×鳴門

なんとか敵から逃げ切り、オレは大きくため息を吐いた。
敵から逃げるために飛び込んだ斬鬼の空間、ゾーナの中には、突然飛び込んできたオレに驚き、目を見開いた子供達がいる。
「ひっ!」
「あ"ー、くそ。やっぱ何の準備もなしに突入は厳しかったかぁ……」
本来なら数日……いや出来ることならば、最低でも数ヶ月は掛けて下調べをしたいというのに、僅か一日で強行しているのだ。
そりゃあ上手く行くわけがない。
大の字に倒れてため息を吐くと、恐る恐ると言ったように子供達が近付いてきた。
「あ、あんた何やってんの?」
「……仕事」
「仕事って……お前、忍か?見たとこ、オレらと大して変わらないくらいに見えるけど……」
「忍、なのかなぁ、たぶん。まあ、オレそんなに働いてないけど」
もし自分が一般の忍ならば、毎日のように任務に明け暮れているのだろうが、生憎オレは上役に喧嘩を売るような真似してまで交渉して、一応の平穏は手に入れている。
「仕事って何してんだよ。お前、人殺して金もらってんのか?」
「……そう、だな。殺してしまったこともある」
「っ!人殺し!!」
「うん」
「何平然としてんだよ!オレ達のことも殺す気なんだろ!?人殺し!人殺し!!」
面の向こうに見える少年の顔は、恐怖にひきつっていた。
人殺しと呼ばれる度に、ずきずきと心臓が痛む。
蔑まれることには、差別されることには慣れたと思っていたけれど、こうもストレートに言われるとやはり辛かった。
「オレ達を外に出せ!」
「……出すよ、仕事が終わったら。家にも帰してやる」
帰る家があるなら、だけど。
最後の台詞は口には出さずに、代わりにまたため息を吐いた。
何だか酷く疲れた気がする。
スタミナもないのにあんな大きな火遁を使ったからだろうな。
腹筋に力を込めて立ち上がり、未だに嘘つきだの人殺しだのと喚く子どもを見た。
びくりと肩を震わせて後退り、目一杯こちらを睨み付ける。
彼らは怖いのだろう。
自分達の身を守ろうと必死でいるだけ。
オレも辛いが、彼らはさらに辛く苦しい。
「信じられるか!お前なんか……人殺しなんか……!!」
「信じないなら、それで良い。オレはもう行くから、お前らはそこでじっとしてろよ」
うんと伸びをして歩き出した。
だが唐突に、腰の辺りに何かがぶつかってきた。
見下ろせばそこには、小さな女の子がしがみついている。
「オニのおにいちゃん」
「え?」
「あたし、まってるね。おにいちゃん、さっきわるい人たちからたすけてくれたでしょ?だからきっと、おにいちゃんはまただれかをたすけに行くんでしょ?」
「それは、そうだな」
「その子といっしょにおうちにかえろ!おにいちゃんも、ね?」
ヒーローを見るように、キラキラとした綺麗な目。
変わった子もいるもんだ。
面の中で苦笑を浮かべつつ、その子の頭を撫でてやった。
「そうだ。今から助ける奴と一緒に、皆でおうちに帰ろう。必ず、戻ってくるからな」
「うん!」
ばいばい、と手を振るその子に、軽く振り返して、オレは再び湖底の牢獄へと戻っていった。


 * * *


忍達はやはり、まだオレのことを探しているようだった。
そりゃあ逃げた様子のない侵入者を放っておくほど、霧の忍はバカじゃないだろう。
オレはその忍達の間を縫って、必死に隠れて歩く。
小柄で見付かりにくい子どもの体に、かつて死ぬ気で磨いた暗殺者としてのスキル、さらに忍としての能力が合わされば、相当運が悪くなければ見付からない。
先程のネズミはまだ元気に走り回っているが、霧の忍に紛れてしまえば気付かれはしない。
そうして1時間後、オレはついに牢獄の最奥へと辿り着いた。
冷たく堅く、人の出入りを許さない鉄格子。
その奥に、朱色の美しい衣を纏った少女が、蹲って泣いているのが見えた。
「ひっく……うぅ……誰か、誰か……」
「……人をお呼びかな、お嬢さん」
「ひゃあ!?」
音も立てずに近付いていたから、まるで突然人が沸いて出たかのように思ったのだろう。
驚いて固まった彼女は、朱色の衣服によく似合う烏の濡れ羽色の髪と目をしていた。
確かに、聞いていた通りの容姿だ。
うん、なんか新しい物語が始まりそうな出会いだ、始めねぇけど。
鉄格子に向けて掌を翳す。
使うのは嵐の炎だ。
能力は分解、つまりこの鉄格子をボロッボロにしてやる。
「ひぃ!」
「恐くねぇよ、ちょっと出やすくするだけだからなぁ」
「て、鉄が……‼」
「しぃ……静かにしてねぇと敵がくるぞ」
「っ!」
ぱっと手で口を押さえて声を押し殺した彼女に、良い子だな、と言って笑った。
仮面が邪魔でたぶん相手は何も見えていないだろうが。
しかしこの様子、囚われていただけで、何か酷いことをされたってことはない、のかな。
罠を警戒しながら檻に侵入し、少し震えている少女を抱きかかえた。
「あなた、誰?火の国の者なの?」
「さあな、詳しいことはまた後でだ。さぁ、帰るぞぉ」
遠くから人の気配が近付いてきている。
きっと、ここの砦からオレ一人の力で逃げることは出来なかっただろう。
どうやらここの忍は『入れない』よりも『逃がさない』能力のが高そうだから。
でもオレには頼りになる相棒がいる。
「紫紺、逃げるぞぉ」
「了解した、主」
「きゃあ!?」
そうして、オレ達はあっという間に霧隠れの里を脱出したのだった。
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