×狩人
「確保ぉ!!」
「はっ!!」
ネイザ国立博物館。
依頼の電話を受けてから一日も立たない内に、博物館の展示品を狙っていた盗賊団は捕らえられた。
弱すぎるが、新人教育の場としては悪くないかもしれない。
それでも団長スクアーロの渋面が解かれることはない。
それもこれも全ては、この博物館の館長が原因であった。
「いやぁ~!毎度の事ですが素晴らしい手際っ!私思わず見惚れてたしまいました」
「それほどのことはありません。……それにしても、随分とよく、狙われるのですね、この博物館は」
「ええ、ここには価値ある歴史的資料が、山程ありますからねぇ」
車の中に盗賊団達を乗せるよう指示しながら、付き纏う館長に淡々と返事を返しつつ、時折揺さぶるように核心を掠る程度の言葉を投げ掛ける。
「実はついこの間、有名店の紅茶を手に入れましてねぇ。是非あなたにもご馳走したいと思っていたのですよ。どうでしょうか、このあとティータイムとでも洒落込みませんか?」
「いえ、申し訳ありませんが、仕事の後処理があるので」
「遠慮せずに是非!彼らを警察に引き渡すのは、下の者どもに任せれば良いではありませんか!!」
その言葉に、スクアーロの手が一瞬止まる。
館長はそれに気付くことなく、尚もしつこく誘い続けていた。
「タルトやマカロンなんかも用意させておりまして……お口に合うと良いのですが」
「……そうですか、では、ご一緒させて頂きましょう」
「なっ……団長!!」
「お前らは盗賊団を警察に送り届けてから、もう一度この博物館まで戻ってくれ。頼んだぞぉ」
「……はい」
ニタリ、ニタリと笑む館長を睨み付けながらも、渋々と引き下がった部下に背を向け、スクアーロは館長について博物館の奥へと消えていった。
* * *
「さあ、こちらです。どうぞお座りください」
「……」
博物館の最奥、館長の私室と思われる部屋に案内されたスクアーロは、ざっと部屋を見回して、無言のままに豪奢な装飾が施された椅子に腰掛けた。
「さあ、紅茶です。どうぞ召し上がってください」
「……」
差し出された紅茶を見詰める。
琥珀色の水面は穏やかに波打ち、芳ばしい香りが鼻を擽る。
だが、スクアーロはその中に微かな違和感を感じ取っていた。
「あの、お気に召しませんでしたか?」
「……まさか。頂きます」
カップを傾け、一口飲んだスクアーロは、愛想笑いを浮かべ感想を述べた。
「美味しいですよ」
「それはよかったぁ!!」
異様なほどに喜びを現す館長から視線を逸らし、カップを置いたスクアーロは、どこからともなく書類の束を取り出して話し出した。
「さて、今日は1つご報告したいことがございまして」
「ほう?なんでしょうかな」
「これまでこの博物館を狙い動いていた盗賊団達のことについてです」
ばら、と机上に投げ出された書類には、細かい文字や数字が並んでいた。
「オレはハッキリ言ってまわりくどい話が苦手です。なので簡潔に言わせて頂きましょう。この書類には館長、貴方と盗賊団達の取引についての事が、事細かに記されている」
「……は?」
ここに自警団の者がいたのなら、間違いなく『単刀直入すぎます!!』と言われていたことだろう。
残念ながらここには、そうツッコミを入れてくれる部下はおらず、スクアーロは優雅に足を組みながら、マイペースに話を進めていく。
「全く、よくやるもんだな。オレを呼ぶためなんかに、17度も盗賊団に大金渡すなんてよぉ。はっ、しかもその大金の出所は、民衆達にハッパ売って稼いだ金とはなぁ。下衆、と呼ぶのも躊躇われるクズ野郎だな」
「な、何を根拠にそんなことを……!!」
「書いてあると言っただろぉがぁ!てめぇのやってたことは全て、写真付きでそこに書いてあんだよ。もう暫く雑魚盗賊団を釣る餌として使ってやるつもりだったがぁ……、オレもそろそろ限界だぁ」
「なっ……なんだと!?」
「ちなみにてめぇの売ったクスリは全部回収済みだぁ。この博物館を買い取ってくれる宛もついてる。観念して自首するってんなら、手荒な真似はしないでおいてやるぜぇ」
スクアーロが怒っているらしいことは、察しの悪い館長にもすぐにわかった。
どうやら彼女は、自分の部下を何の関係もない……むしろ助けてもらった側である館長に、『下』と言われたことが気に食わなかったらしい。
答えを急かすようにバンッと書類を叩いた。
「で、どうすんだぁ?」
「……ふ、」
「……」
「フフフフ、フハハハハハハ!!誰が自首などするか!!そしてお前に捕まりもしないぞ!!フハハ、教えてやるぞスペルビ・スクアーロ!!お前が飲んだ紅茶には……!」
「毒が入っていたのだ、か?」
「な、なにっ!?なぜ、それを!!」
開き直ってわめきたてる館長を、冷めた目で見詰めながら、スクアーロは大きくため息をつき、肩を竦めながら紅茶に入っていた毒について語り始める。
「意識を奪う程度の弱い毒だな。これを使ってオレを弱らせ、不貞を働く気だったのか。……まあ、この程度の毒なんぞはまるで効かねぇがなぁ。オレを動けなくさせてぇならもっと強力な毒を盛れ」
「な、なな何故……!!」
「何故も何も、効かないもんは効かねぇのさ。しかし、残念だ」
「は?」
「お前が自首するのなら、オレはわざわざてめぇのような豚に触らずに済んだのにな」
「何だと……ぐあぁ!?」
「悲鳴まで汚ぇ……」
本当に嫌そうな顔をしたスクアーロが、瞬時に館長に迫り、その分厚い腹にブーツの先をめり込ませる。
「ったく、手間ぁ掛けさせやがって、ドカスがぁ」
ただの蹴り、されど、歴戦の猛者であるスクアーロの蹴りは館長の意識を奪い、そのまま倒れた館長の頭に足を下ろした。
すぐに、ドアがノックされ、部屋の中にドヤドヤと団員が雪崩れ込んできた。
「ゔお゙ぉい、随分早かったなぁ」
「こっちの台詞ですよ団長!!オレ達が戻るまで待ってから投降させれば良いものを!!」
「あ゙あ?構わねーだろぉが、そんなんいつだってよぉ。どっちにしろこいつの未来が変わる訳じゃねぇ」
「そりゃそうですけど……」
真っ先に叫んだのは、古参の団員だった。
新人達は戸惑いながらも、館長を縛り上げて車へと連れていく。
一人の新人がテーブルの上を覗き、驚いて声をあげた。
「これ紅茶の老舗プリンセス・オブ・ウェールズの高級紅茶じゃないっすか!?」
「あ?それがどうした?」
「オレ紅茶には目がなくて……。飲んでも良いっすか!?」
「……毒入りでも良いなら構わねぇぞ。味はそこまで変わらなかったしなぁ」
「ど、毒っ!?」
「団長あなたまた……!!」
「オレ毒効かねぇから問題はない」
「そういう問題ではありません!!」
部下のお説教を聞きながら、部屋を出て車に向かうスクアーロを見送り、自称紅茶通の団員は呆気にとられたまま呟いた。
「毒効かねぇって……マジであの人、人間やめてる……」
「ブハハッ!!確かにそうだなぁ!!」
「あ、先輩」
同意して笑うのは、こちらもまた古参の団員だった。
「昔っから毒は効かねぇし、ちょっとやそっとのことじゃあ死なねぇ人だからなぁ。無茶ばかりして、ああやって叱られてばかりいるんだよ」
「なんか、団長ってイメージしてたのと違いますねぇ」
「ああ、だがそんなあの人だから、オレ達も着いていくのさ」
「えぇと、先輩は確かフィアンマ創設時から……?」
「おう、あの人に誘われてな。考えてみりゃあ、もう15年か……」
「あの、団長はどんな方なんですか?」
「ん?知りたいか?知りたいのか!?」
「え゙、いや別にそこまででもないかな~なんて……」
「よぉし、オレが教えてやるぜ新人!!そうさなぁ、オレがあの人と会ったのぁこの自警団を創る、6年位前だった……」
長くなりそうな先輩の話に、少しうんざりした顔をしながら、新人は1つ無性に気になることがあった。
……あの人随分若く見えるけど、一体いくつなんだ?
自警団創設が15年前。
その6年前が出会い。
21年前には既に存在していたことに間違いはないが……。
首を傾げつつ、新人は先輩の昔語りへと引き込まれていった。
「はっ!!」
ネイザ国立博物館。
依頼の電話を受けてから一日も立たない内に、博物館の展示品を狙っていた盗賊団は捕らえられた。
弱すぎるが、新人教育の場としては悪くないかもしれない。
それでも団長スクアーロの渋面が解かれることはない。
それもこれも全ては、この博物館の館長が原因であった。
「いやぁ~!毎度の事ですが素晴らしい手際っ!私思わず見惚れてたしまいました」
「それほどのことはありません。……それにしても、随分とよく、狙われるのですね、この博物館は」
「ええ、ここには価値ある歴史的資料が、山程ありますからねぇ」
車の中に盗賊団達を乗せるよう指示しながら、付き纏う館長に淡々と返事を返しつつ、時折揺さぶるように核心を掠る程度の言葉を投げ掛ける。
「実はついこの間、有名店の紅茶を手に入れましてねぇ。是非あなたにもご馳走したいと思っていたのですよ。どうでしょうか、このあとティータイムとでも洒落込みませんか?」
「いえ、申し訳ありませんが、仕事の後処理があるので」
「遠慮せずに是非!彼らを警察に引き渡すのは、下の者どもに任せれば良いではありませんか!!」
その言葉に、スクアーロの手が一瞬止まる。
館長はそれに気付くことなく、尚もしつこく誘い続けていた。
「タルトやマカロンなんかも用意させておりまして……お口に合うと良いのですが」
「……そうですか、では、ご一緒させて頂きましょう」
「なっ……団長!!」
「お前らは盗賊団を警察に送り届けてから、もう一度この博物館まで戻ってくれ。頼んだぞぉ」
「……はい」
ニタリ、ニタリと笑む館長を睨み付けながらも、渋々と引き下がった部下に背を向け、スクアーロは館長について博物館の奥へと消えていった。
* * *
「さあ、こちらです。どうぞお座りください」
「……」
博物館の最奥、館長の私室と思われる部屋に案内されたスクアーロは、ざっと部屋を見回して、無言のままに豪奢な装飾が施された椅子に腰掛けた。
「さあ、紅茶です。どうぞ召し上がってください」
「……」
差し出された紅茶を見詰める。
琥珀色の水面は穏やかに波打ち、芳ばしい香りが鼻を擽る。
だが、スクアーロはその中に微かな違和感を感じ取っていた。
「あの、お気に召しませんでしたか?」
「……まさか。頂きます」
カップを傾け、一口飲んだスクアーロは、愛想笑いを浮かべ感想を述べた。
「美味しいですよ」
「それはよかったぁ!!」
異様なほどに喜びを現す館長から視線を逸らし、カップを置いたスクアーロは、どこからともなく書類の束を取り出して話し出した。
「さて、今日は1つご報告したいことがございまして」
「ほう?なんでしょうかな」
「これまでこの博物館を狙い動いていた盗賊団達のことについてです」
ばら、と机上に投げ出された書類には、細かい文字や数字が並んでいた。
「オレはハッキリ言ってまわりくどい話が苦手です。なので簡潔に言わせて頂きましょう。この書類には館長、貴方と盗賊団達の取引についての事が、事細かに記されている」
「……は?」
ここに自警団の者がいたのなら、間違いなく『単刀直入すぎます!!』と言われていたことだろう。
残念ながらここには、そうツッコミを入れてくれる部下はおらず、スクアーロは優雅に足を組みながら、マイペースに話を進めていく。
「全く、よくやるもんだな。オレを呼ぶためなんかに、17度も盗賊団に大金渡すなんてよぉ。はっ、しかもその大金の出所は、民衆達にハッパ売って稼いだ金とはなぁ。下衆、と呼ぶのも躊躇われるクズ野郎だな」
「な、何を根拠にそんなことを……!!」
「書いてあると言っただろぉがぁ!てめぇのやってたことは全て、写真付きでそこに書いてあんだよ。もう暫く雑魚盗賊団を釣る餌として使ってやるつもりだったがぁ……、オレもそろそろ限界だぁ」
「なっ……なんだと!?」
「ちなみにてめぇの売ったクスリは全部回収済みだぁ。この博物館を買い取ってくれる宛もついてる。観念して自首するってんなら、手荒な真似はしないでおいてやるぜぇ」
スクアーロが怒っているらしいことは、察しの悪い館長にもすぐにわかった。
どうやら彼女は、自分の部下を何の関係もない……むしろ助けてもらった側である館長に、『下』と言われたことが気に食わなかったらしい。
答えを急かすようにバンッと書類を叩いた。
「で、どうすんだぁ?」
「……ふ、」
「……」
「フフフフ、フハハハハハハ!!誰が自首などするか!!そしてお前に捕まりもしないぞ!!フハハ、教えてやるぞスペルビ・スクアーロ!!お前が飲んだ紅茶には……!」
「毒が入っていたのだ、か?」
「な、なにっ!?なぜ、それを!!」
開き直ってわめきたてる館長を、冷めた目で見詰めながら、スクアーロは大きくため息をつき、肩を竦めながら紅茶に入っていた毒について語り始める。
「意識を奪う程度の弱い毒だな。これを使ってオレを弱らせ、不貞を働く気だったのか。……まあ、この程度の毒なんぞはまるで効かねぇがなぁ。オレを動けなくさせてぇならもっと強力な毒を盛れ」
「な、なな何故……!!」
「何故も何も、効かないもんは効かねぇのさ。しかし、残念だ」
「は?」
「お前が自首するのなら、オレはわざわざてめぇのような豚に触らずに済んだのにな」
「何だと……ぐあぁ!?」
「悲鳴まで汚ぇ……」
本当に嫌そうな顔をしたスクアーロが、瞬時に館長に迫り、その分厚い腹にブーツの先をめり込ませる。
「ったく、手間ぁ掛けさせやがって、ドカスがぁ」
ただの蹴り、されど、歴戦の猛者であるスクアーロの蹴りは館長の意識を奪い、そのまま倒れた館長の頭に足を下ろした。
すぐに、ドアがノックされ、部屋の中にドヤドヤと団員が雪崩れ込んできた。
「ゔお゙ぉい、随分早かったなぁ」
「こっちの台詞ですよ団長!!オレ達が戻るまで待ってから投降させれば良いものを!!」
「あ゙あ?構わねーだろぉが、そんなんいつだってよぉ。どっちにしろこいつの未来が変わる訳じゃねぇ」
「そりゃそうですけど……」
真っ先に叫んだのは、古参の団員だった。
新人達は戸惑いながらも、館長を縛り上げて車へと連れていく。
一人の新人がテーブルの上を覗き、驚いて声をあげた。
「これ紅茶の老舗プリンセス・オブ・ウェールズの高級紅茶じゃないっすか!?」
「あ?それがどうした?」
「オレ紅茶には目がなくて……。飲んでも良いっすか!?」
「……毒入りでも良いなら構わねぇぞ。味はそこまで変わらなかったしなぁ」
「ど、毒っ!?」
「団長あなたまた……!!」
「オレ毒効かねぇから問題はない」
「そういう問題ではありません!!」
部下のお説教を聞きながら、部屋を出て車に向かうスクアーロを見送り、自称紅茶通の団員は呆気にとられたまま呟いた。
「毒効かねぇって……マジであの人、人間やめてる……」
「ブハハッ!!確かにそうだなぁ!!」
「あ、先輩」
同意して笑うのは、こちらもまた古参の団員だった。
「昔っから毒は効かねぇし、ちょっとやそっとのことじゃあ死なねぇ人だからなぁ。無茶ばかりして、ああやって叱られてばかりいるんだよ」
「なんか、団長ってイメージしてたのと違いますねぇ」
「ああ、だがそんなあの人だから、オレ達も着いていくのさ」
「えぇと、先輩は確かフィアンマ創設時から……?」
「おう、あの人に誘われてな。考えてみりゃあ、もう15年か……」
「あの、団長はどんな方なんですか?」
「ん?知りたいか?知りたいのか!?」
「え゙、いや別にそこまででもないかな~なんて……」
「よぉし、オレが教えてやるぜ新人!!そうさなぁ、オレがあの人と会ったのぁこの自警団を創る、6年位前だった……」
長くなりそうな先輩の話に、少しうんざりした顔をしながら、新人は1つ無性に気になることがあった。
……あの人随分若く見えるけど、一体いくつなんだ?
自警団創設が15年前。
その6年前が出会い。
21年前には既に存在していたことに間違いはないが……。
首を傾げつつ、新人は先輩の昔語りへと引き込まれていった。