×ぬら孫

イタリアから帰ってきた、その次の日から、オレは多忙な日々を送っていた。
まあ、具体的には、勉強とそして……

「合気道……?」
「はい、護身術の一つとして身に付けるよう、旦那様から」
「……わかりました」

護身術、なんて今さらな気もするが、どこかの門弟となったことはなかったし、それも悪くないかもしれない。
昔からオレは、基本的に武器を使って戦っていた。
体術……というか徒手空拳の格闘術は、本格的に習ったことが実はない。
サバットの基本を浚った程度で、後は我流。
足技主体の喧嘩殺法、ってところだった。
剣術、槍術、棒術なんかは、経験があるし、得意なんだがなぁ。

「まずは形から入りましょうか」
「はい、よろしくお願いします」

師範に言われて、形から……つまり、道着を着るところから始める。
子供だから、まずはやる気を起こさせよう、って考えかもな。
渡された袴を着て、鏡を見てみる。
……髪、縛った方が似合うかな?

「……あら、とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます」

頭の高い位置で髪を結って、師範のいる場所まで戻ると、穏やかに笑って誉めてくれた。
初めて着る服装だから、誉めてくれるとちょっと嬉しいな。

「それでは、始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします」

深く礼をして、合気道の練習が始まったのだった。
うん、袴って格好いい。


 * * *


……と、そんなわけで、オレは今、武術に凝っていたりする。
この際だから、剣道もしっかり習ってみたい、なんて思ってたりも、する。
オレの剣はフェンシングベースだからな。
山本のとか、剣豪狩りしてた時に日本人の剣客の戦い方を見たりはしたけれど、やるならとことんやりたいよな。
そんなことを考えたオレは、今、柏木を連れて、竹刀を見に専門店を訪れていた。

「……たくさんあるなぁ」
「そうですねぇ……。私は剣道は専門外ですし、せめて松原君に来てもらえれば良かったんですけどね」
「デートなんだろ?うまくいくと良いな」
「でも松原君抜けてるところありますからねぇ……。あの子に、ちゃんと女の子をリード出来るかしら?」
「どうだろうなぁ」

松原は柔道をしているって言っていた。
まあ、剣道は初心者のようだけど、スポーツをしている人がいてくれる方が心強い……の、だけれども。
残念ながら、張り切ってお洒落して出掛けようとしている松原を呼び止める事はできず、仕方なく二人だけで来たのである。
柏木も、ちょっと寂しそうな、起こったような顔をしていた。

「私、店員の方を探してきますね。ここで動かないで待っててください」
「ああ、頼む」

店内が広くて、近くに店員も見当たらない。
二人でうんうん悩み続けるより、店員に選んでもらう方がいいよな。
柏木が帰ってくるまで、適当に商品見て、時間潰そうか。
竹刀の一本一本を見ていく。
……真剣選びならわかるんだけど、竹刀なんて選んだことないから、わかんねーな。
とりあえず、一本握って適当に振ってみた。

「……よくわかんねぇや」
「その竹刀、あんまりよくないと思うよ?」
「ん?」

ぽつんと呟いた言葉に、思いがけず、反応が返ってきて、後ろを振り向く。
にこっと笑う少年が一人。
たぶんオレと同じくらいの歳。
クリクリとした大きな瞳を輝かせた少年は、オレの持ってた竹刀をとると、その一部を指差した。

「節が綺麗に揃ってないし、絞まりもちょっと甘いから、あまり良い竹刀とは言えないかな」
「そうなのか?」
「うん。あとね、僕達くらいの身長なら、もう少し短い方が良いと思う」
「ん……これくらいか?」
「うん、それくらい」

人懐こく笑う少年からの助言を受けながら、自分に合う竹刀を選んだ。
節が、とか、締まりがとか、長さとか太さとか、竹刀というのは思っていたより奥が深い……。

「オレ、竹刀の事とか全然わからなかった。だから助かったよ。ありがとなぁ。お陰で色々勉強になったぜ」
「そ、そうかな?迷惑じゃなかった?」
「?凄く助かったぜ?」
「本当!?」

良かったー、と笑う少年。
そんなこと気にしなくて良いのにな。
オレは中身が大人だけど、この少年は子供なりに大人びた性格みたいだ。
大人に囲まれて育ったのかもしれない。
詳しいことはわからないけど、小難しい専門用語をたくさん使って竹刀の説明をする彼より、嬉しそうに笑う子供らしい彼の方が、魅力的だと思った。

「……お前、名前なんて言うんだ?オレは鮫弥、鬼崎鮫弥」
「僕は、……花開院秋房。よろしくね、鮫弥君」
「よろしくな、秋房」

……名前を聞くまで、ちょっと分からなかったのだが、秋房、って言うんだから、たぶん男の子、だよな?
オレがかなり特別な境遇だから、一概に決めつけられないんだが、……たぶん男。
目が大きくて、髪も長いから、決めかねてたんだが、男って思うことにしておこう。
僕って言ってたしな。
女でも僕って言う奴はいるけどさ。

「秋房は剣道強いのか?」
「僕は……強いと思うよ」
「ふぅん……じゃあ、オレが剣道強くなったら、試合しようぜ」
「鮫弥君は、これから剣道を始めるの?」
「ああ、今日竹刀を買って、これから始めるつもりだぜ。今色々やってるんだが、その中でも剣道は頑張るつもりなんだ」
「色々?」
「あー……、合気道とか、柔道とか、槍術とか……色々?」
「そんなにたくさん……全部してるの?」
「お゙う、それぞれ違った良さがあって面白いんだぜ」
「そうなんだ……。僕は剣術と槍術は習っているんだけど、そんなにたくさんは出来ないよ。鮫弥君は凄いんだね」
「そんなことねーよ。秋房だって凄い。剣道、強いのに、槍も習ってるんだな。凄くカッコ良いと思うぜ?」

こんな小さい頃から、武道を本格的に習っているなんて、きっと、花開院という家も格式の高い家柄なのだろう。
武家の家柄とか?
いやまあ、考えたところでわかんねぇけど。
でも大変なんだろうな。
遊びたい盛りの年頃なのに、習い事ばっかりって、普通の子供なら耐えられないはずだ。
カッコ良いっていうか、偉い子だと思った。

「か、カッコ良い?本当?」
「うん?カッコ良いぜ秋房は。でも絶対、試合はオレが勝つからな!」
「!いいや、僕が勝つよ!」

カッコ良いと言われたのが嬉しかったのだろうか。
顔を輝かせて笑う秋房は、年相応に可愛らしくて、ついついオレも、顔を綻ばせて笑った。

「あ……僕もう帰らないと。……鮫弥君、また、会えるよね?」
「会えるさ、きっとな」

聞いてくる秋房の頭をぐちゃぐちゃに掻き回して、にかっと笑う。
秋房も、にこっと笑う。
手を振り、親の元へと駆けていく秋房の背中を見送りながら、オレは商品棚の影に声を掛けた。

「……で、柏木、いつまでそこに突っ立ってるつもりだぁ?」
「あら?気付かれていたんですか?」
「当たり前だろぉ。足音聞こえてたし。なんで話し掛けて来なかったんだよ?」
「楽しそうに話していらっしゃいましたから、お邪魔したら悪いかと」
「じゃあそのカメラ見せてもらえるよな?」
「嫌ですねぇ、何を疑っていらっしゃるんですか?」

隠し撮り、してたじゃないですか柏木さん。
おほほ、なんて胡散臭い笑い方をする柏木を責めるように見詰める。
冷や汗をかいてはいたが、カメラを渡す気はないらしい。
なんかイタリアから帰ってきてから、柏木がやたらと過保護だったり、オレの事可愛がったりするようになったんだが、なぜだろう。
心当たりないし、あんまり写真撮られるの好きじゃないのになぁ。
困る……。
というか、店員さん連れてくるんじゃなかったっけ?
秋房と話していたから、遠慮して戻ってもらったのかな。

「秋房君と仲良くなれて、良かったですね」
「ん?そうだな、秋房は他の同級生より話しやすいし、良かったな」
「あら、他の子とは仲良くないのですか?」
「む、まあ、表面的な関係って奴か?」
「あらまあ、難しい言葉をご存知で……」

秋房と選んだ竹刀を買って、店を出る。
柏木と話しながら、考えた。
花開院がもし本当に格式の高い家ならば、調べてみればわかるだろうか。
まあ、ちょっとした興味だし、別に分からなくても良いんだが、調べてみるかな、なんて、ぼんやりと考えていた。
その花開院家が、どんな家なのかもわからずに……。
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