×鳴門

「きゃあ!?」
「う"ぉお、危なかったぁ……!」
あの牢獄、異変を感じ取ったらすぐに発動させられる呪式が壁中に刻み込まれていた。
発動するすんでのところで、里の外にマーキングしておいた場所まで夜の炎で飛んだから助かったが、あれ、もし時空間系の忍術、それもタイムラグなしに遠くまで飛べるものがなければ、あそこで確実に殺されていたな。
地面に転がっているホトギを助け起こして、すぐにゾーナへと入る。
あのままゾーナに入らなければ、感知系の忍を連れてこられて見つけられてしまう。
そんなにすぐには来ないと思うが、まあ念の為な。
オレの能力によってつくられている空間ならば、例えどれ程優秀な感知系の忍を連れてきたって見付けられることはない。
「ただいまぁ」
「こ、ここは……?」
「オレの安息空間だぁ。まあここまでくりゃあもう安心だから、ここで少し休むと良い」
「はあ……」
ホトギにそれだけ説明したところで、腰に小さな重みを感じた。
見下ろすと、さっき人懐こくオレに話し掛けてきた子供が抱き付いてきている。
「おかえり!」
「……ただいま」
にぱっと笑って言われて、ちょっとだけ呆気に取られた。
お帰りと言われたの、久々な気がする。
軽く笑い返して、その子の体を抱き上げた。
きゃあきゃあと喜んで、首に抱き付いてくるのを放って、周囲の子達の様子を見る。
警戒している子が多いが、中には気力もなくぼうっとしている子もいる。
心に大きな傷を受けているのかもしれない。
自分の家がどこにあるか、言えるかな。
いや、彼らを家に戻すのは良いけど、オレにだって時間があるわけではない。
ホトギ救出の報告を遅らせることは可能だけど、それだって出来て一日二日程度だ。
出来ることはするけれど、どこまで出来るか……。
「こ、この子達は何なの……?」
「……この子達は、霧が拐った一般人の子供だぁ。運良くオレに助けられたが、もしそうでなかったら忍として育てられていたか、もしくは下衆な金持ちに買われて慰みものにされてただろうなぁ」
「そ、そんなっ……こんな小さな子まで……!!」
「『なぐさみもの』ってなに?」
「お前にはまだ早いよ」
腕に抱えている子に聞かれて、無邪気な眼に罪悪感を覚えた。
あーそんな純粋な目で聞かないでくれ。
頭を撫で回して誤魔化しながら、その子を連れて子供達の中心に移動する。
真っ白い砂の地面にその子を降ろして、小物を入れてある棚からメモ帳とペンを取り出した。
「んじゃあ、全員名前と家の場所教えてくれ」
「え……え!?貴方まさかこの子達全員を家まで送り届けるつもりなの!?」
「ったりめぇだろぉ。オレはこいつら全員養えるような財力は持ってねぇぞぉ」
「そういう問題じゃ……、それ以前に貴方は私を救出しに来たただの忍でしょう!?貴方がこの子達を助ける義理なんてないじゃない!」
「……義理はねぇが、オレは人道に反する行いはしたくない。後な、オレは正確には忍じゃねぇ。なんつーか……金の貰えるボランティアみてぇなもんだぁ」
「それ仕事じゃないのよ!……ってそうじゃない!私は!?私はいつになったら帰れるのよ!!」
「この子達を帰した後だろぉなぁ。ホトギは一番お姉さんなんだから、我慢できるだろ?」
「な……、ふ、ふざけないでよ!!そんな子供に言うみたいに!」
「子供じゃねぇかぁ」
「貴方も子供でしょう!それに私は大名の親類なのよ!?帰らなければどれ程の者に迷惑が掛かると思って……!」
「まだ1日くらいは大丈夫だろぉ」
「早ければ早い方が良いの!」
「じゃあ急いで子供達送り届けるよ」
「今帰してよ!この無能!!」
「……あんまり文句言ってると、霧隠れに戻すぞ」
「ひっ!」
まあ、あくまで貴族の、世間知らずな女の子だから、この子達を戻すなんて言えば文句言われるとは思ってた。
少し酷いかもしれねぇが、睨み付けて黙らせる。
オレから距離を取るように後退り、怯えた目をして震えている。
あーあ、嫌われた。
会うのはこれきりだろうけれど、やっぱり少しショックだよなぁ。
一人ひとりに名前と家を聞き、地図とにらめっこをする。
さっき霧隠れに入ったときに買った地図だから間違いはないだろうが、やっぱ慣れないから見付けるのに時間がかかる。
それに思ってたよりも多くの、戦争孤児がいた。
この子達はどうしようか。
しばらくこの中に匿うことは出来るけれど……。
ここはまだ、オレにとっても謎の多い領域だ。
あまり長居させ過ぎるわけにも行かない。
かといって里に連れ帰っても不審がられそうだしなぁ。
オレのこと、信用していない人間は山程いるから。
「……っと、こんなところかぁ。意外と近いなぁ。これならそこまで時間も掛からなそうだぁ。一番近い奴から送ってくぞぉ」
名前を呼んで、答えたその子を背負う。
ちょうど、彼の家という場所の近くにマーキングをしていた。
背負ったまま移動して、見覚えのある道を探させる。
そして、家のあるはずの場所へと辿り着いた。
しかしそこにあったのは……。
「燃やされた、のか……」
「お、お母さん……お父さん……!!どこ!?いるんでしょ!?」
探し回る彼の後から、跡形もなく燃やされた廃墟に踏み入る。
走って転んで探し回るその子を横目に、オレは嫌な臭いを感じてそこへと向かった。
焼け焦げた死体が、二つ。
お互いを抱き締め合うようにして倒れているそれは、触ればすぐにでも崩れ落ちてしまいそうなほどに、酷く炭化していた。
その手の中にあるものを、慎重に拾い上げた。
煤けた硝子と、真っ黒に焦げたスチールの額縁。
それは小さな写真立てで、辛うじて焼け残ったその中には、仲睦まじく微笑む三人の家族が写っていた。
「お、お父さんっ!お母さん!!どこ!?出てきてよぉ!おねがっ……お願いだから……!!」
ああ、気が重たい。
今からあの子に、両親の死を伝えなければならないのか。
写真を受け取り、黒焦げの死体を見たその子は、叫ぶこともなく、泣くこともなく、ただただ無言のまま、その場に崩れ落ちた。
オレが助けた9人の内、家に戻れた子は5人。
家族を失ったその子と、家族のなかった3人、そして助け出したホトギを連れて、オレは一先ず木ノ葉へと戻ることにしたのだった。
55/62ページ
スキ