×狩人

マフタツ山、その頂を割るように深い谷があり、その下には急流がある、危険な場所である。
しかしメンチは、そしてハンター試験の受験生達は、真っ直ぐにその谷を落ちていく。
谷の途中には、クモワシの卵があり、そしてそれを取って帰って来ることが、この試験の合格条件であるからだ。
受験生として身分を偽り参加しているオレもまた、卵を手に入れるために崖の上から飛び降りた。

「ってぅおおい!お前どんな飛び降り方してんだー!?」
「普通だぁ」
「教えといてやるが、お前の普通は普通じゃねぇ!」

腕を組んだまま、直立の体勢で降下していくオレに、レオリオからのツッコミが届いた。
通信機の向こう側で深く同意する声が相次いでいる。
これくらい普通にできるだろ……出来ないもんなのか?
本当は頭が下の方が安定するんだが、こっちの方がスリルがあるから、ついやってしまう。
びゅおっと髪を掻き上げて過ぎていく風、数秒の内に迫ってきたクモの糸のようなクモワシの巣の上に着地する。
弾力があり、着地の衝撃で跳ね返ろうとするが、チャクラを足に流して吸着することで、振り落とされるのを免れる。
ワイヤーで卵を切り離して手のひらに収める。
傍目には卵が勝手に巣を離れて、オレの手の中に収まったように見えただろう。

「おまっ!お前いま何したんだ!?」
「そりゃあお前、企業秘密だよ」
「どこの企業だ!……ってああ!」

彼の声を置き去りにして、降りる前に崖上に引っ掛けていたワイヤーを巻き取る。
あっという間に上昇して、崖上に着地したオレに、メンチが拍手を送る。

「やっぱりアンタが一番だったわね」
「まあな。オレだしな」
「うっざ!」
「はんっ」

鼻で笑いながらメンチに卵を渡す。
それを茹でてもらい、ゆで上がった卵にかじりついた。

「う゛ぉ……うっめぇ!」
「ふふん、そうでしょう?クモワシの卵は、普通の鳥の卵よりもずっと厳しい環境に置かれて育っているわ。その分、その中に栄養がたっぷりと閉じ込められているのよ!」
「ほぉ~」

クモワシの卵は、それはもう絶品と評さざるを得ない美味さだった。
こんなに美味いゆで卵は、今まで食べたことがない。

「いつか、仲間達にも食わせてやりてぇなぁ……」
「言っとくけど、乱獲したらぶっ殺すからね」
「しねぇって」

もしもこの世界に、ザンザスや他の連中がいたのなら、……ディーノが、いたら……。
この味を共有できたら、きっと幸せだろうなぁ、なんて、柄にもなくセンチなことを考えた。

「あー!てめっ、何一人で先に食ってんだコラ‼」
「お"う、遅かったじゃねぇかぁ」
「貴様が早いのだ!」
「すごかったねオビトさん!びゅーん!ってあっという間に卵とっていっちゃったね!」
「あれってワイヤー使ってたの?あんた、やっぱりやり手だね」

息を切らせて昇ってきたらしい彼らを出迎え、オレは最後の一欠片を口に放り込む。
彼らがゆで卵を作るのを眺めながら、自分の周囲を観察する。
無事に卵を持ってきた受験生は……、前半を通った数の半分以上は余裕でいるな。
今年は豊作……確かにその通りのようだ。
次の試験に向かうために飛行船に乗り込み、オレ達はマフタツ山を去っていったのであった。


 * * *


「やっぱりよぉ、一度目の寿司づくりに比べて、二度目のゆで卵は突然レベル下がったよなぁ」

人目のない場所で分身を解かせて、本体に戻ってきた情報を反芻して、オレはぼんやりと呟いた。
それに対して、メンチは威勢良く食って掛かってくる。

「あによそれ‼」
「まあまあ、落ち着いてよメンチ」
「うるっさいわね!コイツ本当にムカつく‼何よ分身って!?そんな無茶苦茶ありなの!?っていうかあのテレポートもワケわからないし‼」
「凄いだろ、オレ」
「そのドヤ顔ぶん殴らせなさい!」
「まあまあ、諦めてくださいメンチさん」
「お"い、諦めろってどう言うことだぁ?」

試験官と同じ部屋に集まり、憤るメンチを笑いながらからかう。
今日は随分と頑張ったからな、これくらいの息抜きは許されたって良いだろう。
今頃どこかでまた戦闘が勃発していたりするのだろうか……。
んー……あり得る。
見回り、行った方が良いだろうか。

「それではお茶でも……」
「いや、オレはもう行く」
「あーそぉ!さっさと出てきなさいよこのスカタン!」
「……お忙しいのですね」
「んー……いや、部下もいるし、見張りがあるから大丈夫だとは思うんだが……。万が一もあるだろうしなぁ」

しっしっと手を振るメンチにニヤっと笑みを浮かべて、手を振りながら部屋から出ていった。
飛行船の中はピリピリとした緊張感に満ちていて、とても居心地が悪い。
ふと殺気を感じて、然り気無くそちらを見ると、予想通りと言うか何と言うか……ヒソカが怪しい微笑みを浮かべながら、積み上げたトランプタワーを崩すところだった。

「くくくく……」
「……」

見なかった事に……するには危険すぎる。
気付かれないように式神を飛ばして、オレはその場を去った。
もし気付かれたら、絡まれそうだし。
ヒソカの居座る場所から離れて、のんびりと船内を歩き回る。
部下から、受験生同士の些細な衝突の報告は受けるが、大きな事故はないようだ。
途中、レオリオとクラピカが寝ているのを見て、羨ましいような微笑ましいような気持ちになる。
オレも寝たいなぁ……。

『寝れば良いじゃないですか。ここには部下もいるのですし』
「……そうもいかねぇだろぉ。全員動いたところで、全部をカバーできる訳じゃねぇしなぁ」
『クフフご苦労なことで』
「変わってくれても良いぞ」
『あっ!電波が……ぶちっ!』

口で言ったぞアイツおい……。
当然ぶっつり切られた通信機から、骸の声が帰ってくることはない。
仕方なく交代は諦めて、廊下を滑るように飛ぶ烏を見ながら、またブラブラと歩いていく。
皆、次の試験に向けて英気を養っているようだった。
船内はピリピリしているものの、静けさに満ちていて、場所さえ選べばそれなりに穏やかに休めそうだった。

「……今、へんな音が聞こえたような……」

金属が鳴ったような音が聞こえた気がする。
近くの部屋から、だろう。
気配を探りながら廊下を進んでいく。
……この部屋、だな。
ドアを開けた部屋では、ゴンとキルア、そして何故かハンター協会会長であるネテロのジジイが、ボールを囲んで遊んでいた。

「よし‼今度こそ!」

どうやら、ネテロのジジイが持つボールを、二人掛かりで取ろうとしているらしい。
苦戦しているようだな。
休憩がてら、彼らの攻防を見守ることにした。
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