×鳴門

放課後、何度目か忘れたが、女の子に呼び出されて校舎裏に向かう。
案の定、告白……ではなく、色仕掛けによる悪戯を仕掛けられることになるわけだが、さらりとかわして今日も帰宅する。
最近はずっと、そんな日が続いてる。
きっかけはたぶん、オレが夕顔に悪戯をしたことだろう。
あの髪のセットは、自分でもなかなかの自信作だったのだ。
あの後本人からは、かなり文句を言われたけれど、いつも縛らずにしているから、その方が似合ってて良いと言えば、怒りながらも顔を真っ赤にして恥ずかしげに逃げていった。
どうやらその悪戯が、くの一受けが良かったらしい。
たくさんの子から悪戯を仕掛けられ、それを破る毎日。
ちょっと大変なことになってしまった。
授業は、先生から高評価を貰えたから良かったけど、流石にそろそろ面倒になってきた。
だがそれでも、戦争に駆り出されるよりは、ずっとましな日常だ。


 * * *


ホトギ救出より後から、少しずつ任務が増えていった。
オレの使い方を承知してきた、だけじゃないだろう。
戦況は、とても良いとは言えない。
五大国の国境はさらに激しい戦闘が繰り広げられていたし、優秀な子供ほど、早くアカデミーを卒業して、戦場へと行かされ、……そして死ぬ。
「アカデミー、卒業、ですか」
「君は、やる気こそ欠けているが、実力としては十分、下忍のレベルを越えている。この能力を腐らせておくのは、勿体ないからね」
言われて、ふむと考える。
ダンゾウの差し金だろうか。
「忍者にはなりませんけど」
「は!?」
「元々そういう話で、こちらに通ってましたし」
「だが今は戦争中で!」
「火影様や相談役の方々には既に話をしています。必要な仕事は個別に回されてますし、まあ卒業しても構いませんけど、忍にはならないです」
「っ……バカな……」
あれ、この様子、どうやらダンゾウから何か聞いた訳じゃあないみたいだ。
まあしかし、彼らも上から急かされているのだろう。
戦争をしていたら、人はいつだって足りない。
早く使える駒を用意するように、せっつかれていたのかもしれない。
たくさんの人が死んでることはわかっているとも。
今日もまた、誰かが戦場で息絶える。
でも、オレはオレなりにやるべきことをやっているのだ。
敵の補給の要となる橋を壊した。
情報の収集に走り回ってる。
捕虜となった者達を解放した。
敵の野営地に爆弾を放り込んで崩壊させた。
崩れ掛けている味方の戦線に参加して、戦いを援護した。
……気が付いたら、オレはまた人を殺している。
いつも首から下げてるロケットを見て、ため息を吐いた。
「母さん、オレは、これであってるのかな」
答えは返ってこない。
オレが殺さなければ、味方の誰かが死んでた。
殺らなければ、大切な人が、殺られるかもしれない。
結局、オレにはこうすることしか出来ないのかな。
何かを奪うことでしか、人を守れない……?
「そうかもな。だが、それはお前だけではない。我々は皆、何かの犠牲の上に生きている。戦争に参加する者だけではない。この国に生きる者全てが、犠牲の上に生きている」
オレが溢した言葉に、フガクはそう答えた。
そりゃあ、そうか。
今幸せに生きてる誰かも、誰かの死と、オレ達の苦しみの上にいる。
「それでも、君が苦しいというのなら、断って構わないんだよ」
ミナトは甘いなぁ。
そんなことを、何でもないように笑って言うんだから。
「私達大人が始めた戦争だもの。貴方のような優しい子が苦しむ必要はないのよ」
クシナさんからもそう言われる。
それでもやっぱり、オレは戦場に出る。
誰かが死ぬのを、オレがあの日行かなかったからだって、後悔するのがつらかった。
「コウヤ、最近アカデミーに来ないけど、大丈夫か?なんか、顔色も悪いっつーか」
イルカからも心配されてしまうとは、全く情けない。
大丈夫、大丈夫。
まだ戦えるさ。
でも、アカデミーはもう、行けないかもなぁ。
普通の子みたいに、学校通って、勉強をだるいだるいってごねながら、当たり前に卒業していきたいのに。
「コウヤ、ごめん。……オビトのこと、連れて帰れなかった」
ある日、オビトの欠けたミナト班が帰ってきた。
オレは、どうすれば、良かった?


 * * *


「……見当たらない、な」
オビトが、戦死したという。
敵に捕らえられたリンを助けようと向かった先で、敵の忍術によって生き埋めにされたという。
カカシに左目を譲り渡して、自分は助からないと踏んで、二人を逃がして自分は死んだ。
それから一週間後の今日、オレはオビトの死体の回収をしに来た。
もちろん、任務だ。
とは言っても、火影が気を利かせてくれて、オレに言いつけてくれた任務だった。
だが、どれだけ岩を砕いて、どかしても、オビトの姿は見当たらない。
徹底的に探したのだ。
持ち上げられない岩の隙間にも、式神を潜り込ませて調べたし、あいつのものらしき血痕もあった。
なのに、死体がない。
連れ去られた……?
そう考えて、血の気が引く。
うちは一族の死体なんて、情報の宝庫だろう。
でもその割に、積み上がっていた岩は、誰かが動かしたり、崩したりした形跡はない。
どう言うことなんだ?
まさか、生きてるなんてことは、ない、よな。
ならば、やっぱり誰かが持ち去ったのか?
痕跡なんて見当たらないのに、どうやって!?
「なんと……。オビトが見当たらないか……」
火影様が深刻そうに眉間にシワを寄せて言う。
探すかと問い掛けると、ゆっくりと首を横に振った。
「お主が調べて尚、痕跡が見付からなかったとなると、他の者が見付けることも難しいだろう。……残念じゃが、ここで手打ちとする」
素直にその言葉に従う。
火影様は、心配そうにオレを見ていた。
「随分と顔色が悪い。しばらくは休みなさい」
しかし、この後はダンゾウから言い付けられた任務がある。
次の任務が終わったら、と返すと、火影様は何故か悲しそうに顔をした。
「ダンゾウには伝えて、代わりの者を寄越す。コウヤ、儂からの命令じゃ。休め。これから1週間のうちは、任務につくことを禁じる」
驚いて、拒否した。
だが、任務からは外された。
どうしてだろう。
オレが行かないと、誰かが死んでしまうかもしれないのに。
「バカじゃないのか、お前は。それでお前が死んだらどうするんだ。」
え?……それって何か、問題があるのか?


 * * *


鬼崎コウヤはちょっとおかしい。
ただ、1つだけ言えることがある。
人を殺すその度に、誰かを失うその度に、心を引き裂く某かに、表情を失っていくその子は、決して鬼ではない。
その心を取り戻すことは、オビトなら出来るのかもしれない。
だが、彼が死んでしまった今、その心は我々が与えなければならない。
快活なあの笑顔を、中傷に傷付く哀しい顔を、人をからかうちょっと気取った顔も。
元の彼に、戻ってほしいと、本当のその子を知る、誰もがそう願っていた。
59/62ページ
スキ