×狩人
ビスケとの修行を始めて、約半月が経ったときだった。
フルーツタルトが食べたいと言われて、市場に買い出しに出掛けたオレは、市場に蔓延る嫌な気配に、顔を顰めていた。
珍しく同行しているビスケの事も含めて、何か一波乱が起こりそうな気がする。
「ビスケ、この市場ってよ……」
「気付いたみたいねスク!この市場、最近変なことが起こるって噂になってんのよ。あんたの修行ついでにちゃっと行って解決して、そんで帰ってフルーツタルト食べるのよさ!!」
「飲み物はやっぱり紅茶だよな?」
「当たり前でしょ!!ティーバッグは許さないからね!!」
「へいへい」
本人はあんなこと言ってるが、間違いなくメインはタルトだし、そのついでが事件の解決である。
「で、その変なことってなんだぁ?」
「何でも、この市場で買い物した後に限って現れる、魔物がいる、……ていう噂よ」
「ああ?何か、漠然としてんなぁ」
「実際変な目にあった連中は、皆それぞれ、別々の魔物に遇ったって言ってるの。ある者は巨大な大蛇を見たと言い、ある者は悪鬼羅刹の軍勢を見たと言い、またある者は、マグマの怪物を見たと言ったそうよ」
「……見事、バラバラだなぁ」
「だけれども、悲鳴を聞いて駆け付けた時には、そのどの魔物も見付からなかった。見たと主張した人達は、魔物は霧のようになって消えてしまった、そう言っていたそうよさ」
「霧のように……?」
それはそれは、まるで霧の術士の、幻術のような……。
思い浮かぶのは、はるか昔に死に別れた術士達の姿である。
フード付きのポンチョをいつも着ていたマーモン。
それと、変わった髪型で変な笑いかたをする六道骸。
彼らは、あの時死んだのだろうか。
死んで、自分と同じように、この嘘みたいな生まれ変わりを繰り返しているのだろうか。
妖のいるあの世界は、元いた場所とあまり変わらなかったが、あの忍のいる世界と、この世界、この2つは元いた場所と大きく違った。
国、人々の常識、文字、文化。
全く違う世界が何個も存在しているらしいことも、もう既に推測がついている。
オレと時を同じくして死んだ、奴らもまた、違う世界で生きているのだろうか。
「……考えたって、無駄、か」
「ん?何か言った?」
「何も。それより、そいつらはどこで魔物とやらに遇ったんだ?」
「市場から逸れた人気のないとこよ」
「そうか、……奇遇だな。ちょうどここも、人気がないな」
「そうね」
「なあビスケ、オレには目の前に巨大蜘蛛が見えるんだが、気のせいか?」
「あら?それこそ奇遇だわさ。私にもドでかい蜘蛛が見えるわ」
「もしかしてだが、魔物ってあれの事か?」
「もしかしなくてもあれの事だわさ!さっさとぶっ潰しちゃいなさい!!」
「……コレ持っててくれるか?」
「当たり前だわさ!私のおやつなんだから!」
人のいない、空き地の真ん中、オレ達の目の前に、巨大な蜘蛛が、デンと構えて、立っていた。
ビスケは動く気はないらしい。
早く殺れと言わんばかりに睨んできている。
仕方なく荷物を渡して巨大蜘蛛に向き直る。
「ゔお゙ぉい……、オレとやり合うってんなら、覚悟しろよぉ」
だが向き直って思う。
この蜘蛛、なんだかまるで人形か何かのようだ。
いや、オレの言葉に反応して動いたりしているし、人形でないことは確かなのだが。
オレが注意深く観察を続けていると、突然蜘蛛の様子が変わった。
蜘蛛の身体中からオーラが吹き出す。
凝を使ってみてみると、すぐにわかった。
この蜘蛛、オーラで出来て……いや、オーラ以外の何かも、ある。
コレは……炎……?
「まさか……」
「ちょっとスク!!あんた何してんのよさ!!来るわよ!!」
「わかってる」
牙をカチカチと鳴らしながら襲い掛かってくる蜘蛛の巨体を避け、ヒラリと宙を飛び上がる。
今の蜘蛛は先程とは全く比べ物にならないほど、存在感に溢れていた。
全身から、殺気を放出し、その四肢を生き生きと躍動させる。
蜘蛛の背後に降り立ったオレは、拳にオーラを集めてその腹を殴り上げる。
オーラと言うのは凄まじい。
元々かなりとんでもないことになっていたオレの力が、オーラを分厚く纏う事で何倍にも強化されて、相手に伝えられる。
蜘蛛は空中に吹っ飛ばされて、その直後、霧のように消えた。
確かに、ここまでは噂通り、だが……。
蜘蛛が消えた直後、辺りに殺気が広がったのを感じ、凝を解かないまま、円も広げる。
辺りにはオレとビスケ以外に、幾つかの人の気配。
どうやらこの広場を囲んでいるようだ。
その中でも一際強い気配を醸し出す一人が、広場の一番奥にいる。
その人物を中心に、再びオーラが広がる。
「な……マグマ!?」
地面から、大量のマグマが噴き出した。
飛んで避けると、今度は無数の蔦が、脚を絡め取ろうと追いかけてくる。
その蔦の所々に見えるのは、藍色の、蓮。
そのマグマも、藍色の蓮も、全て全てが、見覚えのあるモノだった。
「骸……?六道骸か!?」
「クフ、クフフフ、まさか、この様なところで貴女と会うとは……」
特徴的な笑い声、そしてコレまた特徴的なシルエットが広場の奥から現れた。
オレは嬉しくなって近付こうとする。
だが、奴はニッコリと笑ってこう言ったのだった……。
「ここで会ったが百年目……今ここでその命を絶って差し上げましょう」
「はあ!?」
その言葉通りに、マグマが一斉にオレに向かって襲い掛かってきた。
慌てて避けて、骸と距離を取る。
何でだ!?
「憎きマフィアを殺すと口にしながらも、成せぬまま僕は命を落としてしまいました。今ここで、叶わなかった夢を果たします!!」
「っざけんなぁあ!!死んで、世界越えても、変わらずそれかテメーはぁ!」
「クフフ、何度世界を巡ろうとも、僕が変わることなどありません!悔しければ僕を倒してみなさい!」
「望むところだぁ!!」
因みに今のは全てイタリア語である。
ビスケはキョトンとしておいてけぼりを食らっているが、それに構っている余裕はない。
オレはオーラを練って発を行う。
左手を前に出すと、掌から真っ黒な炎が燃え上がった。
「なっ……それは!?」
「夜の炎……改め!オレ固有の技、『黒炎白氷(ブレイズフリーズ)』!!能力はもちろん、瞬間移動……!」
炎を使い、骸の背後に移動する。
そして骸が反撃をする前に、その横っ腹を蹴って意識を奪った。
「ちょっとスク!!ソイツは何なのよさ!?それに今話してたのは何語よ!?」
「んあ?おう、こいつはまあ、旧い知り合いで……さっきの言葉はまあ、オレらの間では通じる特別な言葉……かな」
この世界にイタリアはない。
だからオレらだけの特別な言葉。
しかしまさか、その言葉を共有できる相手が現れるとは、思わなかった。
倒れた骸を見下ろしながら、オレは喜びとも、驚きとも、困惑とも言えない複雑な表情を浮かべた。
フルーツタルトが食べたいと言われて、市場に買い出しに出掛けたオレは、市場に蔓延る嫌な気配に、顔を顰めていた。
珍しく同行しているビスケの事も含めて、何か一波乱が起こりそうな気がする。
「ビスケ、この市場ってよ……」
「気付いたみたいねスク!この市場、最近変なことが起こるって噂になってんのよ。あんたの修行ついでにちゃっと行って解決して、そんで帰ってフルーツタルト食べるのよさ!!」
「飲み物はやっぱり紅茶だよな?」
「当たり前でしょ!!ティーバッグは許さないからね!!」
「へいへい」
本人はあんなこと言ってるが、間違いなくメインはタルトだし、そのついでが事件の解決である。
「で、その変なことってなんだぁ?」
「何でも、この市場で買い物した後に限って現れる、魔物がいる、……ていう噂よ」
「ああ?何か、漠然としてんなぁ」
「実際変な目にあった連中は、皆それぞれ、別々の魔物に遇ったって言ってるの。ある者は巨大な大蛇を見たと言い、ある者は悪鬼羅刹の軍勢を見たと言い、またある者は、マグマの怪物を見たと言ったそうよ」
「……見事、バラバラだなぁ」
「だけれども、悲鳴を聞いて駆け付けた時には、そのどの魔物も見付からなかった。見たと主張した人達は、魔物は霧のようになって消えてしまった、そう言っていたそうよさ」
「霧のように……?」
それはそれは、まるで霧の術士の、幻術のような……。
思い浮かぶのは、はるか昔に死に別れた術士達の姿である。
フード付きのポンチョをいつも着ていたマーモン。
それと、変わった髪型で変な笑いかたをする六道骸。
彼らは、あの時死んだのだろうか。
死んで、自分と同じように、この嘘みたいな生まれ変わりを繰り返しているのだろうか。
妖のいるあの世界は、元いた場所とあまり変わらなかったが、あの忍のいる世界と、この世界、この2つは元いた場所と大きく違った。
国、人々の常識、文字、文化。
全く違う世界が何個も存在しているらしいことも、もう既に推測がついている。
オレと時を同じくして死んだ、奴らもまた、違う世界で生きているのだろうか。
「……考えたって、無駄、か」
「ん?何か言った?」
「何も。それより、そいつらはどこで魔物とやらに遇ったんだ?」
「市場から逸れた人気のないとこよ」
「そうか、……奇遇だな。ちょうどここも、人気がないな」
「そうね」
「なあビスケ、オレには目の前に巨大蜘蛛が見えるんだが、気のせいか?」
「あら?それこそ奇遇だわさ。私にもドでかい蜘蛛が見えるわ」
「もしかしてだが、魔物ってあれの事か?」
「もしかしなくてもあれの事だわさ!さっさとぶっ潰しちゃいなさい!!」
「……コレ持っててくれるか?」
「当たり前だわさ!私のおやつなんだから!」
人のいない、空き地の真ん中、オレ達の目の前に、巨大な蜘蛛が、デンと構えて、立っていた。
ビスケは動く気はないらしい。
早く殺れと言わんばかりに睨んできている。
仕方なく荷物を渡して巨大蜘蛛に向き直る。
「ゔお゙ぉい……、オレとやり合うってんなら、覚悟しろよぉ」
だが向き直って思う。
この蜘蛛、なんだかまるで人形か何かのようだ。
いや、オレの言葉に反応して動いたりしているし、人形でないことは確かなのだが。
オレが注意深く観察を続けていると、突然蜘蛛の様子が変わった。
蜘蛛の身体中からオーラが吹き出す。
凝を使ってみてみると、すぐにわかった。
この蜘蛛、オーラで出来て……いや、オーラ以外の何かも、ある。
コレは……炎……?
「まさか……」
「ちょっとスク!!あんた何してんのよさ!!来るわよ!!」
「わかってる」
牙をカチカチと鳴らしながら襲い掛かってくる蜘蛛の巨体を避け、ヒラリと宙を飛び上がる。
今の蜘蛛は先程とは全く比べ物にならないほど、存在感に溢れていた。
全身から、殺気を放出し、その四肢を生き生きと躍動させる。
蜘蛛の背後に降り立ったオレは、拳にオーラを集めてその腹を殴り上げる。
オーラと言うのは凄まじい。
元々かなりとんでもないことになっていたオレの力が、オーラを分厚く纏う事で何倍にも強化されて、相手に伝えられる。
蜘蛛は空中に吹っ飛ばされて、その直後、霧のように消えた。
確かに、ここまでは噂通り、だが……。
蜘蛛が消えた直後、辺りに殺気が広がったのを感じ、凝を解かないまま、円も広げる。
辺りにはオレとビスケ以外に、幾つかの人の気配。
どうやらこの広場を囲んでいるようだ。
その中でも一際強い気配を醸し出す一人が、広場の一番奥にいる。
その人物を中心に、再びオーラが広がる。
「な……マグマ!?」
地面から、大量のマグマが噴き出した。
飛んで避けると、今度は無数の蔦が、脚を絡め取ろうと追いかけてくる。
その蔦の所々に見えるのは、藍色の、蓮。
そのマグマも、藍色の蓮も、全て全てが、見覚えのあるモノだった。
「骸……?六道骸か!?」
「クフ、クフフフ、まさか、この様なところで貴女と会うとは……」
特徴的な笑い声、そしてコレまた特徴的なシルエットが広場の奥から現れた。
オレは嬉しくなって近付こうとする。
だが、奴はニッコリと笑ってこう言ったのだった……。
「ここで会ったが百年目……今ここでその命を絶って差し上げましょう」
「はあ!?」
その言葉通りに、マグマが一斉にオレに向かって襲い掛かってきた。
慌てて避けて、骸と距離を取る。
何でだ!?
「憎きマフィアを殺すと口にしながらも、成せぬまま僕は命を落としてしまいました。今ここで、叶わなかった夢を果たします!!」
「っざけんなぁあ!!死んで、世界越えても、変わらずそれかテメーはぁ!」
「クフフ、何度世界を巡ろうとも、僕が変わることなどありません!悔しければ僕を倒してみなさい!」
「望むところだぁ!!」
因みに今のは全てイタリア語である。
ビスケはキョトンとしておいてけぼりを食らっているが、それに構っている余裕はない。
オレはオーラを練って発を行う。
左手を前に出すと、掌から真っ黒な炎が燃え上がった。
「なっ……それは!?」
「夜の炎……改め!オレ固有の技、『黒炎白氷(ブレイズフリーズ)』!!能力はもちろん、瞬間移動……!」
炎を使い、骸の背後に移動する。
そして骸が反撃をする前に、その横っ腹を蹴って意識を奪った。
「ちょっとスク!!ソイツは何なのよさ!?それに今話してたのは何語よ!?」
「んあ?おう、こいつはまあ、旧い知り合いで……さっきの言葉はまあ、オレらの間では通じる特別な言葉……かな」
この世界にイタリアはない。
だからオレらだけの特別な言葉。
しかしまさか、その言葉を共有できる相手が現れるとは、思わなかった。
倒れた骸を見下ろしながら、オレは喜びとも、驚きとも、困惑とも言えない複雑な表情を浮かべた。