×鳴門
オビトの訃報を聞いてから、しばらくの時が経った。
火影から少しの間取り上げられてた仕事も、またぽつぽつと依頼されるようになって、けれど最近は前と違って、暗殺や破壊工作の任務も多く受けるようになっていた。
紫紺はいやがっていたけれど、オレが受けると言えばそれに抵抗することはない。
式神だから、使い魔だから、抵抗できないと言うのが正しいかも。
久々に見た鏡の中で、自分が酷い顔色をしていると知る。
けれどこれくらいは隠すことの出きる範囲だ。
エンにも心配されてたけれど、目の下のクマも、青く痩けた頬も、気付かれてはいないようだった。
『あのなぁ、お前は前々から自分のストレスに鈍感すぎる』
「ん゛……そうなのかなぁ」
『そうだそうだ。だから、しばらくお前の嫌いな仕事は断ってしまえ』
「でもさ」
アカデミーから帰って、あの子達に食料を届けて、自分は食事をする気力もなくて、そのままベッドに突っ伏した。
うつ伏せに寝たまま、力なく紫紺と言葉を交わす。
頭に乗った重さは、紫紺の体だろうか。
ゆっくりと横を見上げると、そこにはオレが座っている。
ああ、いや、紫紺の変化か。
なら頭に乗ってるのは手だろうか。
「元気がないなら、お前の好きなものに化けてやるぞ?そら、何が良い?羽衣狐様か?祖父か?あのザンザスとか言う奴か?なんでも言ってみろ。なぁ?」
「……いらない」
「鮫弥?」
「もう寝るから、放っておいて」
「……すくあーろ」
「うるさい」
手を振り払って、目を閉じる。
眠くもないのに、寝た振りをする。
振り払ったくせに、自分を抱き締めた腕の暖かさに、安堵していた。
* * *
「おいミナトとやら、この馬鹿を預かれ」
「……誰?」
夜分、家のインターフォンを鳴らして来たのは、どこか見覚えのある銀髪と仏頂面の男性だった。
しかしその腕の中にいる子に気が付き、慌てて声を上げた。
「こ、鮫弥君!?……その子に何をした」
「だー!本当に人間は面倒臭い!我じゃ我!何もしとらんわ!紫紺じゃ馬鹿者!」
「……へ?」
紫紺、というのは確か鮫弥君が飼っていた狐の名前だったっけ。
そうか、あの狐は確か変化が出来たはず。
ならこの姿は、鮫弥君を模したものなのかな。
そしてその腕の中には、生気のない目をした鮫弥君が抱かれている。
いったい何が……いや、ここ暫くの間、色々とあった。
戦況の悪化で、鮫弥君も戦場に引きずり出されていた。
もしかしたらそこで、あの子は誰かの命に手をかけた。
知っていたはずなのに、この子が人として生きたいと望んだことを。
鬼のような生き方を望まなかったことを。
人を殺して生きることを望まなかったことを。
何より、友達だったオビトが死んで、まだそう時間は経ってない。
「……ん、一先ず中へ。顔色が悪い。暖かくして……そうだな、何か食べさせた方がいい」
二人を中に招き入れる。
預かろうとした鮫弥君は、オレの手を避けるように、紫紺の腕の中に潜り込む。
「っ!この、馬鹿主……」
「……話しはまず、落ち着いてからだね」
たまたま家にいたクシナが、慌てて二人を出迎える。
ベッドに彼女を寝かし付ける。
横たわる少女の頬を、愛おしそうに撫でる銀髪の青年の瞳の、柔らかく悲しげな色が目に焼き付く。
「……では、話そうではないか、小僧」
「……ああ」
しかし次の瞬間、その色は消える。
ソファーに腰掛け、脚を組み、目を眇める姿はまさしく、妖怪のごとくであった。
* * *
「あやつは言うたはずだがなぁ。『人として生きたい』と」
「……その通りだ。僕達もその希望に添えるように、努力はしている」
「はっ、努力、なぁ?」
愛しい主。
可愛い主。
もう離れられない主。
自身の存在意義であり、存在理由である主。
あの子がコイツらを責めることなど望んではいないと、わかってはいる。
だからといって、こうして小僧どもをいびるのを止めるつもりもない。
八つ当たりであることなど承知している。
それでも、当たらずにいられようか。
「少し前にオビトとやらが死んだな。あいつは馬鹿だ。死体すら見付けてやれなかったことを悔やんでいる。その想いを呑み込めないままに、今日まででもう10人以上を直接手に掛けている」
「は……そんな!鮫弥君には暗殺の仕事は頼まないって……というより、なんで受けたんだ!?」
「ダンゾウといったか、奴の依頼だ。そしてあの子にはこの台詞がてきめんに効く。『次はカカシか?それともリンか?』」
「!なんて、ことを……」
だから責めるのならばダンゾウだろう。
けれどあいつは、責めたところでどうにもならん。
悪いことなぞ百も承知。
相手を潰す可能性も鑑みた上で、奴は鮫弥に任務を与える。
そして鮫弥自身が依頼を受けてしまう以上、我らには手の出しようもないのだ。
それに、鮫弥が任務を果たすことで、あの小僧どもの生存率が上がるのも確かなことだった。
だからこそ、気付いてもらわなければならなかった。
鮫弥に任務が届く前に、それを潰しておいてほしかった。
忙しいだの何だのは知ったことではない。
口だけで頼れだ何だと言うだけで、結局あの子は頼ることも出来ないままで、溺れ死にそうになっている。
理不尽だと知っている。
利己的だとわかっている。
だからなんだ。
だからどうした。
我は妖怪、あやつの式。
あやつの為に無茶を言うのは当然の理だろう。
……自分が止められるものなら止めたいが、仮にも主従の契約がある以上、我が出来るのは口を出すことだけ。
あやつ以外の人間ならば、また別の話だがなぁ。
いつもよりもずっと高い視点から二人を睨めば、奴らは顔を強ばらせて俯いている。
絞り出した声は、後悔と悲しみで溢れていた。
「……返す、言葉もない。すまなかった」
「鮫弥君、そんな……私達がちゃんと見てたなら……ううっ……」
「……」
……思っていたより、奴らが我の責めをストレートに受け取ったことに、僅かながら動揺する。
いや、いやいや、だからといって、許す我ではないわ。
せめて奴の顔色が元に戻るまでは、コイツらにしっかりと面倒を見させなければ。
「ええい、うるさいぞお主ら!泣き言などいらん!ようは今のあいつをどう責任とるのかって話だ!」
「当然、僕達が……」
「ん……紫紺?」
「っ!」
ばっと振り返る。
先ほどようやく眠らせたはずの鮫弥が、寝室のドアから顔を出していた。
どこを見ているんだかわからない視線が、我を見付けてようやく定まる。
そしてそれと同時に、玄関を荒々しく叩く音が聞こえた。
「4代目!4代目大変です!」
「何事だ!」
「はたけカカシ上忍より救難信号を受けました!国境にて任務に当たっていたのはら上忍が霧隠れに拐われた模様!救出に当たるためにはたけ上忍が単独で霧隠れに向かったと!」
「何だって!?」
「火影様、ダンゾウ様の両名より、この件については鬼面に当たらせ、霧隠れの忍暗殺と、のはら上忍の救出をせよとの指示があります。また土の国境付近での戦闘が激化。ミナト様への出動依頼が来ており……」
「待って!霧隠れの方へは別の人間を選んでほしいってばね!今は……、っ!」
報告に来た忍の話を、クシナが遮ろうとした。
けれどもう遅い。
主はもう、聞くべきことを聞いてしまった。
そこには既に、忍装束と面を着けた鮫弥が立っていた。
「霧隠れに向かう。……紫紺」
「……しかし!」
「お願いだ、紫紺……連れていってくれ。また、何も知らない内に終わるのは、嫌だ……」
「っ……!だが!今はダメだろう?お前は疲れて弱っている!頼む、頼む……無理に動くな、人を頼れ!我はもう、お前を戦場に連れていきたくない!」
「…………ごめん。でも、でも……もう、置いていかれたく、ないよ」
「う、うぅ……!」
「紫紺、命令だぁ。オレを、カカシとリンのところへ、連れていけ……!」
「ぐ、ううううっ!」
変化を解き、求められるままに主の体へと同化する。
直ぐ様我らは黒い炎に包まれる。
「待って!ダメ!ダメだってば!」
「行っちゃダメだ!これ以上、この戦いで君が自分を殺す必要は……!」
「……ありがとな、クシナさん、ミナト。また、すぐに帰ってくるから」
ばいばい、と言って笑うこの馬鹿は、自分が今どんな顔をしているんだか、わかっちゃいないのだろう。
面を被ってしまったせいで、ミナトにも、クシナにもわからないその表情を、我だけは、知っている。
止める術を持たない、我だけが……。
火影から少しの間取り上げられてた仕事も、またぽつぽつと依頼されるようになって、けれど最近は前と違って、暗殺や破壊工作の任務も多く受けるようになっていた。
紫紺はいやがっていたけれど、オレが受けると言えばそれに抵抗することはない。
式神だから、使い魔だから、抵抗できないと言うのが正しいかも。
久々に見た鏡の中で、自分が酷い顔色をしていると知る。
けれどこれくらいは隠すことの出きる範囲だ。
エンにも心配されてたけれど、目の下のクマも、青く痩けた頬も、気付かれてはいないようだった。
『あのなぁ、お前は前々から自分のストレスに鈍感すぎる』
「ん゛……そうなのかなぁ」
『そうだそうだ。だから、しばらくお前の嫌いな仕事は断ってしまえ』
「でもさ」
アカデミーから帰って、あの子達に食料を届けて、自分は食事をする気力もなくて、そのままベッドに突っ伏した。
うつ伏せに寝たまま、力なく紫紺と言葉を交わす。
頭に乗った重さは、紫紺の体だろうか。
ゆっくりと横を見上げると、そこにはオレが座っている。
ああ、いや、紫紺の変化か。
なら頭に乗ってるのは手だろうか。
「元気がないなら、お前の好きなものに化けてやるぞ?そら、何が良い?羽衣狐様か?祖父か?あのザンザスとか言う奴か?なんでも言ってみろ。なぁ?」
「……いらない」
「鮫弥?」
「もう寝るから、放っておいて」
「……すくあーろ」
「うるさい」
手を振り払って、目を閉じる。
眠くもないのに、寝た振りをする。
振り払ったくせに、自分を抱き締めた腕の暖かさに、安堵していた。
* * *
「おいミナトとやら、この馬鹿を預かれ」
「……誰?」
夜分、家のインターフォンを鳴らして来たのは、どこか見覚えのある銀髪と仏頂面の男性だった。
しかしその腕の中にいる子に気が付き、慌てて声を上げた。
「こ、鮫弥君!?……その子に何をした」
「だー!本当に人間は面倒臭い!我じゃ我!何もしとらんわ!紫紺じゃ馬鹿者!」
「……へ?」
紫紺、というのは確か鮫弥君が飼っていた狐の名前だったっけ。
そうか、あの狐は確か変化が出来たはず。
ならこの姿は、鮫弥君を模したものなのかな。
そしてその腕の中には、生気のない目をした鮫弥君が抱かれている。
いったい何が……いや、ここ暫くの間、色々とあった。
戦況の悪化で、鮫弥君も戦場に引きずり出されていた。
もしかしたらそこで、あの子は誰かの命に手をかけた。
知っていたはずなのに、この子が人として生きたいと望んだことを。
鬼のような生き方を望まなかったことを。
人を殺して生きることを望まなかったことを。
何より、友達だったオビトが死んで、まだそう時間は経ってない。
「……ん、一先ず中へ。顔色が悪い。暖かくして……そうだな、何か食べさせた方がいい」
二人を中に招き入れる。
預かろうとした鮫弥君は、オレの手を避けるように、紫紺の腕の中に潜り込む。
「っ!この、馬鹿主……」
「……話しはまず、落ち着いてからだね」
たまたま家にいたクシナが、慌てて二人を出迎える。
ベッドに彼女を寝かし付ける。
横たわる少女の頬を、愛おしそうに撫でる銀髪の青年の瞳の、柔らかく悲しげな色が目に焼き付く。
「……では、話そうではないか、小僧」
「……ああ」
しかし次の瞬間、その色は消える。
ソファーに腰掛け、脚を組み、目を眇める姿はまさしく、妖怪のごとくであった。
* * *
「あやつは言うたはずだがなぁ。『人として生きたい』と」
「……その通りだ。僕達もその希望に添えるように、努力はしている」
「はっ、努力、なぁ?」
愛しい主。
可愛い主。
もう離れられない主。
自身の存在意義であり、存在理由である主。
あの子がコイツらを責めることなど望んではいないと、わかってはいる。
だからといって、こうして小僧どもをいびるのを止めるつもりもない。
八つ当たりであることなど承知している。
それでも、当たらずにいられようか。
「少し前にオビトとやらが死んだな。あいつは馬鹿だ。死体すら見付けてやれなかったことを悔やんでいる。その想いを呑み込めないままに、今日まででもう10人以上を直接手に掛けている」
「は……そんな!鮫弥君には暗殺の仕事は頼まないって……というより、なんで受けたんだ!?」
「ダンゾウといったか、奴の依頼だ。そしてあの子にはこの台詞がてきめんに効く。『次はカカシか?それともリンか?』」
「!なんて、ことを……」
だから責めるのならばダンゾウだろう。
けれどあいつは、責めたところでどうにもならん。
悪いことなぞ百も承知。
相手を潰す可能性も鑑みた上で、奴は鮫弥に任務を与える。
そして鮫弥自身が依頼を受けてしまう以上、我らには手の出しようもないのだ。
それに、鮫弥が任務を果たすことで、あの小僧どもの生存率が上がるのも確かなことだった。
だからこそ、気付いてもらわなければならなかった。
鮫弥に任務が届く前に、それを潰しておいてほしかった。
忙しいだの何だのは知ったことではない。
口だけで頼れだ何だと言うだけで、結局あの子は頼ることも出来ないままで、溺れ死にそうになっている。
理不尽だと知っている。
利己的だとわかっている。
だからなんだ。
だからどうした。
我は妖怪、あやつの式。
あやつの為に無茶を言うのは当然の理だろう。
……自分が止められるものなら止めたいが、仮にも主従の契約がある以上、我が出来るのは口を出すことだけ。
あやつ以外の人間ならば、また別の話だがなぁ。
いつもよりもずっと高い視点から二人を睨めば、奴らは顔を強ばらせて俯いている。
絞り出した声は、後悔と悲しみで溢れていた。
「……返す、言葉もない。すまなかった」
「鮫弥君、そんな……私達がちゃんと見てたなら……ううっ……」
「……」
……思っていたより、奴らが我の責めをストレートに受け取ったことに、僅かながら動揺する。
いや、いやいや、だからといって、許す我ではないわ。
せめて奴の顔色が元に戻るまでは、コイツらにしっかりと面倒を見させなければ。
「ええい、うるさいぞお主ら!泣き言などいらん!ようは今のあいつをどう責任とるのかって話だ!」
「当然、僕達が……」
「ん……紫紺?」
「っ!」
ばっと振り返る。
先ほどようやく眠らせたはずの鮫弥が、寝室のドアから顔を出していた。
どこを見ているんだかわからない視線が、我を見付けてようやく定まる。
そしてそれと同時に、玄関を荒々しく叩く音が聞こえた。
「4代目!4代目大変です!」
「何事だ!」
「はたけカカシ上忍より救難信号を受けました!国境にて任務に当たっていたのはら上忍が霧隠れに拐われた模様!救出に当たるためにはたけ上忍が単独で霧隠れに向かったと!」
「何だって!?」
「火影様、ダンゾウ様の両名より、この件については鬼面に当たらせ、霧隠れの忍暗殺と、のはら上忍の救出をせよとの指示があります。また土の国境付近での戦闘が激化。ミナト様への出動依頼が来ており……」
「待って!霧隠れの方へは別の人間を選んでほしいってばね!今は……、っ!」
報告に来た忍の話を、クシナが遮ろうとした。
けれどもう遅い。
主はもう、聞くべきことを聞いてしまった。
そこには既に、忍装束と面を着けた鮫弥が立っていた。
「霧隠れに向かう。……紫紺」
「……しかし!」
「お願いだ、紫紺……連れていってくれ。また、何も知らない内に終わるのは、嫌だ……」
「っ……!だが!今はダメだろう?お前は疲れて弱っている!頼む、頼む……無理に動くな、人を頼れ!我はもう、お前を戦場に連れていきたくない!」
「…………ごめん。でも、でも……もう、置いていかれたく、ないよ」
「う、うぅ……!」
「紫紺、命令だぁ。オレを、カカシとリンのところへ、連れていけ……!」
「ぐ、ううううっ!」
変化を解き、求められるままに主の体へと同化する。
直ぐ様我らは黒い炎に包まれる。
「待って!ダメ!ダメだってば!」
「行っちゃダメだ!これ以上、この戦いで君が自分を殺す必要は……!」
「……ありがとな、クシナさん、ミナト。また、すぐに帰ってくるから」
ばいばい、と言って笑うこの馬鹿は、自分が今どんな顔をしているんだか、わかっちゃいないのだろう。
面を被ってしまったせいで、ミナトにも、クシナにもわからないその表情を、我だけは、知っている。
止める術を持たない、我だけが……。