×狩人

『――D-1地点、一名脱落です。イ部隊は回収へ向かってください』
『はっ』

無線の向こうでのやりとりに、チラリと後ろを振り返る。
トンパの新人潰しにやられたか……。
あれだけ心折られちまったら、もう一度立ち上がるのは難しいかな。

『ちょっとガットネロ……もとい、団長、あなたちゃんと周りのこと見てるんですか?』
「オレが見てなくてもお前が見てくれてんだろうがぁ」
『仕事しろ戦闘廃人』
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぞ拗らせ厨二野郎」
『ケンカしないでくださいよ……』

部下に宥められて、オレも骸も渋々と怒りを納める。
一次試験に挑む受験者達の間を飛び回るカラス……というかオレの分身体達。
それら一匹一匹に加え、オレ本体、更に数多くいる仲間達から情報を得て、指示を出しているのは骸だ。
ここで冷静さを失われるのは困る。

『チッ、折角全員と契約したと言うのに、その能力をこんなことに使わせるとは……。クフフ、あなた、能力の無駄遣いと言う言葉をご存知ですか?』
「お前に任せておいたら、本気で無駄なことにしか使わねぇだろうがぁ」
『クフフフ、あなたを殺すことのどこが無駄なのです?』
「『全部』」
『……全員して否定ですか』

他の仲間にまで声を揃えて言われ、拗ねますよ、なんて言ってるけど、無駄なことは無駄なのだ。
まあ今は、大人しく言うこと聞いてくれてんだから、感謝しねぇとな。

「まぁ、その話は置いておいて、そろそろ一次試験の最初の山場だぁ。気ぃ引き締めろよぉ」
『イェス、ボス!』
『チッ、仕方ありませんねぇ』

オレの目の前には急な大階段。
これで一気に地上に出るのだ。
ふと顔を上げると、少し前の方に見知った顔を見付けた。
そろそろ後ろに居すぎると、力尽きて倒れた奴らのせいで走りづらくなるだろうし、オレはスピードを上げてそいつらに近付いた。

「よぉ、涼しそうな格好してんなぁ」
「あ!お前確か、オビトとかっ、言う奴!!」
「……オビト?」

レオリオっつったか?
黒いスーツ……既に上半身に身に付けていた服は脱いでいたが、さっきゴン・フリークスに巻き込まれてオレと挨拶を交わしていた彼に間違いない。
トランクを置いて走り去って以来だが、……ああ、その格好にはこれ以上突っ込まないでおいてやろう。
レオリオとは先程知り合ったと言うことを、もう一人いた金髪の少年に話し、お互いに名乗り合う。
少年はクラピカと言うらしい。

「けっ!涼しい顔っ、しやがってよぉ!」
「と言うか、そんな厚着でよく汗1つかかないな……」
「お前らとは年季が違う」

オレが初めて試験を受けたのは、もう20年も前……。
そして試験よりも合格後の方が厳しかったし、仕事柄強者と渡り合うことも多かった。
まあ、強くならない方がおかしいからな。
ちょっと遠い目をしてしまったオレを、クラピカ少年が不審そうに見ている。
そんな目をするなよ……。
大人にだって色々あるんだ。

「お前、幾つなんだ……?」
「……お前らにゃ教えてやんねぇよ」
「秘密主義か、良くないぞ」
「お前にだきゃ!言われたくねーだろ!!」

憮然と言い放ったクラピカの言葉に、レオリオが息も絶え絶えに反応する。
まあ、こいつもこいつで色々ありそうだから、な。
いや、つーかハンター試験なんて受ける奴らは、そのほとんどが何かしら抱えている。
レオリオってのもまた、なんか理由があって受けてんだろう。

「しかし!いつまで続くんだ、この階段!」
「いや、光……出口が見えてきた!レオリオ、あと少しだ!」
「……おう!」

クラピカの言う通り、目の前からは光が射し込み、その向こうから湿気っぽい風が吹き込んできている。
だんっと最後の一段を登ったレオリオの後に出口を抜けると、そこには一面に霧の広がる湿原が待ち構えていた。

「ヌメーレ湿原、通称"詐欺師の塒"。二次試験会場へは、ここを通って行かねばなりません。この湿原にしかいない珍奇な動物達、その多くが人間をもあざむいて食糧にしようとする、狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついて来てください。だまされると死にますよ」

サトツの脅し文句に、受験生達が失笑する声が聞こえた。
オレは空笑いをしたくて堪らなくなる。
ここまでは部下が失格者の回収をしてくれていたけれど、ここからはオレがほぼ全てやらねばならない。
疲れるな……。
大きく吐いたため息に反応して、クラピカが心配そうな顔で声をかけてきてくれた。
オレは決心する。
この試験終わったら、クラピカのことをスカウトするんだ、と……。

『クフ、それ死亡フラグですよ?』

そのまま詐欺られて死んでしまえば良いのに、と言った骸に、オレは更に大きなため息を溢したのだった。
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