×鳴門
地獄だった。
オレはここがどこだかも知らずに、立ち続けていたのだ。
何も知らずにいたここは、地獄と呼ぶ以外に、何と名称することも出来ない場所だった。
愛した人は死んで、帰る場所も、希望もない。
だから、だから夢の中へ行こうと思った。
そこにはリンがいる。
カカシも、先生も、コウヤもいる。
抱きかかえたリンは冷たくて、この器から彼女が消え去ってしまったのだと、嫌が応にもわからせてくる。
こんな世界、認めない。
だから、死神の手でも何でもすがって、オレは必ず、お前を取り戻す。
ふと、人の声が聞こえた気がした。
顔を挙げて目を凝らすと、暗闇の中に白い面が浮いている。
いや、違う。
面をした人がそこに立っている。
敵の増援?……いや、霧の奴らの面とは意匠が異なる。
じゃあ木ノ葉の?
……いや、今さら奴が敵味方どっちかなんて、関係ないだろ。
もう決めたんだ。
だからあいつは、ここで殺す。
『見られちゃったね。あいつも片さないと、後がまずいよ』
リンの体をゆっくりと寝かせる。
相手は既にこちらへ走ってきている。
オレは再び頭をぐるぐるの体で覆い、奴に向けて走り始めた。
投げられた苦無は体をすり抜けていき、衝突した瞬間の攻撃は木遁で受け止める。
近くで見ると奴は白一色の面を付けているらしい。
その額には鬼のような角が二本付いていたが、何故かそれは途中で折れている。
攻撃で動きを止めた奴の腹に木遁を撃ち込もうと腕を振り、しかしそれは難なくかわされた。
思ってた以上に手強い!
しかも目の前で奴が姿を消して……いや、死角に入ってオレの脇をすり抜けた。
っ……まずい!リンの方に!
敵はリンの傍らに膝を付いて手を伸ばし、そのまま固まる。
木ノ葉の忍だったのか……!?
けど、リンには、触らせない……!
「その人に触るな……!」
ここで殺すわけにはいかない。
咄嗟に奴を掴んで投げ飛ばす。
リンは……先程と同じ、ぴくりとも動かないままに、横たわっている。
投げ飛ばした敵は、カカシのすぐ近くに落ちたようだった。
カカシの方に手を伸ばしたのを見て、直ぐ様近付きその肩を地面に押し付けた。
大きな息の塊を吐き出して噎せた奴の首を絞める。
先程から、こいつはリンやカカシにばかり手を伸ばす。
もしかして救援目的で来たのか?
なら……何故もっと早く、来てくれなかったんだよ。
それも、一人しか来ない、なんて……!
首を絞める力を強めた。
掠れた声で何か言ったようだが、その言葉はよく聞こえない。
苦しみながら伸ばされた手が、思ったよりも小さかった。
指先がぐるぐるの表面に触れる。
それが不快で、手を振り払うついでにその仮面を殴り付け、腹に木を突き刺す。
霧の奴らと同じ様に、体内で木を成長させて殺そうと思った。
──だめ
リンの声に止められた、ような気がした。
どうして止めるんだ……?
目の前では奴の仮面が割れて、がらんと破片が剥がれて血の海に落ちていった。
晒された素顔に、銀色の細い髪がさらさらと流れる。
ああ、この色をオレはよく知っている。
仮面が全て落ちて現れたのは、酸素不足で顔を赤くしていたが、確かにオレの友人、鬼崎コウヤの顔だった。
* * *
『すぐにって訳じゃないけど、このまま放っておけば死にそうだね』
「くそ……!」
『ちょっと、本気でそいつのこと連れ帰るつもりなんすか?』
「当たり前だろ!」
走って、ひたすらに走って、オレは二度と来ないと思っていた、うちはマダラのアジトへと向かっていた。
抱えているのは、鬼崎コウヤの体で、応急処置はしたものの、その腹からはたらたらと血が流れて止まらない。
けれど仄かにまだ暖かくて、苦しそうな呼吸が確かに生きていることを伝えてくれる。
敵だと思って刺した相手が、まさかまだ忍ですらないはずのコウヤだったなんて……。
マダラは、こいつを治してくれるだろうか。
計画に協力する代わりに治せ、といえば或いは……いや、あの場を見られた以上、ただで返してくれるとはとても思えない。
なら、こいつも味方に率いれる、か……?
何でこいつが、鬼の面なんか着けてあの場に来たのかはわからない。
けれど、仲間想いのこいつなら、協力してくれるかもしれない。
『マダラ、怒るんじゃない?』
「関係ない」
あの場所が見えてきた。
崩れた岩を避けて中へ入り、出た時と変わらずあの巨像の前に腰掛けているマダラの前に立つ。
「帰ったか……、その子供は」
「こ……いつ、は」
答えようとした声が、渇きと緊張で上擦って震えた。
ひゅうと、鮫弥の喉が鳴る。
仮面の下の顔は、血の気を失って蒼白い。
つうっと丸い頬を汗の粒が伝い落ちていく。
「友達なんだ……こいつを、助けてくれっ!」
「……銀の髪、白い肌、そして鬼の面。鬼崎の血筋の人間か。懐かしい……、こいつらは先の戦争で最も厭われていた」
「いとわ……?」
「その子供の額を見てみろ」
ぜえぜえと荒い息が、先程よりも弱くなっている。
おかしな事を言ってないで、とっととこいつを治してくれと思ったけれど、あの里の中でコウヤがああも嫌われていた原因を知りたくて、マダラの言葉通り、額に被さった髪を除けた。
白く血の気のない顔の、つるりと滑らかな額の中に、二つ、皮膚をひきつらせて飛び出す突起がある。
角だ。
鬼のような二本の角。
触ると少し暖かくて、固いのに柔らかい、そんな角。
「人を殺す、もしくは血を浴びることで鬼崎の血は覚醒する。角は伸び、目は血のように赤くなり、人とは思えぬ怪力で蹂躙する。故にこやつらは戦争で利用され、誰よりも多大な破壊を繰り返し、そして木の葉に匿われて尚、その性質を疎まれた者達。呪われた鬼の一族」
「……だから、なんだよ。だからこいつの事は助けないってのかよ!」
「そうは言ってない。しかし、うちはでない者を仲間に引き込む気もない」
「見殺しにするのか!?オレは……オレはこいつを助けてくれるなら、お前の野望に協力する!だから……頼む!」
「……」
コウヤが鬼だから、たくさん人を殺した一族だから、だからあんなに嫌われていたのか?
バカらしいと思った。
良い奴なのに、それを誰もちゃんと見やしなかった。
まだオレよりも小さいのに、一人きりで水の国に向かわされて、こいつは友達の……リンの死体を目の当たりにして……。
「……そこの布団に運べ。まずは傷を見る」
「!」
思っていたよりもあっさりと、マダラはコウヤの治療を了承した。
それだけ、うちはであるオレの協力が必要だったのか、それとも他に何か思惑があるのか。
何もわからなかったけれど、それでもコウヤが救われる可能性を信じて、マダラへと託した。
オレはここがどこだかも知らずに、立ち続けていたのだ。
何も知らずにいたここは、地獄と呼ぶ以外に、何と名称することも出来ない場所だった。
愛した人は死んで、帰る場所も、希望もない。
だから、だから夢の中へ行こうと思った。
そこにはリンがいる。
カカシも、先生も、コウヤもいる。
抱きかかえたリンは冷たくて、この器から彼女が消え去ってしまったのだと、嫌が応にもわからせてくる。
こんな世界、認めない。
だから、死神の手でも何でもすがって、オレは必ず、お前を取り戻す。
ふと、人の声が聞こえた気がした。
顔を挙げて目を凝らすと、暗闇の中に白い面が浮いている。
いや、違う。
面をした人がそこに立っている。
敵の増援?……いや、霧の奴らの面とは意匠が異なる。
じゃあ木ノ葉の?
……いや、今さら奴が敵味方どっちかなんて、関係ないだろ。
もう決めたんだ。
だからあいつは、ここで殺す。
『見られちゃったね。あいつも片さないと、後がまずいよ』
リンの体をゆっくりと寝かせる。
相手は既にこちらへ走ってきている。
オレは再び頭をぐるぐるの体で覆い、奴に向けて走り始めた。
投げられた苦無は体をすり抜けていき、衝突した瞬間の攻撃は木遁で受け止める。
近くで見ると奴は白一色の面を付けているらしい。
その額には鬼のような角が二本付いていたが、何故かそれは途中で折れている。
攻撃で動きを止めた奴の腹に木遁を撃ち込もうと腕を振り、しかしそれは難なくかわされた。
思ってた以上に手強い!
しかも目の前で奴が姿を消して……いや、死角に入ってオレの脇をすり抜けた。
っ……まずい!リンの方に!
敵はリンの傍らに膝を付いて手を伸ばし、そのまま固まる。
木ノ葉の忍だったのか……!?
けど、リンには、触らせない……!
「その人に触るな……!」
ここで殺すわけにはいかない。
咄嗟に奴を掴んで投げ飛ばす。
リンは……先程と同じ、ぴくりとも動かないままに、横たわっている。
投げ飛ばした敵は、カカシのすぐ近くに落ちたようだった。
カカシの方に手を伸ばしたのを見て、直ぐ様近付きその肩を地面に押し付けた。
大きな息の塊を吐き出して噎せた奴の首を絞める。
先程から、こいつはリンやカカシにばかり手を伸ばす。
もしかして救援目的で来たのか?
なら……何故もっと早く、来てくれなかったんだよ。
それも、一人しか来ない、なんて……!
首を絞める力を強めた。
掠れた声で何か言ったようだが、その言葉はよく聞こえない。
苦しみながら伸ばされた手が、思ったよりも小さかった。
指先がぐるぐるの表面に触れる。
それが不快で、手を振り払うついでにその仮面を殴り付け、腹に木を突き刺す。
霧の奴らと同じ様に、体内で木を成長させて殺そうと思った。
──だめ
リンの声に止められた、ような気がした。
どうして止めるんだ……?
目の前では奴の仮面が割れて、がらんと破片が剥がれて血の海に落ちていった。
晒された素顔に、銀色の細い髪がさらさらと流れる。
ああ、この色をオレはよく知っている。
仮面が全て落ちて現れたのは、酸素不足で顔を赤くしていたが、確かにオレの友人、鬼崎コウヤの顔だった。
* * *
『すぐにって訳じゃないけど、このまま放っておけば死にそうだね』
「くそ……!」
『ちょっと、本気でそいつのこと連れ帰るつもりなんすか?』
「当たり前だろ!」
走って、ひたすらに走って、オレは二度と来ないと思っていた、うちはマダラのアジトへと向かっていた。
抱えているのは、鬼崎コウヤの体で、応急処置はしたものの、その腹からはたらたらと血が流れて止まらない。
けれど仄かにまだ暖かくて、苦しそうな呼吸が確かに生きていることを伝えてくれる。
敵だと思って刺した相手が、まさかまだ忍ですらないはずのコウヤだったなんて……。
マダラは、こいつを治してくれるだろうか。
計画に協力する代わりに治せ、といえば或いは……いや、あの場を見られた以上、ただで返してくれるとはとても思えない。
なら、こいつも味方に率いれる、か……?
何でこいつが、鬼の面なんか着けてあの場に来たのかはわからない。
けれど、仲間想いのこいつなら、協力してくれるかもしれない。
『マダラ、怒るんじゃない?』
「関係ない」
あの場所が見えてきた。
崩れた岩を避けて中へ入り、出た時と変わらずあの巨像の前に腰掛けているマダラの前に立つ。
「帰ったか……、その子供は」
「こ……いつ、は」
答えようとした声が、渇きと緊張で上擦って震えた。
ひゅうと、鮫弥の喉が鳴る。
仮面の下の顔は、血の気を失って蒼白い。
つうっと丸い頬を汗の粒が伝い落ちていく。
「友達なんだ……こいつを、助けてくれっ!」
「……銀の髪、白い肌、そして鬼の面。鬼崎の血筋の人間か。懐かしい……、こいつらは先の戦争で最も厭われていた」
「いとわ……?」
「その子供の額を見てみろ」
ぜえぜえと荒い息が、先程よりも弱くなっている。
おかしな事を言ってないで、とっととこいつを治してくれと思ったけれど、あの里の中でコウヤがああも嫌われていた原因を知りたくて、マダラの言葉通り、額に被さった髪を除けた。
白く血の気のない顔の、つるりと滑らかな額の中に、二つ、皮膚をひきつらせて飛び出す突起がある。
角だ。
鬼のような二本の角。
触ると少し暖かくて、固いのに柔らかい、そんな角。
「人を殺す、もしくは血を浴びることで鬼崎の血は覚醒する。角は伸び、目は血のように赤くなり、人とは思えぬ怪力で蹂躙する。故にこやつらは戦争で利用され、誰よりも多大な破壊を繰り返し、そして木の葉に匿われて尚、その性質を疎まれた者達。呪われた鬼の一族」
「……だから、なんだよ。だからこいつの事は助けないってのかよ!」
「そうは言ってない。しかし、うちはでない者を仲間に引き込む気もない」
「見殺しにするのか!?オレは……オレはこいつを助けてくれるなら、お前の野望に協力する!だから……頼む!」
「……」
コウヤが鬼だから、たくさん人を殺した一族だから、だからあんなに嫌われていたのか?
バカらしいと思った。
良い奴なのに、それを誰もちゃんと見やしなかった。
まだオレよりも小さいのに、一人きりで水の国に向かわされて、こいつは友達の……リンの死体を目の当たりにして……。
「……そこの布団に運べ。まずは傷を見る」
「!」
思っていたよりもあっさりと、マダラはコウヤの治療を了承した。
それだけ、うちはであるオレの協力が必要だったのか、それとも他に何か思惑があるのか。
何もわからなかったけれど、それでもコウヤが救われる可能性を信じて、マダラへと託した。