×ぬら孫
花開院家……それは平安を生きた陰陽師、芦屋道満から繋がれてきた、陰陽師の一族である。
表の世界とも太いパイプを持ち、陰陽師が妖怪の警察であるという認識を作った一族。
彼らは、妖怪から人を守るために、その陰陽術を振るう。
花開院家について調べていて、まず始めにオレがぶち当たった課題は、陰陽師だった。
「陰陽師……って、なんだぁ?」
元イタリア人、現小学生が知るハズのない単語である。
だが日本では有名らしくて、ほんの少し調べればすぐにわかった。
悪い妖怪を滅する為、日々その腕を磨く電波集団の事なのだな。
……いや、だって、妖怪の存在知らない奴からしてみたら、『どうも陰陽師です』なんて言われたら、まず頭の病気を疑うだろう。
そりゃあ秋房も、立派な陰陽師になるために剣術や槍術を習ってるんだ!なんて言えないよな。
良家の坊っちゃんが何か雅な習い事をしている、って認識の方が絶対楽だ。
まあ陰陽師ってのも、元は頭の良い坊っちゃん達が集まって、星の動きや天候の動きを読む、今で言う気象庁みたいな役目をしていたようだし、頭の良い坊っちゃんってのは、彼のイメージにぴったりな気がする。
「……でも、そうなるとコイツらって乙女の敵になるんだよな」
乙女は人間からすれば、悪い妖怪に相違ない。
事実、オレは将来的に喰うと言われているわけだし。
彼らが一度顔を会わせれば、どちらかが……まあ恐らく陰陽師が、可哀想な目に遭うことは必須であろう。
……まあ、だからどうする、って事はねぇが、乙女とは絶対に接触させちゃいけない人種がいる、と言うことはわかった。
気を付けなければな……。
「……それにしても、陰陽術、か」
魔を浄化する印や言霊を使ったり、妖怪を使役したり、式神を作ったりして、戦うらしい。
そういうのを全部引っくるめて、陰陽術。
良いなぁ、カッコいい。
日本のカッコいい要素って、サムライとかニンジャとか位かと思ってたけれど、こんな職業があったとはなぁ。
何か知らんが、オレの住んでいる京都には色々とスゴいものもあるらしいし、今度じっくり見てみたいな。
でもまずは……、
「陰陽術……使えたら、カッコいいよな」
自分で調べて、試してみようかな。
次の休みとか、家の図書館とか見てみたら、何かあるかもしれない。
次の休みの予定を決めたオレは、兎に角まずは、やらなければならないことを終わらせることにした。
つまり、小学生向けのクソつまんねぇ宿題の事である。
* * *
「ってすげぇ!本当に出来た!!」
オレの目の前には、ヒラヒラと空を飛ぶ白い物体……いや、人型の紙。
時は二時間ほど前に遡り、とある休日、オレは家の地下にある図書館……と言うよりは書庫か、そこに訪れた。
その所蔵量に絶句し、だが直ぐに、その大量の本の山に飛び付いた。
我が家の歴史を記したモノ、有名な作家本人のサインが入った本、日本の書物だけでなく洋書も充実している。
相当古そうな書物から、真新しいハードカバーまで。
様々なモノが所狭しと並んでおり、その量だけで圧倒される。
だが何より一番驚いたのは、やたらと妖や呪い、陰陽術などに関わる文献が多いことであった。
それらを見る前に、まずは何故、その類いの文献が多いのかを、この地下書庫を管理している老人、杉下さんに聞いてみる。
「なあ、なんでこの書庫には妖とか呪いとかの本ばっかりあるんだ?」
好奇心旺盛な子供らしく尋ねてみると、杉下さんは好好爺然とした雰囲気で、快く答えてくれた。
「それは鬼崎と言う家系の始まりまで遡る、長い長いお話でございます」
あ、コレ長くなるパターンだ。
そう察したオレは、椅子に深く腰掛けて、本格的に話を聞く体勢になる。
「鬼崎家の始まりは、とある神社の巫でありました」
「かんなぎ……?」
「巫とは、神に仕える女性の事でございます。巫女様と言った方が分かりやすいでしょうかね?」
「あ、神社で赤い袴着てる女の人の事か?」
「ええ、そうですよ。……その巫はとても優秀な方だった。とても真面目に神事を執り行い、神社に参る人々にも、いつでも優しく接していた。ですが、彼女も一人の人間でした。ある日彼女は恋に落ちたのです。相手は町の商人でした」
「一目惚れ?」
「ふふ、どうでしょうね。とにかく、彼女は男に想いを寄せていた。そして商人の男もまた、彼女に想いを寄せていた。二人は両思いだったのです。巫と商人、立場違えど想いは同じ、二人は結ばれた……。しかし商人の男は、ただの人間ではなかったのです」
「え……」
「男は人間の皮を被った妖だった。巫は男と交わったとして神社から追い出され、そして男は妖であったことがバレて町から追放されたのです」
「二人は、どうなったんだ?」
「男は行方知れずです。ですが巫は……いや、女は男の子供を身籠っていました。そして生まれた子供は、白い髪に、真っ赤な目を持っていた。人々は親子を指して、鬼と呼びました。その呼び名が、鬼崎という名の始まりと言われております」
「白い髪、赤い目……」
「坊っちゃんは、白い髪に、白い目をお持ちですね……。もしかすると、先祖返りがあったのかも知れませんねぇ……」
「先祖返り?」
「あなたのご先祖様に、良く似ていると言うことですよ。あなたのような白髪の子供が、この家系には良く生まれていたようで……、それを呪いと考えたご先祖様方が集めた資料が、ここには多く存在しているのです」
「そっか、それでたくさんあったんだな」
まあ、その巫の話が本当かどうかはわかんねぇが、アルビノが遺伝に関係するって言うような話は聞いたことあるし、昔は色素が足りてないなんてわからなかったんだろうから、そう考えるのもおかしくない、か。
まあ、どんな理由にしろ、そっち系の書物が多いのはラッキーだ。
「なあ、ここの資料、見てていいか?」
「構いませんよ。いつかはあなたの物になるのです。好きなだけ読んでいただいて構いません」
「ありがとう」
了承も得た。
オレは嬉々として本棚に歩みより、1つの本に手を伸ばす。
それが、陰陽術の基礎、という本だった。
初めの方に載ってた簡単そうな術を試した結果、どういうわけか、成功したのである。
ヒラヒラと舞う紙片を前に、ちょっと誇らしくなって胸を張る。
かつての巫の血を継いでるわけだし、もしかしたらそっち系の能力があるのかもしれない。
「どうせなら、もっと凄い術たくさん試してみよ」
独学上等、陰陽術も使いこなせるようになってやるぜ。
本も勉強も好き。
努力して、新しい知識や能力を身に付けるのも、オレは好きだ。
まずこの……禹歩?うほ?とか言うの、練習してみよう。
「……いつか、妖と戦うことになった時、きっと役に立つだろうからな」
ぽつん、と呟いた言葉が、書庫の暗闇の中に沈んでいった。
表の世界とも太いパイプを持ち、陰陽師が妖怪の警察であるという認識を作った一族。
彼らは、妖怪から人を守るために、その陰陽術を振るう。
花開院家について調べていて、まず始めにオレがぶち当たった課題は、陰陽師だった。
「陰陽師……って、なんだぁ?」
元イタリア人、現小学生が知るハズのない単語である。
だが日本では有名らしくて、ほんの少し調べればすぐにわかった。
悪い妖怪を滅する為、日々その腕を磨く電波集団の事なのだな。
……いや、だって、妖怪の存在知らない奴からしてみたら、『どうも陰陽師です』なんて言われたら、まず頭の病気を疑うだろう。
そりゃあ秋房も、立派な陰陽師になるために剣術や槍術を習ってるんだ!なんて言えないよな。
良家の坊っちゃんが何か雅な習い事をしている、って認識の方が絶対楽だ。
まあ陰陽師ってのも、元は頭の良い坊っちゃん達が集まって、星の動きや天候の動きを読む、今で言う気象庁みたいな役目をしていたようだし、頭の良い坊っちゃんってのは、彼のイメージにぴったりな気がする。
「……でも、そうなるとコイツらって乙女の敵になるんだよな」
乙女は人間からすれば、悪い妖怪に相違ない。
事実、オレは将来的に喰うと言われているわけだし。
彼らが一度顔を会わせれば、どちらかが……まあ恐らく陰陽師が、可哀想な目に遭うことは必須であろう。
……まあ、だからどうする、って事はねぇが、乙女とは絶対に接触させちゃいけない人種がいる、と言うことはわかった。
気を付けなければな……。
「……それにしても、陰陽術、か」
魔を浄化する印や言霊を使ったり、妖怪を使役したり、式神を作ったりして、戦うらしい。
そういうのを全部引っくるめて、陰陽術。
良いなぁ、カッコいい。
日本のカッコいい要素って、サムライとかニンジャとか位かと思ってたけれど、こんな職業があったとはなぁ。
何か知らんが、オレの住んでいる京都には色々とスゴいものもあるらしいし、今度じっくり見てみたいな。
でもまずは……、
「陰陽術……使えたら、カッコいいよな」
自分で調べて、試してみようかな。
次の休みとか、家の図書館とか見てみたら、何かあるかもしれない。
次の休みの予定を決めたオレは、兎に角まずは、やらなければならないことを終わらせることにした。
つまり、小学生向けのクソつまんねぇ宿題の事である。
* * *
「ってすげぇ!本当に出来た!!」
オレの目の前には、ヒラヒラと空を飛ぶ白い物体……いや、人型の紙。
時は二時間ほど前に遡り、とある休日、オレは家の地下にある図書館……と言うよりは書庫か、そこに訪れた。
その所蔵量に絶句し、だが直ぐに、その大量の本の山に飛び付いた。
我が家の歴史を記したモノ、有名な作家本人のサインが入った本、日本の書物だけでなく洋書も充実している。
相当古そうな書物から、真新しいハードカバーまで。
様々なモノが所狭しと並んでおり、その量だけで圧倒される。
だが何より一番驚いたのは、やたらと妖や呪い、陰陽術などに関わる文献が多いことであった。
それらを見る前に、まずは何故、その類いの文献が多いのかを、この地下書庫を管理している老人、杉下さんに聞いてみる。
「なあ、なんでこの書庫には妖とか呪いとかの本ばっかりあるんだ?」
好奇心旺盛な子供らしく尋ねてみると、杉下さんは好好爺然とした雰囲気で、快く答えてくれた。
「それは鬼崎と言う家系の始まりまで遡る、長い長いお話でございます」
あ、コレ長くなるパターンだ。
そう察したオレは、椅子に深く腰掛けて、本格的に話を聞く体勢になる。
「鬼崎家の始まりは、とある神社の巫でありました」
「かんなぎ……?」
「巫とは、神に仕える女性の事でございます。巫女様と言った方が分かりやすいでしょうかね?」
「あ、神社で赤い袴着てる女の人の事か?」
「ええ、そうですよ。……その巫はとても優秀な方だった。とても真面目に神事を執り行い、神社に参る人々にも、いつでも優しく接していた。ですが、彼女も一人の人間でした。ある日彼女は恋に落ちたのです。相手は町の商人でした」
「一目惚れ?」
「ふふ、どうでしょうね。とにかく、彼女は男に想いを寄せていた。そして商人の男もまた、彼女に想いを寄せていた。二人は両思いだったのです。巫と商人、立場違えど想いは同じ、二人は結ばれた……。しかし商人の男は、ただの人間ではなかったのです」
「え……」
「男は人間の皮を被った妖だった。巫は男と交わったとして神社から追い出され、そして男は妖であったことがバレて町から追放されたのです」
「二人は、どうなったんだ?」
「男は行方知れずです。ですが巫は……いや、女は男の子供を身籠っていました。そして生まれた子供は、白い髪に、真っ赤な目を持っていた。人々は親子を指して、鬼と呼びました。その呼び名が、鬼崎という名の始まりと言われております」
「白い髪、赤い目……」
「坊っちゃんは、白い髪に、白い目をお持ちですね……。もしかすると、先祖返りがあったのかも知れませんねぇ……」
「先祖返り?」
「あなたのご先祖様に、良く似ていると言うことですよ。あなたのような白髪の子供が、この家系には良く生まれていたようで……、それを呪いと考えたご先祖様方が集めた資料が、ここには多く存在しているのです」
「そっか、それでたくさんあったんだな」
まあ、その巫の話が本当かどうかはわかんねぇが、アルビノが遺伝に関係するって言うような話は聞いたことあるし、昔は色素が足りてないなんてわからなかったんだろうから、そう考えるのもおかしくない、か。
まあ、どんな理由にしろ、そっち系の書物が多いのはラッキーだ。
「なあ、ここの資料、見てていいか?」
「構いませんよ。いつかはあなたの物になるのです。好きなだけ読んでいただいて構いません」
「ありがとう」
了承も得た。
オレは嬉々として本棚に歩みより、1つの本に手を伸ばす。
それが、陰陽術の基礎、という本だった。
初めの方に載ってた簡単そうな術を試した結果、どういうわけか、成功したのである。
ヒラヒラと舞う紙片を前に、ちょっと誇らしくなって胸を張る。
かつての巫の血を継いでるわけだし、もしかしたらそっち系の能力があるのかもしれない。
「どうせなら、もっと凄い術たくさん試してみよ」
独学上等、陰陽術も使いこなせるようになってやるぜ。
本も勉強も好き。
努力して、新しい知識や能力を身に付けるのも、オレは好きだ。
まずこの……禹歩?うほ?とか言うの、練習してみよう。
「……いつか、妖と戦うことになった時、きっと役に立つだろうからな」
ぽつん、と呟いた言葉が、書庫の暗闇の中に沈んでいった。