×鳴門

二人を見付けるまでには、相当な時間が掛かった。
リンが連れ去られ、取り戻しに向かったカカシとの連絡が途絶えてから、五日後。
霧の忍達の様子が、にわかに騒がしくなった。
何か起きた。
例えば、捕らえていた虜囚が脱走した、ような。
騒ぎの方へと力の限りに走り続けた。
探していた場所は見当違いも甚だしくて、現場に着くまでの長い時間が、酷く苛立ちを募らせる。
間に合え、間に合え、どうか、間に合ってくれ……。
遠くに、水柱が立っている。
きっとあそこだ。
雷が走ったのも見えた。
カカシだろうか。
いや、きっとカカシだ。
まだ戦っている。
あいつはリンを連れて逃げてきたのだ。
急げ急げ、早く早く、二人の元へ辿り着かなければ。
水と、血の匂いが酷くなってくる。
なんて濃厚な香りだろうか。
まさか二人の血もここに混ざっているんじゃ……?
頭を振って嫌な考えを打ち消す。
もう少しで開けた場所に出る。
棒みたいに重たくて自由にならない脚を振って、オレはようやく……。
「……な、んだぁ、これ?」
鬱蒼と茂る木々が途切れて、満月の照らす夜空が頭上に現れた。
けれどその月に向かって手を伸ばすように、開けた大地を割って、太く、大きな樹木が伸びている。
伸ばした枝の先から、少しずつ視線を下げていく。
伸びる木々はどうやらいくつもの枝が絡まり合っているようで、その隙間には何人もの死体が絡まり、挟まり、弾けた肉袋から溢れ出した血が樹皮を汚して地面へと伝っている。
この木はいったい、何人の命を吸ったのだろう。
ひび割れて窪んだ地面には、血が小さな海を作っている。
ちゃぷ、とその縁で血の波が揺れて、岸を洗った。
波の中心に、人がいる。
誰だ……?
集中して見れば、そこには二人の人影がある。
一人が、もう一人を抱えているようで、そして抱えられた方は、木ノ葉の額宛をした、茶髪の女の子……。
「リン……っ!」
正体不明のもう一人が何かはわからなかったが、木ノ葉の忍ではなさそうだった。
早く、あいつを引き離さないと……!
ああ、畜生……どうしてこんなに脚が重いんだ……!
駄目だ、駄目だ、また助けられないなんて、嫌だ……!
「あ゛ああ゛あ゛ああ!!」
もう一人がこちらに気が付いた。
リンを置いて立ち上がり、こちらへ走ってくる。
牽制に投げた苦無が奴に当たったと思い、しかし何事もなかったかのように走り続ける姿に一瞬戸惑いが産まれる。
すり抜けた?いったい何故……いや、すり抜けたとしても、続けて攻撃すれば当たるはずだ……!
ついに目の前へと迫った敵に向けて、剣を振り下ろした。
次はすり抜けずに、奴が手から出した木の枝に受け止められる。
そして空いた手が後ろに退かれ、振り抜かれる。
咄嗟に身を退いてその攻撃を避けた。
そのまま隙を衝いて脇を通り抜け、地面に寝かされているリンの横に膝を付ける。
「リンっ!リン、起きろぉ!目を……あ、け……」
血の中で眠る彼女の顔は、穏やかだけど哀しそうで、その胸に大きな穴が開いてなければ、まるで今にも、起き出すんじゃないかと、思う程で……。
「あ……あぁ……」
図らずも出た言葉にならない声は、まるで音と一緒に魂までも抜け出ていくような感覚を残す。
「その人に触るな……!」
あの敵が追い付いてきたのだろう、男の声が背中をビリビリと震わせる。
どうしてだろう、聞き覚えのある声……。
服の襟を掴まれて放り投げられ、血飛沫を散らしながら墜落する。
その隣に、カカシの倒れる姿が見えた。
……生死を、確認しなければ。
義務感のようなものが、力の抜けた手足を動かそうとする。
けれど叶わず、再び迫ってきた男によって、地面へと引き倒された。
「がはっ……!」
人のものとは思えないほどの真っ白な手が、喉を締め付けて空気を遮断する。
もがこうとした。
だってまだ、カカシが生きているかもしれない。
まだ助けられるかもしれない!
せめて、あいつだけでも、助けられなくちゃ、オレは、オレは……!
「は、なせ……!」
伸ばした手を奴の顔に伸ばす。
仮面越しで見辛い視界の中で、どうやら男が被り物をしているらしいことだけがわかる。
何でもいい、奴の、気を逸らさないと……!
指先が被り物に触れる。
弾力があった。
柔らかくて、暖かくて、まるで人の肌に触れたような気持ちの悪い感覚。
けれどそれは一瞬で、次の瞬間には顔を思い切り殴り飛ばされてしまう。
ばきりと、仮面が割れる音がした。
続けて腹にも、重たい衝撃を感じた。
じわじわと熱くなり、刺されたのだと気が付いた。
被っていた仮面が、がらがらと崩れて落ちる。
体の中に広がる痛みも、喉を締め付ける苦しさも、死の近さばかりを教えて、抗おうとどれ程もがいても、解放されることはない。
「────なんで、コウヤ……?」
「……?」
男の呟きを耳にした直後、オレの意識は暗転した。
61/62ページ
スキ