×ぬら孫
5日間のイタリア観光を終えて、日本に帰ってきたオレを迎えたのは、とてつもなく不機嫌な乙女であった。
「鮫弥貴様……、妾を5日間も放っておいて、自分は一人で楽しんできたのか?」
「……何か怒ってんのかぁ?」
「貴様がいない間、妾がどれだけ肩身の狭い思いをしたことか……。奴らを殺さなかったのは、奇跡に等しい。」
真っ黒なオーラを出してオレを睨む乙女。
だがオレは思い出す。
帰ってすぐに出会った、使用人や家庭教師達の言葉だ。
「全然言うこと聞いてくれませんでした!」
「それどころか口も聞いてくれませんよ!」
「というか、お嬢様、気付いたらいなくなられていて……」
「私達は振り回されてばかりで……!」
涙ながらにそう語る彼らは、この数日見なかっただけだと言うのに、酷く窶れた顔をしていた。
本人は肩身の狭い思いをしたなどと言っていたが、どう考えたって大変な思いをしたのは、あの子の周りの人間である。
オレは何と言えば良いのかわからず、眉を下げる。
「なんじゃその顔は……!」
「いやぁ、価値観の違いって大きいなぁ……と」
「?何を訳のわからぬことを……」
いつか、乙女はオレ達人間の世界からは離れていってしまう。
勉強も、マナーも、彼女にとっては必要のないものだと言うことはわかるし、でもだからと言って彼女が人である内は、他人との関り合いは、避けられることではないのだ。
「……乙女、お前は人間の事をどう思っているんだぁ?」
「餌か、然もなくば害獣じゃの」
「……そっか」
乙女にとって、人はそういうものだった。
でも、 でも、もう少しで良いから、人を見てほしい。
この世界を、わかってほしい。
「乙女、オレの事は?オレの事、お前はどう思ってる?」
「……鮫弥は鮫弥じゃろう。それ以上でも、それ以下でもない」
「餌だと思うか?」
「いずれはそうなるのう。だが、今はまだ食わぬ」
「……どうして?」
「お前はほんに、面白い子供じゃからの。妾達の存在を知った上で、どう生きていくのか……妾はとても気になる」
にこ、と笑う乙女の顔は、永き時を生きた妖のそれで、オレには酷く、彼女の存在が遠いものに感じられた。
堪らず、乙女を呼び寄せて、抱き締める。
「……鮫弥?」
「乙女の体は、他の人より冷たいけれど、確かに心臓が動く音が聞こえる……。オレの体も、ちゃんと心音が鳴っている」
「それがどうした?」
「お前にとって、人の命なんてちっぽけなものかもしんねぇけどよ、でも、今、ここに1つの命が、懸命に生きているっつうことだけは、忘れないでくれ……」
オレに言えることなんて、その程度で、でもこの言葉を、この体温を、誰かの命を前にした時、ほんの一瞬でも良いから、思い出してくれたらと、思った。
「それでもいつか、妾は人を殺すぞ」
「……」
「お主はどうするのじゃ?」
「オレは……」
乙女が、ずいと身を乗り出して、オレの顔を覗き込む。
黒曜の色の、吸い込まれるような大きな瞳と目を合わせて、静かな声で答えた。
「オレはお前が誰かを殺すというなら、その度に理由を問おう。ダメだと思ったら殴ってでも止める。納得できたら、……止めない」
「意外じゃのう。何を押してでも止めようとするのではないのかと思っていた」
「……オレは、殺しがいけないことだなんて、純粋な意見を述べられるような人生送ってきた訳じゃねぇし、な……」
前世、オレはたくさんの人を殺してきた。
ディーノや沢田なんかは、その分たくさん救ってきただろ、なんて言ってくれてたが、それでもオレは、誰かの命を奪った上に生きてきた。
その事を、間違っていたとは思わない。
思ってはならないと考えている。
そして、殺すことでしか成し遂げられない事があるのも、わかる。
だから、一概に殺しを否定する気はない。
でも、いや、だからこそ、命の重さも知らぬまま、殺しをすることは許せない。
意思もなく、感謝もなく、謝罪もなく、ただ命を消費するなど、オレには許せないのだ。
「お前の価値観を否定する気はねぇよ。でも、オレもオレの価値観を貫き通す。もしそれが衝突したのならば、その時は、兄妹喧嘩とでも洒落込むかな」
「……ふっ、悪くない。お主がどうするのか、期待して待っておるぞ、鮫弥……」
乙女はそう言うと、一人がけのソファーにゆったりと腰を掛けた。
再びにこりと笑った乙女は、オレの妹の顔をしていた、と思う。
「さて鮫弥、お前の行った、伊太利亜という国はどうだったのじゃ?」
「ん?……ああ、そっか」
そう言えば、オレはイタリアの土産話と、ちょっとした土産を渡そうと思って、こいつの部屋に来たんだっけ。
「そうだな、どこから話そうかなぁ」
破顔して、楽しかったイタリアの思い出を語る。
人と妖、相容れぬその存在。
だけどオレには、この穏やかな時間が、束の間の交わりが、酷く心地好く感じられた。
「鮫弥貴様……、妾を5日間も放っておいて、自分は一人で楽しんできたのか?」
「……何か怒ってんのかぁ?」
「貴様がいない間、妾がどれだけ肩身の狭い思いをしたことか……。奴らを殺さなかったのは、奇跡に等しい。」
真っ黒なオーラを出してオレを睨む乙女。
だがオレは思い出す。
帰ってすぐに出会った、使用人や家庭教師達の言葉だ。
「全然言うこと聞いてくれませんでした!」
「それどころか口も聞いてくれませんよ!」
「というか、お嬢様、気付いたらいなくなられていて……」
「私達は振り回されてばかりで……!」
涙ながらにそう語る彼らは、この数日見なかっただけだと言うのに、酷く窶れた顔をしていた。
本人は肩身の狭い思いをしたなどと言っていたが、どう考えたって大変な思いをしたのは、あの子の周りの人間である。
オレは何と言えば良いのかわからず、眉を下げる。
「なんじゃその顔は……!」
「いやぁ、価値観の違いって大きいなぁ……と」
「?何を訳のわからぬことを……」
いつか、乙女はオレ達人間の世界からは離れていってしまう。
勉強も、マナーも、彼女にとっては必要のないものだと言うことはわかるし、でもだからと言って彼女が人である内は、他人との関り合いは、避けられることではないのだ。
「……乙女、お前は人間の事をどう思っているんだぁ?」
「餌か、然もなくば害獣じゃの」
「……そっか」
乙女にとって、人はそういうものだった。
でも、 でも、もう少しで良いから、人を見てほしい。
この世界を、わかってほしい。
「乙女、オレの事は?オレの事、お前はどう思ってる?」
「……鮫弥は鮫弥じゃろう。それ以上でも、それ以下でもない」
「餌だと思うか?」
「いずれはそうなるのう。だが、今はまだ食わぬ」
「……どうして?」
「お前はほんに、面白い子供じゃからの。妾達の存在を知った上で、どう生きていくのか……妾はとても気になる」
にこ、と笑う乙女の顔は、永き時を生きた妖のそれで、オレには酷く、彼女の存在が遠いものに感じられた。
堪らず、乙女を呼び寄せて、抱き締める。
「……鮫弥?」
「乙女の体は、他の人より冷たいけれど、確かに心臓が動く音が聞こえる……。オレの体も、ちゃんと心音が鳴っている」
「それがどうした?」
「お前にとって、人の命なんてちっぽけなものかもしんねぇけどよ、でも、今、ここに1つの命が、懸命に生きているっつうことだけは、忘れないでくれ……」
オレに言えることなんて、その程度で、でもこの言葉を、この体温を、誰かの命を前にした時、ほんの一瞬でも良いから、思い出してくれたらと、思った。
「それでもいつか、妾は人を殺すぞ」
「……」
「お主はどうするのじゃ?」
「オレは……」
乙女が、ずいと身を乗り出して、オレの顔を覗き込む。
黒曜の色の、吸い込まれるような大きな瞳と目を合わせて、静かな声で答えた。
「オレはお前が誰かを殺すというなら、その度に理由を問おう。ダメだと思ったら殴ってでも止める。納得できたら、……止めない」
「意外じゃのう。何を押してでも止めようとするのではないのかと思っていた」
「……オレは、殺しがいけないことだなんて、純粋な意見を述べられるような人生送ってきた訳じゃねぇし、な……」
前世、オレはたくさんの人を殺してきた。
ディーノや沢田なんかは、その分たくさん救ってきただろ、なんて言ってくれてたが、それでもオレは、誰かの命を奪った上に生きてきた。
その事を、間違っていたとは思わない。
思ってはならないと考えている。
そして、殺すことでしか成し遂げられない事があるのも、わかる。
だから、一概に殺しを否定する気はない。
でも、いや、だからこそ、命の重さも知らぬまま、殺しをすることは許せない。
意思もなく、感謝もなく、謝罪もなく、ただ命を消費するなど、オレには許せないのだ。
「お前の価値観を否定する気はねぇよ。でも、オレもオレの価値観を貫き通す。もしそれが衝突したのならば、その時は、兄妹喧嘩とでも洒落込むかな」
「……ふっ、悪くない。お主がどうするのか、期待して待っておるぞ、鮫弥……」
乙女はそう言うと、一人がけのソファーにゆったりと腰を掛けた。
再びにこりと笑った乙女は、オレの妹の顔をしていた、と思う。
「さて鮫弥、お前の行った、伊太利亜という国はどうだったのじゃ?」
「ん?……ああ、そっか」
そう言えば、オレはイタリアの土産話と、ちょっとした土産を渡そうと思って、こいつの部屋に来たんだっけ。
「そうだな、どこから話そうかなぁ」
破顔して、楽しかったイタリアの思い出を語る。
人と妖、相容れぬその存在。
だけどオレには、この穏やかな時間が、束の間の交わりが、酷く心地好く感じられた。