。

「だから、この塔で戦う時には必ず条件が提示される。もしそこで、デスマッチという条件や、失敗の対価を死とする条件が提示され、お前がそれを受け入れた場合、オレはお前を助けられねぇ……ってもう三回も説明しているんだけどよぉ。いつになりゃあ理解するんだぁ?」
「まあ、ハンター試験を受ける上で、それは重々覚悟の上だろう。わかってなくても大丈夫なのではないか?」
「……一応、こちらにも説明の義務があるんだが、なぁ」

ため息を吐くカラス、というのは、なかなか拝めるものではない。
物珍しそうに観察してくる、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオに囲まれながら、カラスはもう一度ため息を落とした。
多数決の道に入った彼らは、まだスタート地点から動くことすらできていない。
もう一人の受験者が来るまでは、彼らはここから動くことを許されないのだ。
説明は終わりと言わんばかりに、部屋の隅の置物の上に乗り、カラスは石像のように動かなくなる。
その間にも、他の受験者達はそれぞれの道を進み始めていた。


 * * *


「『戦場の支配者』……僕の能力に支配される気分はいかがですか、ガットネロ」
「いい加減その名で呼ぶのはやめろっての。……まあ、ちょっとばかし気分が悪いなぁ。盤上に大量のオレがいるってのは」
「と言っても、分身のカラスですがね」
「ふん、まぁなぁ」

精神世界と言うには、少し歪なその場所に、オレと骸はいた。
地図のような盤の上に、カラスの姿をした駒がたくさんある。
その内の全てに、オレの意志が宿っている。
骸の発、戦場の支配者(ゲームマスター)の能力の一つ、マインドクローム。
影分身ではなく、限りなくチャクラを抑えた式神分身を使っているため、このカラス達は意思や思考能力が極端に弱く、低い。
だが骸がオレの心を、その分身体へ転写し、コントロールすることで、チャクラの消費を少なくし、暴走を起こすこともなく、自由自在にカラスを操れるというとても便利な能力である。
まあ、念に触れるという簡易契約ではなく、骸の三叉槍による傷を受ける契約をしなければならない点、かなり相手のことを信用していなければできない術ではあるがな。

「今なら、貴女を生かすも殺すも僕次第、ですねぇ……?」
「そんなことをする気、ないんだろぉ?ほら、ちゃんとオレを操ってくれよなぁ、副団長殿」
「クフ、わかってますよ、団長様」

軽口を叩き合いながらも、骸のコントロールは乱れない。
流石は、かつて10代目霧の守護者と呼ばれただけの事はある。
完全に骸に身を任せながら、オレはただじっと受験者達を観察し続ける。
試験が始まって既に8時間。
まだ64時間の猶予があったが、もう数名が脱落していた。
その中の何名かは、死亡している。

「イラつきが顔に出ていますよスクアーロ。少し落ち着いてはどうです?」
「……そんなに分かりやすかったかぁ?」
「なに、長きを共にした標的だからわかる、微妙な違いです」
「ふぅん」

守るために来ている自分達が、例え受験者がそう望んだからとはいえ、指をくわえてその死をただ眺めているだけというのは、どうにも納得がいかない。
疲れたように肩を落とし、オレは骸に背中を預ける。

「なんです?」
「今回の試験、辛い」
「ざまぁ」
「後でボコすぞぉ、てめぇ」

たまには甘えてみるのも良いか、なんて考えたオレがバカだった。
骸はこんなときでも、いつも通りだ。

「なげぇよなぁ、72時間……」
「いつになく弱音を吐きますね。今が殺し時という合図ですか?」
「お前後で本気でシメるからなぁ」
「クフフ、まあ僕も今回ばかりは、あなたと同意見です。……仕事と言えど、少し、疲れる」
「お前が崩れたら、オレが支えてやるさ」
「不愉快ですね、全力で拒否させていただきましょう」
「後でぶっ殺すからなてめぇ」

そんな何気ない会話が、疲れた心を癒していく。
オレのそんな心までもを写してか、全てのカラス達が、同時に大きなため息を吐いたのだった。
25/30ページ
スキ