×鳴門

ホトギにもらった土地は、確かに辺りに人気もなくて、人の過ごした形跡もない、荒れ放題のところだった。
だが近くには森があり、少し歩けば川があり、辺りの土地よりは一段高くなっている、オレから見ればかなり良い場所だった。
昼間には、オレの分身体と紫紺に子供達を監督させて集落作りを、夜には一度ゾーナに戻らせてゆっくり眠らせる。
遊びたい盛りの子供達に労働を強いることも、厳しい環境に置くことも、悩ましいことではある。
それでも、彼らの安住の地を作るには、そうするより他ないのだと、目の前の男を見て改めて理解する。
「やはり根に来る気は無いかね、鬼崎の小鬼よ」
「オレのどこが鬼な訳、オジさん。こんなにキュートで煌めいてるってのに」
「貴様のその自己評価の高さはなんなんだ」
夕暮れ……いや、もうほとんど夜の帳がおりかけているそんな時分に、突然目の前に現れたのは、木ノ葉の重役であるダンゾウと、護衛であろう暗部が二人。
にこりと笑って迎えてやったってのに、不快そうに顔を歪められて、オレもまた不機嫌になる。
ため息を吐いて腕を組んだオレを見ながら、ダンゾウは相変わらずの仏頂面で話を始める。
「火の国の姫君を救出したと聞いた」
「オレの情報だだ漏れかよ……。それがなに?また誰か拐われて、オレに救出依頼でもしに来たの?」
「まさか、そう何度も同じ過ちは繰り返さんよ。霧の情報を掴んだのではないかと思ってな」
「ああ、そういうこと」
しかし、あのスピード解決からもわかる通り、かなりの強硬手段を用いたからなぁ。
ろくに情報なんてない。
それを伝えれば、ダンゾウは大してがっかりした様子もなく頷いた。
「だろうな。前代未聞の早さで戻ってきたそうだ。それならば情報など掴みようもなかろう」
「知ってて何故聞きに来た?別の用件があんじゃねーのかぁ?」
「……なに、最近は随分と忙しいようだからな。風邪でも引いてないかと様子を見に来た」
「へぇ。ま、体調管理くらいは自分で出来てるよ」
さも心配してます、といった台詞だが、その見た目ではとても素直に受け取れない。
大方、最近オレが変な動きしてるから怪しんで様子を見に来たってところか。
エンが報告したのだろう。
まあ確かに、最近少し慌ただしくし過ぎてた。
あまり怪しまれるのは良くない。
「心配しないでも、オレは木ノ葉の為に身を粉にして働くさ」
「……まあよい、また近い内に会おう」
「おう、風邪引くなよジジイ」
「誰に向かって口を利いておるクソガキが」
そんなこんなで、そこでは何事もなく終わった。
しかしまあ、もしオレが隠している子供達が見付かりでもしたら、アイツはきっと水を得た魚のごとくオレを脅しに来るんだろう。
何としてでも、誰にも知らせずに彼らを匿い続けなければならない。
そう、例え相手が友達だったって。


 * * *


「今日はそっちのクラス、なにか動きはあった?」
「今日は特になし。でもくノ一クラスの子が一人辺りを彷徨いてたから、放課後には何かしら仕掛けてくるかも」
「そう。こっちは悪戯一回よ。失敗してたけど」
アカデミーでの昼休み、オレは『いつものように』校舎の裏庭へ出向き、情報交換をしながら昼飯を食っていた。
相手は例の女の子だ。
何度か昼飯を共にする内に、かなりうまく打ち解けることができてきた。
ある程度の距離はあるものの、お互い対等に情報交換を行える関係を築けていた。
「あ、良いなぁ。今日のコウヤ君の玉子焼き、美味しそう」
「食べるか?」
「え!?でも……」
「毒なんてねーよ、元々自分で食うつもりだったし」
「……もらう!ありがと!」
これまでも、既に何度か、昼飯の交換は行っている。
オレからもあげるし、相手からももらう。
恐らくお互いに、そろそろ狙い時、って奴だ。
彼女の好みも把握してきたし、踏み出すならば……明日。
そして恐らく、彼女も。
「じゃあ、また明日、同じ時間にね」
「お"う、気を付けろよぉ」
「お互いに、ね」
さて、明日の悪戯道具を揃えておかないと。
既にクラスでは何人かが悪戯されて、何人かが悪戯を決行していた。
これ以上ちんたらやってて、成績を落としてダンゾウに睨まれるのもごめんだ。
悪戯は必ず明日、オレが成功させる。
思わず浮かべてしまった微笑みをイルカに見られ、思いっきりドン引かれたが構わん。
奴の尻を蹴っ飛ばしながら、オレは明日の成功を目指して準備を整え始めたのであった。


 * * *


さて、翌日。
悪戯道具を忍ばせて、オレはいつも通り、昼飯を食いに裏庭へ向かう。
そこにはもう既に彼女が待っていた。
「よぉ、待たせたかぁ?」
「あ!待ってないよ、私も今来たとこ。今日はなんかあった?」
「今日は特に何も。そっちは?」
「一人落とされかけた。他の子に助けられていたけどね」
「ああ、それであいつ機嫌が悪かったのか」
いつも通り情報交換をする。
だが彼女の視線が僅かに泳いでいる。
とは言っても、同学年の子供じゃ気が付けないくらいの然り気無い変化だ。
将来有望なんじゃないだろうか。
ある程度情報が出尽くしたところで、どちらともなく弁当を広げた。
今日はかなりの自信作。
彩りも、栄養バランスも、味も完璧だ。
「わ、今日のお弁当も凄いね」
「まあな。分けてやろーかぁ?」
「良いの?じゃあ私のもあげる。エビフライ交換しましょ!」
「お"う、ほれ」
もらったエビフライは形もきれいで色味も良い。
しかしそれを口にいれた瞬間、僅かに苦味が広がる。
痺れ薬だろうか。
味が強いから、オレはあんまり好きじゃないんだよなぁ。
ちらりと彼女を見れば、不可思議そうに眉を顰めてじっとこちらを見ていた。
「……食わねぇのかぁ?」
「え?ああ、うん。食べるよ」
彼女の口の中に、オレの作った一口サイズのハンバーグが半分消える。
そしてそれを嚥下した直後、突然糸が切れたように彼女の体が倒れた。
「……と、まあ相手に薬が効くかどうかも、しっかり確認しておかないとな」
残念ながら大体の薬は効果がないというオレに、薬を使って悪戯しようとした時点で負け決定ってな。
ぐっすりと寝てしまった彼女に、悪戯の仕上げをすべく、道具を取り出した。


 * * *


誰かに体を揺さぶられている。
一体誰?
良い気持ちで寝てるのに……。
「おい!もう授業始まるぞ!」
「うぇ!?」
ぱっと飛び起きると、目の前には珍しく焦った様子のコウヤ君が。
「早く起きて!教室行くぞ!」
「わ、わっ、ごめん!すぐ行く!」
どうやら寝ちゃったみたいで、彼に叩き起こしてもらったようだ。
慌てて荷物を片して、教室に向かう。
えっと、私は何してたんだっけ。
何だか頭がボーッとしてて、寝る前までのことが思い出せない。
走っている最中に、チャイムが鳴り始めてしまって、考える余裕もなく私は慌てて教室に飛び込んだ。
「すみません!遅れました!」
先生はもう教卓の前に立っていて、クラスメイト達も席についてる。
一瞬厳しい顔をした先生に、怒られるかと思ったけれど、でも次の瞬間、先生は驚いたような顔をして、私のことを指差してきた。
「貴女……その頭どうしたの?」
「へ?」
「ああ待って!触らないで。鏡を貸してあげるから」
言われるがままに鏡を覗く。
そこに映ったものに、私は声を上げることも出来なくなってしまった。
丁寧に結い上げられた髪。
三つ編みとか、名前もわからない複雑な編み込みの中に、色とりどりの小さな花が飾られて、まるでどこかのお姫様みたいな髪型をした私がそこにいた。
先生が私の背中から何かを剥がして渡してくれる。
『悪戯成功!似合ってるぜ。鬼崎』と、そんな気障な言葉が書かれた紙だ。
「や、やられた~!」
「素敵な悪戯ねぇ~。でも夕顔さん、減点よ」
先生の無情な言葉に、私はへなへなと尻餅をつく。
その後、くノ一クラスの鬼崎くんへの人気がバカみたいに上がったとか、なんとか。
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