×鳴門

ホトギを火影邸へと届けたのが、日の昇ったばかりの早朝。
オレは急いで家へと帰ると、家中の食料を手当たり次第かき集めた。
あの子達全員の食事代を賄うとなると、母さんの遺したお金だけじゃ、とても足りない。
だからと言って拾ってきてしまった子達をここで見捨てるわけにもいかない。
かと言って、里の孤児院に入れれば、その未来は薄暗い忍の道のみだ。
これはあくまでオレの我が儘だけれども、彼らを傷付けた忍にさせるのは、嫌だった。
「う"お"ぉい、飯だぞぉ!」
ゾーナへと入って、声をかける。
項垂れていた子ども達が、白米の匂いに釣られたように顔を上げた。
母子二人暮らしだった我が家には、あまり食器がなくて、全員バラバラの食器に適当に白米と野菜をよそっていく。
初めの内は、少し警戒している様子だったが、一人が白米を頬張ると、それに続いて、二人、三人と、ご飯に手を付けていく。
しっかり食べ始めた子達を見て、ほうと息を吐いた。
取り敢えず、暫くの内はここに匿うしかないか。
だがここも、あまり住み心地の良い場所とは言えない。
ホトギから正式に土地が譲渡されたら、すぐにでも住み処を作ってやらなくては。
「……水、置いておくから、暫くはここで好きに過ごしてくれぇ」
「どこ、行くの?」
「ん"……ちょっとな。ああ、そうだ。なんかあったら、この紙人形を破け。すぐに駆けつける」
「?」
子どもの一人に、式神の人形を渡す。
よく分かっていない様子だったが、その子の頭を一撫でして、そのままその場を立ち去る。
……と、その前に、紫紺を呼び寄せる。
「お"う、コイツらの面倒、よろしく頼むぞ」
「は?……はあ!?何故じゃ!?」
「お前以外頼れねぇじゃん」
「むぅ!式神使いの荒い奴め!」
ぷんぷんと可愛らしく怒る紫紺の頭も撫でる。
飯を食ってる時間は……ないか。
まあ良い。
久々にあのバカ面を拝めるわけだ。
オビトとの待ち合わせ時間は、実はもう既に過ぎている。
でもアイツはどうせ遅刻してくるだろうし、まあ今からでも充分間に合うだろう。
軽くシャワーを浴びてから、服を着替えて外に出た。
久々に迎える木ノ葉での朝。
家庭菜園の野菜達は、式神に任せてはいたものの少し枯れ気味だ。
やっぱり、あんまり長く離れるのは嫌だな。
独り暮らしじゃ家も荒れてしまうし、周りにも心配かけるしな。
「んじゃ、行くかぁ」
待ち合わせ場所はいつもの森。
今日は体術を鍛えようと話していたんだったか。
武器も幾つか持っているし、もし武器も使って修行をするのだとしたら、夕方まで帰れなくなるかも。
いやしかし、今日は昼飯作ってきてないから、昼で解散になるか?
どっちにしろ、あの子達に食い物渡さなきゃなんないし、一度昼には帰らなくちゃ。
ご飯は炊いてきたから、何かしらおかずを作らなきゃならないかな。
……って、考えてることが子持ちの主婦みてぇじゃん。
なんだか哀しくなってきた。
オレ今いくつ?
8歳?嘘だろオイ。
「コウヤー!わりーわりー、近所の婆ちゃん病院に送り届けてたら遅れてさぁ……って、何か落ち込んでる?」
「ん"ー、いや、ちょっと世の無情をな……」
「はあ?」
「つーかお前、遅い」
「うっ!いやぁ、悪かったって」
がしがしと頭を掻く。
まあ一度決めたことを、今更投げ出す気はない。
とことん面倒見てやろうじゃないか。
母親父親上等。
いっそジジイババアと呼ばれたって構わん。
そんなことより、今はオビトだ。
なんだかメチャクチャ久々な気がする。
オビトはオレの分身と会っていたかもしれんが、オレは久々だ。
くるっと向き直り、きょとんとするオビトに襲い掛かる……もとい、抱き付いた。
「ぬおぁっ!?」
「お前汗くせぇ」
「突然抱き着いてきて何なんだお前!?」
「ん"ー、充電?」
「はあ?」
敵意を向けられたり、殺意を向けられたり、計算して話したり、嘘をついたり、そう言ったことをする必要がないこいつとの空間が、思いの外好きだったりする。
オビトの、どくどくと脈打つ鼓動が、少しずつ早くなっていくのがわかる。
「んだぁ?緊張してんのかぁ?」
「だっ!うっせぇ!お前顔だけは良いんだからもうちょっと危機感持てよ!?」
「はっ、オレのこと襲う気?」
「んな訳あるか!オレはリン一筋だからな!」
「ふふん、よくぞ言った」
「どわっ!」
ゴーグルを着けた頭をぐっしゃぐっしゃと撫で回した。
ちょっとむくれて髪型とゴーグルの位置を治すオビトが、少し可愛く思える。
「うっし、じゃあ修業、始めようぜぇ」
「ったく……よーしっ!やるぞ!今日こそはお前のことぶっ倒すからな!」
「は!やってみろ、へたれオビトぉ!」
お互いに一度ある程度の距離を取って身構える。
対立の印。
人差し指と中指を揃えて立て、向かい合う。
オレ達だけの勝負に、特に合図はなく、どちらからともなく動き始めた。


 * * *


「だーっ!もう無理!動けねー!」
「お"う、オレも流石に疲れた……」
計5回の勝負は、オレの全勝で終わった。
相手は子どもだし、手加減して負けてやっても良かったのだが、それはそれでオビトを怒らせそうだ。
全敗に終わったオビトは、滝のように流れる汗を拭いながら、悔しそうに言葉を吐く。
「くっそー……今日も勝てなかった……」
「そう簡単には負けてやれないなぁ」
「ぐぬぬ、次はお前の隙を突いて転ばせてやる……!」
「はん、やれるもんならやってみなぁ」
寝っ転がったオレ達を、太陽が真上から照らしている。
もう良い時間だ。
あの子らに早く昼飯を届けねぇと。
つーかオレも腹が減った。
流石に飲み食いせずに修行は、身がもたなくなる。
汗臭い服を一枚脱いで、肩にかける。
シャワー浴びたいし、今日は家に帰る。
「オビトー、オレ今日はもう家帰るからよぉ、修行はここまでなぁ」
「え!?もう?まだ昼じゃねーか」
「弁当もねぇし」
「えー!オレの昼飯がー!」
「オレの弁当を宛にするんじゃねぇ」
相も変わらず勝手に弁当をねだってくるトゲトゲ頭に、ごちりと拳を落とす。
いつもならば兎も角、今日は流石に構ってやっている余裕はない。
頬を膨らましてブー垂れるオビトに、たまたまポケットに入っていた飴を投げ渡す。
「おわっと!飴?」
「それでも食ってろ。今日は用事あるし、本当にもう帰るかんなぁ」
「用事って?」
「用事って……まあ、色々とな」
「……また何か一人で抱え込んでたりしないか?」
「あ"?……ん"ん、今回は共謀者いるし、大丈夫!」
「それなら大丈夫か……って何が大丈夫!?お前それどういう意味……」
「じゃ、また今度なー」
「待てコラ!コウヤお前いい加減にしろー!!」
オビトの叫び声を背に、オレはそれはもう凄まじいスピードで走り去った。
こればっかりはオビトに教えたらまずいよなぁ。
あいつ、悪気はなくともうっかり漏らしそうだし。
それがなかったとしても、今回のことであいつに頼れそうなこともないし、今度こそは本気で迷惑にしかならない。
心の中ですまんオビトと詫びを入れる。
別の時には頼りにするぞ。
その時ってのがいつくるかはわからんが。
「うっし、ただいま紫紺」
「遅い!我等は腹が減ったぞ!!」
「遅い!」
「ご飯寄越せ!」
「お腹へった!」
「……お前ら、随分と仲良くなってんじゃねぇかぁ」
家について、ゾーナに入る。
ただいま、と口にした途端に、わらわらと回りに子ども達が集まってきた。
さっきはかなり警戒していた様子だったのに、紫紺と一緒にいる間にどうしてだか、彼らの警戒は薄まったらしい。
チラリと相棒に目を向けたが、奴はもう昼飯のことしか考えていないらしい。
ダメだ、こいつは使えん。
オレは少しだけ下にある子ども達の顔をみる。
「なんか良いことでもあったのかぁ?」
「別に、何もないし。ちょっと紫紺と話しただけだよ」
「ねえお腹へった!」
「ん"、はいはい。とりあえず飯作ってくるから、ちょっと待ってなぁ」
まだ帰ってきてから買い物に行けていないものだから、ろくな食材がない。
一度キッチンに戻って、とりあえずおむすびを作り始めた。
味付けはシンプルに塩、後は梅干しを入れたものも作る。
白米ばかりじゃあ味気ないだろうから、余り物をかき集めて味噌汁も作った。
うっ……特売で買ったお麩が大量だ……。
後は……浅漬けがあった。
切って適当に盛り付ける。
魚も肉もないわけではないのだが、基本的に自分一人と紫紺、たまに食べに来るオビトやリンの分しか用意してないから、圧倒的に量が足りない。
仕方ない、今はこれだけで我慢してもらうしかない。
バラバラの器を配膳して、全員揃って手を合わせる。
「んじゃ、いただきます」
「い、いただき、ます」
「……いただきます!」
「……ます」
「いただきます……」
「む、うまい」
「こら紫紺、一人で勝手に食ってんじゃねぇ」
まだ少し、遠慮がちと言うか、戸惑っているようにも見えたが、それでもしっかりと食べてくれたのを見て、一安心した。
さて、自分も食べなければ。
おむすびを一口頬張る。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「む?」
不意に話し掛けられて、もごもごと頬を膨らましたままで答えた。
隣に座っていた子が、俺の服の裾を引っ張っていた。
「あ、りがとう……、色々と。助けに来たのが、お兄ちゃんで、良かった」
「っ……」
「ご飯、美味しい。スゴく、スゴく美味しい」
「あ、ああ……そ、か」
不意打ち、とはこの事か。
お礼、言われるとは思わなかった。
そんな余裕があるとも、思ってなかった。
無理矢理ご飯を呑み込んで、たどたどしく答える。
お礼を言ってすぐに、その子は目を逸らしてしまって、オレも呆然としたまま皿に向き直る。
じわじわと、頬が熱くなってきた。
「……オレも、良かったよ」
「え?」
「皆を助けて、良かった」
ホトギ以外の、捕らわれた人達は助けられなかった。
オレの力で助けられたのは、たったのこれだけ。
それも、これから先、きちんと面倒を見ていけるのかもわからないような、ひどい環境で。
後悔していないと言えば、嘘になる。
もっと力があれば、もっと金があれば、もっと、もっとと、思わないわけではない。
それでも、今、この瞬間、彼らと共にご飯を食べている、この瞬間を、幸せだと思った。
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